第15話 強欲は狙われる
目の前にいる少女は確かにヴェルの名前を呼び、ここを自分の家だといった。
間違いなく私たちが会いに来た人物なのだろう。
見た感じはただの少女だ。
美しく艶やかな蒼い髪、整った顔立ちに約150cmくらいの低身長。
すらりとした手足におしとやかな胸、控えめに言って完璧である。私の好みの女性のタイプだわ。
「ようこそ、さあ、あがってあがって、まだなにもないけどくつろいでいって。」
少女は手招きをする。
ヴェルはそれに従うように前に出る。そして同じく私もついていこうとする。
「ところで、ヴェル、ききたいことがある。」
ふと思い出したかのように少女は問いかける。そこには謎の静かさが感じられた。
なにかが起こる前兆、そんな感じだ。
「どうした?俺にわかることならなんでも答えるぞ?」
ヴェルのほうはいつも通りだ、先ほど感じたものは気のせいなのだろうか。
否、それは今もまだ続いている。
そして少女は問いかける。
「そのおんな、だれなの?」
少女がその言葉を発したとき、先ほどまで私が感じていたものが形になる。
殺意とも呼べるそれを感じ取った私は後ろに跳ぶ。
その瞬間、私が先ほどまでいた場所に火柱が立った。
「ちょっとレン!?なにしてんだよ!!」
それを見たヴェルが慌てて止めにかかる。
「どいて、そのおんなころせない。」
少女は落ち着き払った声で応答する。
にしても今の台詞、何者かの意思を感じるわね。
そんなくだらないことを考えている場合ではないようだ。今も新しい炎が迫ってきている。
私は堕天しても元熾天使のため魔法耐性は高い。しかしあの炎には耐えられる気がしない。
どう見ても込められている力が通常のそれとは段違いなのだ。
そのため避ける。ただひたすらに避ける。
今までの情報からこの少女は【嫉妬】の称号持ちだろう。
何かの文献で読んだことがある。
【嫉妬】の特殊技能は特定の状況下においての攻撃力は最高だと。
戦闘系ではない私がまともに戦って勝てるとは思えない。
ここはヴェルが少女を止めてくれるのを待つしかないだろう。
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それから15分後、その場は落ち着きを取り戻していた。
「じゃあ、改めて紹介するぞ。」
ヴェルが少し疲れたように私たちの紹介を始める。
「こっちはレン、知っての通り【嫉妬】の悪魔だ。基本的にはゆったりしているがたまに手が付けられなくなる。気を付けてくれ。」
そう言って向こうの説明を打ち切る。
レンちゃんっていうのね。見た目に似合ういい名前だわ。
そして、
「こっちはイシュル、元天使で【強欲】の称号持ちだ、何かねだられてもあんまりホイホイ与えるんじゃないぞ。」
私の説明だがこれが存外ひどい。
まぁ、間違いではないから強くは言い返せないけれども。
「ひ、ひどい。でもこれからよろしくね。レンちゃん!!」
私は元気よく挨拶をしてみる。
「らじゃー、」
レンちゃんは小さな手を額の前に持ってきて敬礼をしている。
かわいい。
しかしそのあと少し影が差した表情で小さく
「ごうよく、だからヴェルは…」
とつぶやいる。だがその声は本当に小さくて私には聞こえなかった。
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「じゃあ、あらためてこっち」
そう言って連れられたのは何もない小部屋だった。
「あれ?ここ何にもないみたいだけど?」
辺りを見渡すが特に何もない。まさかこの部屋に住んでいるというわけでもないだろう。
「このへや、というよりは、だれもいないところがよかった。」
そう言うとレンちゃんは私の手を握った。
レンちゃんの手はとても柔らかく握られている手が少し気持ちいい。
ここ最近で一番幸せかもしれない。
そんなことを考えているとレンちゃんはもう片方の手でヴェルの手を取った。
「じゃあ、とぶよ。」
その言葉とともに私の視界が大きくぶれた。
そして次に視界がはっきりしたときに見たのは、いやに生活感のあるリビングだった。
「レン、今のは?初めて見るけど。」
「ん、ますたーわーぷ、だんじょんますたーはじぶんのめいきゅーをすきにいききできるのだ」
なるほど、それで誰もいないところ、ね。
たしかに、誰かにそんな光景を見られたら次に外出した時に襲われちゃうかもしれないわね。
「そんなことより、すわって。ごはんまだでしょ?」
レンちゃんは食糧庫と思われる場所の扉を開く。
「あぁ、まってレンちゃん食材ならここに来るまでに用意してきたから。」
そして私は蟹の足を束で出す。
「だからレンは鍋を出してきてくれないか?カニ鍋をやろうカニ鍋。」
ヴェルはそうレンちゃんに指示を出す。
レンちゃんはすぐに台所にある棚をあさっている。
私は食材の準備をしている。
ヴェルは座って準備はまだかとこちらをチラチラ見ている。
あなたも少しは働きなさいよ。
宣言通り今夜はカニ鍋だった。
久しぶりのまともな食事に私は歓喜した。
レンちゃんもどこか楽しそうに食べている。こんなところにいたらお客さんなんて来ないものね、こんな小さな子だし、そりゃあさみしいわよね。
「レン、一つ頼みがあるんだが。」
鍋の具が底をつきかけたころ、ヴェルがそう切り出した。
「ん、なに?」
レンちゃんは不思議そうな顔をしてヴェルのほうを見る。
「ちょっと今晩ここに泊めてくれないか?今日この街に来たばっかりで宿とってないんだよ。」
ヴェルがそう言うとレンちゃんはそこに希望を見出したと言わんがばかりの明るい表情を浮かべる。
「うん!!いいよ!!今晩だけとは言わずに何日でも泊まっていって!!」
さっきまでどこかゆったりとした喋り方だったレンちゃんがはきはきと喋りだす。
正直びっくりした。どこかふわふわした子だと思っていたのだけれども、こんな一面もあったのね。
それもまたいいわ。
「いや、今夜だけでいいんだ。何日も置いてもらうのも悪いしな。」
ヴェルがそう言うとレンちゃんは少しだけ残念そうな顔をしたがすぐに
「うん、わかった。」
とこちらの頼みを快諾してくれた。
「ありがとうレン」
「私からもお礼を言うわ。ありがとうレンちゃん。」
私たちはレンちゃんに対しお礼を言う。
今夜はぐっすり眠ることができそうだ。
今日中にもう一話いければいいなと思っている所存です。




