ミッション12—2 標的を分析せよ
八洲東部陸奥島にある浜辺。
観光地ガイド等には乗っておらず穴場とも言えるこの場所に、ファルたちはやってきた。
太陽の光が照りつける、絶好の海日和。
しかし穴場スポットであるためか、NPCや他のプレイヤーの姿はほぼない。
完全に、浜辺はファルたちの貸切状態だ。
「こちらブラボー、標的集団を確認。送れ」
《こちらアルファ、了解。こっちも確認したぜ。良い景色だ。送れ》
《こちらチャーリー、カメラの用意はできている。いつでも撮影できる。送れ》
浜辺の少し砂が盛り上がった地点でうつ伏せになる、海パン姿のファル、レイヴン、レオパルトの3人。
3人はそれぞれ約10メートル離れた位置におり、会話は無線を通して行っていた。
彼らの目には双眼鏡が当てられている。
双眼鏡の向こうにいるのは、海で遊ぶヤサカたち女性陣だ。
「こちらブラボー、SMARLとともに日光浴中の標的T、和風模様の白いワンピース水着。普段の和服では確認できなかった胸部の大きさ、想定以上の旅団級。なおも発育の余地ありとみられる。セクシーさよりも可愛さ優位。送れ」
《ロリヘの興味はなかったが、心が動くぜ。チャーリー、写真撮っとけよ。送れ》
《こちらチャーリー、了解した。わずかに表情を動かすチャンスを伺う》
SMARL――ロケランを持ちながら日光浴中のティニー。
彼女はいつもの無表情で、海をじっと見ているが、幽霊でも見つけたのだろうか。
「続いてビーチボールで遊ぶ標的L、オレンジ色のビキニ。胸部のふくらみは師団級と推測。ボールを投げるたびに揺れるため、目が離せない。破壊力は相当なものと思われる。自由奔放な表情と合わせ、標的集団随一のセクシーさ。送れ」
《ありゃ化け物だ。何より、恥じらいが一切ないのが清々しい。送れ》
《こちらチャーリー、標的の動きが激しい。撮影が難しい》
暑さにも負けず、元気いっぱいに遊ぶラムダ。
まるで子供のような内面と、大人顔負けの外見の差が、非常に激しい。
「標的Kはビーチボールで遊ぶその他標的を見守っている模様。黒のビキニ姿。事前予測と違い大胆な格好。標的集団唯一の大人らしく、こちらは悩殺寸前。隣にいるシャムと合わせて、母親のような雰囲気。送れ」
《驚いたぜ。これは俺の想像以上だ。だが聖母には手が出せねえよな。送れ》
《こちらチャーリー、撮影を開始する。標的単体とシャム入りの2種類を撮影する》
ヤサカたちを微笑み見守るコトミの姿は、まさに聖母だ。
浜辺に聖母が降り立ったのである。
「標的Lとビーチボールで遊ぶ標的Y、白とピンク、フリル付きのビキニ。胸部は大隊程度と推測されるも、その慎ましさは破壊力抜群。ポニーテール、無邪気な笑顔、適度な筋肉、首筋を伝わる汗、どれをとっても美し可愛い。おそらく最高戦力。送れ」
《こちらアルファよりブラボーへ、少し落ち着け。落とされちまうぞ。送れ》
《こちらチャーリー、標的Yはブラボーの要請に従い多めに撮影する。最高の構図で撮影する》
ビーチボールを追って浜辺を舞うヤサカ。
心の底からバカンスを楽しむその姿は、まさに天使である。
「こちらブラボー、標的Cが見当たらない。そちらで確認できるか。送れ」
《こちらアルファ、こっちも標的Cは見てねえな。送れ》
《こちらチャーリー、標的Cを確認できない。海の中も確認できない》
不思議だ。
どうしてクーノの姿が見当たらないのか。
ファルたちは浜辺全体を見渡せる位置にいるのだから、浜辺にクーノがいる限り、クーノが見つからないはずがない。
双眼鏡で再度浜辺を見渡すも、やはりクーノの姿は見当たらなかった。
実のところ、双眼鏡を覗く限り、クーノが見えるはずないのだ。
「良いところ見つけたねェ。ヤサちゃんたちの麗しい姿がァ、よく見えるよォ」
