ミッション6—3 あれが、チョムラか
車をなぎ払い、街を破壊し、NPCを潰し、人口密集地へと向かうムーラ。
暴れる巨大モンスターは、多葉の街を混乱の渦に叩き落としている。
しかし、ただただ逃げ惑うNPCたちの人混みの中、彼らとは違いムーラに立ち向かう少女と猫がいた。
和服姿の少女はロケラン――SMARLを構え、迷いのないまっすぐな視線でムーラを睨みつける。
少女の足元に立つ猫は、余裕のある表情で宣言した。
「世界を救いし者、未来の英雄、神に選ばれこの世界に転生した勇者――このミードンが現れたからには、お前に勝ち目はない! モンスターよ! お前が世界を闇で支配しようと、このミードンが眩い光となり、世界を照らしてみせよう! にゃ!」
「私のSMARLで、除霊する」
進撃するムーラに対し、ティニーがSMARLを撃ち込んだ。
ロケット弾は目標に直撃するも、ムーラの傷は浅い。
SMARLを抱えたティニーと、結局は何もしていないミードンは、ムーラに背を向け全力で走った。
ムーラはニタニタとした表情のまま、ティニーとミードンを追う。
もちろん、この展開は作戦通り。
人の少ない地区に向かって走るティニーと、そんな彼女を追うムーラ。
ティニーはムーラを誘導しているのだ。
全力疾走をすれば、ムーラがティニーたちに追いつくことはない。
街を抜け、ティニーたちは河原に到着する。
河原にティニーたちが到着すれば、直後にムーラも河原に到着する。
だが河原でムーラを待っていたのは、ラムダとコピーNPCが乗った13輌の戦車だった。
「一斉発射ですよ! モンスターを駆逐する時間です!」
ラムダの掛け声と同時に、ムーラに向けられた13の戦車砲が火を吹いた。
発射された砲弾はムーラに殺到し、ムーラは動きを止める。
《榴弾砲、撃て!》
戦車による攻撃がはじまった直後、『あかぎ』甲板に並べられた榴弾砲の部隊も攻撃を開始。
《弾着まで、5、4、3、2、弾着、今!》
数キロの彼方から砲弾が降り注ぎ、爆炎に包まれたムーラ。
レジスタンスは容赦しない。
《全弾命中。続いて第2射、撃て》
「戦車隊もどんどん撃っちゃってください!」
「私もやる」
無数の戦車砲弾が、無数の榴弾が、無数のロケット弾がムーラを襲う。
さすがの巨大モンスターも地面にひれ伏し、悲鳴をあげ、しかしその悲鳴すら弱々しくなっていく。
数分後、レジスタンスの攻撃はようやく終わった。
凄まじい煙の向こう側には、地面に横たわるムーラの残骸。
『あかぎ』のブリーフィングルームにて、モニター越しでそれを確認したファルとシャムは、思わず叫んだ。
「やったか!?」
「倒したんですの!?」
「見た感じ、ムーラに動きはないね。とりあえず、倒したかな」
ヤサカはムーラを倒したと判断した。
わずか数分の攻撃で、レジスタンスはムーラを撃破したのだ。
圧倒的火力が、巨大モンスターの息の根を止めたのだ。
「やりました! やりましたよ! ドラゴンスレイヤーの次はモンスターハンターです!」
「さすがは神様たち! このミードン、驚きで震えが止まらないのだ!」
「除霊成功。私の背後霊も喜んでる」
喜びに満ちた巨大変異生物対策室の一同。
ただし、ヤサカはまだ真剣な面持ち。
「気をつけて! そのモンスターは灰になるまで燃やさないと、まだ蘇る可能性が――」
不幸なことに、ヤサカの忠告はしばし遅かった。
ヤサカの忠告の最中、戦車の上で喜んでいたラムダが足を滑らせ、地面に落ちたのだ。
地面に落ちたラムダは、大きな胸を惜しげもなく揺らした。
そして、地面に倒れるラムダのスカートはめくれ、純白のリボン付きパンツが巨大ムーラの死体の前で披露される。
「ム……ムーラ……ムーラ……ムラムラムラ……ムーラァァァァァァ!」
ラムダの巨乳とパンツにムーラが発情してしまった。
死体であるはずのムーラは奇声を上げ、血走った目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。
そして、ムーラの体はさらに巨大化していき、硬くなっていく。
「おいおい! また巨大化したぞ! やっぱり童貞には、ラムダの巨乳とラッキースケベは刺激が強すぎる!」
「ファルお兄さんは、童貞の気持ちが分かりますの!?」
「同族の気持ちぐらい分かる――って、変な質問するなシャム!」
そんなことを言っている間にも、ムーラの巨大化は止まらない。
ムーラはついに、100メートルほどの大きさにまで巨大化した。
皮膚は硬く黒くなり、顔つきも凶悪なものに変化している。
「大変だよファルくん! あれ、きっと進化系のチョムラだよ!」
「チョムラ!? なんだそれ!?」
「発情しすぎて理性を失った、ただ暴れるだけの凶悪モンスター。今の私たちじゃ、あれは倒せないかもしれない」
「理性を失った童貞って……そりゃヤバイ! じゃあ、クーノ呼んで空爆を――」
「空爆する前に撃墜されちゃうと思う」
