第19話 強欲は即決する
今回は前半イシュル視点、後半不動産屋視点です。
私が購入を決めた家は森の中にある家だ。
丁度周りに誰もいない環境が欲しかったのだ。
本当にその家でいいのか、そう男は聞いてくる。
「ええ、問題ないわ。それで、その物件はいくらだったかしら。」
確か金貨500枚ぐらいだった気がする。
「え、えっとですね。この物件は先ほど申し上げた通り立地が悪い為金貨520枚となっております。お支払いの方ですがいかが致しますか?金貨520枚ともなれば大金ですので、分割払いに致しますか?」
男は驚いてはいたがすぐに気を取り直した様で支払いはどうするかと聞いてくる。
どうやら分割払い、いわゆるローンを組む事も可能な様だ。しかしその必要はない。
「現金をこの場で支払うわ。お互い、その方がいいでしょう?」
「え!?」
私には先ほど巻き上げた大金がある。
そう言って私は金貨の入った袋を一度机に置く。
そして中から520枚を数えて机に重ねて置き、それ以外は袋に入れて再びカード化した。
「現金でのお支払いになりますか。
いやはや驚きました。家などの大きな買い物になると分割払いが普通なものでして。」
男は目を見開いてこちらを見る。
そして気が緩んだ顔をすると、
「では、契約成立の為こちらに記入をお願いします。」
こちらに書類と羽根ペンを渡してくる。
えっと、なになに?
基本的には冒険者ギルドで書かされたものと変わらないわね。不動産屋が購入後10年間は保証してくれるみたいなので、ある程度こちらの情報が必要なのだろう。
有難いことに種族やら称号やらといった書けない項目はこちらにはないみたいだけど。
私は書類の記入を終えてそれを提出する。
それを確認した男は満足した様に、
「問題無いみたいですね。」
と言い、日にちの欄に今日の日付を記入する。
そしてそれが終わったあとこちらを見て、
「よろしければ家まで案内致しましょうか?この地図では正確な場所がわからんでしょう?」
と笑った。
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私は今、新居の前に立ち尽くしている。
そこは森の中と言うところもあり、門や塀の周りには蔦が絡まったりしている。
しかし、それはさしたる問題ではなかった。
私の頰が思わず緩む。
「気に入られたみたいですね。あとこれ、鍵です。」
男はそう言って鍵を私の手の上に置く。
「ありがとう、案内してくれて。ここから先は1人で大丈夫だからあなたは街に帰るといいわ。」
「では、お言葉に甘えて。」
私が帰宅許可を出すと男はそそくさと立ち去った。
そんな事よりこの家だ。
ある程度散らかっているのなど全く問題にしていない。
家自体は大きく、庭も広い。
まるでお伽話に出てくる様な外観をしている。
しかしそれすらこの家の魅力の極一部でしか無い。
この家一番の魅力、それは
この場所から魔素が湧いている事だった。
これで金貨520枚は私が得をしすぎているわね。
私は【強欲】に似合わず、そう思うのだった。
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幕間
ーーーー大儲け話ーーーー
私は不動産屋であり、名をカイルと言う。
いつもフロアで働いているがこれでも一応この不動産屋の幹部だったりする。
店長曰く、
上に立つものは下で働くの者の苦労を知り、下で働く者は上に立つ者の責任の重さを知るべき
だ、そうだ。
私としてはこの言葉に納得いかない部分もあるが、それはどうでもいい事だろう。
しかしここ最近は街の中央に巨大なダンジョンが出来たとかで街は大騒ぎだ。
そのお陰でこの街に長期滞在する為家を貸して欲しいと言う客が増えており、非常に懐が潤っている。
本当にダンジョン様様だ。
私が朝の仕事をしている最中の出来事だ。
店の入り口が開く音がした。
見れば1人の女性が今正に入店しようとするところだ。
私は他の職員に客を取られないように素早く対応に入る。
ここでは業績によって給料が少し変化するからだ。
今日もしっかり稼がせて貰おう。そう思い私はお客様を席へとご案内するのであった。
そのお客様はどうやら大きな家が欲しいとのことだった。
これは真の意味でのお客様だったと言うことだろう。
最近は短期間の賃貸が多かった為、こういうお客様は久しぶりだった。
これは胸が踊るというものだ。何故なら家を丸々1つ購入させる事に成功すれば、賃貸などに比べて一気に業績が増えるからだ。
これは真摯的な対応をするべきだな。そう思い私は資料を取り出した。
ある程度目を通したお客様は、他のに比べて値段が低い3つの物件の資料を見せて何故なのかと質問してきた。どうやら値段が低いと見て直ぐに飛びつくような事はしないらしい。
その3つが安い理由は確認しなくとも覚えていた為即座に質問に答える。
そして3つとも説明し終えた後、お客様は迷いなく1つの資料を突き出した。
どうやらこれにするみたいだ。
えっと、なになに?
え!?これはさっき地雷物件だと説明した中で一番不人気な森の中の家じゃないか!!
何かの間違いがあったら大変だ。本当にそれでいいのか聞いてみる。
しかしお客様は間違いなくこれがいいとのこと。
しかも支払いはこの場での現金払いだ。
恐ろしく羽振りがいい。
私は今までの経験から分割払いを選択するだろうと考え、自作のローンプラン表を取り出す準備をしていたのだが、無駄になったみたいだ。
現金をその場で並べ、少し満足そうな表情のお客様。それをみた私の気が少し緩む。
そして、私も非常に満足していたので普段なら行く気もしない南の森まで案内を申し出る。
お客様が家を見たときどんな反応をするのだろう。
ふと、そんな事を思ったからだ。
森の中を少し進むとそれは姿を現した。
今回の物件だ。
お客様はそれを少し見た後、何かに気がついたようで頰を緩めたまま見入っている。
そして早く見て回りたいのだろう。私に遠回しに街に帰るように言ってくる。
これ以上邪魔するわけにはいかないため私は小走りでその場を後にする。
そして私は、今日は朝からいい仕事をしたという充実感で満たされたのだった。
店に戻った私は先ほどの客のことを思い出し笑みを浮かべる。
家を現金払いで売ることができた上にその家は売れ残り続けていたものときた。
店長が売れ残り物件を売った職員にはその日のうちにボーナスをくれるようなので私は非常に満足だ。
あの物件を買ってくれた客に感謝だな、と思い今日出るであろうボーナス金の使い道について考える。
そうだ、久しぶりに友人と飲みに行く事にしよう。彼も冒険者ギルドのギルド長とあって多忙な毎日を過ごしているだろう。
今日くらい、酒に溺れても誰も文句は言わないだろう。
そこまで考えた私は、業務を再開するのであった。
カイルさんが接客中のみ『お客様』と呼んでいるのは、接客中は真摯な気持ちで客に接して不快感を抱かせないために心を完全に入れ替えているからです。
俗にいう『接客モード』というやつです。
別に情緒不安定とかじゃありません。




