第34話 マナリアの戦い
レンちゃんのダンジョンに入った私は、以前ここを出るときに貰ったこづちを真っ先に打ち鳴らす。
それはヴェルの持っていたものと同じような高音を響かせる。
そしてそれから少しして、
「イル、いらっしゃい、よくきた」
と言う声と共に1人の少女が現れた。レンちゃんだ。
私は彼女に尋ねる。
「レンちゃん、急で悪いのだけれどマナリアが来なかったかしら?」
その言葉にレンちゃんは「マナリア?」と小首を傾げる。
私としたことが説明を忘れていた。
平静を保っているつもりだったが、かなり焦っているみたいだ。
私は要件を掻い摘んで説明を始める。
マナリアとはこの前ヴェルの見張りを頼んだときにいた女性のこと、彼女がここにいるであろうこと、彼女の身に何か起こっている可能性があること。
それらの事を簡潔に説明していく。
そしてレンちゃんは
「あさ、たしかにそのひとみた、でたのはみてないから、たぶんここにいるはず。」
マナリアが入ってきた事を告げる。
「ちなみに何処にいるか分かるかしら?」
駄目元で聞いてみた。ダンジョンの主なら自分のダンジョンの中を把握している可能性があるからだ。
しかし、
「ごめんなさい、、ひとがいるのは、わかるけどこたいのはんべつはむり。」
帰ってきたのはそんな言葉だけだ。範囲が広すぎて詳細には確認出来ないみたいだ。
でも今回はそれで十分だ。
「謝ることはないわ。それだけ分かればもう見つかったも同然だわ。」
私はそう言って聞かせる。そして直ぐに頼み込む
「お願い、レンちゃん。3人組で揉めてそうな冒険者がいないか探してくれないかしら。お礼はちゃんとするわ。」
3人組の冒険者なんてものは数え切れないくらいいる。しかし、ダンジョンで揉め事を起こすものはごく僅かだろう。そう思って尋ねる。
「ん、ふたくみだけいる。ひとくみめは、ここのひとつしたのかいそう。もうひとくみは、かなりふかい、ここからはちかいそうしたにいる。」
結構細かく分かるのね。人の数はともかく揉めてるか否かとかどうして分かるのかしら。
私はレンちゃんの情報を元にまずは1つ下にいる方から当たってみる事にする。
「ありがとうレンちゃん、後で私にできる事ならなんでも聞いてあげるから、お礼、考えておいてね。」
レンちゃんに手を振りながら私は走り出す。
もし下にいる方がマナリアだったのなら、急いだ方がいいわね。
そう思い私はトロイヤに作らせた魔道具を身につけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは街の中央にあるダンジョン。
私はそこで2人の男と戦っていました。
片方は斧、片方は剣を持って私に襲いかかってきます。
正直、逃げてしまいたい気分ですが、ここはダンジョンの地下8階層、このまま逃げても魔物と挟み撃ちにあってやられてしまうのがオチです。
ここは耐え忍びましょう。
しかし、どうしてこんな事になったんでしたっけ?
