2 磐座の下で
2-1
そうして、染め師の家での暮らしが始まった。
齢は十代後半だろうか、浅黒く引き締まった部族の男たちとは違い、色が薄くて大きくて柔らかい感じがするオックは、頭の回転はすこしゆっくりしているけれど、水を汲んだり重い甕を運んだり、ぽってりとした大きな手で、力仕事は何でもこなす。
ミーアの仕事は、その大きな手では取りこぼしてしまう、細々とした雑用だった。
食事と畑の世話を習い、ばば様の植物の採取に付いて歩く。
「この茂みの葉はな、先っぽの新芽二枚だけを摘む。
陽にあたらない、日陰のところだけな」
「これで、染めるの?」
「いやいや、これは茶にするのじゃ」
そうか、よく見れば、叔母が淹れてくれるマナ茶の樹だ。
ぷうー。これも染め物じゃないのか。
ふくれたミーアに、老婆は嗤う。
「たかが茶とあなどるでないぞ。日向と日陰では味が違う。育ち過ぎたものは渋みが出る。
そなたは草摘みに呼んだのじゃから、まず摘み方を憶えるのじゃ。
染め師の弟子にはまだまだ早い。ヒヨコにもならぬ卵じゃよ」
だから染め物小屋には、まだ入れられぬ、と言われ、もう一度ふくれる、ミーアだった。
あのいろんな色の糸を、見たい。触れたい。
染めて、織って、好きなものを作れたら。
そして、いつか。
いつか、あの青空の色をした、綺麗な糸を織れたら、と。
食後のお茶は、叔母が淹れるのと同じ葉なのに、渋みがなくてほんのり甘くおいしかった。
「儂の好みの味がこれじゃ。その舌でしっかり覚えておくれ」
そして空いた時間は、ターロを織る。
子供用のたった一つのターロ板だけれど、これは大事なミーアの財産なのだ。
「♪固く結ぼれ、背の荷を守れ。
固く結ぼれ、妹の屋を守れ♫」
叔母に教わった織り歌を歌い、その指先に魔力を込めながら。
そして、数日に一度は。
「ただいま、叔母ちゃん!」
許された、叔母の家への里帰り。
ミーアは叔母が用意した、一本の横棒に数本の紐を結んだ道具に首を傾げた。
「叔母ちゃん、これはなーに?」
「今日は胸飾りの編み方を教えてあげるわ」
姪と共に暮らす時間は少なくなった。
巫女たちの承認がなければ一族のターロ板は渡せないが、伝えたい技は数多い。
ひと綛の糸と、両手さえあれば。
一族の女は何だって、作り出すことが出来るのだから。
教え始めると、ミーアはぱっと顔を輝かせる。
「マクラメ編みだ!」
「え?」
「あのね、これマクメラ・・・メクマラ・・・?・・・あれ・・・?」
閃いてすり抜けていった記憶に、子供はちょっと顔をしかめるが。
「ううん、何でもない」
編み込む叔母の手業に見惚れて、考えるのは放棄したのだった。