1 砂漠の民
1
「♪私の紐は良い紐だ。
固く結ぼれ決してほつれず
解きたいときはさらりと解ける♫」
とん、しゅっ、ととん、しゅっ、ととん。
とん、しゅっ、ととん、しゅっ、ととん。
「♪固く結ぼれ背の荷を守れ
固く結ぼれ妹の屋を守れ♫」
とん、しゅっ、ととん、しゅっ、ととん。
とん、しゅっ、ととん、しゅっ、ととん。
「お兄さん、そこのお兄さん、長旅のしたくかい?
ならこれがおすすめだ。ほんまもののトゥリアークの組み紐だよ。
長い旅にはぜひ一本。重宝すること請け合いだ」
炎天の市場、日除けの幕の下に拡げられた雑貨の中から、ひと括りの紐の束を差し出したのは、砂漠の陽に晒された茶色の顔に愛想笑いを浮かべた中年の男。
「新品のトゥリアークの荷造り紐が、いまならたった銀貨十枚だ!」
「高っ!」
良い身なりの二人連れの青年の、年かさの方が声を上げる。
「銀貨十枚だと!相場の十倍以上じやないか!
ふっかけるにもほどがあるぞ」
「ほんまものだと言うたろうが。
絶対切れず、荷崩れもせん便利もんだぞ。
トゥリアークのまじない紐を使わん交易商人なんぞとんだモグリじゃよ」
「『まじない紐』だと?」
連れの若い男が手を伸ばす。
「見せてみろ」
手に取った組み紐の束に手を翳し、引っ張り、編み目を調べる。
「たしかに。粗野だが魔力が編み込まれている。
トゥリアークと言ったか」
「交易を営む砂漠の民だな」
二人の言葉に、売り手は怯み、相手をしげしげと観察する。
丘一つ越えれば砂漠が始まる、辺境の市場。
大きなターバンに上質の麻の長衣、精緻な刺繍の袖なしの上着というハナハ族の衣装をまとい、マントを腕にかけて、物珍し気に品々を見回る若者二人を、良いとこのぼんぼんで新米の交易商人と読んだが。
交易商人がトゥリアークの名を知らぬはずが・・・
「わあっ!」
叫び声に振り返ると、粗朶の山を積んだロバがこちらに走り込んで来た。
客をはね飛ばし、商品を蹴散らし、粗朶を撒き散らして逃げていく。
はね飛ばされて尻餅をついた若者の手から、さっと紐の束が引き抜かれた。
ロバの尻に鞭をあてたのは、埃にまみれた砂漠の民。
鋭い黒い目が、ぎろりと若者の頭を睨む。
ターバンが解け、剥き出しになった若者の、陽にきらめく金の髪と青い眼。
「えっ、金髪!」
「王国人か?」
あたりにざわめきが走る。
まずい!
相方があわててマントをかぶせ、引き起こす。
「髪を見られた。急いで離れましょう」
「まて、あの紐を!」
しかし売り手は敷布で商品をひっからげ、すたこらさっさと逃げていく。
王国人に砂漠の民の品を売ったりしたら、袋叩きにあっちまう。
不穏な空気の市場を離れ、二人は宿に逃げ込んだ。
「危ない処でした、王子。
王国人とわかって囲まれたら、ただではすみませんぞ」
「しかし、収穫はあった。下賤な服に着替えたかいはあったぞ!トゥアリクだと?」
「トゥリアーク。砂漠の中の小さな国です」
「あんな雑貨にまで魔力を組み込むとは!
強力な魔力持ちがいる可能性が強い!」