ミッション24—8 イミリアの番人
巨大な吹き抜けをまたがる細い橋。
その上で、ホーネットの剣とガロウズの剣がぶつかり合っていた。
チート持ちを排除するのが目的のガロウズにとって、ホーネットは排除の対象ではない。
ガロウズの狙いはファルたちだけだ。
まるで邪魔だと言わんばかりに、ガロウズはホーネットの剣を振り払う。
ホーネットはファルたちを守るのが目的。
彼女はどれだけ剣を振り払われようと、ガロウズに食らいつく。
2人が戦う間、ファルはヤサカとティニーに守られていた。
無論、ただ守られているわけではない。
ファルにもファルの戦い方がある。
「ホーネット! コピーNPCで援護する!」
「邪魔だけはしないでよね」
「できる限りな! ともかくお前は、ガロウズを食い止めろ!」
「はいはい」
余裕そうな口調のホーネットだが、状況は余裕ではなさそうだ。
だからこそのファルの援護。
ヤサカとティニーもホーネットの援護をはじめた。
剣撃の隙間を縫い、ヤサカの放った銃弾がガロウズの動きを牽制する。
容赦なく除霊を行おうとしていたSMARL――はファルに止められる。
細い橋を渡る4体のコピー鬼は、巨大な体でホーネットを差し置き棍棒を振る。
それでもガロウズは、アビリティ『俊敏』を使って剣撃と剣撃の合間に銃弾を跳ね飛ばし、振り下ろされた棍棒を避けた。
ホーネットは徐々に押されはじめ、ファルたちとガロウズの距離は縮まるばかり。
甲高い金属音と乾いた破裂音が、吹き抜けにこだまする。
そんな中、ガロウズの言葉が、レオパルトと同じ形をした口から発せられた。
「貴様に邪魔をされるのも、これで最後だ」
「そうね。あんたが私たちと戦う理由は、ここで終わるんだから」
「何を言う。禁忌に触れた者たちを擁護する者が、この世界で生き残れると?」
「だからこそ、あんたが戦う理由はなくなる」
きっとホーネットの言葉の意味が分からなかったのだろう。
ガロウズの言葉は途切れ、代わりに彼の剣に込められた力が重くなった。
すでに4体のコピー鬼はガロウズに切り刻まれ、橋から暗い闇に落ちてしまっている。
ヤサカの銃弾も、ガロウズのHPをわずかに削るだけ。
だが、今回ばかりはファルの言葉も武器になる。
「おいガロウズ! 俺の話を聞いてくれ!」
コピーNPCを出現させながら、ファルはガロウズに向かって声を張り上げた。
ガロウズは聞く耳持たず攻撃を仕掛けてくるが、問題ない。
ヤサカとホーネットの援護によって、ガロウズの剣はファルに届かないのだから、話はできる。
「お前が聞こうとしなくても、一方的に喋るぞ!」
騒音が激しいが、この話がガロウズ――レオパルトに届かなければ戦いは負けだ。
慣れぬ大声を、ファルは必死で出し続ける。
「もう何度も襲われたから、俺たちも分かってる! チート持ちの俺たちを、お前が許すことがないことぐらい、分かってる! だけど、だからこそ、聞いてほしいんだ! チート持ちはもう、俺たちだけじゃないってことを!」
ファルの叫びがガロウズに届いているのかどうか、いまいち分からない。
少なくとも、ホーネットを襲うガロウズの剣の勢いが変わっていないのは確かだ。
だからなんだというのか。
叫ぶことしかできないのなら、構わず叫び続けるだけである。
「この世界を作り上げたカミ――お前らの言うところの神を見てみろ! どうしてあいつは、一瞬であれだけの数のNPCを集めた? 神の奇跡? そうじゃないだろう!」
カミはカミであって、神ではない。
あの男が強大な力を手に入れるには、方法はひとつしかない。
話の傍ら、体を回し大振りとなった剣が、ホーネットの胸に大きな傷をつけた。
一瞬だけ顔を歪めるホーネットは、焦りと楽しみが同居したような目でガロウズを睨む。
話を急いだ方が良さそうだ。
「チート持ちを検出するAIは、とっくに気づいてるはずだ! なら、お前も気づいてるはずだ! カミはチート持ちになった! この世界の管理者であるはずの神が、お前の言うところの禁忌に手を出したんだ!」
