ミッション12—4 中戸島
海の家に隣接した宿泊地でファルたちは眠りにつき、一夜が過ぎた。
東の空から日が昇ってしばらく。
眠りから覚めたファルたちは、ラムダの用意したクルーザーに乗って大海原に駆け出す。
シャムとコトミ、ミードンは浜辺でお留守番だ。
さすがにシャムをダンジョンに連れていくわけにはいかず、保護者としてコトミが、シャムの遊び相手としてミードンが残ったのである。
ファルたちの目的地は、陸奥島の浜辺から約70キロ離れた位置にある無人島、『中戸島』。
レジスタンスの調べによると、中戸島には小規模なダンジョンがあるという。
バカンスにはちょうどいい難易度のダンジョンらしい。
中戸島に到着したのは昼頃。
火山島であり、それほど広いとは言えぬ中戸島に、ファルたちは上陸した。
「なんにもない島だな。こんなところにダンジョンなんかあるのか?」
「なんにもない島だからこそ、ダンジョンがあるんだよ」
「ああ、そういうこと」
草木すら存在しない火山を見上げながら、ヤサカの言葉に納得するファル。
つまり中戸島は、何もないのではなく、ロマンがある島ということだ。
なお、現在のヤサカは、昨日と同じ水着姿に少し大きめのパーカーを羽織っただけという姿である。
ラムダとクーノに至っては、水着だけ。
ティニーだけがワンピースに着替えている。
無論、ファルとレオパルトも水着に上着を羽織っただけだ。
ダンジョン攻略だというのに、なぜ水着姿なのか?
これは、中戸島のダンジョンが水たまりの多い洞窟だからである。
水たまりの多いダンジョンのおかげで、2日連続でヤサカたちの水着姿が拝めるのはラッキーなことだ。
しかしファルには、心配事があった。
「なあ……実は俺……泳げないんだが……」
「私も」
「あれ? ティニーも泳げないのか。2人も泳げない奴がいるけど、ダンジョン攻略はできるのか?」
「ううん……確かダイビング用の装備があったはずだから、ティニーがそれを用意すれば、なんとかなるんじゃないかな?」
「それだ。おいティニー、頼んだぞ」
「任せて」
問題はひとつ解決だ。
すでにラムダは我慢できなくなったか、地図を広げダンジョンの入り口を目指している。
「こっちですよ! 早く行きましょうよ! ダンジョン攻略しちゃいましょうよ!」
「クルーザーは俺が見張っておいてやる。ほらお前ら、行ってこいよ。ダンジョン攻略の報酬、首を長くして待ってるぜ」
「ありがとうございます。お願いします、レイヴンさん」
「今日こそ、SMARLの出番」
「水着姿のヤサちゃんたちがァ……戦ってるところォ……グヘヘ」
「ダンジョン攻略の準備はできているんだ。行こう。早く行こう」
「だな、レオパルトの言う通りだ。よし! ダンジョンへ向かうぞ!」
「おー!」
クルーザーはレイヴンが見守ってくれるようだ。
ファルたちはテンションを上げ、地図に書かれたダンジョン入り口へと歩き出した。
入り口までの距離はそれほど遠くない。
少し山を登ると、すぐに洞窟が見えてきた。
巨大生物が大口を開けて待っているかのような、不気味な雰囲気のダンジョン入り口である。
「良いですね! 入り口の雰囲気は最高です! これは面白そうな予感がします!」
「強い霊力を感じる」
トラブルホイホイの2人がダンジョンに興味を示した。
この時点で悪い予感しかしないファルは、レオパルトに忠告する。
「気をつけろ。もしかしたらこれから、死ぬような目に遭うかもしれない。帰るなら今だぞ」
「大丈夫だ。僕はファルたちと一緒に行動している時点で、死を覚悟している。ログアウトの準備もできている」
「よく分かってるな、お前は」
「今までの行動と結果を見ていれば分かる。ただ、ファルたちから離れなければ、生きて帰れることも分かってる」
「なんだか私たち、死神みたいな扱いだね」
レオパルトの返答にヤサカは思わず苦笑い。
困ったことに、レオパルトの言葉を否定できないところが悲しい。
「さっそく突撃です! 行きますよ! ゴーゴーゴーです!」
「霊力を追えば、ボスに会えるかも」
「このダンジョンのボスはなんでしょうかね!? リヴァイアサンとかですかね!?」
