ミッション20—3 【バトル:ロスアン】街中 I
ロスアンには、八洲軍上陸を聞きつけ多くのメリア陸軍がやってきていた。
街にはライフルを構えた兵士NPCが跋扈し、装甲車や戦車が駆け回る。
ところが彼らの敵は、八洲軍だけではなかった。
《現在、ロスアンの街では八洲空軍による空爆やミサイル攻撃だけでなく、至る所で武装集団との銃撃戦が起きています! 住民の皆様は早急に屋内に避難してください!》
ラジオから聞こえてくる、ニュースアナウンサーの悲痛な訴え。
ロスアンの街をジープで走るファルたちは、アナウンサーの言葉を体験中だ。
大通りを走れば、目の前にメリア陸軍の戦車が現れる。
しかしその戦車は、すぐに八洲空軍の空爆によって吹き飛んだ。
燃え盛る瓦礫と化した戦車の横を抜けると、今度は銃弾飛び交う戦場である。
そこでは装甲車を盾にしたメリア陸軍の兵士NPCたちが、動きを封じられていた。
兵士NPCたちに銃弾をばらまくのは、ビルの2階にいるプレイヤーたち。
「撃て撃て! ポイント稼ぎだ!」
「機関銃持ってこい!」
「装甲車が邪魔だ! 誰か吹き飛ばせないのか!?」
クエストに参加するプレイヤーたちが、メリア陸軍の兵士NPCたちを銃撃しているのだ。
こうした光景は、ロスアンの至る所で見られる。
数千人レベルのプレイヤーが、ロスアンでゲリラ戦を繰り広げているのである。
「あのプレイヤー、手伝う」
銃撃戦を前に止められたジープの中で、ふとティニーがそんなことを言い出す。
そして彼女は、SMARLを抱えてサンルーフから体を乗り出した。
無表情なティニーはすぐさまロケット弾を発射。
ロケット弾は兵士NPCが盾とする装甲車に直撃する。
兵士NPCたちは爆風と熱風に耐えられず、装甲車の陰から飛び出すしかない。
「お!? 誰だか知らんが、装甲車を爆破してくれたぞ!」
「NPCが出てきた! 今だ!」
ビルの2階にいるプレイヤーたちは、嬉々として機関銃を兵士NPCたちに撃ち込んだ。
対して兵士NPCたちも、破れかぶれの反撃。
何百という銃弾が行き交う。
そのような戦場、普通ならば避けて通るだろう。
ところが、ラムダは普通ではなかった。
「先を急ぎますよ!」
「は!? ちょっと待て! おい!」
「ラム!? 無茶だよ!」
「銃弾なんて、当たらない時は当たりません!」
そう言って、ラムダはジープを銃撃戦の真っ只中に突っ込ませた。
右からも左からも銃弾が襲ってくる中で、ファルたちは冷や汗を垂らしながら身を屈める。
数発の銃弾がジープを貫き、ガラスが砕け、ダッシュボードに穴を開ける。
銃撃戦の現場を抜ける頃には、ジープはボロボロだ。
ファルたちに銃弾が当たらなかったのは、偶然でしかない。
「ラムダ! お前バカか!? そうだ、バカだったな!」
「そんなに怒らないでくださいよ! 近道を通っただけです!」
「近道!? 天国への近道か!?」
助手席に座るファルは、今すぐにでも横にいるラムダを銃で撃ち抜きたい気分だ。
自然と銃を握ろうとする右手を抑えるだけでも、一苦労である。
「トウヤ、ヤサカ、これ見て」
恐怖と怒りで暗黒面の淵を行くファルと、苦笑いを浮かべるヤサカ。
そんな2人に、後部座席に座るティニーはスマホの画面を見せた。
ファルは振り返り、ヤサカとともにスマホの画面に注目する。
スマホの画面に映るのは、ロスアンの街のどこかを歩くプレイヤーの視点映像。
プレイヤーは他に3人いる。
《もうはじまってる?》
《はじまってるね》
《じゃあ……はじまりました! ガスコンロのゲーム生実況! 今日は大規模クエスト【バトル・ロスアン】に参加しています!》
《《《いえーい!!》》》
《視点主はわたくし、ビーフでーす》
ゲーム実況4人組のガスコンロの生放送。
彼らの久しぶりの実況に、ファルの恐怖と怒りは消え失せた。
《今回のクエストは、敵を倒してポイントを稼ぐという――》