サダイジンは見抜いていた。
ならば、ガロウズだって見抜いているはずだ。
もはやカミはファルたちと同じく、チート持ちとなったことを。
対してガロウズは、これといった反応を示さない。
一切の動揺も見せず、淡々とホーネットに剣を振り続ける。
ヤサカの攻撃にも完璧に対応していた。
ここまで来て諦める必要もないだろう。
ファルはついに、ガロウズに向かって手を差し伸べた。
「確かに俺たちはお前の敵かもしれない! だけど、カミだってお前の敵なんだ! だから……だから、俺たちと協力してくれ! 俺たちと一緒に、カミを倒してくれ!」
この言葉がガロウズに向けられたものなのか、レオパルトに向けられたものなのか。
それはファル自身、分かっていない。
果たしてガロウズは、差し伸べられた手を握ってくれるのか。
残念ながらそう事は簡単に進まないようである。
相も変わらず、ガロウズの剣とホーネットの剣はぶつかり合っていた。
「ガロウズ! 頼む! 俺たちと一緒に――」
「敵は貴様らだけでなく、この要塞の最上階にもいる。その程度のこと、知らずしてここにいるわけでもない」
「じゃあなんで――」
「物事には順序というものがある。貴様らを始末し、それからカミを始末する。それだけだ」
ガロウズははっきりと、カミを始末すると口にした。
彼は何もかもを理解して、ファルたちの前に立ちはだかっているのだ。
想定外の事態である。
思わず苦笑いを浮かべたのはヤサカだ。
「ファルくん、困ったね……」
「ああ、困った」
「どうするんですか!? ガロウズを味方にしないと、カミとは戦えませんよ!」
先ほどから特に何もしていないラムダは、事実上のお手上げ状態。
隣に立つティニーは、首をかしげた。
「トウヤ、何か考え、ありそう」
「さすがティニー。ひとつ思いついたことがあってな」
「思いついたこと? ファルくん、私たちに手伝えることはある?」
「もちろんある。というか、ヤサカたちに頼り切ることになる」
「おお! ついにわたしにも活躍の時が来るんですね! で、何をすれば良いんですか!?」
「面倒だから簡単に説明すると……ガロウズに俺たちの力を思い知らせてやる」
ニタリと笑ってそう言ったファル。
彼は続けて、ガロウズに言い放った。
「物事には順序があるんだろ? なら、俺たちがその順序を変えてやる! 俺たちよりもカミを先に始末した方が賢い選択だと、教えてやる!」
力強いファルの言葉に、やはりガロウズは反応を示さなかった。
とはいえ、ガロウズが反応を示さないのは織り込み済み。
あとはファルたちの間にある信頼に頼るだけだ。
ファルはじりじりと後方に下がり、ヤサカは銃撃を続ける。
ティニーはSMARLを構え、ラムダはどこかに走り去り、ホーネットはガロウズの動きを止める。
しばらくして、ラムダが廊下の柱の陰から頭を出し、ファルに向かってウィンクをした。
それを確認したファルは、すぐさま叫ぶ。
「ホーネット! そこから離れろ!」
「オーケー!」
直後、ホーネットはガロウズの剣を躱し、橋の手すりを乗り越え吹き抜けに飛び込んだ。
ホーネットの片手にはアンカー射出機が握られ、そこから飛び出したアンカーは橋に突き刺さる。
アンカーから伸びたワイヤーに吊るされ、ホーネットは無事。
同時に、ファルたちの背後から大声が響き渡る。
この時を待っていたと言わんばかりの、底抜けに明るい大声が。
「たまには火薬を使わないのも、悪くないです!」
嫌な予感しかしない。
ファルとヤサカ、ティニーは即座にその場に伏せた。
本能的なこの行動が、どうやら正解だったようである。
冷たい橋に全身を冷やされるファルたちの頭上を、凄まじい勢いの水が通り過ぎた。
どうやらラムダは、消防車を用意しホースを携え、ガロウズに向かって放水を行ったようである。
雪山の中で冷やされた大量の水が、ガロウズに襲いかかったのだ。