ミッション4—7 <ボス戦>坑道に潜むドラゴン
まるで鎧のような、黒い鱗。
折りたたまれた巨大な翼。
人間など一瞬で踏み潰してしまいそうな脚。
鋭く尖った牙。
正真正銘、王道のドラゴンがファルたちの目の前に佇んでいる。
ファンタジー世界の王者が、ファルたちを睨みつけている。
単純なギミック、簡単な謎解きの代償は、強いボスということか。
「ドラゴンですよ! ドラゴン!」
「ラムダ! あんまり大きな声出すな!」
「だって、ドラゴンですよ! ワクワクするじゃないですか!」
興奮を隠そうともしないラムダ。
すると、まるでラムダの興奮に応えるかのように、ドラゴンはファルたちめがけてブレス攻撃を行った。
灼熱の炎が、ファルたちを消し炭にしようと土壁を這うようにして迫る。
ファルとヤサカは、ラムダとティニーを引っ張り咄嗟に岩陰に隠れた。
「ブレス攻撃です! 暑いです! 昆虫の体液まみれ、びしょ濡れの次は汗だくです!」
「ヤバイよヤバイよ! ドラゴンどうかしてるよ!」
「トウヤ、リアクション芸人みたい」
「ティニーはなんで例のごとく冷静なんだ!?」
「ゲームにドラゴン。普通」
「お前の妙に冷めてるとこ、羨ましい限りだよ!」
少しでも体を動かせば炎に焼かれてしまう。
そんな状況にファルは狼狽するだけだ。
対照的に、ヤサカはドラゴンを倒す方法を考えている。
「あのドラゴン、きっと普通の武器だと大きなダメージは与えられないと思う。ねえティニー、そのAMR85、私に貸してくれないかな」
「分かった。でも、私はなんの武器、使えば良い?」
「ティニーはSMARLでドラゴンを攻撃してほしいかな」
「SMARL、使って良いの?」
「うん。ドラゴン相手に、気が済むまで使って良いよ」
「……やった。ヤサカ、ありがとう」
すぐそこでドラゴンが暴れているというのに、ティニーは笑顔を浮かべてSMARLを抱きかかえる。
AMR85を受け取ったヤサカは、ラムダにも指示を与えた。
「ラムはどんな乗り物でも出せるんだよね? 戦車も出せる?」
「出せますよ!」
「それじゃあラムが主力、戦車でドラゴンと戦ってね。戦車を用意するまでは、私たちが援護してあげる」
「おお! 戦車でドラゴン狩りですか! 楽しそうです!」
ここはゲーム世界。1人で戦車の操縦・射撃ができる世界。チートが存在する世界。
ラムダが戦車を使えば、ドラゴンに勝てる可能性は高い。
「俺はコピーモンスター使って、ドラゴンを混乱させてやる。それで良いな」
「良いよ。囮はファルくんに任せたからね」
「オーケー、そうと決まれば反撃だ!」
ヤサカの指示のおかげで、ドラゴンにも勝てるという自信を得たファルたち4人。
全員、戦いの準備はバッチリだ。
しばらくして、ドラゴンのブレス攻撃が中断された。
この隙にファルは40匹のコピーゴブリンを出現させ、ドラゴンに突撃させる。
ドラゴンの足元にコピーゴブリンたちが殺到すると、ドラゴンは軽く翼をはためかせ宙に浮き、コピーゴブリンたちを燃やしていく。
「今だ!」
コピーゴブリンに気を取られたドラゴンは、ファルの掛け声と同時に岩陰を飛び出したヤサカとティニーに気づけない。
ヤサカはドラゴンの背後に、ティニーはドラゴンの側面に立つ。
ドラゴンの背後に立ったヤサカは、AMR85の引き金を引いた。
発射された弾丸は見事ドラゴンの後頭部に命中、ドラゴンは悲鳴をあげ、振り返り、ヤサカを睨みつける。
「ティニー!」
「悪霊退散」
ヤサカに対しブレス攻撃を行おうとするドラゴンの側面を、ティニーのSMARLから放たれたロケット弾が襲う。
ドラゴンは火球に包まれ、地面にゆっくりと倒れた。
「翼を傷つけた! もうドラゴンは飛べないぞ!」
「ラム! 戦車の用意はまだ?!」
「あとちょっとです!」
片翼を焼かれたドラゴンは、それでもしっかりとした足取りで立ち上がる。
立ち上がったドラゴンは怒りを爆発させ、雄叫びをあげていた。
