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ミッション14—4 説得

 2人で照れていたところで、何かその先があるわけではなかった。

 ファルは気恥ずかしさを吹き飛ばすために、話題を変える。


「と、ところで、あああいは今どうしてるんだ?」


「あああいさんですか? あああいさんは、お酒に酔って爆睡中です!」


「てことは、もしかしてああああを説得するチャンスなんじゃ……」


「説得ってなんのことですか?」


「出発前に伝えた気がするんだが、どうせ聞いてなかったんだろ」


「その通りです! 聞いてなかったです! 教えてください!」


「はぁ……ああああが反戦を訴えることで、プレイヤーが戦争を忌避する。現実世界なら立派なことだが、ここじゃ迷惑なことだ」


「ですね! プレイヤーさんたちが戦争に参加してもらわないと、困りますからね!」


「だからこそ、俺たちはああああを説得しないといけない。プレイヤーたちが戦争に参加することが正当なことなんだ、それがプレイヤーをゲームから解放させるんだ、ってな」


「ほうほう、善良な市民を戦争支持者に変えるんですね!」


「まあ、そういうことだ」


 簡単な説明を聞いて、ラムダもある程度は理解したのだろう。

 一度でも理解してしまえば、すぐに行動に移すのがラムダである。

 彼女はファルよりも早く、宣言した。 


「ではやりましょう! 説得しましょう!」


 そう言って、ああああが監禁されている部屋に入っていったラムダ。

 ファルも眠りこけたレオパルトを放置し、ラムダを追って部屋に入り込む。

 

 部屋の中では、鎖に足を縛り付けられたああああが、ベッドの上に座り目を瞑っていた。

 眠っているというよりは、冥想してるといったところか。

 

 早速ああああに話しかけようと、ファルが息を吸った時である。

 ああああは目を開け、ファルとラムダの顔をじっと見た。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「あなた方は、ゴミ拾いクエストを主催していた方々ですね。そんなあなた方が、このようなことをするなんて、世界は残酷なものです」


 透き通った声で、無念そうな表情を浮かべたああああ。

 彼女は話を続ける。


「きっと、何か理由があるのでしょう。その理由が、本来は善であったあなた方の心を歪め、このような蛮行に手を染めさせてしまったのでしょう。でも、まだ間に合います。さあ、何でも良いです。悩みがあれば、私に打ち明けてください」


「いや、あの……俺たちを説得するつもりなんでしょうけど、説得するのは俺たちです」


「どういうことでしょうか? 聞かせてください」


 何でも良いから打ち明けろ。

 ああああはそう言ったのだから、ファルは近くにあった椅子に座り、打ち明けた。


「最近になって、戦争の雰囲気が出てきましたよね。実はあれ、プレイヤーたちをイミリアから解放するための作戦なんです」


「作戦……」


「ログアウトができなくなってから2年以上、プレイヤーたちはこの世界に閉じ込められています。でも、それを打破する方法が見つかったんですよ。そしてその方法のひとつが、戦争なんです。俺たちはプレイヤーを解放するために、戦争を起こそうとしてるんです」


 いきなり本題に入ったファルの説得。

 これを聞いて、ああああは小さく頷き、諭すような口調でファルに言った。


「……あなたの考えは理解しました。しかし、戦争で得られるものは何もありません。戦争とは、死です。死では何も解決しない」


「そりゃ、まあ、普通はそうなんですが……死で解決するんです! 一定の条件さえ揃えば、ここでの死は現実世界へ戻る方法になるんです!」


「ではNPCの命はどうなるのですか? 彼らは私たちプレイヤーと違い、1度きりの人生です。そんな彼らの命を奪うのですか?」


「……NPCは人間じゃないでしょう。そりゃ無意味に殺しまくるのは、ゲームへ悪い影響を与えかねないから問題ですけど、今はそれどころじゃない」


「命は大事ではないということですね」


「違います! 命は大事です! だけどそれは現実の話! 現実にゲームの価値観を持ち込むのは、現実と空想の区別ができない人と言われますけど、その逆だってそうです。ゲームに現実感覚を持ち込むのは、現実と空想の区別ができてない証拠です!」


 口調が熱くなるファル。


「ここゲーム世界ですし、ゲーム感覚で物事を考えるべきです! ゲーム世界での価値観で行動するべきです!」


「そこまで言うのでしたら、質問します。あなたにとって、ゲーム世界で最も大事な価値観とは?」


「……自分の楽しみを実現し、他人の楽しみを奪わないこと、ですかね。今、イミリアではプレイヤーが自由を奪われ、好きなようにゲームを楽しむことができない状態です。俺は、そんな状況を打開すべきだと思ってます。だから、戦争でもなんでもします」


