ミッション11—2 ショッピングモールへの道
デールトンの町に住んでいたNPCのほとんどがゾンビと化したようだ。
ショッピングモールでヤサカと合流するには、ゾンビとの戦いは避けられそうにない。
人を見れば襲いかかるゾンビに、ファルはマグナム銃――DE44で対抗。
敵が多すぎると判断すれば、ティニーがSMARLによる攻撃でゾンビを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたゾンビは肉塊となって飛び散り、地獄絵図を作り出す。
「うわぁ……グロ描写は勘弁してくれ……」
「ゴア表現設定、できない?」
「それは事件発生時に消えた機能のひとつだ」
「カミが消した?」
「だろうな。どうせ、現実ではゴア表現の設定なんかできないとかそういう理由だろ」
「ゾンビ、現実にいない」
「ああ、俺も言ってて思った。この世界、ちょくちょく設定が甘いよな」
「ゾンビ! またゾンビが来た! にゃ!」
「マジかよ! 危ない!」
ミードンの叫びを聞き、ゾンビがすぐ背後まで近づいていたことに気がついたファル。
ファルはすぐさま振り返り、銃口をゾンビの頭に突きつけ、引き金を引いた。
発射されたマグナム弾はゾンビの頭を突き抜け、血と脳の破片が辺りに飛び散る。
「あ……ダメだ……もう吐きそう……」
「トウヤ、大丈夫?」
「そう言うお前こそ、大丈夫なのか?」
「私は大丈夫」
「……いつも通りの冷静さだな」
滅多に感情を表に出さないティニーは、ゾンビ相手にも動じない。
ゾンビを倒すたびに吐き気を催しているファルとは正反対だ。
吐き気を抑えながら再び歩き出すファルと、ファルの後ろにぴったり付いてくる、ミードンを肩に乗せたティニー。
歩き出した途端、ファルの携帯電話が震えた。
こんな時に誰からの連絡だと思いながらも、ファルは電話に出る。
「もしもし? こっちは今――」
《ファルくん! 無事!?》
「ヤサカか!?」
電話の相手はヤサカであった。
ファルはヤサカに現状を伝える。
「俺とティニー、それにミードンは無事だ。ラムダは……分からん。ヤサカは今どこに?」
《私は今、他のプレイヤーと一緒にショッピングモールに立て篭ってるところだよ》
「そうか。俺たちもそっちに向かってる最中だ。なあ、一体どういうことなんだ!? どうしてゾンビなんかが――」
《詳しいことは後で話すよ。今は最低限の情報だけ伝えるね》
「ああ、頼む」
《ゾンビは頭を撃てば倒せるよ。それと、NPCはゾンビに噛まれるとゾンビ化しちゃうけど、プレイヤーは噛まれても大丈夫みたい》
「プレイヤーはゾンビに襲われても害はないってことか?」
《ゾンビ化しないだけで、殺されはするから注意してね。それと、ゾンビの体液にも注意。プレイヤーの装備を剥がしてくるからね》
「装備って、服も含まれるのか?」
《うん。プレイヤーの着ているものは全部剥がしてくる。ともかく、もうすぐでクーノが迎えに来てくれるから、ファルくんもできる限り早く、気をつけてこっちに来てね》
「分かった。なるべく急ぐ」
ファルの答えを聞いて、ヤサカは電話を切った。
電話の向こう側からは銃声が聞こえていたため、ショッピングモールもゾンビに襲われているのだろう。
クーノが到着する前に、なんとしてでもヤサカと合流しなければ。
ファルはそう思い、ゾンビの大群を抜けようと走り出す。
その時であった。
「わ」
ティニーがゾンビに足を掴まれ転んでしまった。
ゾンビはさらに、転んだティニーの和服に体液を塗りたくる。
するとティニーの和服の一部が溶け、ティニーの細い足があらわになった。
ティニーの細い足に絡みつくゾンビ。
まさか足フェチのゾンビなのか。
ファルはティニーを襲ったゾンビを倒そうと、銃を構える。
しかし、ファルの頭に邪な考えが浮かび上がった。
(ゾンビはプレイヤーの着ているものを全部剥がすんだよな。服も全部……)
先ほど、ゾンビの体液でティニーの着る和服の一部が溶けた。
ということは、このままティニーを放っておけば、いつかティニーの服全てが溶け、ティニーは何も身につけていない状態に――。
「悪霊退散」
SMARLをAMR82に持ち替え、ゾンビの頭を吹き飛ばすティニー。
12・7ミリ弾によって木っ端微塵にされたゾンビの頭部の破片が飛び散り、ティニーの顔に血しぶきがかかる。
しかしティニーは、顔に血しぶきを受けてなお、無表情をキープしていた。
「ティニー、なんか悪かった」
「?」
「そうだよな、お前にとってゾンビなんて雑魚同然だよな」
「……トウヤはやっぱり変態」
何かを察し、和服の溶けた部分からのぞく脚を隠したティニー。
だが、そんな場合ではない。
ゾンビは続々と、ファルたちのもとにやってきているのだ。
「あの建物にはゾンビがいなさそうだ。あそこに逃げるぞ」
「うん」
動きの遅いゾンビを押しのけ、無人の建物に向かってファルとティニーは走る。
