第17話 強欲は絞りとる
最近一話一話が長くなっている気がするのは気のせいでしょうか。
※注 ・この話での交渉術は現実で使える程のものではないと思われるため、実際に使う場合は相手を選ぶ事をお勧めします。ゼッタイに大切な場で使っちゃダメだぞ!!というやつです。
ギルド長のアイザックにより応接室に呼び出された私達はそこにあったソファーに腰掛ける。
その場にはギルド長であるアイザックと先程の受付嬢、そして私とヴェルが向かい合って座る。ソファーは二人がけの為、陣営ごとに座っている様な感じだ。
「で、こんなところに呼び出して何の用なの?」
大体は見当がついてはいるが取り敢えず問いかける。ここでは私が今、不機嫌だと思わせた方が下手に出てくれる可能性があるからだ。
「いや、さっきの牙のことなんだがね。あれは一応、ミスリル以上でしか受けられない依頼だったからどう処理しようかと相談しようと思ってね。」
アイザックはそう答える。
確実に建前だろう。本心を悟らせないように表情を固めているが逆効果だ。 それでは何か疚しいことがあると自白しているようなものだ。
それに何か説明口調だし。
しかし私はそれに気づいたからと言ってすぐにどうこう言う女ではない。
より効果的、具体的に言うなら相手が増長し始めた瞬間に揺さぶりをかけた方が多くの情報を得られそうだと考える。
そこまで考えたところで何も考えてなさそうなヴェルが
「そうか、じゃああの牙はギルドが買い取るって言うのはどうだろうか。」
と提案する。
なんで先の展開を何も考えずに発言するのよ!
しかも相手の出方によっては一瞬で話が片付く提案だし!
ここはもう少し話を長引かせて報酬の釣り上げやらなんやらやることがあるでしょう。
「そうか、それは良い提案だな。どうだ?一度ギルドを通すと言うことで少し報酬は下がるが、金貨900枚で売ってくれるか?」
アイザックはそう抜け抜けと提案してくる。
その提案にヴェルは「おう、」と返事を返している。
このままでは次の瞬間には了承の言葉が紡がれるだろう。
私はヴェルの口を塞ぐ。そして小声で
「ヴェル、ちょっと黙っててくれないかしら。」
と黙るように囁く。
サービスで私の睨みもプレゼントだ。
ヴェルはその命令を快諾してくれたようで、
コクコク、とできの悪い操り人形の様に頷いた。
「ちょっとごめんなさいね。ヴェルが馬鹿なことを言おうとしたもので。」
私はそう言ってにこやかな笑みをアイザックと職員に向ける。
すぐにヴェルから快諾の言葉が飛んでくると思っていたのだろう。
アイザックが一瞬だが不快そうな表情を浮かべていた。しかし次の瞬間には元の表情筋が固まっているんじゃないかという硬い表情に戻る。
これは気づかなかったふりをした方が良さそうね。
私は何も見なかったという風に会話に戻る。
先に動いたのはあちらだ、
「いやはや、手厳しいですな。金貨100枚は流石に値切りすぎましたか。それなら金貨950枚でどうでしょうか。」
ふむ、報酬を金貨50枚上乗せしてきたわね。
それでも元の報酬と比べて金貨50枚分少ない。
もっと釣り上げることが出来るはず、【強欲】としての勘が告げてくる。
ーーーー大きく損をしているーーーー
と
そこで私は報酬の釣り上げを開始する。
「またまたご冗談を、ブラックドラゴンの牙がそんなに安い訳ないでしょう?そうねー、買取額はざっと金貨5000枚でどうかしら?」
元報酬に対して五倍、普通に考えて払うわけがない。
目の前にいる相手もそうだ、
「そんなに支払ったらギルドが潰れてしまいます。値切りをしようとしたお詫びも兼ねて金貨1200枚でどうですかな?」
「大まけにまけて金貨5000枚それ以下にはならないわ。」
そう私は強く主張する。この言葉自体に嘘はないからだ。通常、ドラゴンの牙となれば希少性や素材としての優秀さなどの要素が合わさりとてつもない値段で取引される。
決して肉屋で少し高めの肉として売られる様な存在ではないのだ。
それを分かっているからこそ強く出ることができる。
「全く、私としては依頼を受けられない貴方達の為を思って言っているのですよ?それなのに貴女と言ったら。」
アイザックはそう言って呆れた様な仕草をとる。
しかしその表情はぎこちない。
先程から見ていて思ったのだがこの男は交渉などには向かない様だ。表情を比較的読み易いのは愚か、相手に自分が渡したカードさえも把握できていない様だ。
「そう、私としては王様からの直々の依頼を私的理由で2ヶ月も放置している貴方を思っての行動だったのだけれど、どうやら必要はなかったみたいね。」
相手に渡されたカードを今ここで切る。
実は依頼書には何か行き違いや間違いがない様に端っこに小さくだが依頼書が発行された日にちと依頼者を特定できる情報が書かれている。
しかしそれは依頼書を見ても普通は気にならない項目だ。
