ミッション13—5 葦原艦内の戦い
相手はガロウズと複数のアレスター。
逃げ場はない。
下手をすれば、全滅の可能性すらあるだろう。
だが逃げ場さえあれば、ファルたちにも希望はある。
それゆえ、レイヴンは次の指示を出した。
「ラムダ、よく聞け」
《なんでしょうか!?》
「ガロウズとアレスターは俺が引きつけておいてやる。お前は甲板のヘリポートにヘリを用意するんだ。いいな?」
《この戦艦はどうするんですか!?》
「放棄する。どうせこいつの足じゃ逃げきれねえだろうからな」
《うう……葦原とはここでお別れですか……寂しいですけど、分かりました!》
「よし。おいクーノ、お前はヘリのパイロットだ。敵艦隊はまだ近くにいるが、逃げられるな?」
「クーノの操縦ですよォ? 信じてくださいよォ」
「任せたぜ。キョウゴさんたちは、サダイジンやファル、ティニー、レオパルトをヘリまで守ってもらう。ヤサカもだ」
次々と指示を出すレイヴン。
しかしファルにはひとつ疑問があった。
その疑問を、ファルはレイヴンにまっすぐぶつける。
「ガロウズとアレスターを、1人で引きつける気ですか?」
「ああ、そうだ。死んでばっかりでステータスガタ落ちの俺だが、死ぬ寸前に自殺すりゃリスポーンもできる。心配すんじゃねえよ」
「俺も行きます」
「ダメだ。ファルじゃガロウズやアレスターには勝てねえ」
「それはレイヴンさんも同じです。俺にはチート能力があります」
「だからなんだ? 格好つけるのはいいが、戦いに慣れてねえお前にできることはあるのか?」
「あります」
「ヘッヘ、大ボラ吹きやがる」
レイヴンの口は笑っていても、目は笑っていない。
彼は本気で、ファルを止めようとしている。
だが、ファルと同じ思いを抱く人物が、この場にはもう1人いた。
「私も行きます」
ヤサカだ。
「私が一緒にいれば、ファルくんの補助になりますよね」
「ったく……ヤサカにはサダイジンたちをヘリまで護衛――」
「キョウゴさんやデスグローさんたちがいれば、護衛は十分だと思います。それに、私がいれば、レイヴンさんがすぐ死ぬ可能性も低くなりますからね」
「ファルもヤサカも大口叩きやがって……。分かった、ついてこい。後悔すんじゃねえぞ」
ため息をつきながらも、レイヴンはファルとヤサカの同行を許す。
少し呆れたような表情をするレイヴンの目は、今度は可笑しそうにしていた。
役割分担はこれで完了。
戦闘指揮所を飛び出したファルたちは、通路の水密扉を閉鎖しながら目的地へと向かった。
「みんなで逃げるんだぞ。瀬良兄には負けないんだぞ」
「私の背後霊、みんなを守る」
「ファル、ヤサカ、生きて帰ってこい。必ず帰ってこい」
「やめろレオパルト、死亡フラグを立てるな」
「大丈夫だ。どうせ死んでもログアウトされるだけだ。フラグの立ちようがない」
「まあな。お前らこそ死ぬなよ」
「てめえ! 俺様が死ぬわけねえだろ! バカにしてんのか!?」
「スグローは死んでも良いんだぞ」
「あんだと!? もう一度言ってみろ!」
「いいから、さっさと行け!」
ラムダと合流しヘリに乗るため、レオパルトたちは船尾へと走っていく。
ファルたちは船尾につながる通路で唯一、水密扉で閉鎖されていない通路に布陣した。
通路にて戦いの準備を整えたファルたちは、武器を構えて敵の到着を待つ。
「おいファル、さっきお前に、何かできることはあるかって聞いたよな。そん時お前は、あると答えた。その内容、聞かせてもらうぜ」
「じゃあ、聞いててください。俺のチートでアレスターをコピーします。で、そのアレスターを大量増殖させて、アレスターに攻撃させます。ついでに地獄ダンジョンでコピーした鬼も使います。それだけです」
「ほお、シンプルだが面白そうだ。ヤサカがファルのこと気に入ってるのも納得だぜ」
「レイヴンさん!? 変なこと言わないでください!」
「ヘッヘッヘ」
思わぬ言葉に頬を赤らめるファルとヤサカ。
だがおかげで、場の空気は和んだ。
数分後、肩の力を抜くファルたちのもとに、いよいよアレスターがやってくる。
「来やがったぜ。おいお前ら! ここの通行料はバカ高いぜ!」
大声を張り上げたレイヴンに対し、アレスターは殺意を隠さない。
鎧に身を包んだアレスターは防御力に自信があったのか、隠れることもなく通路を歩き、ファルたちに攻撃を仕掛ける。
だがアレスターの攻撃は、ヤサカが張ったシールドに遮られた。
