ミッション8—1 いざ、ベレルへ!
ティニーとラムダ、レオパルトが行った2度目の救出作戦――小阪大暴動事件によって、新たに310人のプレイヤーが解放された。
これでイミリアから解放されたプレイヤーの合計は、460人だ。
しかし、未だ1万3260人のプレイヤーがイミリアに閉じ込められている。
加えてティニーたちが小阪で暴れすぎたため、プレイヤーたちへのNPC支持率が低下、八洲政府による監視が強まってしまった。
プレイヤー救出作戦も、同じことを繰り返していてはダメらしい。
そこでファルたちは、行動範囲を八洲の外にも広げることにした。
なんだかんだと、八洲にいるプレイヤーは約3000人。
約1万人のプレイヤーが生活するベレルやメリアには、救出任務完遂のため、いつかは行かなければならなかったので、良い機会だ。
ということで現在、ファルとヤサカ、ティニー、ラムダ、ミードンは、クーノが操縦するヘリに乗り、ベレルへと向かっている。
機内では、ミードンを通してヤサカとミストが会話していた。
《話はレイヴンから聞いている。ベレルに向かっているそうだな》
「はい。もうすぐで到着です」
《やはり、密入国かね?》
「その予定です」
《気をつけたまえよ。いくら私とて、他国の行政を動かすことはできない。もし手配度が4を過ぎるようなことがあれば、すぐにベレルから逃げたまえ》
「分かりました。忠告、ありがとうございます」
機械的なヤサカとミストの会話。
この会話に、ファルはとある質問を投げ込んだ。
「すみません、質問です」
《なんだね?》
「ミストさんは国土交通大臣の半兵衛さんですか? それとも官房長官の秋川さんですか?」
「ファルくん!?」
《……随分とまた、単刀直入な質問だな》
「失礼なのは承知の上です。ただ、どうしても、正体が知れない人物を信用できないんですよ」
《君のその言葉は理解しよう。しかし、残念ながら君の質問には答えられない。果たしてどこまで信用できるか分からぬ人物に、立場上簡単には正体を教えたくないのでね》
「……相手が完全に信用できないのは、お互い様ってことですか」
《その通りだ》
「なるほど。なら、さっきの質問は取り消します。失礼しました」
《いやいや、その慎重な姿勢は評価に値する》
きっと、ミストはまだ正体を明かすことはない。
あまりしつこく聞いたところで、ミストからの信頼を失うだけだろう。
ファルは諦め、引き下がった。
《まあ、私を信頼してくれ。私は可能な限り、君たちを支援する。外交問題に発展するのでは、といった心配は捨て、自由に活動してくれたまえ。では、健闘を祈るよ》
「ご協力ありがとうございます。失礼します」
ミストとの通信は切られ、ヘリの機内に静けさが訪れる。
ヤサカはどことなく不満そうな表情で、ファルを睨みつけていた。
「私たちレジスタンスにとって、ミストさんは大事な存在なんだよ? あんまりミストさんを困らせないでほしいな」
「あそこであの質問、すごいですよ! わたしでもヒヤヒヤしたぐらいです!」
「トウヤ、大胆不敵」
「神様は我道を行く者ということなのだ! にゃ!」
皆から一斉に呆れられてしまったファル。
だがファルは気にしない。
「いや、俺はミストさんを信用したくて、そのためには確認しないとって思って」
「それにしても、言い方があると思うよ?」
「……俺、なんか変な言い方したか?」
「ちょっとだけ喧嘩腰だったね」
「……ホントか?」
「わお! 自覚なしですよ! これこそ引きこもりの弊害です!」
「レオパルトと同じ。さすが友達」
「……悪かった」
言い方が悪かったのは、素直に反省すべき点だ。
次は気をつけよう、ミストには謝罪しようと決めたファル。
ファルが反省している間、操縦室からクーノがひょっこりと頭を出した。
彼女は窓の外を指差し、言う。
「もうすぐでェ、着陸するよォ。クーノは『あかぎ』に帰っちゃうけどォ、着陸後は大丈夫ゥ?」
「うん、大丈夫だよ」