「蛇みたいなボスはァ、勘弁してほしいかなァ。蛇ってェ、苦手なんだよねェ」
「でも、蛇系モンスターなら触手プレイが見られるかもですよ!」
「は! ラムさん、良いことに気づいたねえェ。楽しみになってきたよォ!」
「ダンジョンに求めるものは千差万別! 一緒に楽しみましょう!」
なんだかいつも通りのロクでもない未来が、ファルとヤサカの脳に浮かび上がる。
しかしだからといって、帰るわけにもいかない。
意気揚々と洞窟に入り込んだラムダたちを追って、ファルとヤサカ、レオパルトも洞窟に足を踏み入れた。
懐中電灯で照らす洞窟の中は、想像していたより暖かい。
水たまりの水も、触れてみるとお湯であった。
しかも、強烈な硫黄臭さがファルたちの鼻を締め付けてくる。
「思ってたのと違う。俺の想像では、肌寒い鍾乳洞を思い浮かべてたんだが……」
「ここは火山の地下だし、火山の影響じゃないかな?」
「確かに、そういう設定はあり得る。そういう設定は助かる」
「あんまりダンジョンっぽくない設定だけどね。でも、サウナとか温泉プールみたいで、ちょっと気持ち良いよ」
「だな。モンスターもあんまりいないし、ここは新手の健康ランドか?」
「モンスターは爺さんだったりして。婆さんだったりして」
「おいおいレオパルト、それは興ざめも良いところじゃないか?」
「なら、爺さん婆さんのゴブリンはどうだ? 爺さん婆さんのスケルトンはどうだ?」
「おじいさんおばあさんのスケルトンは、別の意味でイヤかな……」
「ヤサカに同意」
敵がいないせいか、随分と呑気な会話を繰り広げるファルとヤサカ、レオパルト。
一方でティニーとラムダ、クーノは退屈そうだ。
「SMARL、撃ちたい」
「敵がいませんよ! 水たまりもお風呂みたいです! ダンジョンらしくないです!」
「お風呂ってことならァ、水着も脱いでェ、裸の付き合いといこうかァ」
不穏なことを口にしたクーノは、自分の水着とラムダの水着の紐に手をかけた。
もはやクーノは痴女と化してしまったのだろうか。
だがファルとレオパルトは彼女を止めず、じっと見るだけ。
あと少し、あと少しでクーノとラムダが裸になる。
ファルとレオパルトは唾を飲み込み、その時を待った。
「うん? 敵感知スキルに反応があった! 近くにモンスターがいる!」
世の中はままならないものである。
ヤサカの叫びに、クーノは水着から手を離してしまった。
これにはファルとレオパルトもため息をついてしまう。
いや、今はそれどころではない。
モンスターが襲ってきたというのなら、戦わなければならない。
「どこですか!? 待ちに待ったモンスターです! どこですか!?」
「複数。でも霊力は強くない」
「ええと……あっちの方だね! こっちから仕掛けよう!」
敵を倒すため、洞窟の奥へと進むファルたち。
もちろん、全員クイックモード発動済みだ。
数十メートルほど洞窟を進むと、急に洞窟の道が狭くなる場所に到着。
その狭い道には、コウモリ型モンスターであるフェロウシャスバットが大量に待ち構えていた。
ただし、フェロウシャスバットのほとんどは死んでいるか、怪我をしている。
「なんだこれ? どうしてこいつら、死んでるんだ?」
「これじゃ拍子抜けです! モンスターと戦いたかったです!」
「霊感、これに反応してた」
首をかしげ、あるいは落胆するファルたち。
ヤサカはフェロウシャスバットの死体を見て、ここで何があったのかを推測した。
「薬莢がたくさん……。みんな、銃で撃たれて死んだみたいだね。ほら、岩壁にも銃痕が残ってるよ。パッと見た感じだと、複数の人たちがここで戦ってたのかもしれない」
「だけどこいつら、傷口が新しいぞ。ついさっきまでここに誰かいたってことか?」
「そうだと思う。たぶんこの先に、先客がいるんじゃないかな?」
「マジかよ。急がないとダンジョン攻略報酬が減るぞ」
「ファルさんよ、気にするのそこなんですね! 相変わらずの金の亡者ですね!」
なんにせよ、この道の先に他の人たちがいるのは確定だ。
その人たちがプレイヤーなのかNPCなのかは分からないが、少なくともそれなりの武装をした人たちであるのは確実。
俄然、緊張感が増してきた。




