第73話 決戦の朝そして異変
その日の朝は、普段より早く目が覚めた。いつもが遅いというわけではないが、その日は特別早く起きていた。
私はあたりを見渡す。
――――どうやら、まだみたいだ。
今日はルーフィルと呼ばれた男が指定したその日だ。
時刻まで指定はされていなかったため、私たちはいつもの森の中にある私の家ではなく、街でとった宿に寝泊まりしていた。以前にも来たことのある、マナリアが泊っている宿だ。今日は彼女の部屋を貸してもらっている。
思ったよりも広くて、結構いい部屋だとおもった。
なぜこんなところに寝泊まりしているのか、それはもし仮に、朝に来られてしまったらあの場所にいては困るからだ。
「みんな、朝よ。まだ敵は来てないみたいだけど、できるだけ早く起きなさい。」
私はいまだに寝ているマナリアとノーストリアにそう声をかける。
ちなみに、3人ともすぐに戦える恰好で眠っている。
私の声に初めに反応したのは、マナリアだった。
「ん、イルさんだぁ、、おはよぉ」
マナリアは寝ぼけているみたいだ。いつものように真面目な感じではなく、とても砕けたような感じがする。おそらくだが、こちらのほうが彼女の素の部分なのだろう。
私はマナリアの思わぬ一面を見ながら、そう考える。
そして数十秒後、普段の調子を取り戻したのだろう。
先ほどまではこちらに向けられていた彼女の目は、そっぽを向いてしまう。
この位置からでは表情のほうは確認できないが、耳が真っ赤になっていることから照れているのだろうと推測はできる。
そういえば、ノーストリアのほうはまだ起きてこないわね。
私はそう思いながら、いまだに可愛く寝息を立てているノーストリアのほうを見る。当分起きてくる様子のない、そう思えるような寝顔だ。
私はいたずら程度に、彼女の頬を人差し指でつついてみる。
私の指は彼女のやわらかな頬をすこしだけ押し込みはしたが、それだけだった。
依然として彼女が起きる様子はない。今日は天使たちが襲撃してくると予告があった日なのに、それを気にしないほどの気持ちいい快眠っぷりに少し頭が下がる思いだ。
私も、これくらいリラックスしたほうがいいのかしらね?
そんなノーストリアを見ながら、私がそう思っていると、
「こら!!ノーストリアさん!!もう朝ですよ!!」
マナリアが彼女を起こしにかかる。
軽く触ったりしたくらいでは起きないのは、私が先ほどやってわかっているため、全力で体をゆすっている。
その光景は嵐の中の船のようにも見受けられた。
流石にそれを長時間やられて、起きたのだろう。まだ眠そうなノーストリアが、目をこすりながら体を起こした。
「ああ、私が最後なんですね・・・おはようございます。」
こちらはマナリアとは違って、寝覚めはいいタイプらしい。いつもと変わらない様子で会話をしている。
「さて、今日はついに決戦の日よ。今日は何をするというわけではないけれど、いつ敵が来てもいいように構えておきましょう!!」
「「はい!!」」
私の言葉に、二人がはっきりとした声で返事をした。
◇
そういえば、ひとつ気になることがあったのを思い出した。
「あなたたち、男性陣がどこにいるかわかるかしら?」
そう、ルーク、ダインそしてヴェルの3人が初日から連絡が取れないのだ。
ノーストリアとマナリアは、色々なところに出かけながらも、行く場所をきちんと宣言していたし、何より毎日私の家まで来てくれたからよかったのだけれど、ほかの人たちはそう言ったことをしていなかった。
ヴェルのほうは今日まで帰らないということをあらかじめ聞いていたので、そこはいいのだが、ルークとダインのほうは別だ。
彼らもヴェルと同様、初日に私の家を経ってから、一度もその姿を見ることはなかった。
念のために冒険者ギルドのアリサさんや、アインザックに聞いたりもしてみたのだが、彼らもその日を境に見ていないとのことだ。
彼らはいったい何をしているのだろうか?そういう思いから出た質問だった。彼女たちも知らない可能性のほうが高いが、ノーストリアとダインは同じパーティのメンバーだ。
何かしらの連絡を取っていても不思議ではない。
しかし、それは期待外れだった。
「いいえ?私もダインさんと連絡が取れなくて心配になっていたんです。彼らはいったいどこで何をしているのでしょうか?」
「私のほうも同様です。」
マナリア、ノーストリアはともに知らないらしい。
目撃例もないとのことなので、他の街で何かをやっているのではないかとのことだ。
そう考えるのが普通だろう。
それでも、昨日の時点でまだ帰ってきていないことに不安を覚えはするが、今はそういうことにしておいたほうがよさそうだ。
変に不安をあおらないほうがいい。
そう思いながら、私は部屋の窓から、空を眺める。
今はまだ薄暗く、程よい明りが黒い空を照らしている。とても綺麗な光景だ。
今、考えることではないが私はこの時間帯の空が一番好きなのだ。夜、人が拒む暗闇の中に現れる一筋の光が、自分に届いてくるようなそんな空が・・・
私はうっとりとしながらその空を眺め続ける。
太陽が昇るのは、意外と早いもので、この時間はすぐに終わってしまうのだ。そのため、少しでも長くこの光景を目に焼き付けようと思った。
もしかしたら、今日がこれを見ることができる最後の日になるのではないかと思ったからだ。
私はただ、目に映る情景を眺め続ける。
そして――――――――――
何かがおかしいことに気が付いた。原因はすぐにわかった。
空がいつまでたっても暗いままだったのだ。太陽がそれ以上上らないということではない。むしろ太陽は通常通り昇り続けている。
それでも、空は暗いままだった。
いや―――――これは暗いというより、黒いといったほうが正しいのかもしれない。
光を呑み込んでいる。そんな感じがする空だった。
「2人とも、いつでも戦えるように準備しておきなさい。何かが起こっているわよ。」
「え!?まだ、なにも・・・」
「何かあったんですか!?」
この状況に気づいているのはどうやら私だけのようだ。彼女たちは言われてもピンと来ていないようだ。
それでも、ゆっくりと説明している時間はない。私は空を見ながら、そう感じた。
その為、何も言わずに空を見続ける。
―――――そしてそれは現れた。
何もない空中、その一角から、光を呑み込むような黒い穴が開き、その中からおぞましい魔獣の姿が確認できた。
その数―――――――3匹。
そしてそのうちの一匹は、姿は全く違ったが、あの時ルーフィルが乗っていたキメラと同じもののように感じられた。
「「「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」
3匹の魔獣は、ほぼ同時に空気を大きく震わせるような大声を上げながら、空中から地面に向かって落ちてきた。
そしてそれはすぐに地面に降り立ったのだった。