確かあれは今日の朝、目が覚めた私は待ち望んだ朝に歓喜していました。今日は魔道具を受け取る日だ、と。
それで朝早くに起きた私は、支度を済ませてまずはいつものようにギルドに顔を出しに行ったのですが、そこで2人の男が私の前に現れました。
名前は覚えていませんが見覚えがあります。
確か冒険者学校に通っていたときに隣のクラスだった人達です。
その人たちは私の道を塞いで、「お前は弱いから俺たちが鍛えてやる」と言い放ちます。
私としては余計なお世話です。名前も実力も知らない相手に教えてもらうことなんてありません。
師匠にもそう教えられました。
だから私はその2人の誘いを断わり立ち去ろうとしました。しかしその2人は私の腕をつかみ強引に引っ張ります。
何するんですか。痛いじゃないですか。
同じ腕を引っ張って引き寄せる、という行為でもイルさんがやったときは心地よさすらあったというのに、この人たちのは痛いだけです。
どうしてでしょうか。
私は必死に抵抗しましたが、相手は戦士職で私は魔法使いかつ女性、腕力で勝てるはずはありません。
ここは仕方なく一旦誘いに乗るとしましょう。隙を見て逃げて仕舞えばいいのです。
私は男達に分かったから離してくれと頼みます。
すると彼らは気を良くしたように笑いかけてきます。
しかし、その笑みはどこか邪な感情が見て取れます。こんな人達と長い間一緒には居たくないものです。
ですが私の願いとは裏腹に私達はダンジョンに潜る事になります。言わずと知れた街の中央にある大きなやつです。
これは長期戦も覚悟する必要がありそうです。
ダンジョン内部ではその男達は全くと言っていいほど仕事をしませんでした。
したことと言えば私が倒した魔物のドロップ品を拾うくらいです。
彼ら曰く、「鍛えてるんだから俺たちがやったら意味がないだろう」との事らしいのですが、明らかにこれは嘘でしょう。
しかし困りましたね。
彼らが戦わないのであれば隙を見て逃げることすら難しそうです。
そうこうしている間にドンドン深くに潜らされます。
そしてその時がやってきます。
地下8階層
私としては魔力が少なくなってきているのでそろそろ帰りたいのですが、、そう言った時でした。
彼らの一方、斧を持つ方が私にその斧をふるいます。
時を同じくしてもう一方が腰に差していた剣を引き抜き構えます。
何をするんですか!?私は一応聞いておきます。
するとその男達はあっさりと目的を話してくれました。
なんでも、魔物を倒すよりお金を持っている人を倒した方が効率がいいんだそうだ。
しかも魔法使いなんかは魔力を枯渇させれば返り討ちにあうこともない、ということらしいです。
そして彼らは銅級、つまりは初心者ばかりを狙うそうです。
私はふざけるな!!と思います。
だってそうでしょう?こんな人達に殺された人達は報われないにもほどがあります。やっと冒険者になって、お金を手に入れて、これからまた上を目指して、って行こうとしたところにこの人達です。
私は決意します。
今まで殺されてしまった人の為にも、この人たちのは悪行は明るみに出すことを、
そして私は彼らと対峙するのであった。
あぁ、ここに至るまでの経緯を思い返した私は一層強く彼らを睨みつけます。
しかし魔法はほぼ使えません。使えて中級魔法一発分と言ったところです。
これはここぞという時に使うべきでしょう。
私はローブの中に隠し持っていた短刀を取り出して構えます。師匠が教えてくれた通りです。
「冒険者なら武器の1つや2つ隠し持っていろ。いつか必ず役に立つ。」と師匠がよく言っていました。
師匠に感謝ですね。
本来は奇襲用のものですが背に腹は変えられません。武器も魔力もなしじゃまともに戦えませんからね。
ちなみに私が隠し持っているのは今はこれだけです。
魔力を増幅してくれる短杖は折られてしまった為です。
あれがあれば残りの魔力を掻き集めれば中級魔法を2発は打てるのに、そう思うとトロイヤさんが憎らしくなってきます。
いけない いけない、お代を無料にして貰ったんだからそれはもう忘れないといけません。
そんなことより目の前の敵です。
彼らは対人戦に慣れているのでしょう。動きに迷いがありません。
対する私は対魔物以外はあまり得意ではありません。その上数の上でもこちらが不利となっています。
何か打開策を見つけないとこのままではやられてしまいます。
ここは私の持っている物を確認しましょう。
まずは短刀。今現在戦うことが出来ているのはこれのおかげですね。思ったより頑丈に作られているので受けに回っても問題ありません。
次は魔力、中級魔法一発分だけなら放つことが出来ます。
お次は【称号】。私の所有称号は【魔術師】、【探索者】、【節約家】の3つです。
今の状況で使えるのは【魔術師】くらいですね。
【魔術師】は【魔法使い】が進化したもので保有魔力を増やしたり魔力操作が上手くなったりします。
【探索者】は罠や宝箱、そして隠し部屋を見つけやすくなります。戦闘には一切貢献してくれません。
【節約家】は消耗品の効率的使い方を教えてくれます。魔力も消耗品扱いなので効率的に使えます。
最後に魔法、私が今使える魔法は中級魔法までてす。
どっちにしても上級魔法は元々殆ど使えないので関係ありませんが一発しか撃てないのは問題です。
初級魔法は数発撃てるのですが威力が足りないでしょう。残っている魔力を全て込めれば初級魔法でもそこそこの威力が出るのですが、そんな時間はありません。
現在は相手の攻撃を捌くので手一杯です。魔力なんて練っている暇はありません。
これは困りました。整理してみましたがこの状況を打開出来そうな物はありません。
あと残っているものといえば魔物の素材くらいです。
ーーーあれ?魔物の素材?
