第32話 依頼完了!
目が覚めた時、初めに見たのは自宅の天井だった。
どうにも記憶が曖昧で何があったのか1つ1つ思い出す。
あぁ、確か私、ドラゴンに引っ掻かれたのね。
自分が自宅で寝ている直接の理由を思い出し体を起こす。
不思議なことに何処にも違和感はない。
しかしあれだけ深く抉られたのだ。傷は残ってしまっているだろう。
そう思って姿見の前に立ち、着ている服を脱ぐ。
誰かが着替えさせたのか見覚えのない服を手に持ったまま、背中越しに鏡で体を確認する。
驚いたことに傷1つ残っていない。それどころか以前ルークに斬られた時に残ってしまった左腕の傷さえも消えていた。
そうやって自分の体の調子を確認していると、
ガチャリ、という音がして部屋のドアが開いた。
入ってきたのはマナリアだった。
彼女は姿見の前で裸になっている私を見て一瞬面食らったようだが、直ぐに
「イルさん、目を覚ましましたんですね!?よかったぁ。」
と半分涙目になりながら近づいてくる。
「えぇ、見ての通りよ。ちなみに、この治療は誰が?」
聞かなくても答えは分かっている。
「あ、それは私がやらせていただきました。あの、出来るだけ頑張ってみたんですけど上手くできなくて、、ごめんなさい」
やっぱりマナリアが治療してくれたみたいだ。
上手くできかったとか言ってはいるが謙遜もいいところだ。何せ本来残るはずの傷さえも残ってないのだ。
熟練の司祭職でも難しい治療のはずだ。
「謝らなくてもいいわよ。むしろお礼を言いたいくらいだわ。だって見て、傷が1つも残ってないのよ!」
私がそう言って背中を見せると彼女の表情が少し明るくなり、また直ぐに申し訳なさそうな顔に戻った。
「元はと言えば私の不注意がいけないんです。庇って貰ったのに傷を残してしまってはご先祖様に顔向けできません。」
どうやらこの娘は自分が悪いという考えを改めるつもりはないようね。
そう思った私は脱いだ服を再び着ながら話題を変えることにした。
「そういえば依頼ってあれで達成でいいのよね?」
「は、はい、ルークさんが報告に行って報酬も受け取ったみたいです。」
「そう、そこで報酬の取り分の話なのだけど」
みんなで受けた依頼だ。きちんと納得のいくように分けないとその気持ちから報酬の話を口にした。
すると、
「い、いりません!!報酬なんて!!私のせいで怪我をさせてしまったんですからお二人で分けてください!!」
そう強く反論される。
多分だけど、さっきと同じでいくら分けると言っても受け取ってくれないでしょうね。
でも一応押すだけ押してみようかしら
「そんなこと言わずに受け取るといいわ。報酬の三分の一、金貨667枚分後でルークに言えば渡してくれると思うわ。」
「だから受け取れませんって!!」
マナリアは顔を赤くして言う。そして直ぐに
「だって、私のせいで、イルさん、死ぬところだったんですよ!?あの傷本当に酷くて、イルさん、が気絶してから、全然、目を覚まさなくて、私、心配で、、」
と泣き出してしまう。
これは悪いことをしたわね。私はマナリアに抱きつき後ろに回した手で彼女の頭を優しく撫でる。
「マナリア、気にするな、なんて酷なことは言わないわ。でも覚えておいて、私が今生きているのはあなたの治療のおかげだってことを」
私は彼女を撫で続ける。そして続ける。
「私はあなたを助けた。あなたは私の命を救った。それでいいじゃない。」
そう言って彼女を抱きしめる力を少しだけ強くする。
その言葉に対して彼女はもう何も言わない。
ただただ、私の方を見て泣き続けるだけだった。
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「結局、報酬はいらないって話じゃありませんでしたか?」
後日、ギルドでマナリアと待ち合わせをしていた私は、彼女が前の席に座ると同時に金貨が入った袋を机に置いた。
「いや、あれとは別、これは治療代よ。」
「いや、あれも庇ってくれたことに対するものって事で受け取らないって決めたじゃないですか。」
マナリアはいつものように自分の主張をはっきりと述べる。
しかしあの後色々考えては見たが、やっぱり無報酬というのはおかしいと思ったのだ。
今回ばかりは彼女に折れてもらうとするわ。
「いや、背中じゃなくて腕の方、あれずっと残る傷っぽくて最近の悩みのタネだったのよ〜、ほら、私も乙女な訳だし体に傷があるっていうのは如何ともし難かったのよね」
そう言ってマナリアの方に金貨袋を寄せる。ちなみに袋の中身は金貨1000枚だ。
考えてみたらルークの分は必要なさそうだし。
マナリアも私の絶対に折れないという意思を感じ取ったのだろう。
仕方なく、と合う感じではあったが受かってくれた。
「じゃあお金の話はこれくらいにして今度は素材の話ね。」
忘れられている気がするが今回の依頼は魔道具の素材集めの一貫だ。
当初の目的より圧倒的に上質な素材が手に入り私としては満足だ。
「ああ、そう言えばまだでしたね。私は少しでいいんで後は全部貰っちゃって下さい。」
マナリアは最低限しか受け取るつもりはないようだ。まあ、先程の金貨袋同様、無理な理由を作ってでも渡すつもりだけど、、
「そう、それなら取り敢えずこれだけ渡しておくわね。」
そう言って私はカードを取り出し素材を実体化させる。もちろん、カードは見えないようにした。
取り敢えずマナリアには
『Aー水晶竜の表皮』×5
『Aー水晶竜の爪』×6
『Aー水晶竜の牙』×1
『Sー水晶竜の魔石』×1
を渡す。正直、肉とか手足とか頭とかは貰っても嬉しいかどうかわからなかったから私が全部貰う事にした。
「それだけあれば足りるでしょう。丁度良質な魔石も手に入って必須素材は集まったわね。足りなかったら遠慮なく言ってね。」
ちなみに金属として使うのは私達を苦しめたあの表皮だ。流石に鉱山の鉱石を食べまくったクォーツドラゴン4体分かつ、それを圧縮したその表皮はありえない硬度を誇っていた。
オリハルコンとか目じゃないくらいだ。
下手すれば神玉鋼より硬さだけなら勝っているかもしれない。
「足りないなんてことはありません!有り難く頂戴しますが、、、イルさんは魔石いらないんですか?」
「ええ、私は元々いいやつ持ってたからね。正直いうと必要なのは金属だけだったのよ。」
「そうですか、ではどうです?このままトロイヤの魔道具店まで行くのは」
マナリアはそう提案してくる。
私としては賛成だ。そもそもこの後行くつもりだったし。
そういうわけで私はその提案を快く受ける。
「いいわね。このまま一緒に行きましょうか。」
断られるとでも思っていたのか、私の返事を聞いたマナリアは表情を明るくし、声を弾ませて手を差し出してくる。
「では、善は急げ、です。早速行きましょう!!」
やれやれ、と思いながらも私は彼女の手を取り席を立った。
2章はもう少しだけ続きます。
それにしても、どうしてみんな『かばう』を使って怪我をしてしまうのでしょうか?