ミッション10—3 ヘレンシュタット
検問所を突破し2時間ちょっと。
ファルたちはついに、国境の街ヘレンシュタットにやってきた。
ヘレンシュタットはエレンベルクと同じく、中世ヨーロッパの雰囲気を残している。
ただし、エレンベルクとは違い観光地は少なく、もっぱら商人の街といったところだ。
メリアとの貿易拠点でもあり、街道には多くの大型トラックが行き交っている。
国境の街というだけあって、ヘレンシュタットは元から厳重な警備が敷かれていた。
現在は警官NPCが巡回、加えて軍人NPCまでも展開している。
ファルたちは重い緊張感に包まれた。
「なんだか、想像以上に警備が厳重だね。まるで2年前の戦時体制だよ」
「あれ見てください! 装甲車です! 装甲車が道を走ってますよ!」
「これは試練なのだ。このミードンが未来の英雄にふさわしい人物か、試されているのだ!」
「軍人、銃隠してない」
「おいおい、ベレルの奴ら、俺たちなんかに大袈裟すぎるぞ」
ワゴン車からこっそりと外を眺めたファルたちの、それぞれの感想。
ヤサカはホーネットに質問した。
「ホーネット、隠れ場所までは、あとどのくらい?」
「30分もかからない距離。ただ、ひとつ問題があってさ……」
「なに?」
「隠れ場所までは、少し歩かないといけないんだよね」
「つまり、あの厳重な警備の中を歩くってことだね。慎重にやらないと……」
警察と軍人がうようよする街中を歩くのは、なかなかに難易度が高い。
これにはヤサカですら唾を飲み込み、覚悟を決める。
ただし、ファルは余裕の表情。
「アビリティ『潜伏』持ちの俺は勝ち組だな」
「トウヤ、ずるい」
「ファルさんよ、潜伏って他のプレイヤーにも使えないんですか?」
「安心しろ、使える。俺の存在感の薄さは、こういう時に頼りになるんだぞ」
「羨ましいのか羨ましくないのか、よく分からないです! でも、感謝です!」
これで少しは、ファルの株が上がったことだろう。
地味アビリティのひとつである『潜伏』は、ファルに多大なる恩恵を与えているのだ。
数分後、ホーネットは駐車場にワゴン車を停めた。
ここから隠れ場所までは徒歩である。
ファルたちは車を降りる前に、まず準備だ。
「ええと……ティニー、その陰陽師姿は目立つ。別の服に着替えてくれ」
「着替えなきゃ、ダメ?」
「ダメに決まってるだろ。ほとんど自首してるも同然だぞ」
「分かった、着替える」
「ファルさんよ! ティニーが着替えてる間、目を瞑っててくださいよ!」
「分かってる分かってる」
しばらく、ラムダの合図があるまでファルは目を瞑った。
こうして目を瞑っている間、すぐ側でティニーが着替えているこのシチュエーション、最高である。
なんというか、目を瞑っているからこその興奮が楽しめる。
「終わりましたよ! 目を開けても大丈夫です!」
ラムダの合図に従い、ゆっくりと目を開けたファル。
するとファルの目の前に、肩にミードンを乗せた、青いワンピース姿のティニーが座っていた。
いつもの陰陽師姿とは違う雰囲気に、ファルはつい頰を赤くしてしまう。
「トウヤ、これ、似合う?」
「え? あ、ああ、すごく似合ってるぞ」
「ありがとう」
ファルに褒められ、珍しく口元を緩めたティニー。
思いがけずファルの胸は高鳴る。
そんなファルを見て、ホーネットは小さく鼻で笑いながら、口を開いた。
「はいはい、発情しない。それより――」
「は、発情なんかしてないぞ!」
「――隠れ場所なんだけど、治安の悪い場所も通るけど、覚悟はOK?」
「オーケーだ」
「オーケーだよ」
「オーケー」
「オーケーです!」
「オーケー! にゃ!」
「そうこなくっちゃ。じゃあファル、早く潜伏使って」
「ったく……偉そうだな……」
ホーネットへの不満を露骨に表情に出しながら、ヤサカたち全員に潜伏を使ったファル。
これで準備は万全だ。
ファルたちは意を決し、ワゴン車を降りる。
ワゴン車を降りるとすぐ、ファルたちは街の大通りを歩いた。
雨とはいえ、大通りには人が多い。
潜伏を使った上で、人が多く相対的に個人への関心が薄まる大通りを歩けば、警察や兵士に発見される可能性が低いというホーネットの判断の上だ。
実際、街を監視する警官NPCの見張りを素通りできている。
少し顔を俯かせてはいるものの、ファルたちは普通にヘレンシュタットの街を歩いているだけだ。
「前方に警官が2人」
「正面だな……避けるか?」