吐息に炎を混じらせながら、表情ひとつ変えずにSMARLを構えるティニーを睨みつけるドラゴン。
おそらくティニーが最も危険な存在とAIが判断したのだろう。
この判断がドラゴンの命取りとなるのだ。
「ラムダ! やれ!」
洞窟内に現れた1輌の戦車――RP3。
その主砲である55口径120ミリ滑腔砲が、ドラゴンを撃った。
けたたましい発砲音と同時に成形炸薬弾がドラゴンの固い鱗に着弾、ドラゴンの体内が爆風と破片によって蹂躙される。
「当たった!」
「すごい! 大ダメージだね!」
再び悲鳴をあげて倒れるドラゴン。だが、まだ息はあるようだ。
ティニーは再度SMARLをドラゴンに撃ち込み、ラムダも戦車をティニーのもとに移動させる。
ティニーの側にやってきたラムダの戦車は、直接ドラゴンの頭を攻撃した。
さすがにこの攻撃には耐え切れず、ドラゴンは頭を吹き飛ばされ動かなくなる。
『富岳島坑道ボス<炎龍>撃破。経験値1000獲得』
頭部を粉砕されたドラゴンが動かなくなったと同時、視界に表示されるアナウンス。
たった4人で、ファルたちはドラゴンを撃破してしまったのだ。
「やりました! やりましたよ! ドラゴン撃破です! これでわたしたち、ドラゴンスレイヤーです!」
「戦車、強い」
戦車のハッチから体を乗り出し大喜びするラムダ。
ラムダの戦車を興味深そうに見つめるティニー。
ヤサカはファルの隣にやってきて、ボス戦勝利の祝いの言葉を口にした。
「やったねファルくん。おめでとう。イミリアで最初のダンジョン攻略、ボス撃破だよ」
「ああ。ま、チート様様だったけどな」
チートがなければ、4人でドラゴンを撃破することなど到底不可能であっただろう。
ボス戦勝利は、完全にチートのおかげだ。
さて、勝利に喜ぶ4人であったが、ドラゴンは死んでもプレイヤーを苦しめるらしい。
突如としてドラゴンの死体が、赤く膨れ上がりはじめたのだ。
「ドラゴンの死体、大きくなってる」
「これ……なんか分からないけど危ない気がします!」
危険を察知し戦車の中に隠れたラムダ、戦車の陰に隠れたティニー。
ファルとヤサカも近場の岩の陰に隠れようとするが、ドラゴンが膨れる方が早い。
「危ない!」
ヤサカを守るためにも、ファルは意を決してスキル『痛み緩和』を発動しヤサカに覆いかぶさった。
次の瞬間、赤く膨れ上がったドラゴンが破裂する。
洞窟内は数秒間、激しい炎に包まれた。
「ファルくん、ファルくん! 大丈夫!?」
「俺のことは気にするな! ……ってあれ? なんともない」
「スキル『シールド』を発動したから、大丈夫だよ」
「あ、ああ、そうか。そうか……」
「……ねえ、ファルくん、この体勢……ちょっと恥ずかしい、かも」
地面に仰向けになるヤサカの上にかぶさったファル。
体と体が密着しヤサカの体温がファルを温め、胸のあたりには柔らかい感触が。頬を赤くしたヤサカの顔も近い。
正直、間接キスよりも至福の時間が訪れているようだが、ファルは急いで立ち上がった。
「す、すまん!」
「謝らなくて良いよ! だって、ファルくんは私を助けてくれようとしたんだから」
「助けられたのは俺だけどな」
「ファルくん、ありがとう」
はにかむヤサカに、今度はファルの頬が赤くなってしまう。
しかし、今はそんな場合ではないのだ。
「ファルさんよ! ヤーサ! ドラゴンの破片が動いてます! 気色悪いです!」
「破片、モンスターの形になってる」
声を震わせたラムダと、相変わらず冷静なティニー。
彼女らの言う通り、爆散したドラゴンの破片が動き、集まっているのだ。
そして、ドラゴンの破片は何十というモンスターに姿を変える。
「ゴブリン、ガーゴイル、オーク、スライムが何十匹も……なんだここのボス! しつこすぎるだろ! 死んだんだからもう終わりで良いだろ!」
戦いはまだ終わらないようだ。
ファルたち4人は再び、武器を構えるのであった。




