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「これ、悪かった、怒ったのじゃないよ」
ビクンと跳びあがったミーアをなだめると、老婆は頭の布を取り、ぬるま湯で練り物を洗い流した。
「うん、良い色に染まっておるわい」
ひと房持ち上げて眼の前に持ってくると、まだ濡れている髪はきれいな栗色に染まり、なんだか手触りも良くなっている。
「これなら半月に一度染めればよいわな。
次はミンカの花が咲くころでええかの」
しかしミーアは背中がぞわぞわして、どんどん顔色が悪くなる。
なんかこれ、いろんな高価そうな物を使った・・・
凄いお金がかかったんじゃないのか・・・
物を買うにはお金がいることくらい、五歳のミーアでも知っている。
お金とは、叔母が時間をかけて作った、ターロ織の組み紐と交換してもらうもの。
ミーアは小鉄貨一枚だって持っていない。
髪を拭かれながら、ぞわぞわもじもじしはじめたミーアを見て、老婆は「ご不浄かの?」と聞いてくるが、
「・・・ごめんなさい・・・おかね・・・ないです・・・」
と、蚊の鳴くような声で答えたミーアに、からからと笑った。
「なんの、代金などいらぬわ。
儂が勝手にやった事じゃ。
染め師の業でな、下手な染め物を見るとつい染め直したくなるのじゃよ」
「・・・そめし・・・」
「染め師じゃ。いろいろな色を作って、物を染めるのさ」
並べられた糸の束の方に手を振って。
「糸も、布も、髪も染める」
この練り物は白髪染めとして売り出してやろうかい。
と、笑い顔がちょっと悪いものに変わった。
「お前さんはその実験台じゃ。
染めの効果を見るから、半月後に必ず来るのじゃぞ」
それでもためらうミーアに向かって
「なら、次に来た時は、採取を手伝ってもらおうかい。
染め草摘みは腰にくるでの」
役に立てると知って、子供はぱっと顔を輝かせた。
「いっぱい、おてつだい、します!」
照れたのか、老婆はふい、と顔をそむけ、戸口の方へ手を振った。
「そら、さっさと行きな。
叔母御が心配しとるだろうよ」
親御と言わない処、よほど事情に詳しいのか。
そう言われれば、随分時間をくってしまった。
「ありがとう、ばーちゃん」
この髪を見たら、叔母は何ていうだろう。
ミーアはこぼれるような笑顔を見せて、斜面を駆け下りていった、