「わたしが車を召喚します! ジープのくせに速い車ですよ!」
「ラムダ、警察に目をつけられるような運転はするなよ」
「ファルさんよ、そのくらいは言われなくても分かってますって!」
「そのジープ、SMARL撃てる?」
「撃てますよ! サンルーフ付きだから、撃ちやすいはずです!」
「やった」
「お前らなんだ!? 生粋の戦闘民族かなんかなのか!? 警察に追われないと死んじゃう病気なのか!?」
「……ホントにィ、大丈夫ゥ?」
「たぶん……大丈夫……かな」
不安しかないのだが、きっと大丈夫だと自分を騙すファルとヤサカ。
クーノは可笑しそうに笑って、ヘリの操縦を続けた。
数十分後、クーノの操縦するNH900は、森の中に開けた僅かな空間に着陸。
ファルたち(ミードンはお昼寝中)はNH900から地上に降り立つ。
「ヤサちゃんヤサちゃん、寂しくなるよォ。これから毎日ィ、ヤサちゃんの無事を祈り続けるなんてェ」
「もう、大袈裟だね、クーノは」
「いやいやァ、大袈裟じゃないよォ。何日もヤサちゃんの胸を揉めないなんてェ、由々しき事態だよォ」
「今のクーノの言葉が、私にとっては由々しき事態だよ……」
なぜかモジモジするクーノと、困り顔のヤサカ。
クーノは気にせず、ファルたちをじっと見て、別れの挨拶を口にした。
「それじゃみんなァ、行ってらっしゃいィ。お達者でェ」
「ああ、クーノも達者でな」
「帰りもよろしくね」
「ベレルでのヨーロッパ生活、楽しんできます!」
「行ってくる」
別れの挨拶を済ませたクーノは、再び操縦室へ。
そして『フクロウのエンブレム』のついたNH900は飛び立っていった。
回転翼が発する凄まじい風は去り、NH900の姿はもう見えない。
ファルたちが今いる場所は、八洲列島から約1000キロ離れたアメシア大陸北部、ベレルである。
密入国とはいえ、ファルたちはベレルの地を踏んでいるのだ。
ただし、周りは針葉樹に囲まれた森。
ベレルのはじまりの街エレンベルクまでは、まだ遠い。
早速ラムダはジープを出現させ、ファルたちはそれに乗り、エレンベルクへと向かった。
エレンベルクへと向かう最中。
森を眺めながら、ファルは過去を思い出す。
「この辺り、懐かしいな。強制ログアウト前、レオパルトと一緒にこの辺で遭難しかけたり、変なキノコ食べてステータス低下させたり、いろいろあったな」
「ロクでもない思い出ばっかり」
「そういえばファルくん、イミリアのスタート地点はベレルだったんだよね?」
「ああ。ヤサカたちのスタート地点は?」
「私はメリアだったんだけど、レジスタンスに参加してからは八洲にいることが多かったかな」
「わたしもヤーサと同じメリアです! メリアには真っ直ぐな道が多かったから、車の加速が感じられて楽しかったです!」
「ベレル」
「俺とティニーがベレルで、ヤサカとラムダがメリアか」
意外や意外、はじまりの地を八洲に選んだ者は、4人の中にはいないようである。
まあ、わざわざゲーム世界に来たのだから、日本らしい街並みではない場所をはじまりの地に選ぶのは当然なのだが。
「実はわたし、ベレルに来るのははじめてなんです! ファルさんよ、ティニーよ、ベレルってどんなところなんですか? エレンベルクってどんな街なんですか?」
「ラノベ主人公がワクワクする街」
「お? なんだか想像できるようで想像できないです!」
「おいティニー、説明がざっくりしすぎだぞ。まあ簡単に説明すれば、エレンベルクは中世ヨーロッパの街並みを楽しみながら、現代的な生活も送れる街だな。ヨーロッパ旅行してるような感覚に近い」
「ほうほう、それは楽しみです!」
「NPCや政府もプレイヤーに寛容だし、明るい性格のNPCも多いし、景色も綺麗だし、初心者歓迎だし、良いこと尽くしだぞ」
「わお! ますます楽しみです!」
ファルの説明にテンションの上がったラムダ。
おかげでジープの加速度は増し、予定よりも早くエレンベルクに到着することとなった。




