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怠惰の王は怠けない  作者: Fis
第3章 異世界勇者到来
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第59話 戦後の空気

―――空気が重い。


天使の襲撃は、敵の首魁が引いたこともあってその後すぐに退けることができた。

しかし、そのことに諸手をあげて喜ぶものなどいない。

この戦闘では多数の犠牲者が出てしまったからだ。街の者は皆一様に何故、どうして、と口に出す。


それがどんな意味を含んでいるのかは想像に難くない。


みんなは何故天使が攻めてきて、どうして知っている顔が死んでしまったのかを口にしているのだ。

しかしそこに明確な答えを出せるものはいない。


その場にいる大半の者が、天使の襲撃の目的すらしらないからだ。


私たちはそんな人たちの横をすり抜けながら街を出て、私の家に集まっている。

勇者パーティ、いや、元勇者パーティのメンバーであったダインとノーストリアは、勇者の死を告げられてその場にうなだれている。

一応、彼の死体は見せてはいない。


あんな状態の人にいたずらに追い打ちをかけるべきではないと判断したからだ。


そして一番重苦しい雰囲気を出しているのはヴェルだ。

彼はあのルーフィルが連れてきたキメラを見てからというもの、ずっとこの調子なのだ。

いや、正確には、あれがキマイラではなくキメラだと言われた時からね。


かくいう私の気持ちも、そこまで乗り切れない。むしろ負の感情のほうが強いといっていいだろう。

確かに、天使の襲撃を退けることはできた。

聖槍も一度は奪われはしたが、何とか取り返すことができた。

結果だけ見れば私に損はない。しかし、犠牲者を大量に出してしまったこの戦いの原因を作ったとなれば話は別だ。

勇者の死に打ちひしがれる彼らを見ると心が痛くなってくる。


私はそっと彼らから目を離して、下を向いた。

――――――その時


「イルさん、元気出してください!!」


マナリアの声が聞こえてくる。その声はいつものように明るい。


私は下を向いていた目を、彼女の方向へと向ける。


マナリアは笑顔を浮かべていた。

それはいつものような心の底からの笑顔ではない。表面だけを取り繕ったような、無理をしている顔だった。

それを見た私は再び目を伏せる。

すると今度は彼女が私の顔を両手で上に向け、目を合わせてくる。


「落ち込んでばかりじゃいられませんよ!!聞いた話によるとまた来るんでしょう?なら、今度は万全の状態で迎え撃ちましょう。誰も犠牲になることがないように・・・」


話している最中、街で見た光景を思い出したのだろう。

彼女の声は、少しずつだが小さくなっていた。だが、彼女は言い切った。

そうする必要があると判断したのだ。私は目の前にあるマナリアの目をみる。


――――綺麗な目だ。


その目からは決意ともとれる感情が読み取れた。

マナリアは言葉の通りもう犠牲者を出すつもりはない、そう言った目をしている。

見れば目尻に少しだけ涙が溜まっている。


私はそれを見て決心する。


次こそは完璧に向かい打つのだ、と。


しかし、言葉でいうのは簡単かもしれないが、実際は困難を極めるだろう。

それならば、彼女の言う通り今からすぐにでも準備に取り掛かったほうがいい。なんせ、天界+αと戦わなければならないのだ。


今回の戦いは、部隊がひとつと熾天使長だけだった。それだけであの有様なのだ。


次の一週間後の襲撃はもっと多くの軍勢が来るかもしれない。

さすがに、ミカエラが頭であることには変わりないが、次は初めからルーフィルと呼ばれた男が参戦してくるだろう。

あの男はキメラは人工の魔物だといった。

なら、あの一匹だけではないはずだ。


私はどんな準備をするべきかを考える。

そしてまずはヴェルのところへと向かう。彼はこちらの最高戦力だ。彼が怒りにとらわれたまま行動していしまって、取り返しのつかないことになったら困るからだ。


「ヴェル、ちょっといいかしら?」


私は語り掛けるように話しかける。彼は何も言わない。


「少しだけでいいわ。話を聞かせてくれないかしら?」

返事をしないことなど全く気にせずに、私は要件を言う。

本来なら、ある程度落ち着いてから話しかけるべきであっただろう。このように気が立っているところに、無遠慮でずかずか入り込んでいいような内容ではないことは、見ているだけでわかる。