そういえば、まだあれがあったはずです。
そこまで考えたところで状況が一変します。今まで必死に相手の攻撃に耐えてきた短刀が中程から叩き割られる。
なるべく受け流すことを旨としてきたけど、限界だったようです。
それを見た2人は下衆な笑みを浮かべています。
「へへ、手こずらせやがって。楽には死なさねえからな。」
と剣を持った男
「あぁ、そうだな。それにしてもよく見りゃ結構いける見た目してるじゃねぇか。俺の夜の相手をしてくれるってんなら、命だけは助けてやってもいいぞ。」
と斧の男がそれぞれ好き勝手言っています。
当然といえば当然です。相手は魔力が切れて武器も失った魔法使い、もう抵抗の余地はないでしょう。
しかし、私は抗う姿勢を崩しません。
それを見て苛立ったのでしょう。斧を持った男が空いた他の方を力強く伸ばしてきます。
どうせ、邪なことでも考えていたのでしょうね。そして私は抵抗する力がないように見える、だから油断しているのでしょう。
私は伸ばしてきた手に向かってそれを思いっきり振り抜きました。
男の腕からは鮮血が噴き出します。
「があああああぁぁぁぁ!!」
男が叫び声を上げました。そしてすぐさまこちらを睨みつけてきます。
私の手には一本の刃物が握られていました。それはとても美しく周りの光を反射しています。
そう、私が握っているのはクォーツドラゴンの爪です。イルさんに迷惑をかけたことを忘れない為にとお守りとして一本だけ残して置いたものです。
それがこんな風に役に立つなんて、イルさんのおかげですかね?
私の手に鋭利な物を確認した男達は再び戦闘態勢に入ります。
先程奇襲に成功して、腕に怪我を負わせることが出来た為、斧の男は斧を振り回すのが困難みたいです。
明らかに動きが悪くなっています。しかし剣の男の方はまだ元気です。
仲間が傷つけられたことに怒りを覚えたのか先程より苛烈に攻めてきます。
状況はかなり悪いですね。斧の方は動きが悪いと言っても数で負けていることには変わらないのです。
またいつか均衡が崩れる時が来るでしょう。
そしてそれはそう遠くないように思えます。
私の体力に限界が近いからです。単純計算私は相手の倍動く必要がある為、相手より先に体力が尽きるのは当たり前でしょう。
これはなんとかしないといけませんね。
そう思った私は少し強めに攻撃を弾き距離をとり、そして叫びます。
「レスト!!」
レストは回復魔法の一種です。傷を癒すヒールとは違い、体の傷には効果を及ぼしませんが失われた体力に大きな効果をもたらします。
その証拠に先程まで肩で息をしていた私の呼吸は整っています。
最後の魔力を使ってしまいましたが、これならまだ戦えそうです。
私は再びドラゴンの爪を構えます。戦いはまだ終わる気配を見せません。
そこから先は長期戦でした。
負けるわけにはいかない、何としてでも生きなければいけない、私はその想いで男達に向かいます。
そしてその願いが通じたのでしょうか?
私が再び肩で息をし始めた時、
「そこの2人!!そこまでよ!!」
と言う声と共に、禍々しくもどこか美しい黒いガントレットをその手につけたイルさんが男達の後ろから現れたのでした。
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