和服の足の部分が溶けたおかげか、ティニーの走る速度は早く、最初に無人の建物に到着したのはティニーとミードンだ。
少し遅れてファルが建物に到着すると、扉を閉め、建物の中にあった棚を倒し、出入り口を封鎖した。
「これでしばらくはゾンビも入ってこない。今のうちに、どうやってショッピングモールに行くか考えよう」
「トウヤ、声が震えてる」
「そりゃそうだろ。ゾンビに襲われりゃ怖いに決まってる」
「ふ~ん」
「むしろお前、さっきも言ったけど、なんでそんなに冷静なんだ?」
無人の建物の床に座り込み、ファルはいつも気になっていることをティニーに聞いた。
対してティニーは、少しだけ考えるような仕草をしながら、短い言葉で答える。
「たぶん、いろんなゲームやったから」
「それはつまり……あらゆるジャンルに耐性があるってことか?」
「うん」
ペコリと頷くティニー。
以降ティニーは、珍しいことに長々と喋りはじめた。
「私、霊感があるから、友達できなかった。だから、いつもゲームで遊んでた。お姉ちゃんもゲーム好きで、いつも一緒に遊んでた。アクション、シューティング、ファンタジー、FPS、レース、ホラー、シミュレーション――なんでもやった」
ティニーが自分のことを語るのは、これがはじめてだ。
そもそもティニーに姉がいたことすら知らなかったファルは、ティニーの話に興味深く耳を傾ける。
「お姉ちゃんと対戦すると、いつも勝てなかった。お姉ちゃん、FPSが一番強かった。お姉ちゃんがショットガン持ったら、絶対に勝てなかった。でもロケラン使えば、必ず私が勝った」
「うん? まさか、お前がSMARLフリークになったのってそれが理由か? アンチショットガンもそれが理由か?」
「……そう」
自分で伝えたとはいえ、自分の趣味のルーツをファルに知られ顔を赤くしたティニー。
彼女はそれでも、小さく丸まりながら話を続ける。
「いろんなゲームやった。でも、イミリアはやったことないゲームだった。だからこのゲームにログインした。そしたらSMARLに会えた。SMARLを撃った時の衝撃、今でも覚えてる」
今でもSMARLを手放さないのだから、相当な衝撃だったのであろう。
「ある日、強制ログアウトされた。強制ログアウトしたの、お父さんだった。私にイミリアを買ったこと、後悔してた。でも、私はお父さんのこと、恨んでない。事件が起きて、ログアウトできなくても、イミリアは楽しかったから」
案外、ティニーはイミリア生活を満喫していたらしい。
「私はもう一度イミリアをやりたかった。SMARLを撃ちたかった。だからサルベーションに参加した。お姉ちゃんが賛成してくれたから、私、ここにいる」
ここまで話して、ティニーの口元がわずかに緩んだ。
「私、イミリアで友達できた。ヤサカ、ラムダ、ミードン、クーノ、レオパルト、コトミさん、レジスタンスのみんな、それにトウヤ。みんな、はじめての友達」
心なしか、ティニーの抑揚のない口調も楽しそうである。
ティニーはファルの顔をじっと見て、話を続けた。
「トウヤは、私の話を聞いてくれる。霊感の話しても、相手してくれる。だから私、トウヤ好き。だからトウヤに会えたイミリア、好き」
思わぬ言葉に、今度はファルが顔を赤くしてしまった。
これはまさかの告白か?
いや、そうではないことぐらい、ファルも分かっている。
ティニーの好きは、友達としての好きであり、恋愛感情から出た言葉ではない。
とはいえ女の子に『好き』と言われて照れに照れたファルは、声を裏返らせながら、あからさまに話題を変えた。
「ええと……サルベーション参加はティニーのお姉ちゃんが賛成してくれたんだっけか?」
「うん」
「実は俺も、サルベーション参加を決めた時、両親に反対されたんだ。だけど妹が俺の味方をしてくれてな、両親を説得してくれたんだよ。アイツどういう説得をしたんだか、おかげで両親は呆れたような顔で俺のサルベーション参加を認めてくれた」
「トウヤの妹、優しい」
「お兄ちゃん子すぎて、たまにシャレにならないがな。口調もおかしいし」
「かわいい」
「かわいいのは確かだが、お兄が怪我しないようにとか言って、3日間ずっと俺を椅子に縛り付けるようなヤツだからな。つうか、死んでも良いからお兄と会う! とか言って俺を強制ログアウトさせたのも妹だし。あいつ、普通にヤバい奴だから」
「楽しそう。トウヤの背後霊が」
「は? まさか俺の背後霊、俺が苦しむところ見て楽しんでるのか!?」
「そうみたい」
「ふざけんな! 俺の背後から出てけ!」
そう言って背中を手で払うファル。
ティニーはそんなファルを見て、笑っていた。
だがティニーは、すぐにいつもの無表情へと戻る。
「話、ここまで。ショッピングモールに行く方法、考えないと」
「そうだな。この建物の扉も、ゾンビにバンバン叩かれはじめたし」
ファルたちはまだ、ゾンビに囲まれたままなのだ。




