第43話 異世界勇者の挫折と決意
研修開始から数日が経った。
研修はつつがなく進行していた。
冒険者学校の生徒は言って仕舞えば冒険者見習い、そんな俺たちに回ってくるのは銅級冒険者がする依頼ばかりだった。
俺はその事を理解していながらも、不満を持っていた。
だってそうだろう?
俺は【勇者】だ。いつまでも薬草を拾ったり、ゴブリンを狩ったりしている場合では無い。
もっと自分に相応しい仕事があるはずだ。
俺はその事を仲間の2人に話した。
2人はこの研修に不満は感じていなかったらしいが、俺の言葉を聞き、
「確かに、もう少しやり甲斐のある仕事もしてみたいですね。」
「僕も、同じ様な依頼ばかりで少し飽きが来ていたところです。」
と、同意を示す。
やはりみんな同じ意見の様だ。
「じゃあ、決まりだな。」
みんなの意見を確認した俺はそう言うとクエストボードに貼られている依頼を確認していく。
学校の教師が言うには、俺にはミスリル級冒険者と同等の実力が備わっているらしい。
それならば、依頼はそこから選ぶべきだろう。
「お、これなんか良さそうだ。」
俺はひとつの依頼に目をつけた。
依頼書にはこう書かれていた。
『依頼 飛竜の討伐及びその素材の回収
報酬 1匹につき金貨200枚 必要資格 ミスリル級以上』
「飛竜、ですか。大きく飛びましたね。」
ノーストリアが俺が示した依頼を見てそう言った。
確かに、今までやって来た事とは比べ物にならないほど高難易度だ。
「でも、ケンヤがいるなら何とかなるんじゃ無いかな?」
だが、ダインは恐らくなんとかなるだろう、とも言う。
飛竜はミスリル級冒険者のパーティであれば、苦労はするがまず負けないらしいからだ。
これで俺たちの意見は固まった。あとはどうやって依頼を受けるかだが、まずは正面突破からだ。
俺は依頼書を剥がすと、それをそのまま受付に持って行った。
それを確認した受付は、呆れたような顔をしながら説明をしてくる。
「あのですね。この依頼はミスリル級冒険者以上でないと受けられないものになっているんですよ。」
そんな事は知っている。だから持って来たのだ。
俺はその言葉を無視するように言う。
「あれは実力の指標みたいなものなのだろう?それなら大丈夫だ。俺にはミスリル級の冒険者と同じだけの力がある。」
まあ、そこには「らしい」と言う情報も含まれているのだが、嘘は言っていない。
ともあれ、これで依頼は受けられるだろう。
俺に実力があると分かれば受けさせない理由は無いはずだ。俺はそう、確信していたが、
「さっきもいいましたように、その依頼に必要な資格はミスリル級以上です。そこに実力は関係ありません。」
と拒否されてしまう。
それに続いて聞かされた話では、どうも最近、ある1人の女性が銅級のままミスリル級の仕事を受けてより厳しくなっているみたいだ。
誰なんだそいつは!っと、問いただしてみたが、情報はしっかり管理されているらしい。
個人を特定しうるものは何ひとつ聞く事は出来ない。
くそっ、そいつのせいで俺は華やかな研修に水を差されたような気がして内心、憤慨した。
しかしここでそんな事を言っても仕方がない。
俺は受付に「すまなかった」とだけ伝えて、仲間の元へ戻った。
「すまない、受けられなかった。」
俺は正直に謝る。
「別に気にすることは無いですよ。これは諦めて回されてくる仕事をこなすしか無いようですね。」
「じゃあ、今来ているゴブリン種の討伐にでも行きましょうか。」
俺の失敗を気にする様子もなく、2人は俺を慰めてくれる。
本当にいい仲間だ。それでこそ俺に相応しいだろう。
「ああ、そうだな。俺も少し焦っていたみたいだ。」
急いては事を仕損じる、と言う言葉があるくらいだ。ここで焦っても仕方がないだろう。
そう思いなおした俺はゴブリンを倒すために仲間とともに街の外に出る。
