ミッション5—3 謎の男
道を封鎖し練り歩く152人のプレイヤー、231人のコピー短気おじさんNPC。
八洲政府の中枢に近いこの場所に、彼らの叫び声が響き渡っていた。
「ロール販売終了反対!」
「「「ロール販売終了反対!」」」
「ピッツァポテト販売終了反対!」
「「「ピッツァポテト販売終了反対!」」」
「俺たちの人生の楽しみを奪うな!」
「私たちの食の自由を奪うな!」
「ロールのあのサクサク食感、絶対にこの世界から無くさせはしない!」
「濃厚チーズ味……ほんのり香るトマト味……ピッツァポテトを守るんだ!」
「ゲーム世界から、あの味を失わせるわけにはいかない!」
「偉大なスナック菓子を後世にも伝えていくんだ!」
「ピッツァポテト販売終了絶対反対!」
「「「ピッツァポテト販売終了絶対反対!」」」
「ロール販売終了絶対反対!」
「「「ロール販売終了絶対反対!」」」
プレイヤーたちの熱のこもった叫び。
これに加えてコピー短気おじさんNPCがくだを巻く。
「ぽてちグライ自由ニ食ワセロ!」
「金ノナイ庶民ヘノいじめダ!」
「いらいらスル! 酒トたばこ持ッテコイ!」
同じ顔の短気なおじさんたちが、同じ声で、同じようにくだを巻く光景は、なかなかに恐ろしいものだ。
プレイヤーたちのスナック菓子への愛と、コピー短気おじさんNPCたちの怒声によって、江京駅前は騒然としている。
そんな彼らから少し離れた場所にいるのは、ファルとヤサカだ。
2人は、道端に停められた1台の黒塗りセダン後部座席に座る男――顔は見えない――と会話を交わしていた。
「久しぶりだね、ヤサカ君」
「お久しぶりです」
「隣の男性が、噂のファル君か」
「は、はい。ファルです。ええと……あなたは?」
「私か? 私は……そうだな、政府の人間とだけ答えておこう」
「ファルくん、この人は政府側で私たちレジスタンスを支援してくれる、通称ミストさんだよ」
「ヤサカ君は私をミストと呼ぶが、ファル君は私のことを好きな名前で呼べば良い」
「……はあ。えっと、俺はヤサカと一緒でミストさんって呼ばせてもらいます」
「分かった。ミストだ、よろしく」
「よろしくお願いします」
落ち着いた声のミスト。
挨拶を終えた彼は、すぐさま本題を口にした。
「君たちレジスタンスがこれからやろうとしていることは、レイヴンから聞いている。随分と大胆なことをするものだ」
「これはファルくんが考えた作戦です。この作戦で、たくさんのプレイヤーをゲームから解放するんです。ね、ファルくん」
「ああ。必ず、プレイヤーを解放してみせます」
「大した自信だ。私は君に期待している。君たちがこの街から逃げなければならくなった時は、警察が君たちを逮捕できないようにしてやろう」
ミストの言葉を聞く限り、彼が救出作戦の存在を知っているのは確実だ。
おそらくレイヴンが伝えたのだろう。
つまり、ミストはレイヴンが信頼する人物の1人だということ。
「……失礼ですけど、俺はミストさんを信用して良いんですか?」
「信用できるかどうかは、ヤサカ君に聞いてみたまえ」
「……ヤサカ、どうなんだ?」
「ミストさんは正体以外のことはなんでも教えてくれるよ。八洲軍がレジスタンス本拠地を見つけ出せないのも、私が指名手配されてないのも、ティニーやラムの手配度がすぐ消えるのも、みんなミストさんのおかげだしね」
「レジスタンスはミストさんにおんぶにだっこ状態ってことか?」
「安心したまえ。私はレジスタンスの本拠地の在り処を知らない。君たちがどのようにプレイヤーを救出するのかも知らない。もし私が裏切っても、君たちが壊滅することはない。そもそも、私もプレイヤーの1人。プレイヤー救出の邪魔などしない」
「私たちレジスタンスとミストさんは是々非々の関係だからね」
「……分かった。ミストさん、今日はよろしくお願いします」
