ミッション24―14 <最終ボス戦>邪悪なるカミ II
オープンワールドゲームのイミリア。
バグが大量発生でもしない限り、ラグや遅延といった問題とは無縁のイミリア。
この世界は、現実と同じように何もかもがシームレスだ。
だからこそ、ファルたちは完全に忘れていた。
ゲーム世界にはロード時間というものが存在することを。
たった今、ファルたちはエレンベルクへのファストトラベルを実行中である。
ファルたちの視界は光に包まれ、『TIPS プレイヤー支持率に気をつけよう』などという今更な情報が表示されたままだ。
その情報の下で、プログレスバーが徐々に右側へ伸びていく。
約80パーセントのロードを終えるまで、なんと2分も経過していた。
さすがは広大なマップと膨大なオブジェクトが配置されたゲーム。
「暇だ」
ヤサカたちはそれぞれでロード画面に移行してしまっている。
特にやることもなく、ファルは光の中で暇な時間を過ごすしかなかった。
とはいえ、85パーセントのロードが終わった時点で、バーは一気に右端に到着。
光は徐々に消えていき、目の前にはエレンベルクの街が広がった。
「ここは……エレンベルクの掲示板前かな。やっと着いたみたいだね」
「長かったです! やることがなくて退屈でした!」
「ミードン、一緒に来られた」
「英雄ミードンは、爆破の女神様のものなのだ! 一心同体なのだ!」
「全員ファストトラベルできたみたいだな。ガロウズも来たみたいだし、やっとカミと戦えるぞ」
想定外のタイムロスが生じたが、たったの2分とちょっとだ。
エレンベルクには無事到着したのだから、問題ない。
ようやくカミとの対決の時である。
掲示板前の広場では、すでに一部の建物が破壊され、NPCが逃げ回っていた。
逃げるNPCとは逆の方向に目を向ければ、そこには巨大なクリーチャーが触手を動かしNPCを吸収し続けている。
『第2ノ現実ノ理ニ従エ。創造主ニ身ヲ捧ゲヨ』
「なんか……さっきよりも大きくなってないか?」
「倍ぐらいあります! 3階建ての建物よりも大きいです! 気持ち悪さも倍増ですね! 最悪です!」
「早く倒さないと、手がつけられなくなるかもしれないね」
「にゃ! あんな巨大な敵をどうやって倒すのだ?」
「両肩にある目みたいなのが怪しいな」
「両肩にある目みたいなのが怪しいね」
同時に答えたファルとヤサカ。
カミの両肩には、いかにもな目玉が飛び出している。
目玉はなんともグロテクスで、いかにも柔らかそうな見た目をしていた。
ゲームのボスには必ず存在する弱点。
ファルとヤサカは、カミの両肩にある目玉こそが弱点と判断したのだ。
「ヤサカなら、あの程度の距離の目玉ぐらい潰せるな?」
「うん。あれなら楽勝だよ」
「さすが。じゃ、俺とティニー、ラムダはヤサカの援護だ」
「分かった」
「ヤーサの援護ですね! わたしがいるからには、誰もヤーサに手出しできませんよ!」
「ガロウズ、とどめはお前が刺すんだ。頼んだぞ」
口では何も言わず、しかし武器を構え、ガロウズはファルの言葉に応える。
準備は万全。
一部で『一発必中のヤサカ』などと呼ばれたヤサカは、その行動も早かった。
彼女がスナイパーライフルを手にした次の瞬間、彼女は狙いを定め、銃弾を放ったのである。
アビリティ『スナイパー』による補正があるとはいえ、ヤサカの狙いはあまりに的確。
数百メートル以上離れたカミ、その右肩にある目玉の中心に、ヤサカの撃った銃弾が刺さったのだ。
右肩の目玉を潰されたカミは悲鳴を轟かせ、痛みに耐えるように触手を振り乱す。
エレンベルクを飾る三角屋根の建物は触手に破壊され、街中に破片が舞った。
痛みに悶えるカミは、自分に痛みを与えた者たちに復讐するつもりなのだろう。
辺りを見渡し、そしてファルたちを見つけ出した。
ファルたちを見つけたカミは、たった1本の、しかしダイオウイカほどに太い触手で数多の建物を突き破り、ファルたちに襲いかかる。
ファルとティニーは、建物の破片を纏い突如出現した触手に跳ね飛ばされてしまった。
触手に数十メートルも連れて行かれ、離れた小道に叩きつけられる2人。
「クソ……ティニー! 大丈夫か!?」
「私も背後霊も、無事」
多少のHP減少はあったものの、2人とも無事なのは何より。
2人の関心は、すぐさまヤサカたちに向けられた。
ヤサカとガロウズは、迫り来る危機を直前に察知、触手を回避したらしい。
ミードンは体が小さかったため何事もない。
奇跡的なのはラムダで、彼女は靴紐を結び直すため身を低くしており、触手をやり過ごすことができた。
だが、全員が無事だったとはいえ安心もできない。
カミの触手はヤサカたちを襲い、またファルたちの進路を妨害する。