しかしそこで見たのは、悠々と空を飛んでいる竜だった。
これは神からの啓示だ。
それを見た俺はそう確信した。
そしてこの竜を倒せば、先程の受付を見返してやれるだろう。
そう思った俺は飛んでいる竜を魔法で落とす事をノーストリアに頼む。
彼女は、快く受けてくれた。俺の考えが通じたのだろう。
ノーストリアが少しの詠唱をしたあと、炎の玉が飛竜に向かって飛んでいく。
それはすんでのところで気づいた飛竜に躱されてしまうが、飛竜がこちらの存在に気づいたので良しとしよう。
俺は腰にある剣を引き抜き構えた。
此処からだ、此処から俺の英雄譚が始まるのだ。
その時俺は、その気持ちで一杯だった。
しかし現実は甘くはなかった。
俺たちの想像以上に飛竜が強かったのだ。
こちらの攻撃はその鱗によって阻まれる為、生半可なものではダメージを与えることすら出来ない。
逆に、向こうの攻撃は直撃すればそれだけで致命傷になり得る威力だ。
神経をすり減らすような戦いが続いていたが、俺たちは一応互角に戦えていた。
しかしその均衡はすぐに崩れ去る。
ある時、不意に飛竜空高く舞い上がり、その口を大きくあけた。
まさか、逃げるのか?
そう思ったが違ったみたいだ。それにダインが真っ先に気づいた。
「2人とも!!避けて!!」
その言葉の直後、飛竜は開けられた口から炎を放った。
ダインの警告により、なんとか避けることに成功したが状況はかなり悪い。
飛竜はまだ口を開けたままで、再び炎を吐いてくると予想されるからだ。
このままではいつかやられてしまう。
そう思った俺は神にもすがる気持ちで念じた。
『俺は異世界勇者で特別な存在だ。ここで大きな力に目覚めなくていつ、力を手にするんだ。』、と。
それこそ、分不相応な考えだ。
いくら異世界から来ていたから、いくら勇者だからと言って過程をなくして結果を得るなどあり得ない。
それが世界の常識なのだ。
しかし、異世界から来たと言う非常識と、日本にいた頃の異世界転移の常識がその考え方に疑問を抱かせない。
案の定、勇者はなにも得ることはなく、飛竜の炎をかいくぐるので精一杯だ。
このままでは本当にやられてしまう!!
そう思ったその時、飛竜が突然力をなくして落ちてくる。
ズドン!!
その巨体が高高度から落ちたことで爆発音に似た音が鳴る。
そしてその音が鳴り止んだくらいの所で、
「よーし、今日は竜の肉だー!」
と、嬉しそうに落ちた飛竜に向かう男の姿があった。
俺は咄嗟に飛竜を確認する。
それは大きな傷を負ってはいるものの、まだ動けるくらいには元気だった。
「おい!あんた危ないぞ!!」
それに気づかずに歩いていく男に俺は必死で叫ぶ。
飛竜は近づいて来た男に向かってその爪で攻撃を加えようとしている。
チッ、この位置からじゃ間に合わない。
俺はそう判断して事が終わるのを見守ることにする。
あの飛竜はかなり弱っている。
それならば俺たちでも倒しきることはできる。すぐに仇はとってやるから許してくれ。
そう思いながらその光景を見続ける。
しかし、起こったのは俺の予想とはかけ離れた事実だ。
飛竜の爪が当たる瞬間、男の体がぶれてその爪を掴んでいた。
かろうじて目で追えたが、それ故に男と自分との実力差を理解してしまう。
あの男は俺なんかよりずっと強い。
俺は飛竜にとどめを刺している男を見ながらそう確信した。
男はヴェルフィスと名乗った。そして危なくなったら意地を張らないで逃げろとも言った。
そうか、そうだな。俺は意地を張っていたのかもしれないな。
ヴェルと名乗った男の言葉に感銘を受けた俺は決心する。
この男の元で一度修行することにしよう。
そしてその修行を終えた時、俺の異世界無双を再び始まるのだ、と。
俺は仲間を引き連れて飛竜を引きずって何処かへ向かっているヴェルフィスの後を追いかけた。




