ミッション8—3 強盗事件
気づけば時間は16時を過ぎている。
ファルたちは広場に面したカフェで、エレンベルクの街のパンフレットを囲んでいた。
「今日の宿泊場所についてだが、その前に部屋割りを決める。ダブルルームあるいはトリプルルームにお前ら3人、シングルルームに俺1人で良いか?」
「うん、それで良いと思うよ」
「わたしはダブルルーム2つで、ファルさんと一緒の部屋でも大丈夫です!」
「ラムダ、ダメ。危ない」
「おいティニー、危ないってどういうことだよ!? なんで俺と一緒の部屋だと危ないんだよ!?」
「主に道徳ステータスと変態ステータス的に危ない」
「俺、そこまで信用下げるようなことをした覚えはないぞ!」
「ええと……とりあえずファルくんの言った、私たち3人とファルくん1人の2部屋が取れる宿泊場所を探せば良いんだよね?」
「ああ」
「だとしたら、どこが良いかな……」
「ここなんかどうです?」
「にゃ! 絢爛豪華なのだ! この未来の英雄にふさわしい部屋のなのだ!」
「いや、5つ星ホテルだぞ、これ!? 最安値で1泊1部屋10万以上もするぞ!? 却下だ却下!」
「にゃ~」
「ええ~これぐらい普通だと思ったんですけどね」
「どこが普通なんだ!? お前はお嬢様か!?」
「ここ、どう?」
「どれどれ……ああ、ここ良さそうだね」
パンフレットを囲み、賑やかに宿泊施設を探すファルたち。
そんな彼らのもとに、カフェの店員NPCがやってくる。
「いらっしゃいませ」
店員としてごく普通の言葉を口にするNPC。
しかしそのNPCの目には、ファルたちに対する警戒心があった。
プレイヤーに寛容なベレルでは珍しいことだと思いながら、ファルたちはそれぞれ飲み物を注文する。
注文を受けたNPCは店の奥へ。
店の奥では、何やらNPC同士が小さな声で会話をしていた。
ファルはその会話に耳を傾ける。
「あのお客さん、多分よそ者です」
「そうか。この前みたいなことがあった直後だ。警戒しておけ」
「はい」
プレイヤーに寛容なベレルではやはり珍しい会話。
何かあったのだろうかと思うファル。
NPCの会話の意味が分かったのは、それからすぐであった。
「おい! 金を出せ! でなきゃ殺すぞ!」
「言っておくが、このライフルは本物だからな!」
ファルたちのいるカフェの対面の店で、強盗事件が起きた。
強盗の2人組はライフルを撃ち、広場は騒然とする。
「あいつら……プレイヤーか?」
「プレイヤー表示がある。プレイヤーで間違いなさそうだね」
迷惑プレイヤーというわけか。
白昼堂々強盗とは、なかなか大したプレイヤーたちである。
「またよそ者の強盗か……」
「今週だけで3件目だぞ」
「噂じゃ、あああいも来てるらしい」
「あああいだと!? あの腕もぎあああいか?」
「ああ、皆殺しあああいだ」
「ガトリングあああいなんて、勘弁してくれ」
「まったく、政府はそろそろよそ者をなんとかするべきじゃないか?」
あらゆる方面から聞こえてくる、NPCたちの会話。
どうやら複数のプレイヤーたちが、ここエレンベルクで強盗事件を繰り返しているらしい。
さすがのベレルNPCも、これには我慢ならないようだ。
ところで、『あああい』とはなんなのか。やばい奴だということしか分からない。
しかし、今はそれどころではない。
「おい、行くぞ」
「行く? ファルくん、行くってどこに?」
「決まってるだろ。あいつらを取っ捕まえにだ」
目の前で起きている強盗事件を放っておくわけにはいかない。
こちらには武器出し放題のティニーと乗り物出し放題のラムダ、最強プレイヤーのヤサカがいるのだ。
あの程度の強盗に負けるはずがない。
「強盗退治ですね! やりましょう! 徹底的にやりましょう!」
「私の背後霊が疼く」
ラムダとティニーもやる気満々のようだ。
あまり面倒ごとを起こしたくないといった風のヤサカも、正義感には勝てない。
「強盗、捕まえよう。でも、あんまり目立たないようにね」
「分かってるって」
強盗はすでに、バッグに金を詰め込み店から逃走、路地裏へと走っていた。
すかさずファルたちは2人の強盗を追う。
