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第一話 最強魔法使いの試練その一・・・アレックス、異世界転移!?

 異世界も魔法も、そんなものないっての。


「・・・よし。」


 パソコンに向かってそう呟き、椅子に背を預ける。

十二時間にも及ぶ執筆作業は、午前三時に終結した。


『異世界転移された俺に使える呪文は「ファイア」だけ!?』

『第一話 最強魔法使いの試練その一・・・アレックス、異世界転移!?』


 ・・・うん、いいだろ。タイトルはこんなんで。

 小説を書くことも読むことも昔から別に好きじゃなかった。ただ現実から逃げる為の道具として利用していただけだ。だからタイトルにもこだわりなんて無い。こうやって流行ってる単語でも並べとけば、誰かの目に止まるでしょ。多分。

 大きなあくびが出た。食べかけのポテチや空のペットボトル、脱ぎっぱなしの服等で構成された、ゴミ箱のような部屋に満たされている気持ちの悪い空気を朝の空気と共に体に取り入れる。なんともいえない味を噛み締め、ふう、と瞬間的に、それでいて深いため息を吐く。僕は昨日の十一時からずっとパソコンに向かっていたんだ。無理もない、疲れているんだ。部屋の電気を消し、僕はベッドへと吸い込まれるように倒れこんだ。


 大学四年生にもなってまともに就職活動もせず、バイトだって最近はろくに行ってない、ただひたすら現実から逃げている。

それが僕だ。アキヒトという人間の物語だ。

何が異世界だ。

何が魔法だ。

現実に魔法なんて無いし異世界だって存在しない。そんなものがあった所で失われた時間はもう二度と戻ってこないんだ。

そんな事を考え、いつの間にか目から熱いものがこぼれ落ちていた。

明日も、明後日も、きっとこれからだって何もない日常が続いていくんだ。

余計な事を考えてしまったばっかりに僕の心はどんどんまずい方向へと傾いていく。本気で死にたくなる前に、僕はイヤホンを付けいつもの音楽を再生する。だんだんと落ち着きを取り戻した僕はそのまま眠りの海へとずり落ちていった。




 大地を揺るがすほどの轟音。飴のように粉々に飛び散る窓ガラス。目が覚めた瞬間、寝転がっていた僕に辛うじて認識できたのはそれらだけだった。

「うっ・・・!?」

左目に感じたのは、最初に違和感。その次に痛み。その次には途方も無い激痛だった。

「あっ!ああああっ・・・・。」

飛び散った小さなガラスの破片が左目の瞼の裏に入り、まるで眼球の上部をミシン針で誰かからチクチクと刺されている様だった。たまらなくなった僕は、部屋を飛び出し、廊下を左に進んだ所にある洗面所へと向かい、蛇口を勢いよく捻り左目をその下へと持っていった。柔らかな眼球の表面を滝のような勢いの水が駆け下りていく。普段なら目を傷つけないよう優しく洗い流すところだが、そんな事を考えている余裕はなかった。水が傷口に入り更に痛みが増す。僕は荒々しい呼吸を歯でせき止めながら必死に目の中のガラスを洗い流そうとした。カランカラン、と何か小さな物が洗面台へと落ちる音がした。すると、先程までの痛みがほんの少しだけ引いていき、僕は力なく洗面台へ覆いかぶさる様に倒れた。


 そこから、しばらくは動けなかった。しかし、外から聞こえてくる消防車のサイレンや、車のクラクション、小さく聞こえる女性の悲鳴、男性の怒号。それらに注意を払わずにいる事はできなかった。


 近くにあったタオルを手に取り目に対して四十五度の角度で頭に結びつけると、部屋へと続く廊下をよろよろと進み始めた。よくよく見ると、自室のある二階の廊下の窓も全て割れており、自室の前の吹き抜けから見える一階部分ではタンスが倒れテレビにもヒビが入り、うっすらと焦げ臭い匂いが上がって来ていた。僕は焦り、すぐに自分の部屋に入ると、携帯電話や充電器に財布、着替えとタオルにお菓子とジュース、集められるだけの物をリュックに詰めて、最後にノートパソコンを手に取ろうとした。しかし、一瞬、手が止まり、思考が巡る。昨日の、寝る前の自分の行動を思い出していたのだ。確かに僕は昨日、オリジナル小説の第一話を書き終えノートパソコンの蓋を閉じ、眠りに就いた筈だ。だが、この開かれたノートパソコン、そしてその画面に表示されている文章。こんな状況であるのに僕はそこから目が離せなくなっていた。

長々と連なる文章の一番上、そこにはこう書かれていた。



『第二話 最強魔法使いの試練その二・・・謎の惑星。』



 窓の外で、一際大きな悲鳴が聞こえた。僕は思わず、パソコンから目を離し、窓から外を見た。悲鳴は僕の家のすぐ目の前の道路にいた女の人のものだった。その女性の視線の数十メートル先の光景を目で追い、僕は自分の目を疑わずにはいられなかった。


 まるで、巨大なスプーンでくり抜いたかのように昨日まであったはずの住宅街のど真ん中が抉られたように消え去っていた。残っている家々もほとんどが焼け落ちてしまっており、灰色の煙と生臭い匂いが辺り一帯に立ち込めていた。遠くに見える街も空高く黒い巨大な煙が立っており同じような状況であると察することができる。そして、もう一つ僕が自分の目を疑わずにはいられなかった理由、それは、くり抜かれた住宅街の中心に、真っ白なリレーバトンの様な棒を持ち真っ黒なローブを着た人間が立っていたからだった。男の棒からは煙が出ており、ただ真っ直ぐに、呆然と立ち尽くす僕に向かってその棒を構えていた。


 僕は異世界から転移した訳でも、魔法が使える訳でも無い、だけど、物語を創る事はできる。僕の考えた物語の登場人物が現実世界に現れたなら、そいつはどんなやつだろう?設定通り真面目なキャラ?真面目だけどどこか、抜けているところがあるとか?それとも、意外にもフレンドリーだったりして?今まで妄想してきた様々な疑問が、たった一つの確信と現実で全て覆された。異世界から来た魔法が使える人間にそんなまともで現実的な道理が通じるような甘い世界は無い、と。僕の直感はこう告げていた。



 あいつは、僕が書いた小説の主人公、アレックスだ。

次回、『第二話 最強魔法使いの試練その二・・・謎の惑星。』

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