ミッション24—5 65<シックスティーファイブ>
空ではすでに、扶桑がヴォルケへの攻撃を開始していた。
ヴォルケは防御壁に包まれ、防戦一方。
地上戦に備えるファルたちに対し、ヴォルケの攻撃が降り注ぐことはない。
数十万のNPCたちは、携帯式対空ミサイルを使ってヴォルケを攻撃。
だがこの程度の攻撃、扶桑の自動撃墜機能の相手ではなかった。
「急げ! NPCの大群は待ってくれないぞ!」
「敵の通路を狭めるんだ! あの一帯に爆弾を仕掛けろ!」
「ラム! 戦車と対空ミサイルをお願い!」
「了解です! ずらりと並べますよ!」
「ティニーは、できる限りの武器を揃えておいてね!」
「うん」
数十万人という途方もない数のNPCを相手するには、事前準備が大切だ。
限られた時間の中でどれだけの準備が完了できるか。
勝敗はそこにかかっている。
数分後、ファルたちの周りには、大量の銃器と対空ミサイルが転がっていた。
そしてそんな彼らを囲むようにして、やはり大量の戦車が何重にも配置されている。
戦車の向こう側、迫り来るNPCの群れの側には、例に漏れず大量の爆薬。
ファルもメニュー画面を開き、コピーNPCを増殖させた。
バグにより関節がぐにゃぐにゃのコピーアレスターがファルたちの周りを囲む。
付け焼き刃とはいえ、これで戦いの準備は完了した。
あとは、NPCの接近を待つだけだ。
「敵接近中。距離は800メートル」
サルベーションメンバーの1人の報告。
見た感じでは手持ちの小火器しか持たぬNPCも、そろそろ攻撃を仕掛けてくる頃合だろうか。
「距離500メートル」
「おっと! 撃ってきたぞ!」
ファルたちを囲んだ戦車に、ちらほらと銃弾が突き刺さる。
とはいえ、戦車は何層にも重なってファルたちを守っているのだ。
この程度は問題ない。
「距離400メートル! 敵が所定の位置に到着!」
「今だ! すべての爆弾を起爆しろ!」
「レイヴンさん!」
《分かってるぜ》
NPCたちが一定の距離に到着した途端、プレイヤーたちは大声で叫ぶ。
そして、氷河の上に並べられた爆薬が一斉に破裂した。
爆薬によって氷河の表面は削られ、水しぶきが飛び散る。
ここに容赦なく降ってきたのが、扶桑から放たれた砲弾による雨のような攻撃。
削られた氷河はさらに掘り下げられ、ファルたちとNPCたちの間に深い堀が出来上がった。
堀はNPCの行く手を妨げ、その動きを抑制。
彼らは自然と、ファルたちがいる場所に繋がる、破壊されずに残った細い氷河の道を渡りはじめた。
その道が、ファルたちによってわざと残された地獄への道とも知らずに、である。
「よし! 敵が罠にかかったぞ!」
「みんな! 道を渡るNPCに集中攻撃!」
破壊されずに残された、両脇を深い堀に挟まれる幅約5メートル程度の狭い道は、わずかに3本。
そんな場所に、数百のNPCがぞろぞろと密集しているのだ。
まさしくファルたちの思惑通り。
レジスタンスとサルベーションは、戦車を盾に銃口をのぞかせ、機関銃を使った一斉掃射を開始した。
標的は当然、狭い道を渡ろうとするNPCたちである。
音速を超えた銃弾が、絶え間なくNPCたちに襲いかかった。
狭い通路で逃げ場を失ったNPCたちは、最前列にいる者から次々と脱落。
死体が氷の堀に落ちていく。
銃弾を避けようとしたNPCたちも氷に足を滑らせ、氷の堀に落下。
氷の壁をよじ登れぬ彼らは、ティニーが堀に撃ち込んだSMARLによって動かなくなる。
いくら数十万のNPCを集めようと、最前列が狭ければ、数に意味はない。
実際にファルたちに攻撃を加えられるNPCは、多くても数十人レベル。
数が変わらなければ、戦闘力ではファルたちの方が圧倒的に上だ。
《おのれ悪魔ども……! 我が信徒たちよ! 我を信じ、突撃せよ! 悪魔はわずか数十人、恐れることはない!》
響き渡るカミの言葉。
おそらくこれは、ただ強がっているだけだろう。
カミの口調は震えているように聞こえる。
「構うな! 撃て撃て!」
「対空ミサイルも起動して! ヴォルケに攻撃させないように!」
「分かったんだぞ!」
NPCに圧倒しているとはいえ、人手が足りないのは否定できない。
ファルが増殖させたコピーアレスターにも、主にバグが原因で限界はある。
本来はアドバイザーでしかなかったサダイジンも、対空ミサイルを使って戦闘に参加した。
サダイジンの操作によって、約20発の対空ミサイルがヴォルケに向かう。
放たれたミサイルのほとんどは自動撃墜機能に迎撃されたが、数本はヴォルケに到着。
防御壁にわずかながら傷をつけた。