だが、今は一刻も早く彼を復活させる必要がある。

私は彼が話始めるのを待つ。しかし、一向にその兆しは見えない。

まるで私のことが見えていないかのようだ。


私はヴェルのほほを軽くたたく。


「ちょっと!?聞いてるの!?」


ヴェルはようやくこちらに気づいたみたいだ。私の顔を少し見上げるように見ている。

彼が私のほうに気づいたところで、私はもう一度同じ質問をする。


「ヴェル、少しだけでいいから、あれと何があったのかを聞かせてくれないかしら?」


優しく、諭すように言った。

彼はそれを聞いて、少しだけ悩むようにした後、


「すまない・・・」

と一言だけ口にして、話を終わろうとする。

どうやら、話してくれる気はないようだ。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

私は今度は彼に強く言う。


「ヴェル!!いいから早く聞かせなさい!!」


我ながらひどい話だと思う。話したくないことを無理やり話せというのだ。

これでは反感をかわれても文句は言えない。

私は多少の反撃は無抵抗で受け入れるように、少しだけ歯をかみしめて彼の反応を待つ。


すると彼は諦めたような顔をして、ぽつ、、ぽつと話し始める。

何が彼をその気持ちにさせたのかはわからないが、とりあえずはよかったということだろう。













その後彼から聞かされたのはざっくりとまとめられた過去話だった。

ヴェルがレストアの近くの山を越えたところにある村に住んでいたこと。

彼がその村をひと月ほど留守にしたこと。

その間にキマイラが村を壊滅させたこと。


そんな内容のことを、大まかに、少しずつ話していく。

そして、今回の話で一番重要なことは、村を壊滅させたキマイラの姿が、先ほどルーフィルが乗っていたキメラのものと一致していることだ。


キマイラは食べた魔物の体の一部を吸収する。

それが意味することは、キマイラは食生活によって姿かたちが大きく異なる点だそうだ。

また、それ故に同じ形のキマイラはいるはずがない。

それなのに、まったく同じ姿のキマイラにまたがるルーフィル。何かがあるに違いない。


初めは村で倒したキマイラを死霊術か何かで操っているのではないかとも思った。

しかし、それはあり得ない。

あのキマイラの死体はヴェルがその手で処分したらしいのだ。


ともあれ、同じ姿のキマイラをみたヴェルは過去の怒りを思い出し、飛び出したらしい。


そしてそこで繰り出される人工物発言。

それが彼があれから怒りをあらわにし続けている理由であった。

私は今もなお怒りを抑えきれない彼に向かって一言だけ口にする。


「ヴェル、あいつは一週間後にまた来るらしいわ。だから、その時までその怒りはとっておきなさい。」


あまりにも適当な、励ましともなんとも取れない一言だったが、険しい顔をしていた彼の表情が少しだけ和らいだような気がした。

これならば、放っておいても何とかなるかもしれない。


明日になっても通常のように動けないようであれば、考える必要があるが、当面はこれでいいだろう。


私はその場を後にし、そしてダインとノーストリアがいる場所で歩く。

彼らにも立ち上がってもらわなければいけない。

街の戦力がただでさえ低下しているのだ。彼らを遊ばせておく理由はない。


そして彼らの前に立った私は、その場にいる全員が聞こえるような大きな声で宣言した。


「みんな、聞きなさい!!今回の天使襲撃の元凶は私よ!!」



その瞬間、ダインとノーストリアの突き刺すような視線が私に向けられた。






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