第46話 異世界勇者は師匠を手に入れる
ヴェルさんが向かった先は森の中なのにも関わらず、大きな屋敷が建っていた。
どうやらここがヴェルさんの家なのだろう。
強い人はいい家に住んでいるのだな、とも思ったが、どうやら違ったみたいだ。
この家の家主は別にいるらしい。
そいつはヴェルさんの後ろについている俺たちを見て、さぞ迷惑そうな表情を見せた。
挙げ句の果てには俺たちを家に入れるつもりは無い、とまでほざいている。
ーーお前は何様のつもりだ。
その時感じたのはそんな事だった。
俺は勇者で相手はただの一般人だろう。そうか、俺が勇者であると言うことを知らないからそんな態度を取れるのだな。
よし、丁度自己紹介を促されたことだしここはひとつビビらせてやろう。
俺はその気持ちで自分のことを知らしめるべく名乗った。
勿論、勇者である事を強調してだ。
これでこいつも喜んで俺たちを招き入れるだろう。
そう思っていたが、その女の態度は全く変わらなかった。
いや、むしろ悪くなったと言ってもいいだろう。
それに加えて俺たちには帰れだの、ヴェルさんには何故こんなのを連れて来たのかだの、好き放題言っている。
これには心優しい俺でも流石に怒るしか無い。だが今はその気持ちをぐっと抑えてヴェルさんに誠実に頼み込む。
◇
俺の誠意を感じ取ってくれたのだろう。初めは断っていたヴェルさんは条件付きで弟子にしてくれるらしい。
しかもその条件はここの家主と戦って勝てばいいとのことだ。
なんだ、そんな簡単なことでいいのか。
おそらく、ヴェルさんもこの傲慢な態度に困っているのだろう。
俺はお灸をすえる気でその女に相対する。その女はどうにか逃げようとしているが、逃がすつもりはない。女の言葉を正面から切って捨てる。
すると今度は俺ではなく後ろの2人の方に声をあげた。
先ずは周囲から籠絡させていくつもりなのだろう。
確か日本にいた時、そんなことわざがあった気がするな。何だったか。
将を射んと欲せば、、、えっと、四面楚歌だったか?
取り敢えず周りから攻めろって言う意味だったと思うが、ここ2年で忘れてしまったな。
そんな事を考えていた時、女が発した言葉は想定外のことだった。
事もあろうかとかそいつは3人がかりでいいから掛かってこいとの事だ。
成る程、3対1なら負けてしまっても言い訳が効くからな。しかし俺はそうさせるつもりはない。
俺はその言葉を聞いた瞬間にそいつに向かって切り掛かった。
上段からの、速度重視の振り下ろしだ。
奇襲ということもあって、この一撃で終わるだろうと予想した俺はその剣を大きく振り抜いた。
しかし、剣からは何かを切った感触は伝わらない。
見てみると女は少し離れたところで話を続けている。
まるで、俺の事など眼中にないようだ。
ーーふざけるな。俺は勇者だぞ?
みんな俺を讃えてしかるべきでは無いか?俺の中に憎悪が渦巻いた。
それを同じくしてノーストリアが魔法の詠唱を始めた。聞き慣れた詠唱、中級の炎魔法の物だ。
女はそれを止める事ができずに立ち尽くしている。そして炎が放たれる。
炎は一直線に女に向かって飛来し、そしてその腕によって受けられる。
避ける事が出来なくて取った咄嗟の行動だろう。
俺はダインに向かって目配せをする。
それを確認した彼は直ぐに短剣を投擲する。
女は残った方の腕を使いそれを受けるが、そのせいで体勢が崩れている。
ーー貰った!!