華やかなエレンベルクの街も、路地裏に入ると人は少ない。
車1台が通ることも難しい小道を走る強盗2人。
しかしステータスではファルたちの方が圧倒的に上、強盗に追いつくのは難しいことではない。
途中、ヤサカが先回りをするためにファルたちと別れた。
ファルとティニー、ラムダ、ミードンは、強盗のすぐ背後まで近づき叫ぶ。
「待て! 強盗2人組!」
「逃げられると思わないでください! 絶対に逃がしませんよ!」
「逃げたら、SMARL撃つ」
足の速いファルたちから逃げようと、強盗2人は全速力で走った。
そんな彼らの行く先に、ヤサカが立ちふさがる。
「ここで行き止まりだよ!」
「クソ! なんなんだお前ら!?」
「どこのどいつだ!?」
冷や汗を垂らす強盗2人組。
それでも彼らは、逃げることを諦めない。
2人はファルたちがプレイヤーであることに気づくと、身振り手振り大きく口を開いた。
「お、お前らもプレイヤーなんだろ? じゃあ、俺たちを見逃してくれ!」
「はあ? なんで同じプレイヤーだからって、強盗のお前たちを逃さなきゃならないんだ?」
「同じプレイヤーなら分かるだろ! 俺たちはNPCから金を盗んだだけだ! それの何が悪いっていうんだよ!」
「いやいや、強盗って時点で悪いだろ」
「そうです! 強盗は立派な犯罪行為です!」
「早くSMARL撃ちたい」
「ったく、正義ヅラしたプレイヤーかよ……うぜえな」
「もういい! てめえら、俺たちを敵に回したこと後悔するんだな!」
いかにも小物なセリフを吐いた強盗。
対照的に、彼らが手にした武器は大物であった。
なんと強盗2人は、複数の手榴弾とアサルトライフル、グレネードランチャーで武装していたのである。
「強盗のくせに、重武装なんだね」
強盗の持つ武器を見て、ヤサカはクイックモードを発動した。
そして彼女は即座に銃を構え、強盗に照準を合わせる。
ヤサカが強盗に照準を合わせたと同時であった。1人の白人少女がヤサカの隣を駆け抜ける。
突如現れたその白人少女は、美しいブロンドの髪を揺らし、強盗1人の顔面に強烈なパンチを食らわせ強盗を気絶させた。
続いて白人少女は、もう1人の強盗に回し蹴りを食らわせ、強盗は壁に叩きつけられ気を失う。
どこからともなく現れた白人少女が、強盗2人組を一瞬で行動不能にしてしまった。
いきなりのことに理解が追いつかないファルとラムダは、呆然とするだけだ。
ひとつ確かなのは、白人少女のすらりとした脚が美しいということ。
先ほどからファルの視線は、白人少女の脚に固定されてしまっている。
ショートパンツ万歳。
一方でヤサカは、白人少女の顔を見て、目を見開いた。
「ホーネット!?」
「Hello, ヤサカ。こんなところで再会するなんて思わなかった」
「ホントだよ! 久しぶり、元気だった?」
どういうことだろうか。
ブロンドの白人少女とヤサカが、まるで見知った顔のように会話をしている。
というよりは、見知った顔なのだろう。
「ヤサカさんヤサカさん、俺はそこにおわすお方をどなたと心得れば良いんだ?」
「あ、そっか。ファルくんたちは初対面なんだよね。彼女はホーネット。私の友達で、元レジスタンスメンバーだよ」
美しい脚に抜群のスタイルの白人系ブロンド美少女が友達。
性格に難があるとはいえ可愛らしいクーノといい、ヤサカの周りには美少女が集まるようだ。
相変わらずホーネットの脚から視線を外さないファル。
対してホーネットは、ファルを睨みつけた。
「ファル? ということは、そこの和服少女がティニーで、そこの無駄に胸が大きいのがラムダ?」
「あ、ああ」
「へ~そう。あんたたちが噂のチートプレイヤーなのね」
おやおや、口調が喧嘩腰のホーネット。
彼女は不快感を表情に隠すことなく、はっきりとファルに言い放った。
「ティニー、ラムダ、そしてファル! あんたたちには、ここに転がってる強盗も含めて、迷惑プレイヤーを増やした責任を取ってもらうから!」
「え?」
ビシッと指をさしたホーネットの、怒りに満ちた言葉。
何が何だか、ファルには分からない。




