ミッション21—2 あのスタジムへ
もし晴れていれば、公園内では多くのNPCたちがくつろいでいたことだろう。
あるNPCは犬との散歩を楽しみ、あるNPCはサイクリングを楽しんでいたはず。
雨では誰も公園にやってこない。
ただし、晴れていようと雨が降っていようと、SUVとそれを追うパトカーが公園内を爆走することは稀だ。
「クーノ! いつまで公園内を走ってるつもりだ!?」
「この公園さァ、広いんだよォ。出口までェ、遠いんだよねェ」
「だからって、なんで芝生の上を走るんだ!? 道を走れば良いだろ!」
「芝生を突破したほうがァ、近道だからねェ。ファルさんはァ、公園を早く出たいのォ? それともォ、ずっと公園内にいたいのォ?」
「む……分かった……任せる」
「聞き分けが良いねェ」
ニタニタと笑うクーノに言いくるめられたファル。
彼は揺れる車内で顔色を悪くしながら、サンルーフから体を乗り出し狙撃を続けるヤサカを眺めた。
ヤサカは、悪路を走るSUVからですら、正確に銃弾を警官NPCへと届けている。
しかもヤサカが狙うのはパトカーだけではない。
空を飛ぶ警察のヘリですら、ヤサカにとっては獲物たりうるのだ。
上空を飛ぶヘリからは、警官NPCのスナイパーがこちらを狙っていた。
ところがヤサカは、降りつける雨も気にせず、ヘリに乗るスナイパーに照準を合わせる。
彼女が引き金を引くと、銃弾は吸い込まれるようにスナイパーに直撃した。
スナイパーを失いながらも、なお追跡を続けるヘリ。
ファルたちにとって都合の良い状況である。
「公園を出るよォ。掴まってェ」
「せめて出入り口から――うわ!」
再び柵を破壊し街道に戻ったSUV。
こちらの街道にも大量のパトカーが待ち構えていたようだ。
「来たぞ来たぞ。ヤサカ、もう攻撃しなくて良いんじゃないか?」
「そうだね。もう十分、警察を集めたよね。それより――」
「なんだ?」
「ファルくん、顔色悪いよ?」
「車酔いだ。ったく……なんで車酔いのデバフなんか用意したんだ、このゲーム……」
無駄にリアルな機能は困るのだ。
帰ったらサダイジンに文句を言おう、などとファルは思う。
一般車のわずかな隙間を縫い、最短距離で目的地に向かうSUV。
時折、他の車のバックミラーを破壊しながらも、クーノの運転技術は危なげない。
ラムダの運転する車に乗るよりは安心感が強いのである。
気づけば数多の交差点を突破し、警察の罠にはまることもなく、隣の島へと続く橋に差し掛かっていた。
橋の向こうには巨大なベースボールスタジアムが佇んでいる。
あそこが今回の目的地だ。
「目的地ィ、見えてきたよォ」
「引き連れてるパトカーは約15台。十分だな」
「それに、ヘリもいるしね」
「あ、ヘリの存在忘れてた。ところでラムダたちはどこ行った?」
「ラムとティニーは……あそこにいるよ」
辺りを見渡し、遠く窓の外を指差したヤサカ。
彼女の人差し指の先、数百メートル離れた隣の橋には、数台のパトカーを引き連れ凄まじい速度で走る1台のスーパーカーが。
「いつも通り飛ばしてるな」
「あれなら、私たちより早くスタジアムに到着しそうだね」
そんなヤサカの言葉は事実となった。
距離と速度から、ヴェノムはファルたちよりも早く川を越え、スタジアムに到着。
ファルたちのSUVがスタジアムに到着した時、ラムダは暇を持て余しスタジアムの駐車場でパトカーと遊んでいたのだ。
SUVはスタジアム内へと入り込んでいく。
パトカーの目前でドーナツターンを決めていたヴェノムも、SUVを追った。
もちろん、20台のパトカーもスタジアムへと突入する。
スタジアムのグラウンドにまで無理やり侵入したSUVとヴェノムは、そこで濡れた土を巻き上げ動きを止めた。
20台のパトカーは2台の逃走車を囲み、警官NPCたちが外に出て銃を構える。
