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怠惰の王は怠けない  作者: Fis
第3章 異世界勇者到来
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第55話 勇者の呪い

突き刺されたのが、腹だったのは不幸中の幸いだった。

これが頭とか心臓だったら、もう俺は死んでいるだろうから。俺は自分の体に刺さっている剣を見ながらそう考える。


いや、これではどうせ死ぬのだ。それならばいっそ、すぐにすぐに死んでしまったほうがよかったのかもしれない。


俺はゆっくりと目を閉じる。腹部には思ったより痛みはない。体が興奮状態にあるからだろう。

目を閉じると周りの音がよく聞こえる。


俺の耳に届いてくるのは悲鳴ばかりだ。

あらゆる方向から聞こえてくる。それを認識したからだろうか、俺は気が付いたら目を再び開けてアテルムを見据えていた。


「おや、まだ死んではいませんか。」


アテルムは俺に突き立てている剣を勢いよく引き抜く。

半分はそれによって支えられていた体だ。俺の体は、ゆっくりと前に倒れようとする。


しかし、俺は足に力を込めて踏みとどまり、手に持っていた剣を振りぬく。


それは躱されてしまったが、アテルムは心底驚いたような顔をしている。


「普通の人間なら腹部を貫かれればそのまま倒れるのですが、さすがは勇者といったところなんですかねえ?」


アテルムは再び剣を構える。

俺もつられるように、剣を構える。今になって、腹部の傷が大きく痛み始める。

その痛みに、本能が告げる。


ーーー今すぐ逃げろ。


いや、これは本能の言葉ではない。俺の、この世界に来る前の俺の言葉だろう。

どうしようもなく臆病で、自分の命を一番に優先していた、俺の言葉だ。


死に瀕したところで、心の奥底に眠っていた俺が戻ってきたみたいだ。


しかし俺はその言葉には従わない。従っていいはずがない。

なんせ俺は【勇者】なのだ。


自己犠牲の心は勇者の常だ。俺の耳に、誰かの助けを求める声が聞こえる限り、俺は戦い続けるだろう。

それがこの世界の勇者に与えられた使命なのだ。


俺はそれを理解した。そして同時に苦笑する。


先ほど、俺の目の前にいる男は【勇者】の称号を呪いだと言っていた。


まさにその通りだ。勇者の呪いを魂に刻まれた俺は、死ぬまで戦い続けさせられるのだ。

確か、日本にいたころにゲームが好きな友達が言っていたな。


「勇者は世界の奴隷だよな。あれをかっこいいと思う奴なんてどうかしてるよ。」


その当時は理解ができなかったが、今になってその言葉がすっと胸に入ってくる。

勇者は世界のために戦う。

勇者は正しいことをする。

勇者はみなを導く。


全ていいように聞こえるが、勇者自身のことについては誰も触れようとしない。

誰も興味なんかないのだ。

そうやって誰からも評価されないなか、勇者は体を張り続ける運命なのだろう。


そして、俺も。


俺は剣を構え、全神経を集中させる。


狙うは短期決戦だ。

腹部に大きな傷を負った俺は、長く戦えないだろう。

現に、今も俺の腹からは俺の命が流れ出している。

これが流れきる前に、あいつを何とかしなければならない。


そして、俺がとった行動は防御を捨てた突進だった。

万に一つにも勝ち目があるとするならばこれしかないだろう。


しかしこれは読まれていたみたいだ。アテルムは大きく横に飛び、突進の直線上から退避した。

チッ、これでは俺の刃は届かない。

そのうえ、力尽きたところを一方的にやられるだけだ。


そう思った俺は最後の賭けに出る。

俺はそのまま剣を横に大きく振った。だが、当然当たるはずはない。完璧に射程の外、最後の悪あがきだ。アテルムはそう思っていたのだろう。

その油断が命取りだ!!


「な!?」


突然のことに驚いたアテルムは声を上げる。

そしてすぐに横に跳んだ。


「はぁ、はぁ、、、もう少しだけ、油断していてくれれば、、よかったのものを、、」

俺はこちらを睨みつけているアテルムに向かって愚痴をこぼした。俺がやったのは剣の投擲だ。

しかし、それは寸でのところで躱されてしまった。

その大きな翼に突き刺すことはできたものの、致命傷は与えられなかったみたいだ。

そして、遂に最後の一滴まで絞り切ったのだろう。


俺の体はその場に倒れる。

あぁ、だめだったな。最後まで、頑張ったんだけどなあ、、


視界が少しずつ、狭くなっていく。もう限界が近いのだろう。俺はもう使い物にならないと判断して、目を閉じる。

結局、俺にできたことは、足止めと少し傷を与えただけか。


そして、自分が成し遂げることができたことを思い、そして心の中で嘆く。


どうして俺はこんなに弱いんだろうな、、、冒険者学校で、トップの実力を得て、増長したのが、原因だろうなぁ、、

もっと早く、挫折を知っていれば、違ったのだろうか?その問いに対する答えはない。

その代わりに、真っ暗な世界の中、勇者の耳がこちらに向かってくる足音を拾う。

状況的に考えて、おそらく、アテルムのものだろう。


「えぇ、あなたは人間にしてはよくやりましたよ。だからもう、お逝きなさい。」


その言葉と同時に、胸の辺りに、衝撃が走る。

それが、異世界から招かれた勇者、橘 賢哉が認識した、最後の世界だった。


あぁ、、できることなら、、俺も、、英雄と呼ばれるくらいの、、、、


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