第71話 奮う勇気と体の異常
目の前に広がる光景は、空――――空――時々木の枝・・・
ここで僕は何をしていたのだろう?何故、こんなところで寝転がっているのだろう?
耳をすませば、爆音が聞こえてくる。
僕は先ほどまで、何があったのかを必死に思い出そうと試みるが、何も思い出せない。
僕はそのまま、体を起き上がらせようとした――――が、どうもにふらついてしまってうまく起き上がれない。
それでも、腕を杖のように使いながらも、何とか体を起こすことに成功する。
そして僕はそれを見てすべてを思い出した。
目の前では、巨大な男と対峙するルークさんの姿があった。
そうだ、僕たちは大地の精霊の加護を得るべく、あの男と戦っていたのだった・・・
しかし、それで眠っていたということは、自分はやられてしまったのだろうか?
体にどこか異常がないか、自分の体をくまなく探ってみる。・・・・・痛みなどはどこにもない。
見渡してみても、傷なんかも見つからない。どういうことだろうか?
だが、これは好都合だった。
これなら、あの戦いに参加することができる。
そう思った僕は、両手に短剣を持ち、いまだにふらつく体を無理やりにでも引き起こした。
そしてその瞬間、
「うわあ!?」
こちらに向かって巨大な岩が飛んできた。
僕はそれをかがむようにして回避する。そしてその岩は、後方の地面にたたきつけられた。
当たりに爆音が響き渡る。
どうやら、寝転がっているときに聞こえてきた音は、これのようだ。
おそらく、ルークさんに向けて飛ばしていたのを回避されていたのだろう。
「ダイン!!まだ眠っていろ!!」
頭を抱えるようにその攻撃を回避した僕に、ルークさんはそう言った。
その言葉はいつものような丁寧で優しいものではない。よっぽど余裕がないのだろう。
「し、しかしルークさん一人では・・・」
「いいから、今はその体を休めるんだ!!さもないととんでもないことになるぞ!!」
彼は切羽詰まった様子でそう言った。
しかし、そう言われてもピンとこない。自分の体に異常が見つからないからだ。
しいて言うなら、そんな状態なのに気絶していたということだが、それ以外には何も思い当たる節はなかった。そういえば、先ほどから体がだるいような・・・
僕は言われた通りに戦いの場から少し距離をとるようにする。
そして彼らの戦いをじっくりと観察した。
その戦いは熾烈を極めていた。
巨大な男が、地面に拳を突き立てる。そしてそれと同時にその場所からルークさんめがけて岩が飛んでいく。
ルークさんはそれを難なくといった様子でかわすと、その男に向けて自分の持っている剣を振るう。
それは狙いたがわず男の足に直撃したが、傷がついた様子はない。
そういえば、初めに見た時も背中を切られてほとんどダメージがないようなそぶりを見せていた。
単純に威力が足りないだけなのか?はたまた別の理由があるのかはわからないが、とりあえずあの男の防御力の高さは厄介だった。
自分の足に攻撃を受けた男は、その足を大きく振り上げた。
しかしそれは大振りなもので、ルークさんは簡単にかわして見せる。そして男はそのまま足を勢いのまま地面に向かってたたきつけた。
当たりに爆発が起こったような音が響く。
地面にたたきつけられた足は、そのまま地面を粉砕して、その破片を四方八方に飛ばす。
その軌道は、先ほどのように何か特定のものを狙ったようなものではなかったが、それ故に脅威であった。
僕は飛来する地面の破片を、木の後ろに隠れ、体を伏せることでやり過ごす。
頭の上を、ものすごい速度でそれは通過する。
そしてその音が聞こえなくなったとき、再び彼らの戦いを見守るべく、顔を上げる。
僕は遠くにいたことと、障害物があったことによって無傷でやり過ごすことができたが、至近距離でそれを受けたルークさんはどうなったのだろうか?
もしかすると、あれを直撃してしまったなんてこともあるかもしれない。
僕はそうではありませんように、と思いながら目を向けた。
ルークさんは無事だった。
しかし、その体の端には、無数の切り傷が見て取れる。
離れたこの位置からも確認できることを考えると、かなりの傷だろう。体の中心にそれらがないことから、おそらく、剣を盾にするか何かして先の攻撃を防いだようだ。
だが、致命傷は受けていないといってもダメージを受けていることには変わりがない。
それを見た僕は再び、戦いに参加しようとする。
しかし、先ほどの攻撃を見てしまい、足がうまく動かない。
自分があの場所に行けば、すぐに死んでしまうことが本能でわかっているからだろう。
僕は震えながらも、その場に引っ付いてしまっている足を何とか引きはがそうと自分を奮い立たせる。
思い出すのは、この前まで一緒に戦ってきた仲間の姿だ。
彼はどんなに状況が悪くても、逃げるということだけはしなかった。傷ついても、勝てなくても、みっともなくても、逃げるということだけはしなかったのだ。
まだ学校にいたころ、なぜなのかを聞いたことがあった。
すると彼は当然といった顔で答えたのだ。
「そりゃあ、俺は勇者になってしまったからな。」
意味はよく分からなかった。でも、そこには何か誇りのようなものが感じられたのだ。
自分が勇者であるという誇り?それもあったのかもしれない。だが、それはまた別のもののようにも感じられたのだ。
僕はそれを思い出しながら、自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。
―――――僕は勇者の仲間だ。ここで逃げてはいけない。
そうすると、先ほどまでの体の震えが少し収まったような気がした。
足も、前に進むことができそうだ。
僕の目に映るのは、体に傷を負いながらも、必死に大地の精霊と戦うルークさんの姿、あのままでは遠くないうちにやられてしまう仲間の姿だ。
自分なんかが、彼の仲間というのはおこがましいかもしれない。だけど、今だけはあの場所に立つ勇気を得るために、そう思うことにした。
体の震えは、完全に止まっていた。それを確認した僕は、あの戦場に向けて走り出す。
困っている仲間を助けるため――――――
そしてルークさんの隣、大地の精霊の目の前までやってきて一言、大声で叫ぶ、
「一緒に戦いましょう!!ルークさん!!足手まといにならないように頑張りますから、僕を好きなように使ってください!!」
次の瞬間、僕は膝をついた。