なんとも理想的な展開。
撃たれる前に、ファルは拡声器を取り出し声を張り上げた。
「今だ! クエスト開始! 撃て撃て!」
ファルの合図に応え、スタジアムの観客席を覆っていたシートが払われる。
シートの下から現れたのは、ティニーから譲られた武器で武装するプレイヤーたち。
その数なんと530人。
530人のプレイヤーたちが、一斉に警官NPCたちへ発砲。
何千という銃弾に撃たれ、警官NPCたちは地獄に叩き込まれた。
この隙に、SUVとヴェノムがグラウンドから逃げ出す。
ただし、SUVとヴェノムはここでお別れだ。
スタジアム内で、ファルたちを車から降りてしまう。
「さよならです、愛しのヴェノム! あなたを置いていくわたしを、どうか許してください!」
「急げラムダ! パトカー2台だ!」
「もう少しだけです! もう少し、ヴェノムとの別れを――」
「早くしろ!」
催促するファルに対し、頬を膨らませながらパトカー2台を用意したラムダ。
ファルたちはすぐさま2台のパトカーに乗り込み、スタジアムの外へと飛び出す。
スタジアムの外には、さらに多くのパトカーが集まっていた。
ところが彼らは、スタジアム内の警官NPCたちの惨状を知り、スタジアムの中に入ろうとはしない。
それどころか急いでスタジアムから離れていく。
なぜスタジアムから離れていくのか。
その理由は、スタジアムにいるプレイヤーの排除を、軍に任せたからである。
ファルたちが乗ったパトカーがスタジアムを飛び出し、他のパトカーに紛れてスタジアムを離れていく途中。
突如として辺りは闇に包まれ、雨が止んだ。
正確には、空から降る雨が遮られた。
ベレル軍の巨大空中戦艦『ヴォルケ』が、メリア軍の要請を受けスタジアム上空に現れたのだ。
すでに砲はスタジアムに向けられている。
「逃げろ逃げろ! 急がないと巻き込まれるぞ!」
雨粒のないガラスを上下するワイパーの音。
唸るエンジン音。
そしてファルの叫び。
直後、背後に佇んでいたスタジアムが光に包まれた。
光が収まった時、そこには巨大な火球と盛大な煙が、ヴォルケの船体に向かってのぼっている。
スタジアムはどこにもありはしなかった。
強烈な爆音と衝撃波がパトカーを包み込み、パトカーのガラスが粉々に砕け散る。
ファルたちは頭を下げ、生き残ることを祈るだけだ。
数十秒後、ゆっくりと頭を上げスタジアムを眺めるファル。
だがそこにスタジアムはない。
あるのはスタジアム跡地だけだ。
「木っ端微塵だな……」
「あれなら、プレイヤーのみんなも無事では済まないね」
「ああ。望み通りの結果だ」
530人のプレイヤーが吹き飛んだことに、ファルは笑みを浮かべる。
当然だ。
「これで一気に530人がログアウト。救出作戦は順調だな」
ファルたちはわざと警官を集め、スタジアムに誘導した。
そしてクエストと偽りスタジアムに忍ばせたプレイヤーに、ティニーが出現させた武器を使わせ警官を攻撃させた。
この時点で、530人のプレイヤーは強制ログアウト条件――ペルソナ・ノン・グラータに認定されたのである。
最近はカミの怒りが影響し、NPCのプレイヤー排除には容赦がない。
だからこそ、大量のプレイヤーには空中戦艦を投入すると予測したが、それは見事に命中した。
スタジアム上空にヴォルケが現れ、プレイヤー530人を皆殺しにしてくれたのだ。
いつぞやのコンドルによる江京ドーム破壊を思い出し、それを参考に組み上げた救出作戦。
その作戦は、無事に成功したのである。
プレイヤー殲滅を確認したヴォルケは、超高速移動でニューカークの空から消えた。
その瞬間、ファルたちの乗るパトカーに再び雨粒が落ちてくる。
またも救出作戦を成功させたファルたちは、パトカーに乗って悠々とニューカークの郊外へと向かっていった。