これに苛立ちを覚えたアレスターは、シールドの内側に入り込もうとさらに通路を進む。
すべてレイヴンの想定通り。
「通行料を払わねえなら、吹っ飛んでもらうぜ」
ニタリと笑って、手にしたスイッチを押すレイヴン。
すると、廊下に仕掛けられていた爆弾が一斉に爆発、アレスターは炎に包まれた。
爆発の炎が消えた直後だ。
ヤサカはナイフを、レイヴンは91式小銃を握り、混乱するアレスターたちに突撃する。
いくらアレスターでも、ヤサカの素早さステータスには追いつけないらしい。
素早い動きでアレスターの脇腹や首筋を捉え、ナイフを振るヤサカ。
彼女のナイフの刃は、アレスターの鎧の隙間に器用に食い込み、次々とアレスターの息の根を止めていく。
「邪魔だ! 大人しくしてやがれ!」
雄叫びをあげ、銃床でアレスターの顔面を殴ったのはレイヴンだ。
レイヴンはさらに、銃床で殴られバランスを崩したアレスターの両足を撃ち抜く。
そしてそのまま、レイヴンはアレスターを羽交い締めにした。
「ファル! こいつをコピーだ!」
「は、はい!」
死んだNPCはコピーできない。
だからこそ、レイヴンはアレスターを生け捕りにしてくれたのである。
このチャンス、逃すわけにはいかない。
しかし、通路にビープ音が鳴り響きはじめた。
ありとあらゆる警報が、危険な存在の接近を伝えている。
次の瞬間、1発の銃弾が通路を飛び抜け、レイヴンが羽交い締めにしていたアレスターの頭を撃ち抜いた。
銃声のした方向を見ると、そこには銃を手にしたガロウズの姿が。
「おっと……ヤバイのが来た……」
「ガロウズのお出ましか」
「私がガロウズの相手をするよ! その間に、お願い!」
「分かってる! 気をつけろよヤサカ!」
「死ぬんじゃねえぞ! ……さて、新しい獲物捕まえねえと」
せっかくレイヴンが捕らえてくれたアレスターは、ガロウズに処分されてしまった。
急ぎ次の標的を捕まえるため、レイヴンは再び銃床を振り上げる。
レイヴンが次の標的を捕まえるまで、ファルはヤサカの支援だ。
右手のナイフでアレスターを斬りつけながら、左手のサブマシンガン――MP70でガロウズの動きを止めるヤサカ。
時折ヤサカはガロウズも斬りつけるのだが、ガロウズはびくともしない。
あの調子では、いくらヤサカでも長くはもたないだろう。
そこでファルは、メニュー画面を起動し大量の鬼を増殖させた。
バグのせいかコピー鬼はすべていちご模様になってしまったが、そんなことはどうでもいい。
コピー鬼たちはガロウズのヤサカに対する攻撃を止めるため、肉の壁となる。
棍棒を振り回すいちご模様のコピー鬼は、アレスターを吹き飛ばしガロウズに襲いかかった。
それでもいちご模様の鬼たちは、ほとんどその場を動かぬガロウズに的のように撃たれ、あるいは藁人形のように斬られ、あっという間に半減。
これでは時間稼ぎにしかならない。
いや、時間稼ぎだけで十分だ。
あっさりとやられていくいちご模様のコピー鬼に唖然としていたファルに、レイヴンが叫ぶ。
「ファル! 捕まえたぞ! コピーしやがれ!」
新たなアレスターを羽交い締めにするレイヴン。
ガロウズは再び、レイヴンが羽交い締めにするアレスターに銃口を向ける。
――ガロウズは俺のコピー能力に気づいてるのか?
そうとしか思えぬガロウズの動き。
ところが今回は、ヤサカがいるのだ。
ヤサカはガロウズの腕を蹴り払い、ガロウズの攻撃を阻害した。
すぐさまアレスターに触れ、アレスターをコピーしたファル。
ファルは流れるようにメニュー画面を開き、アレスターが描かれた場所を連打する。
「コピーアレスター! あいつらを攻撃しろ!」
「「「「了解!」」」」
50体以上のコピーアレスターが、狭い通路を敷き詰めガロウズに群がった。
ステータスの高いアレスターたちの襲撃に、ガロウズも対処に一苦労。
「今だよ! 逃げよう!」
コピーアレスターの集団を抜けファルたちのところまでやってきたヤサカの言葉。
ファルとレイヴンも彼女の言葉に従い、ガロウズに背を向け甲板へと向かう。
ファルたちの背後では、ガロウズが恐ろしい勢いでコピーアレスターたちを斬り殺している。
鮮血が舞い、腕が飛び、首が落ち、銃弾が肉に食い込む光景。
ガロウズはほぼ無傷。
近接戦闘でガロウズに勝てるわけがないのだ。
逃げる以外に、方法はないのだ。
ガロウズとは戦わぬのが、勝利への近道なのだ。