「なん……だと……」
珍しく怯えたような表情をするヤサカに、ファルは事の重大さを思い知る。
実際、チョムラの足元にいた戦車はチョムラを攻撃するも、チョムラに傷ひとつ与えられず、戦車は一瞬にして踏み潰された。
ラムダとティニー、ミードンは、ヴェノムを使って一目散にその場から逃げ出している。
「どうすんだよ……あれ……」
「チョムラは今よりも進化、数時間後には無限増殖、飛翔し世界中にチョムラが溢れる……私たちも無事では済まないと思う。ここを逃げた方がいいかもしれない」
「よし逃げよう! さっさと逃げよう!」
ファルとヤサカ、シャムはブリーフィングルームを飛び出し、ヘリが待つ甲板へと向かった。
甲板に到着すると、遠く多葉の街に佇む、巨大なチョムラの姿が見える。
「あれが、チョムラか」
はじめてその目にチョムラを焼き付けたファル。
ヌメッとしたウナギのような姿ではなく、岩山のようなチョムラの姿に、ファルの恐怖が体を拘束する。
――この世界を滅ぼすのは、ああいう生物なのかもしれない。
絶望に沈むファルの心。
しかし、このゲーム世界——イミリアはそれほどやわではなかった。
ファルの背後、大海原が突如として割れ、波が『あかぎ』を大きく揺らす。
辺りには重低音が響き渡り、海を割ったものの正体が、姿を現した。
海を割り現れた、海水滴る巨大な戦艦が空を飛ぶ。
全長1000メートルを超えた鉄の塊が、搭載する数多の大砲でチョムラを狙う。
イミリア最強の兵器『巨大空中戦艦』の登場だ。
「なんだあれ! なんで空中戦艦がこんなところに!」
「修理、終わったんだ……レイヴンさん、ベストタイミングだよ!」
「え? レイヴンさん? なんでそこでレイヴンさんの名前が出る?」
「あれは空中戦艦『扶桑』! 戦争中に墜落したものを、私たちレジスタンスがずっと修理してたんだ! レジスタンスが扶桑を使うのは、これがはじめてだよ!」
「ええ!? ちょっと待て! 空中戦艦使ったはじめての戦闘がチョムラ討伐!? 良いのか!? それで良いのか!?」
なんと、イミリアに3隻しかない巨大空中戦艦の1隻『扶桑』はレジスタンスが持っていたのだ。
こんなところで、こんな状況で、あんな敵を前に、巨大空中戦艦扶桑が現れたのだ。
《お前ら随分と面倒なモンスターを相手に戦ってやがるなあ。このままじゃ、多葉が壊滅しちまうかもしれねえぜ》
《代表ゥ、やっちゃおうよォ、空中戦艦の威力ゥ、見せつけちゃおうよォ》
《そりゃ名案だ。よしクーノ! 全主砲発射だ! 標的はあのモンスター!》
無線から聞こえてくる、なんとも楽しそうなレイヴンとクーノの声。
2人の会話の直後、空中戦艦に搭載された8つの3連装砲がチョムラに向けられた。
《よーい、てー!》
《ファイアァ!》
掛け声と同時に扶桑の主砲から放たれたのは、砲弾ではなくレーザービームであった。
3連装砲から発射された緑色に光るレーザービームは、1つにまとまり標的に集中。
ほぼ同時に、8つの太く強烈なレーザービームがチョムラに直撃した。
直撃と同時に、チョムラよりもはるかに巨大な火球がチョムラを飲み込む。
辺りはオレンジ色に照らされ、ファルたちは眩しさに目も開けられない。
爆音と爆風は多葉の街を駆け抜け、『あかぎ』の甲板に立つファルたちにまで届いた。
爆風に髪をなびかせ、雷を凌駕する爆音に思わず耳を塞ぐファルたち。
まぶたの向こうのオレンジ色が消えると、ファルはゆっくりと目を開ける。
そして多葉に目を向けると、チョムラは完全に姿を消していた。
扶桑の攻撃によって、チョムラは灰も残さず消え去ったのだ。
――この世界を滅ぼすのは、ああいう兵器なのかもしれない。
そんなことを思うファル。
ヤサカとシャムも、扶桑の攻撃を目の当たりにして、開いた口がふさがらない。
対照的なのは、ミードンを通して聞こえてくるラムダとティニー、無線を通して聞こえてくるレイヴンとクーノの声。
《なんですかさっきの!? すごいです! 大興奮です! あんなにすごいのを体験しちゃったら、わたし小さいのじゃ満足できなくなっちゃいます!》
《エヘヘ、もう1回見たい》
《あれが、神の雷!? やはり神様の力は計り知れないのだ!》
《ちょっくらやりすぎたか? なんか多葉の街にも被害を与えた気がするぜ。ま、楽しかったから良いんだけどよ。ヘッヘッヘ》
《いいねェいいねェ。今頃ヤサちゃんも喜んでるのかなァ。ああァ、喜んでるヤサちゃんの胸を揉みたいよォ》
どうやらヤバイ人たちしかいないようである。
とりあえずファルは、自室に戻ってDVDを見ることにした。
この状況、快楽で忘れるのが一番だ。
まあ、ここはゲーム世界だ。
こんなこともたまにはあるだろう。うん、こんなこともある。ある。あるんだ。
ついでに、レオパルトに伝えなければならない。
報告書は決して、ムーラにくくりつけて送ってはいけないと。
第6章 完




