第47話 怠惰による初めの修行
俺が弟子となったその日のうちに修行は開始された。
ちなみに、ノーストリアは別の場所で魔法の講義を受けている。
ヴェルさんが頼み込んでくれた結果だ。
そして俺たちは今現在、ヴェルさんを相手に戦っている。
戦いといっても、向こうからは攻撃をしてこない。
俺たちが攻撃を加えるだけだ。
しかし、その攻撃は一撃たりともヴェルさんの体に到達することはない。
俺たちは一心不乱になって一撃を入れようと試みるが、それは徒労に終わる。
ある程度の時間、それが続いた時、不意にヴェルさんが声をあげた。
「よし、取り敢えずはこのくらいでいいだろう。俺が気づいた事を言っていくぞ。」
どうやら今までのは俺たちの問題点を洗うためにやっていたみたいだ。
ヴェルさんがひとつひとつ問題点をあげていく。
「まずはダインだ。お前は咄嗟の判断が遅い。あらかじめ決められていた動きは良いんだが、予想外のことが起こると直ぐに動きが悪くなる。」
ヴェルさんはまだ少ししか手合わせをしていないのに、ダインの弱点を言い当てた。
確かにその通りだ。彼は危機回避能力に欠ける。
それは彼が盗賊職という事が関係している。
気配や罠の察知能力に優れた彼は次に何が出てくるかを事前に知る事が多い為、予想外の事にあまり出会わなかったのが原因だ。
彼自身、それは自覚していたのだろう。それを聞いて苦笑いをしている。
「そして次はケンヤの方だ。」
そして、ヴェルさんが俺の問題点をあげようとする。俺はそれを一言一句聞き逃さないように身を乗り出す。
「ケンヤは動きが綺麗過ぎる。理にかなった動きも大切だが、実際の先頭に必要なのはその時その時の判断だ。」
ヴェルさんはそう言った。俺は言われてみた事を頭の中で反芻するが、いまいちピンと来ない。
その為、質問を返す。
「動きが綺麗なことの何が悪いのでしょうか?」
俺は今まで剣術書を読んで勉強してきた。そしてその動きを完璧にマスターしたつもりだったのだが、それの何が問題なのだろうか。
「動きが綺麗という事はそれだけ先が読みやすいという事だ。よく思い出してみてほしい。朝、お前と相対していたイルはさほどそちらに目を向けていなかっただろう?」
そこまで言われて俺はやっと理解した。
俺は今まで流れに逆らわない動きを良しとしてきた。
それを始めてから剣術の腕が飛躍的に上昇したし、相手に勝てるようになったからだ。
しかしそれが通用するのは一定レベルまで、相手が強ければ強いほど、流れを読み取られ、先読みをされてしまう。
だからこそ、先程俺たちと戦ったイルと呼ばれている女性は、俺の攻撃を完璧に避けながらも詠唱の妨害に打って出る事が出来たのだろう。
それを理解した俺はさらなる質問をする。
「では、それはどうしたら治るのですか?」
体に染み付いてしまった動きを矯正するのは難しいと聞く。
それをどうやって治すというのか、単純に疑問に思ったからだ。
ヴェルさんはその質問を事も無さげに答える。
「取り敢えずは実戦あるのみだな。技というのはかける相手に合わせて変化するものだ。だから色んな奴を戦ってみるのが一番だ。」
そういう事らしい。戦闘能力は戦闘する事によって鍛える。そういう考えなのだろう。
これが冒険者学校の教師であれば、なにか別の訓練方法を提示してきただろう。
安全性などを考慮して一度座学に変化してもおかしくはない。必要な情報を叩き込んでから実技に移る。
それが学校の基本であった。
それなのにヴェルさんはそんなもの無意味とばかりにすっ飛ばしている。
彼は自分は師事役に向かないと言っていたが、そんな事も無さそうだ。
むしろ学校の教師より単純でわかりやすい。
俺は良い師匠を見つけたなと素直にそう感じた。
今までの奢り高ぶったままの自分なら考えられない事だろう。
そう思った俺は、次は何をするのだろうと思いながら話を聞く。
「じゃあ、今日はあと少しだけ俺と戦闘訓練をして終わりにしよう。本格的に始まるのは明日からだ。」
ヴェルさんはまだ太陽も高いのに次が最後だと言っている。
俺はそれに納得していたのだが、ダイン少し不満のようだ。
「えっと、それだけですか?」
遠慮しがちに聞いている。
「おう、そもそも、傷ついた体で訓練したら跡がたいへんだし、俺ばかりとやっていても変な癖がつきそうだからな。」
全くもってその通りだ。俺たちは朝から飛竜と戦いボロボロになっていた上に、イルさんにさらにボコボコにされた。
今は半ば興奮状態の為あまり気にはならないが、このままだと明日に響くだろう。
その意見に納得した様子のダインは少しだけ残念そうにいう。
「なら仕方ありませんね。早く始めましょう」
さっきから思っているのだが、ダインの奴、俺よりやる気になっていないか?
初めはそんな様子はなかった気がするのだが、何か心境の変化でもあったのだろうか?
「じゃあ、また始めるか。」
ダインの要求に応えるように再び修行が開始されようとする。
考えても答えの出ない事はこれ以上考えるべきではない。今は目の前のことに集中すべきであろう。
俺たちはヴェルさんに攻撃を当てられるように全力を尽くした。
その間、俺は少し無理な動きでも最善と思われる動きを取るようにしてみたのだが、それでも俺の剣は届かなかった。
ついぞその日、誰もヴェルさんに傷をつけることなく修行は終了した。
そして疲れ果てて座り込んでいる俺たちに対してヴェルさんは声をかける。
「明日も今日くらいの時間にここに集合な。あと、一応完全武装で来てくれ。」
「「は、はい!!」」
ヴェルさんはそれだけ言うと家の方に歩いて行った。
どうやら本当に今日のぶんは終わったみたいだ。
それを確認した俺たちは、体力を回復させながら、魔法使いの為別の所に行ってしまったノーストリアを待っていたのだった。
最近、少しずつPV数が増えてきてテンションが鰻登りな作者です。
次回も勇者側の修行の話になります。
次回投稿は明日になる予定です。
予定が狂って今日中に投稿されるかもしれませんが、遅くなって明後日になる事はありません。
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