第65話 様子のおかしい竜
落ちた先はとても広い空間だった。おそらく山の内部ほぼすべてが、この竜の巣なのだろう。
当たりを見渡しながら、私は息をのんだ。
見た感じ、この空間に竜はいない。先ほど落ちている途中に見た光景が、嘘であるかのようだ。
私がそう安堵のしていると、
――――ドシン――――ドシン!
という音がこちらに近づいてくるのが感じられた。
私はとっさに身構える。見ると隣にいるマナリア先生も同様に警戒をしている。
トロイヤさんは普段と変わらない、若干やる気のない様子だ。
音は段々と大きくなっていく。
この場所は竜の巣、近づいてくる大きな音、そこから導き出される答えは1つだ。
おそらく、こちらに近づいてきているのは竜だろう。気になるのは、その足音が1つしか聞こえないというところだが、多く来られても困るので、都合がいいとしか思わなかった。
そしてそいつはゆっくりとその姿を現した。
巨大な体、赤い鱗、全てを引き裂いてしまいそうな爪――――どこからどう見ても竜である。
「あ、ヴァルカンドラだ。珍しいな。」
その竜を見たトロイヤはそう呟きをこぼす。
ヴァルカンドラというのが、あの竜の名称なのだろう。私はそう思い、その竜の方向を見る。
しかし、名前とその見た目からはあの竜の能力を測ることができなかった。
見た目は完璧に赤竜のものなのだが、トロイヤが珍しいといっていたのでその変異種か何かだろう。
それなら、炎属性の攻撃を多用してくるはずだから、自分の身を守るくらいのことはできそうだ。
私は勝手にそう結論付ける。
「それでは、早くいきましょうマナリア先生。」
私はマナリア先生に話をかける。
早くいくように言ったのは、次の竜が来てしまったら困るため、早くあの竜を始末したほうがいいと思ったからだ。
彼女もそれには同意見だったのだろう。
「そうですね。早く倒したほうがよさそうです・・・」
そう言って魔力を練り始める。
その速度はかなりのものだ。2分もすれば、かなりの威力の魔法を放つことができるだろう。
私はそれに感心しながらも、自分も最低限の仕事はしなければならないと思い魔力を集め始めた。
そして魔法の調整を始める。
使う魔法は氷属性の魔法だ。
私の魔法適正は炎で、その対極とも言える氷属性の魔法は苦手とするところだが、それでもこの場面ではこちらのほうがいいだろう。そう判断したからだ。
あちらはすでに私たちに気が付いており、ゆっくりとだがこちらに向かってきている。悠長にしている時間なんてものはない。
私たちはできるだけ早く魔法の準備を済ませた。そして、
「氷弾!!」「水晶の槍!!」
私たちの魔法が放たれる。
どうやら、マナリア先生がタイミングを合わせてくれたみたいだ。
私たちの魔法は、ほぼ同時にその竜の体を突き刺した。
私の氷の弾丸は、その体に着弾と同時に、その部位を凍り付かせる。どうやら、私の読みは当たっていたみたいだ。
あれは炎の竜で、弱点は氷属性というのは間違っていなかったらしい。
そして同時に着弾したマナリア先生の水晶の槍は、その竜の脇腹に大きく突き刺さった。
遠目からでもわかる。あれはかなりのダメージが入っているはずだ。
見るとその竜は苦しそうに身もだえしている。
「やりましたね。マナリア先生!!」
それを見た私は、何事もなく竜を倒すことができたことに嬉しくなってしまい、そう口にする。
だが、
「いいえ、ノーストリアさん。よく見てください。」
マナリア先生はまだあれを倒したと思っていないようだった。
私は彼女の言葉に従い、もう一度竜のほうを見る。
しかし、苦しそうにしているだけだ。とてもじゃないがもう戦えるような様子は見受けられない。
何をそんなに警戒しているのだろうか?
私はその光景を見ながら、首を傾げた。
「おお、マナリアのほうは気が付いたみたいだな。」
トロイヤが私たちのやり取りを見ていたのか、そう口にする。
あの竜の名前まで知っていたのだ。彼なら何か知っているのだろう。
「どういうことですか?」
私は素直にトロイヤに聞いてみた。
しかし彼は、
「俺が教えたらルール違反だろ?ここに来るのはあくまで案内なんだから、俺が戦ったらだめに決まっているじゃないか。」
とけち臭いことを言っている。
私は、そんなルールなんてないのに・・・と内心思いはしたが、彼の言っていることももっともだと気を持ち直す。
素材が必要なのは私たちなのだから、情報収集から戦闘まですべて私たちの手でやらなければならないということだろう。
私は再び、苦しそう?にしている竜の方向を見た。
その竜は依然として呻きながら、体を震わせている。
――――ん?
私はそこで一つの異変に気付いた。
ぱっと見苦しそうに身もだえしているだけの竜だが、その動きがどこか規則的なのだ。
まるで何かを狙っているかのような・・・・何かをする予兆のような・・・・
私はマナリア先生のほうをみた。
彼女はその異変に気付いていた。それ故に、もうすでに次の魔法を打ち込む準備を済ませていた。
そして、
「水晶の槍!!」
もう一度同じ魔法を繰り出した。
その魔法は、一直線に竜の方向へ飛んでいく。そして再び、その身に大きく突き刺さった。
次に当たったのは竜の左胸、人間だったら心臓がある場所だ。
竜もその位置に心臓があったはずなので、あれは致命傷になりうる一撃だ。
だが、その竜は先ほどの行動を続けていた。
まるで刺さった水晶など、気にする様子もなしにただただ同じような行動を繰り返した。
これには流石に私も危機感を覚える。
私はとっさに、次なる魔法の準備を始めた。使う魔法は先ほどと同じ、氷属性魔法の氷弾だ。
あまり時間をかけていられないと思い、最低限威力だけを高めて、魔法を放つ。
「氷弾!!」
その魔法も、その竜は何の抵抗もなくその身に受けた。
しかし、今度は先ほどとは決定的に違うことがあった。
私の魔法が着弾した地点が、凍り付かなかったのだ。威力が足りなかったか?と思いはしたが、違うみたいだ。
見れば初撃で凍り付かせた場所も、いつの間にか解けてしまっている。
いくら私が氷属性魔法が苦手だからといっても、普通なら凍り付いたままになっているはずである。
考えても答えは出ない。私はその竜の様子を睨みつけるように見ながら確認した。
そこでついにその竜に新たな動きがみられた。
先ほどから、体を震わせていた竜の動きが止まったのだ。
そしてみてみると、
――――ボトリ、 ボトリ、
と、その鱗が1枚1枚剥がれていっている。
「まさか脱皮でもするんでしょうかね?」
その光景を見て、冗談のつもりで心の中で思っていたことが、口に出てしまった。
私はとっさに口を抑える。
流石に、真剣な戦闘中に、冗談を言うのは悪いと思ったからだ。
しかし、
「お、正解だ。といっても、脱皮とは少し違うんだがな・・・」
と、トロイヤがそう答える。
―――どういうことだろうか?
冗談のつもりで言ったので、私は自分で言っておきながらもその意味を理解できてはいなかった。
だが、すぐにそれを理解することになる。
ボト、 ボト ・・・・
ついにすべての鱗が落ち切った。




