ミッション21—3 お呼び出し
ニューカーク郊外の広大な敷地に佇むレオーネ・ファミリーの屋敷。
その屋敷の客間にて、コトミとドン・レオーネはミードンを挟みながら、田口と会話を交えている。
ファルとヤサカも、同じ客間でコトミたちの会話を聞いていた。
高価な調度品に飾られた、明かりの少ない部屋。
窓に打ち付ける雨の音が響く中、田口が言う。
《経過報告をお願い致します》
「分かりました。大規模クエストから1週間、続けて多くのプレイヤーの救出に成功し、救出したプレイヤーの合計は約8000人となっています。若葉ちゃんがチートで出現させた道具や武器をプレイヤーたちに流通させているので、その数はまだ増えるでしょう」
どこか誇らしげに報告をするコトミ。
心なしか田口の疲れも和らいでいるようだ。
コトミの報告に続いて口を開いたのは、ドン・レオーネである。
彼は1人掛けのソファにどっしりと座りながら、しゃがれた声で言った。
「どうやら、イミリアのカミの堪忍袋の緒が切れたようだ。この数日間、警察や軍のNPCたちがプレイヤー狩りをはじめている。今や毎日、最低でも300人のプレイヤーがゲーム世界で殺され、現実世界で目覚めている」
先ほどのスタジアムの一件だけで、約500人のプレイヤーが解放されたのだ。
プレイヤーたちは次々とゲーム世界から解放されているのである。
ファルたちの救出作戦は、確実に成功を収めているのである。
《ということは、残り約5000人のプレイヤー、つまり全プレイヤーが、あと2週間ほどでログアウトされるということですか?》
「最短では、ですがね。数人ほど、このゲーム世界にのめり込んでしまったプレイヤーがいるようです。彼らはNPCと変わらぬ生活をしていまして、いつログアウト条件が揃うか不明で……」
「それに、これからカミがどのような判断を下すかも分からない。まあ、その件に関しては我々ファミリーと、キョウゴさんたちサルベーションがなんとかするさ。田口さんが頭を悩ます必要はない」
《助かります》
ホッとしたような表情で頭を下げる田口。
わずか1週間と少しで、立て続けに約7000人のプレイヤーが、2年半ぶりに目を覚ましているのだ。
そちらの対応で、田口は一苦労なのだろう。
感謝の言葉を口にした田口は、頭を上げてファルに視線を向ける。
今度は申し訳なさそうな顔をしながら。
《あと2週間で全プレイヤー解放、と言いましたが、佐山さんが目を覚ます方法は、まだ見つかっていません。その方法が見つからない限り、全プレイヤー解放はまだ先ですね》
事実をはっきりと口にした田口に、ファルは一瞬だけ沈黙した。
だがすぐに拳を握り、こちらもまたはっきりと口にする。
「田口さんの言う通りかもしれません。全プレイヤーの解放は、まだまだ先かもしれない。でも俺は、必ずレオパルトを救います。どれだけの時間がかかっても、救い出します」
――そして、ヤサカとの約束も果たしてみせる。
《やはり三倉さんは優しい方だ。私たちも、プレイヤー全員を救出するまで、手伝いますよ》
そう言って田口は微笑んだ。
ファルは思う。
もし田口がいなければ、ここまで多くのプレイヤーを救出できなかっただろうと。
ファルと田口の会話はこれだけ。
その後、コトミ、ドン・レオーネ、田口の会話は終わり、映像は消される。
プロジェクターモードをオフにしたミードンは、いつも通りご飯を要求するのであった。
今頃ダイニングでは、ティニーとラムダがソファの上で居眠りでもしているはず。
彼女らのもとへ向かおうと、ファルとヤサカが客間を出ようとしたその時だ。
「ドン・レオーネ、トニー様から伝言が」
「聞かせろ」
ドン・レオーネの部下が、ドン・レオーネの耳元に近寄る。
部下の言葉を聞いて、ドン・レオーネはわずかに目の下を震わせた。