「このままで良い。変なことしなきゃ見つからないから」
「ああ……そうか……」
警官や兵士は、不審な人物を探しているのだ。
不審な行動をしない限り、いつもと変わらず街を歩いていれば、見つかることはない。
正面から歩いてきた2人の警官NPCは、ファルたちの横を通り過ぎていく。
ホーネットはともかく、ファルは明らかに挙動不審であったが、潜伏スキルのおかげで見向きもされなかった。
それにしても、緊張感のある散歩だ。
小雨に濡れながら、人混みに紛れて警備の目をやり過ごす。
まるでスパイだ。
ここまでは順調。
しかしだからと言って、これからも順調とは限らない。
「お前ら、待て」
ついに呼び止められてしまったファルたち。
声がした方向に振り返ると、そこには鎧に身を包んだNPCが2人いた。
よりにもよって、アレスターである。
さすがにアレスターともなると、ファルたちの情報をきちんと把握していたのだろう。
人混みを歩く人々の顔をきちんと観察している相手には、潜伏スキルは無力なのである。
「怪しいな。こっちに――」
アレスターが言い終わる前に、ホーネットの投げたナイフが1人のアレスターの首に刺さった。
先手必勝、ということか。
「クソ……標的を発見! 至急――」
残りのアレスターも、ヤサカに首を掻き切られ絶命。
なんとか2人のアレスターを排除できたようだ。
「仲間を呼ばれた。路地裏に逃げよう」
「そうだね。ファルくんたち! 付いてきて!」
まだ安心するには早そうだ。
ファルたちはヤサカとホーネットに言われるがまま、人混みに紛れ路地裏へと向かう。
警官NPCの増援が到着する前に路地裏に逃げ込み、大きなゴミ箱の裏に隠れたファルたち一行。
すると、その路地裏の入り口に警官NPCたちが集まってきた。
危機的状況である。
最悪の場合に備え、銃を手にするヤサカとホーネット。
ティニーもSMARLを持ち、警官たちを吹き飛ばす準備は整った。
だが、警官を吹き飛ばす必要はなくなる。
「怪しい人物が、あちらの路地裏に逃げ込みましたよ」
「なに!? 本当か!?」
「ご協力感謝する!」
「行くぞ!」
とある女性の言葉により、ファルたちの隠れる路地裏から離れていく警官たち。
ファルたちを救った女性は、静かにファルたちに呼びかけた。
「警官たちは追い払いました。あちらの路地裏なら、安全ですよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「あの……あなたは? なぜ俺たちを助けるんです?」
「私はああああと申します」
「ああああさん? イミリアの聖人って呼ばれてる、ああああさん!?」
「一度、ゴミ拾いクエストで顔を合わせたことがありますね。ゴミを拾う方は心も綺麗な方。街を綺麗にしようと呼びかけていたあなた方が、犯罪者だとは思えなかったのです。では、ごきげんよう」
そう言って微笑み、何事もなかったかのように人混みに消えたああああ。
さすが、プレイヤーの間で聖人と呼ばれるだけある人である。
ところで、ゴミ拾いクエストでゴミをばらまいていたのはファルたち自身だ。
ファルたちの心は決して綺麗ではないが、それは黙っておこう。
ああああに助けられたファルたち一行は、路地裏を慎重に進んでいった。
どうやらアレスターに見つかったのは、かなり不幸な出来事だったらしい。
以降、アレスターの姿は見ていない。
「隠れ場所までもう少し。この道を抜けたら到着」
そう言うホーネットは、クイックモードを発動している。
というのも、ファルたちが今歩く場所は、お世辞にも治安が良いと言える場所ではないのだ。
「この辺、変わったお店が多いですね! 危ない匂いがします!」
「18禁街」
夜になれば人間の欲望が大爆発するような場所。
人間の生々しい部分で形作られたこの場所に、隠れ場所はあるのだ。
国から追われている人間が隠れられるような場所は、こういうところにしかないのである。
4人の少女とネコ1匹、それに少年1人。
危険な場所に似合わぬファルたちに対し、怪しい雰囲気のNPCたちはニタニタと笑っていた。
とはいえ、NPCが襲いかかってきたところで、ヤサカとホーネットに瞬殺されるだけだろうが。
「到着。ここが隠れ場所」
暗い路地に佇む、ほとんど掃除もされていないような汚い宿。
この宿が隠れ場所、今日の宿泊地だ。
エレンベルクのホテルと比較すると、ファルはため息しか出ない。