《あれ? あそこにいるの、敵じゃない?》
《おお! 早速敵発見!》
《作戦は――》
《作戦なんかいらねえよ! ともかく撃っちまえ!》
《おい! 作戦は必要だろ……ってもう撃っちゃった!》
《100ポイント獲得! いえーい!》
《あ、キリー、これまずい》
《どうした?》
《敵の戦車に見つかった》
《マジかよ!》
《だから言わんこっちゃない!》
久しぶりの実況に自然と笑みがこぼれるファルだが、ガスコンロの4人も久しぶりの実況を楽しんでいるらしい。
彼らはいつものように、視聴者不在で好き勝手にゲームを進めている。
これこそ、ガスコンロのゲーム実況の醍醐味だ。
数分、戦場にいながらガスコンロの実況を見て楽しむファルたち。
すると突然、ニュースアナウンサーが避難を呼びかけていた車のラジオが、ノイズに覆われた。
ノイズが収まると、ラジオから聞こえてきたのは、とある女性2人の声。
《みなさ~ん! こんにちは~! みんなのアイドル~、ヨツバで~す!》
《こんにちはッ! ヒヨコですッ!》
《今日は~、大規模クエストの応援をしようと思って~、ラジオをジャックしちゃいました~!》
《ジャックしちゃいましたッ! これで、ヒヨたちの歌声が、みんなにお届けできますッ! ヒヨ、嬉しいですッ!》
ヨツバとヒヨコだ。
あの2人が、まさかクエストの応援のために電波ジャックを行うなど、驚きである。
というか、どうやって電波ジャックなんかしているのだろうか。
ファルの脳裏に浮かぶ秋川の姿……。
うむ、この件は気にしないことにしよう。
《マスターッ! 最初の歌は、何にしましょうかッ!》
《そうだな~、じゃあ~……最初の曲は『ラブクエスト』~!》
快活なヨツバの宣言。
そして流れ出す『ラブクエスト』。
ラジオから聞こえてくるヨツバとヒヨコの歌声は、きっと多くのプレイヤーを活気付けていることだろう。
ヨツバとヒヨコが歌い出してから、ロスアンに響く銃撃音が激しくなったように感じられる。
2人のアイドルが戦場を盛り上げている証拠だ。
「おお! メリア空軍とベレル空軍です! メリア空軍のF160、A100と、ベレル空軍のシュミットの編隊飛行です!」
ラジオからヨツバとヒヨコの歌が流れる中、鼻息を荒くするラムダ。
彼女が見上げる方向に、ファルとヤサカも視線を向ける。
ロスアンのダウンタウンにそびえる高層ビル群の合間から、ラムダの言う戦闘機部隊の姿が見えた。
機種はラムダの言う通り、機数は20機以上といったところか。
無邪気に喜ぶラムダとは対照的に、ファルは顔を強張らせる。
「A100はまずいな。ゲーム内最強の攻撃機だろ。あれに狙われたら……」
「ファルくん、その心配は必要ないと思うよ」
「うん? どうしてだ?」
「ほら、あれを見てよ」
ヤサカの指差す先。
そこにいた1機の戦闘機を見て、ファルはヤサカの楽観した言葉の意味を理解した。
メリア空軍と八洲空軍が衝突する隙に、1機のステルス戦闘機――20式戦闘機がA100の編隊に突っ込んでいく。
複数のF160からの攻撃も気にせずにだ。
F160が発射したミサイルを、フレアを放ち華麗な機動で回避する20式戦闘機。
回避の間にも、20式戦闘機は確実に敵をロックオン、ミサイルを発射、A100を撃ち墜としてしまう。
さらにはA100に接近し、機関銃を使ってA100を叩き墜とす。
ほんの数十秒で2機のA100を撃墜した20式戦闘機。
あの機体のパイロットは、NPCではなく化け物だ。
「さすがクーノ。UFOでも使ってるんじゃないかって強さだな」
「あの調子だと、クーノ1人で敵戦闘機部隊を全滅させてくれるかもしれないね」
「冗談じゃなくあり得る」
ほぼ敵と遊んでいるであろうクーノ。
他のプレイヤーたちも、クエストを目一杯に楽しんでいるようだ。
墜落したA100のものも含めて、ロスアンの至る所から黒煙が上がり、晴れた空は黒く染まっていく。