「そこの2人、少しここで待っていてくれ」
「は、はい……。なんだろうな?」
「なんだろうね?」
呼び止められ客間で足止めされたファルとヤサカ。
しばらくすると、眠たげな顔をしたティニーとラムダがやってくる。
4人が揃ったところで、ドン・レオーネは足を組み、肘掛に手を置き、ゆっくりと喋りはじめた。
「トニーから連絡が入った。ニューカーク中心街にある我々のビルに、ディーラーが現れたようだ」
「え!? ディーラーが!?」
「奴から要求があったらしい。15時ごろ、君たち4人と話がしたいと」
「今さら俺たちに何の用だっていうんだ……」
「コトミさんやレイヴンさんを苦しめ、シャムちゃんを怖がらせたヤツです! 会ってぶん殴ってやりましょう!」
「それは名案だ。あの時の恨み、倍返しにしてやろう」
「私の背後霊、罠を警戒してる」
「ティニーの言う通り――」
「背後霊」
「ティニーの背後霊の言う通りだよ。これは、ディーラーの罠じゃないかな?」
「う~ん……」
少なくともディーラーが、新たな〝ゲーム〟を用意しているのは確かだろう。
ディーラーの言葉に従って良いものやら。
ファルたちが考える間、ドン・レオーネは葉巻を楽しんでいた。
そして葉巻の煙を燻らせながら、彼はファルたちに言う。
「奴がいるのは我々のビルだ。あそこには私の部下が大勢いる。もちろん丸腰ではない。トニーによれば、奴には手錠をかけて、ある部屋に監禁しているらしい。多少の騒ぎであれば、問題なかろう」
「多少で済めば良いんですけど……」
「何より、ああいう奴は自分の意見が通らなかった場合の手立ても考えているはずだ。話をしてもしなくても、ディーラーは必ず騒ぎを起こすだろう。であれば、話をしてみても悪くないんじゃないかね?」
「……随分と、ディーラーと話すことを勧めてきますね」
ふと頭に浮かんだことを口にしたファル。
まさかドン・レオーネとディーラーが手を結んでいるのでは、と疑うも同然の言葉だ。
これにヤサカは慌てるが、ドン・レオーネは小さく笑って答えた。
「正直なことを言おう。私はディーラーが何者なのか、興味がある。一プレイヤーとしての興味だ。もしかすれば、君たちが奴の正体を暴いてくれるかもしれない。そう、思っただけだ」
「そういうことでしたか……。ドン・レオーネは、ディーラーのことをどこまでご存知なんですか?」
「2度ほど、会ったことがある。とは言っても、話をしたのは1度だけだ。しかしどうにも奴のことが気になってね、部下に奴を調べさせた」
「調べた結果は?」
「分からぬことばかりだ。奴の体は間違いなくNPC。それも、複数のNPC。だが人格は全て同一人物であった。どうにも死ぬたび、奴の人格はNPCを乗り換え生き延びているらしい」
「死ぬのはNPCの体だけ、ってことですか」
「我々が知っているのはそれだけだ」
答えが見つかるどころか、謎が深まっただけ。
結局ディーラーが何者なのか分からぬまま。
ディーラーの正体を知る方法はひとつしかない。
彼に直接聞くことだ。
本当のことを教えてくれるかどうかは不明だが、これしかない。
「ともかく、ディーラーと話をしてみたまえ。ちょうど私もニューカークの中心街に用事がある。連れて行こう」
「分かりました」
実のところ、ファルはディーラーの正体など気にしていなかった。
しかし、ドン・レオーネの願いを叶えるためにも、ファルはディーラーと話すことを決心する。
これにはヤサカたちも賛成のようだ。
「気をつけないとね。相手はディーラーなんだから」
「ああ、そうだな。良い加減、あいつの不気味な顔をぶん殴ってやる」
恨みつらみはいくらでもあるのだ。
話したいことがないというわけでもない。
ファルたちは早速、ドン・レオーネとともに再び、ニューカークの摩天楼へと向かった。