おかげでファルたちは、なかなか合流することができなくなってしまった。
「いきなり作戦が邪魔されたぞ。さて、どうするか……」
「はい」
「ティニー、どうした? またロクでもないことを思いついたのか?」
「そう」
「一応聞く。どうするつもりだ?」
「SMARL、撃ちまくる」
「びっくりするほど単純な思いつきだな。ま、他に良い方法もなさそうだが」
できればコピーNPCは出したくない。
というのも、NPCはカミにとっての餌でしかないからだ。
コピーNPCを増殖させたところで、カミをさらに巨大化させるだけだろう。
多少のゴリ押しになってしまうが、ファルはティニーの提案を採用した。
ティニーもすでにやる気で、建物の隙間から見えるカミにSMARLを向けている。
「せっかくのラスボス戦だ。やりたいことやれ!」
「エヘヘ、SMARL撃ち放題」
言うが早いか、ティニーはSMARLの引き金を引いた。
放たれたロケット弾がカミに直撃する前に、ティニーは新たなSMARLを手に持ち再び発射。
これを5度連続して行い、5発のロケット弾がカミの側面で破裂する。
戦車をも破壊するロケット弾攻撃を受け、左肩の目玉まで潰されてしまったカミ。
再び悲鳴がファルたちの耳をつんざき、エレンベルクの建物が豪快に破壊されていく。
「おっとマズイ。怒らせたか?」
触手を振り回しながら、崩れた顔面に埋まるカミの小さな目が、ファルとティニーを睨んでいる。
何か嫌な予感がしたファルは、ティニーの手を掴み、逃げるように走り出した。
嫌な予感が当たったらしい。
カミの5本の触手が、凄まじい勢いで風を切り、ファルたちを殺そうと振り上げられたのだ。
顔面の目だけではものが見えにくいのか、幾つかの触手は明後日の方向に向かっている。
それでも確実に、2本の触手はファルたちを潰せる動き。
これでは必死に走ったところで、無傷で逃げられるとは思えない。
「任せて」
ファルから手を離し、ティニーは道の真ん中に仁王立ちした。
彼女が何をしようとしているのか理解したファルは、ティニーの無謀な挑戦を諌める。
「無理するな! 触手に捕まって吸収でもされたら、どうする気だ!?」
「2人でそうなるより、良い」
「ったく……なら俺が犠牲になる! ティニーは早くここから逃げるんだ!」
「トウヤ、ヤサカと約束した。私は、ヤサカとの約束を守ってほしい」
いつもの無表情だというのに、ティニーの表情は凛々しかった。
きっと、ティニーは何を言っても耳を貸さないだろう。
ファルはため息をつき、一言だけ言い残す。
「好きにしろ。ただし、きちんとログアウトしろよ」
心苦しさを押さえつけ、走り出したファル。
陰陽師姿のティニーは風に和服をはためかせ、振り下ろされた触手に向かってSMARLを構えた。
発射炎を引き触手に飛びかかったロケット弾。
ロケット弾は触手のひとつを撃退することに成功したが、もうひとつの触手は動きを止めない。
触手はそのまま、ティニーの体に巻きつく。
振り返らず、全速力で走ったファルは、なんとかヤサカたちと合流した。
ヤサカたちと合流し、ファルはティニーを探したが、もう彼女を救うことはできない。
ファルが目にしたのは、カミの巨大な口に放り込まれるティニーの姿であった。
「ティニー……あいつも無茶するな……」
「せめて、ありがとうぐらいは伝えておきたかったよ……」
「うわ~ん!! 悲しいです!! ティニーさんよ! 帰ってきてください!!」
「にゃ……」
カミに捕食されたティニーを思い、肩を落とすファルたち。
長く戦い続けた仲間との別れは、いくらゲーム世界とはいえ辛いものだ。
重い空気がファルたちを覆っていた。
いや、重い空気に潰されている場合ではない。
弱点の目玉を潰されたカミは、その苦しみから暴れているのだ。
今こそ、カミを倒すチャンス。
一方でカミも、現在の自分が危機にあることを理解していたのだろう。
彼は再びファストトラベルを使い、光に包まれエレンベルクから消えてしまった。
「もう! また逃げました! カミは腰抜けの童貞です!」
「どうしよう……今度こそカミの居場所が分からないよ……」
困り果ててしまったファルたち。
カミを倒そうにも、その居場所が分からなければどうしようもない。
そんな中、ファルたちが求める答えを口にした者がいた。
ミードンだ。
「にゃ! 魔王は今、ニューカークにいるのだ!」
「本当か!? どうして分かった!?」
「爆破の女神様が教えてくれたのだ! にゃ!」
「なに!?」
カミに捕食されたはずのティニーからの情報。
一体何が起きたのか理解できぬファルたちだが、ティニーの情報を信じないわけにはいかない。
早速、ファルたちはファストトラベルを使ってニューカークへと向かうのだった。