俺はそう思い相手の懐に飛び込み、横に剣を振る。これで終わりだろう。
確かに、そこそこ強かったが、俺たち3人を一度に相手にするなどと馬鹿な事をしたのが運の尽きだ。
俺はそのまま手加減を一切せずに剣を振り抜く。
しかし、またもや剣は空を切る。
見れば腕を振り抜いた勢いのまま前につんのめる女の姿が、チッ、運のいいやつだ。
しかし相手にとって最低の状況は変わらないだろう。それなのに一度攻撃を躱せてしまった物だから勘違いしているのだろう。
この女は勝ち誇ったように俺たちを評価し後ろで見ていた少女によく見ているようにと口にしている。
あぁ、よく見ているべきだろう。俺たち負けるこの女の姿を、
今回は偶然にも防がれてしまったが、2度目は無い。
俺はノーストリアの詠唱の時間を稼ぐために女に切り掛かった。
冒険者学校で教わった剣術だ。それはとても理にかなった、無駄のない動きだ。
向こうは辛うじて躱せてはいるが時間の問題だろう。
ノーストリアが今、詠唱を半分終えたのが聞こえてくる。
もう少しでケリがつきそうだ。そう思いながら俺は慌てる事なく攻撃を続ける。
すると突然、その女はいつ拾い上げたのか、大きめの石を投擲した。
しかしそれは明後日の方向に向かって飛んでいく。
奇襲のつもりだろうが、焦ってしまって狙いをつけることすらできなかったみたいだな。
女の行動は自分に対して何の効果も及ぼさなかった為、そう判断してしまう。
しかし、また次いつ予想外の行動を取るかわからない。
そう思った俺は少し強く剣を持つ手に力を込める。
そのせいか体力の消耗が大きく、疲れてきたが問題はない。もうノーストリアの詠唱が終わる時間だ。
しかしいつまで経っても炎の玉が飛んでくることはない。
何故だ!?そう思い考える。そしてひとつの結論に至った。
先程の石は俺ではなくノーストリアを狙ったのか!?
その考えに至った瞬間、女は深く踏み込んで、そのまま横を通り過ぎる。
しまった。俺はできる限りの速度で振り向き剣を振る。
しかしその瞬間、ガクン、と自分の足が何かにとられらような感覚があったと思うと、衝撃がはしる。
何があった!?理解が追いつかない俺はそのまま地面に激突し、意識を失った。
◇
目が覚めた。
夢の中では俺たちとその女の戦いが第三者視点で映し出されていた。
それは誰の視点だったのか。それはわからない。
しかし、その光景は確かに先程の俺たちのもので間違いないだろう。
俺が知るはずもない、気絶した後のことまで映し出されているのだから、俺のものではないはずだ。
とても不思議なことであったが、それを見て俺はひとつの思い違いに気づいた。
それは圧倒的な実力差だ。
戦っている最中は自分たちの優位だと感じていたが、いざこうしてみると、掌で踊らされていただけだった。
先程までの自分がとても滑稽に見える。
意識が覚醒した俺は一言、言葉を発した。
ーーあなたの弟子にしてくれ、と
虫のいいのはわかっている。だが、言わずにはいられない。
俺たちは戦いに負けた。その為ヴェルさんの弟子になることは出来ない。
だが、俺は新しく師に相応しい人を見つけたのだ。
これを手放すわけにはいかない。
どうせ断られるだろう。手のひらを返すのが早すぎて呆れられもするだろう。
しかし、俺は諦めない。
その一心で頼み込む。するとその女はその頼みを断りはしたが、ヴェルさんに俺たちをみるように言いはじめる。
ヴェルさんも何故か逆らえないようで、渋々ながらも了承している。そして女の方は家の中に戻っていく。
そこでまた一つ気づく。
彼女は傲慢のように見えて、実は優しい人なのだ、と
師事をして貰うからにはガッカリさせるわけにはいかない。
俺はその思いを胸にヴェルさんの言葉を聞き逃さないようにと耳を傾けた。
ーー家の中に入れてあげてもいいか?
ーーダメに決まっているじゃない!!
そんな会話が聞こえてくる。
ああ、この人は将来、尻に敷かれるんだろうな。
俺は今日できた師匠を見ながら、そんな事を思ったのだった。
気づいているかもしれませんが、第3章はどちらかの視点だけ読んで入れば物語を追うことが出来るようになっています。
あと、これまた気づいているでしょうが、勇者である橘くんは現在、弱い部類に入ります。
戦闘力で言えばマナリア以下ですね。