「あなたは、しっかりとした考えをお持ちのようですね。しかし、私はあなたの考えに同意できません」


「そんな……」


 ファルの説得を、ああああは拒否した。

 ここまで熱く語って拒否されてしまったのだから、ファルは途方に暮れてしまう。


 一方でラムダは笑顔だ。

 彼女はファルの肩に手を置き、明るく言い放った。


「ファルさんよ、そんな説得の仕方じゃダメですよ!」


「じゃあ、なんか良い説得の方法でもあるのか?」


「自分で言ったじゃないですか! 自分の楽しみを実現し、他人の楽しみを奪わない! ゲーム世界ではこれが大事なんです!」


「はあ?」


「まあまあ、あとはわたしに任せてください!」


 妙に自信満々なラムダに、なぜかファルは期待してしまう。

 困った時のラムダ、というやつか。

 ファルはああああの説得をラムダに任せることにした。


「ラムダです! なんか、ファルさんが自分の意見を押し付けてましたけど、全部忘れてください!」


 そんな言葉ではじまったラムダの説得。

 ファルに代わって椅子に座った彼女は、持ち前の妙なテンションで話を続けた。


「わたし、前々から気になってたことがあるんです! なんでこんなに優しくて良い人が、ああああなんてテキトーな名前なんだろうって! どうしてですか?」


「え?」


「どうしてですか? 教えてください!」


「それは……その……」


 返答を渋るああああ。

 ラムダは畳み掛けるように、次の質問を投げつけた。


「あと、ああああさんはどうして聖人なんですか!? 聖人になりたかったんですか!? 聖人になるためにイミリアにやってきたんですか!?」


「私は……」


 一瞬だけ間を置き、ああああは答えを口にした。


「困っている人々に手を差し伸べることが、人々の心を救い、私の心を――」


「ウソです! それはお芝居です! わたしにはお見通しですよ!」


「え……?」


「そんな変な口調、お芝居以外にあり得ないです! 声色だって変です! ああああさん、自分に正直になりましょうよ!」


「自分に……正直に……」


 なんということだ。

 あのラムダが、ああああの心の底を見抜いている。

 ファルは驚きを隠せない。


 自分の芝居を見抜かれたああああは、しばしの沈黙ののち、小さな声で語りはじめた。


「ある日、私はとあるプレイヤーを助けました。その時、私は人助けの快感を知ったんです。人に褒められ、崇められる快感。それは麻薬みたいなもので、気づいたら、その快感を求めて人助けばかり。結果的に、聖人と呼ばれるようになっていました」


「おお……意外と生々しい」


「分かります! 人から感謝されるのって、気持ち良いですよね!」


「そう、すごく気持ち良いんです! イッちゃいそうになるくらい! でも本当は、人助けなんかどうでもよかったんです。私は、現実ではできないことをイミリアでやるために、イミリアをはじめたんです」


「何がしたかったんですか!? ヴェノムで爆走ですか!?」


「それはラムダのやりたいことだろう」


「私、思いっきりニート生活をしたかったんです」


「はい?」


「本当の私は、重度の面倒くさがりで……ほら、ああああなんて名前、面倒の極致でしょ?」


「まあ、確かに」


「快楽に溺れて聖人なんかやってますけど、私の夢はニート生活です」


 まさかのカミングアウト。

 ニート生活が夢であるのはファルも同意だが、話の流れ的に唖然とするしかない。

 だが、ラムダは満面の笑みを浮かべ、言った。


「ああああさんよ、夢を叶えましょう! ニート生活楽しみましょう!」


「良いのでしょうか? 聖人をやめて、ニートになっても」


「良いんですよ! ここはゲーム世界です! なんでもありです!」


「……分かりました。では、私は自分の好きなように生きます。戦争反対とか、人の心を綺麗にとか、もうどうでも良いです。私はここに引きこもります」


「その調子です! ニート生活を楽しみましょう!」


「食事はドアの前に置いておいてください。それと、漫画とゲームが欲しいですね」


「了解です! すぐに用意します!」 


 なんだか、ファルが想像していたのと違う方向に話が進んでいる。

 一応、ああああは反戦運動を止めるのだから、ファルたちの望んだ通りの結果だ。

 しかしまさか、説得の結果、1人のニートが新たに誕生してしまうとは想定外である。

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