ところが、ヴォルケの本当の敵は地上からのミサイルではない。
扶桑からの攻撃、そして『フクロウのエンブレム』をつけた1機の戦闘機こそ、ヴォルケが防御壁を消せぬ理由である。
天の川のように空を飾る大量の銃弾、砲弾、ミサイル、レーザー。
自動撃墜機能をものともせず、ひらりひらりと飛び回るクーノの戦闘機。
それらから自分の身を守るのだけで、ヴォルケは精一杯なのだ。
たった65人のプレイヤー(と1匹のネコ型通信機とコピーアレスター)が、数十万のNPCを相手に一歩も引かない。
壮絶な死闘である。
「ここは誰も通さないのだ! この未来の英雄がいる限り! にゃ!」
「来いよ! 俺様が全員、地獄送りにしてやる!」
「霊界送り、167人目」
「サルベーション部隊、左翼に攻撃を集中させろ」
「霊界送り、168人目」
「弾の消費が激しいな……。ティニー!」
「霊界送り、169人目。なに?」
「銃と弾丸をもっと用意してくれ! できれば今の数倍!」
「待ってて」
この数分間で、累計5000人以上のNPCを撃破した。
それでもNPCの数が減ったようには見えない。
まだまだ数十万のNPCたちが、目の前に詰めかけているのだ。
銃弾は多ければ多い方が良い。
銃そのものも、リロード時間を省いたり、使いすぎで故障した銃の替えにしたりと、やはり多ければ多い方が良い。
メニュー画面を開き、MG2とMG249、12・7ミリ弾、5・56ミリ弾の箇所を連打するティニー。
2本の指を交互に動かし連打するものだから、ティニーの前にはあっという間に武器・弾丸の山が出来上がる。
「これ、使って」
「随分と大量に出してきたな。いくつくらいあるんだ?」
「銃が1000丁、弾丸が100万発」
「ちょっとした武器庫だな。敵の数的に、それでも足りないような気はするが……」
敵NPCの数は数十万。
100万発の弾丸があろうと、決して安心できる量ではないのだ。
これにはファルの表情も引きつってしまう。
さて、ティニーはファルの想像以上に大量の銃器を用意してくれた。
するといよいよ、ある提案がファルの耳に入り込んでくる。
「そろそろ突撃しましょうよ! 戦車ならいつでも用意します!」
「ファルくん、突撃するなら早い方が良いと思うよ!」
機関銃の引き金を引きながらも、大声でそう言ったラムダとヤサカ。
今回の戦いは、カミを倒すのが目的だ。
こんな場所で足を止めている場合ではないのである。
「とはいえ……あの人だかりに突撃するんだろ? できるのか?」
「分厚い装甲の、カッチカチな戦車と、わたしの運転ですよ! 信じてください!」
「嫌な予感しかしないんだが……」
《Hey, あたしを忘れないでくれる。あたしがこの攻撃ヘリで、あんたらを援護するから。NPCなんて吹き飛ばしてやる》
「ホーネット、すごく楽しそうだね」
《楽しいに決まってるでしょ。こんなクレイジーで一方的なNPC狩り、たぶん最初で最後なんだから》
「おお怖い怖い。頼りにしてるぞ、ホーネット」
いつまでも足踏みしていても仕方がない。
こういうのは勢いとヤケクソ感が必要なのだ。
カミ以上のヤケクソが。
「よし! ラムダ、戦車の用意だ!」
「待ってました! う~ん……やっぱりこの戦車ですかね!」
満面の笑み浮かべたラムダの前に、金網に囲われたLP3戦車がドカンと出現した。
迷いなくその操縦席にラムダは乗り込む。
他に戦車に乗り込むのは、ファルとヤサカ、ティニーとサダイジン、そしてミードン。
本来は4人乗りの戦車だが、体の小さいティニーとサダイジン、ミードンは1人分に収まるだろう。
凄まじいヤケクソ感である。
「レジスタンスのみんな、サルベーションのみなさん、俺たちはもう行きます」
「行ってらっしゃい! カミにどぎついお灸を据えてやってくださいよ!」
「三倉君、次は現実世界で会おう」
「俺様の前には2度と現れるんじゃねえぞ!」
最後のデスグローの言葉すら、ファルには熱い別れの言葉に聞こえた。
と同時、ひとつの疑問が浮かんだ。
「なあスグロー、お前って――」
「デスグローだ!」
「――無敵状態なのにどうやって死ぬんだ?」
「簡単だ! 無敵状態をオフにすりゃ良いんだ!」
「え……そんな機能あったのか……」
今さらになって、デスグローのチートの機能を知ったファル。
どちらにせよ、それ以上の興味はないので、どうでもいいのだが。
「ファルくん、出発するよ」
「ああ。カミのとこまで突撃だ」
ただでさえ無謀な戦い。
しかしファルたちがはじめようとしているのは、それ以上に無謀な戦いであった。