「うむ、必ず、君たちの望みを叶える手助けをしよう。では、あまり長居もできないのでね、私はもう仕事場に帰る」
「頼りにしてます、ミストさん」
別れの挨拶に頭をペコリと下げるヤサカ。
ミストは車の窓を閉めるよう運転手に指示するが、すぐにその指示を撤回し、ファルたちに言った。
「ああ、ひとつ言い忘れた。いくら私でも、アレスターはどうすることもできない。アレスターが現れたら、君たち自身でどうにかしてくれ」
「はい」
「では、またな」
今度こそ窓を閉め、発車する黒塗りセダン。
絵に描いたような謎の男ミストは去ったのだ。
ファルはデモ隊を眺めながら、ヤサカに話しかける。
「警察が俺たちを逮捕できないようにする、ってミストさん言ってたよな」
「言ってたね」
「そんなことできるのか? よっぽど偉い人じゃないと無理だろ、それ」
「レイヴンさんは、ミストさんが政府閣僚の1人だって言ってたよ」
「閣僚級? 閣僚級のプレイヤーって何人いるんだ?」
「2人だけだね。1人は国土交通大臣の半兵衛さん。もう1人は官房長官の秋川さん」
「そのどっちかが、さっきの謎の男ってことか。なんか、意外と話がデカイ」
「1万人以上のプレイヤーを救わなきゃいけないんだから、話は大きい方が良いと思うよ」
「まあな」
深く考えたところで答えは出ない。
今は、救出作戦を成功させることだけ考えれば良い。
ファルはただ、ゲームを楽しみながらプレイヤーを解放するだけだ。
「俺たちのスナック菓子を守れ!」
「私たちの愛するお菓子を守ろう!」
「みんな! 声を張り上げるんだ!」
「ロール、ピッツァポテト販売終了反対!」
「「「ロール、ピッツァポテト販売終了反対!」」」
街にはデモ隊のシュプレヒコールが響き渡っている。
謎の男との会話は終わったのだ。ファルとヤサカも、救出作戦のため行動を開始した。
「俺たちはデモ隊の護衛をしなきゃならないけど、どうする?」
「デモ隊の近くで見張り、かな」
「暴動がはじまって警察が集まってきたら、近場のビルに登ってデモ隊を援護するか。スナイパー的にはその方が良いだろ」
「それでも良いけど……ファル君も一緒に来てもらうよ。高いところ、大丈夫?」
「屋上から地上見下ろすだけだろ。そのくらいなら大丈夫だ」
「いや、そうじゃなくて、ラペリングの話」
「ラペリング?」
「ロープを使って、ビルから一気に降りるやつ。逃げる時にそれをしないといけないけど、できる?」
「ああ、あの映画とかでよくあるやつか。うん、普通に無理」
「だよね。じゃあ、ビルからの攻撃はなしだね」
「なしで頼む」
あまり難しいことをして、ファルがヤサカの足を引っ張るわけにはいかない。
結局、ファルとヤサカは地上から離れることなく、デモ隊を援護することにした。
その時点でファルはヤサカの足を引っ張っているのだが。
さて、デモ隊の後方200メートルを歩くファルとヤサカ。
辺りを見渡すと、デモ隊の情熱的なスナック菓子への愛、コピー短気おじさんたちの怒号に、NPCたちは明らかに困惑しているのが分かる。
そして、早くもデモ隊の周辺に集まってきた警察官の姿を確認した。
「警察が来るの、早いな」
「無許可のデモだったからね」
「うん? 無許可だったのか?」
「だって、デモ内容も決まってなかったから、警察になんて説明すれば良いか分からなくて……」
「確かに」
しかし、無許可なおかげで早くも警察が集まってきたのは悪いことではない。
作戦の曖昧すぎる部分が、思わぬ幸運を呼んだのだ。
「まあ、これで警察にうまく喧嘩を売れれば、作戦成功に一歩近づくな」
「戦闘開始っていう意味でもあるから、油断しないようにね」
「言われなくても分かってる。レオパルトのヤツ、うまく警察に喧嘩売ってくれよ」
ファルとヤサカが遠くから見守るデモ隊。
ここからどのようにデモ隊と警察が衝突するのかは、レオパルト次第だ。