ファルの鼓膜を震わせたクーノの声。
まさかと思い双眼鏡から目を離し、自分の隣を確認するファル。
すると、ファルのすぐ右隣で、砂の上にうつ伏せになり双眼鏡を覗く、水色のビキニ姿のクーノが。
「うおお! お、お前こんなところに!? いつからだ!?」
「さっきからァ、ずっと隣にいたよォ」
「ずっと!? ってことは……まさか俺たちの会話を……」
「聞いてたよォ」
ニヤニヤとしながら返答するクーノに、ファルは血の気が引く。
これはすぐに戦友たちに伝えなければ。
「こちらブラボー、緊急事態! 標的Cにこちらの位置がバレた。繰り返す、こちらの位置がバレた! 送れ!」
《…………》
《…………》
「おい! 黙り込んだって無駄だからな! 送れ!」
レイヴンとレオパルトは、我関せずと言わんばかりの沈黙を貫く。
それどころか、持ち場を離れ、当たり前のように海の方向へと歩き出していた。
まさかの裏切りにファルは冷や汗を垂らす。
コソコソと覗き同然のことをしていたのが、クーノにバラされるのを恐れるファル。
ところがクーノは、双眼鏡から目を離さず、言い放った。
「クーノもォ、ファルさんたちに同意だよォ。水着って良いよねェ。なんかさァ、裸よりもォ、エッチィよねェ」
「はい?」
「水着だとさァ、見えないところをォ、いろいろと想像できるしィ、妄想できるしィ、エッチィすぎないからァ、セクシーさよりも可愛さを感じられるしィ――」
「お、おう」
「見てよォ、あのヤサちゃん。ポニーテール姿でェ、あんなに可愛い水着でェ、汗を垂らしながらァ、ビーチボールで遊んでるんだよォ。クーノは今ァ、心臓麻痺で死にそうだよォ。グヘヘ」
「分かった。お前は俺たちの側――いや、俺たち以上の存在なんだな」
水色の水着一枚で胸を砂浜に押し付けるクーノは、本来は覗かれる側のはずだ。
実際、ファルはクーノの横乳と肩甲骨に視線が固定されてしまっている。
しかしどうにも、クーノは覗く側らしい。
確かに常日頃のヤサカへのセクハラを見ていれば、納得できることだ。
変態扱いされることの多いファル以上に、クーノは変態なのだ。
「おーい! ファルくん!」
「スイカ割りです! スイカ割りしましょうよ!」
大きめの声でクーノと会話したためか、ファルはヤサカたちに居場所がバレてしまった。
これで密かにヤサカたちを眺め続ける作戦は終了だ。
とはいえ、ヤサカたちと浜辺で遊ぶのも、十分に楽しいことである。
レイヴンとレオパルトは、遠くからの観察を続けるようだ。
ファルとクーノは立ち上がり、そそくさとヤサカたちの元へと向かった。
近場で見る水着姿のヤサカたちは、なんと美しいのだろうか。
「ファルくん? クーノ? ぼーっとしてるけど、大丈夫? 熱中症かな?」
「ヤーサよ、ファルさんとクーノさんはこれが正常なんですよ! 心配する必要ないです!」
「霊力は安定してる」
「そ……そうなんだ……」
ラムダとティニーの言葉にいまいち納得せず、心配げな表情をするヤサカ。
無用な心配をかけたくないファルは、首を振り口を開いた。
「俺は大丈夫だ。それにしても、スイカ割りか。このスイカ、どこにあったんだ?」
「ティニーが出してくれたんだよ」
「ん? 食材は道具扱いじゃないから、ティニーでも出せないんじゃ……」
「スイカは、スイカ割りの道具扱いらしいんだ」
「制作者たちの価値観が分からない」
「私も同意だね」
まあなんにせよ、スイカ割りの時間だ。
すでに浜辺の上にはスイカが用意され、棒と目隠しの準備もできている。
浜辺でバカンスといえば、スイカ割りは定番だろう。
ゲーム世界とはいえ、水着の女子たちとスイカ割りをするなど、ファルの人生では想定されていなかったことだ。
今、ファルの心は踊り狂っている最中である。