かくゆう私も始め見たときは気づかなかった。
アイザックがギルド職員に呼ばれる間の数分、やることがなく依頼書を読んで時間を潰そうとした時に発見したのだった。
アイザックも私がそんなもの読んでいるとは思わなかったのだろう。
臆面もなく驚いていた。
先程まで沈黙を貫いていた受付嬢も、
「ギ、ギルド長………」
と不安げにアイザックを見る。
これは追い打ちを掛けるなら今ね。
「ここで買い取らないと言うなら分かったわ。私は直接国王様にこれを売りに行くだけだもの。丁度いい土産話も出来たしね。」
そう言って手元にあった牙を弄ぶ。
「ま、待ってくれ。分かった。金貨5000枚だそう。それでいいんだよな!?」
慌てたアイザックが遂に折れた。私の要求を飲むことにした様だ。
それでこの一連の騒動を納めようとしたのだろう。
しかし、私達の足元を見るあまり話をよく聞いていなかった様だ。
だが私は鬼でも悪魔でもない、天使の中でも上位に位置する熾天使なのだ。
話を聞いていなかった愚か者にもう一度同じ話をしてあげるとしよう。
「最低、金貨5000枚と私は言いましたわよね。ええ、確かに言いました。」
最低の部分を強調して再度言ってあげる。
話を聞いていなかったのは相手の責任なのに、それを責めるどころか何も言わずにリピートまでしてあげる。
ここら辺が他のものには無い優しさね。
そう思い思わず笑みを浮かべてしまう。
それを見たアイザックは苦しそうな表情で、
「金貨6000枚、これが本当に限界です。」
そう言い放った。
やろうと思えばまだ絞れる気はするけどここいらで辞めとかないと本当にこのギルドが潰れてしまうわ。
「分かったわ。金貨6000枚、それで売ることにしましょう。」
元々提示されていた報酬の六倍、悪くない出来ね。
売る場所を考えればもっと高値で売れただろうが取り敢えずこれでいいだろう。
私がこれ以上追撃を加えない事が分かったからかアイザックは、その場で疲れた様に項垂れる。
そもそも、ギルド長という職に就いてはいるが先程の様な粗末な交渉を見る限り他に交渉役を務める者がいるのだろう。
先程まで彼がぎこちなく実践していた事はその者から教わった可能性が高い。
今日その人がこの場にいなくて良かったわね。
私は素直にそう感じる。
「それで?支払いはどうするの?貴方達としては早くこれを国王様に届けた方がいいと思うのだけれど。」
KO寸前のアイザックに軽い小パンだ。
普通なら無視される支払いの催促だが半分放心状態の者には効くだろう。
疲弊している者には大きな一撃より細かく手数で攻めて来る方がきついものだ。
案の定それが聞いたのかアイザックは
「じゃあ少し待っててくれないか?金庫から金を取って来るから。」
とフラフラ部屋を出て行く。
なるべく早くとは言ったがこの場で払うつもりとは、彼は会話が始まった時と比べて随分と素直になったものだ。
さて、いつ頃戻って来るだろうか。
十数分後、彼は大きな袋を6つ持って戻ってきた。
「この袋1つ1つに金貨が1,000枚ずつ入っている。さあ、その牙と交換だ。」
そう言い袋をこちらへ寄越してくれる。
私は暇つぶしとして遊び道具としていた牙をアイザックに手渡す。
そして渡された袋を手に取る。
恐らく何も問題はないだろうが一応確認する。
言わずと知れたイシュルさんによるカード化だ、
但し見られるわけにもいかないため後ろを向いて一瞬だけカード化して直ぐに戻す。
ん?どうやら袋1つにつき1枚ずつ足りないみたいね。それを確認した私がアイザックに優しく声を掛ける。
「ねえ?ギルド長。金貨が1枚ずつ足りないのだけれど?」
微笑みながらアイザックに尋ねる、すると彼は
「ひ、ひぃスミマセンでした!!」
といい怯えた表情でポケットから金貨を6枚取り出して私の手の上に乗せると土下座をする。
別に怯えなくたってこれ以上とったりはしないわよ。しかしこの男、既に闘争心が全くと言っていいほどないわね。
小狡く報酬を誤魔化そうとしたのが最後の悪あがきだったみたいだ。
しかも、1袋につき1枚って、小心者すぎるわよ。
「別に怒っていないわよ。ただチョット疑問に思っただけで。」
私は優しくアイザックを諭す。
そして用は終わったので命令通り一言も喋らなかったヴェルを連れて退出しようとする。
そうだ、これだけ絞ったんだ少しくらい善意の贈り物をしても誰も文句は言わないだろう。
そう思い私はある言葉を口にする。
「そうそう、私達を測ろうとする本来の目的はついぞ果たせなかったけど、そっちの方については話さなくて良かったのかしら?」
私は使う機会のなかった交渉カードをその場で棄て去り部屋を後にした。
ブックマークしてくださった方ありがとうございます。
ひっそり始めたこの小説が評価された様な気になり、とても嬉しかったです。
これからも頑張るので何卒よろしくお願いします。




