ミッション20—1 【バトル:ロスアン】戦闘準備
八洲とメリアの戦争は、より大規模化した。
理由は、ファルたちが成功させた『ライアン・マウンテン基地襲撃作戦』である。
襲撃作戦の結果、メリア西方軍の指揮系統は一時的に麻痺。
そこに八洲空軍が大規模攻勢を仕掛け、いくつかのメリア軍基地やレーダー網、兵器工場を破壊した。
これにより八洲軍とメリア軍の戦力は均衡、戦争の終わりが遠のく。
また、作戦に参加した戦闘機が攻撃のための経路にベレル上空を使ったのも、戦争の大規模化に貢献した。
指揮系統が麻痺した中、メリア軍はベレル空軍に支援要請。
ベレル政府はこれを受け、消極的ながらメリア陣営に加わり戦争に参加する。
つまりは、ファルたちレジスタンスが戦争を拡大させたのだ。
全てはプレイヤー解放のためである。
『ライアン・マウンテン基地襲撃作戦』から1週間、ディーラーの〝ゲーム〟から3日。
ファルたちは『あかぎ』艦内の格納庫にて、ミードンを囲んでいた。
話し相手は田口――のはずだったのだが……。
《お兄! 久しぶりではないか! 妹はお兄の顔が見られて幸せであるぞ!》
プロジェクターモードのミードンが作り出した映像は、田口は端に追いやられ、映像のほとんどが1人の少女に支配されている。
ポニーテールを丸めた髪型の、満面の笑みを浮かべた制服少女にだ。
『お兄』と『妹』という単語が出た時点で、少女が誰なのか、ヤサカたちも理解する。
そう、少女の正体はファルの妹――三倉沙織だ。
《ゲーム内でもお兄の姿形は変わらないのだな。相変わらずの中途半端な顔であるぞ》
「久しぶりの再会で、そのセリフはひどくないか?」
《何を言う! その中途半端な出来の顔が、妹の好みなのである! 妹がお兄を我が物にしたい理由なのである!》
「沙織、お兄ちゃんはお前のお兄ちゃんだ。それ以下でもそれ以上でもないぞ。だから諦めろ」
《良いではないか! おかげで妹は、お兄以外の男に興味がないのではないか! 変な虫が寄り付かないのだから、お兄にとっても喜ばしいことであろう!》
「ああ、大変喜ばしいことだ」
《そうであろう!》
腰に手を当て、大笑いする沙織。
ヤサカたちは面食らったようで、あのラムダですら唖然としている。
「あの子が、ファルくんの妹さんなんだ……か、かわいいね!」
「おいヤサカ、言いたいことがあるなら、はっきり言っていいぞ」
「え!? ううん! 言いたいことなんかないよ! 変わった口調だとか、ファルくんがまともに見えるくらい妹さんが変人さんだとか、そんなことは言おうともしてないよ!」
「お前、全部言ってるぞ。そして、お前の意見は全部正しい」
「私の霊感、ざわついてる」
「ティニー、それどういうことだ? ヤバイ背後霊とか見えてるのか?」
「強大な力で、背後霊が見えない」
「それ、完全にヤバイよな!? 沙織の背後に何がいる!?」
「ファルさんよ、妹さんはいつもああいう口調なんですか?!」
「え? ああ、至極残念なことだが、沙織のあの口調は3歳の頃からずっとだ」
「そうなんですか! どこかで教育を間違えましたね!」
「反論できないが……ラムダに言われると腹立つ」
それぞれ勝手なことを言うものだ。
しかも、どれも感想として正しいものばかりだ。
兄として、ファルは複雑な気分である。
対して沙織は、ヤサカたちをじっと見つめていた。
じっと見つめた上で、彼女は怪訝な目つきをファルに向ける。
《この妹、お兄は生涯孤独のボッチ道を行く者だと思っていたのだが、どうやら違ったようであるな。妹の知らぬところで、女に囲まれおって……!》
露骨に怒りをにじませる沙織。
焦ったヤサカは、自己紹介が遅れていたことに気づき、沙織に話しかける。
「自己紹介がまだだったね、ごめん。はじめまして、私はヤサカ。ファルくんの――お友達だよ。よろしくね」
《妙な間が気になるが……まあ良かろう》
ヤサカの自己紹介を、沙織は受け入れたようだ。
続いてティニーとラムダが自己紹介をする。
「ティニー。トウヤの友達」
《お兄を名前で呼び捨てにするとは、なかなか大胆ではないか》
「ラムダです! ラムって呼んでくれても良いです! ファルさんとの関係性はよく分かりません! よろしくです!」
《ふむ、興味深いことを言う。……我は沙織! 三倉東也が妹の、三倉沙織である!》
唐突な自己紹介を終え、沙織は手を腰に当てたまま仁王立。
これが沙織の普段通りだ。
妹が元気であることにファルは喜び、微笑んでいた。
さて、本来の目的は田口との連絡である。
困惑した表情を浮かべた田口は、仁王立する沙織をどけて、ようやく本題を口にした。
《ええと……なんの話でしたっけ……そうだ、明日の大規模クエストの話です》
田口の言う大規模クエスト。
それは、クーノやレイヴン、ホーネット、秋川など、多くのプレイヤーが参加準備を進める、サダイジン主催の大イベント。
《クエストの参加者は、何人ぐらいになりそうですか?》
「予定では、約3000人程度です」
《3000人!? そんなにですか!?》
「一応、全プレイヤーに参加を呼びかけましたので、もっと増えるかもしれません。おかげで、チート武器を用意するティニーが疲れてます」
「霊力、不足」
《それは大変な作業ですね。お疲れ様です》
ティニーを労う田口であるが、彼もなかなかに疲れているのだろう。
目の下にはくっきりとした隈ができ、髪型も少し崩れている。
ゲーム世界だけでなく、現実もまた忙しいのだ。
《しかし、3000人以上のプレイヤーが一気に解放されるとなると、こちらも準備しておく必要がありますね。プレイヤーを収容する各病院に、連絡しておかないと……》
「あの、田口さん。質問です」
《なんでしょうか?》
「プレイヤー救出作戦、中止される可能性ってまだあるんですか?」
《ご安心を。少なくとも明日までに中止されることはありません。そして、明日に3000人のプレイヤーが解放されれば、もう中止はあり得ません》
「良かった……田口さん、ありがとうございます」
《お礼は、是非とも現実の三倉さんから》
爽やかに笑う田口の瞳は、救出作戦の成功を確信している。
一時は中止の決定が下された作戦も、ついにここまで来たのだ。
ゲーム世界で作戦を進めていたファルたちではあるが、現実世界でも、作戦に関してたくさんの苦労があったのだろう。
そんな頼れる苦労人の田口だが、どうして彼の隣に沙織がいるのか。
ファルは質問してみる。
「ところで、なんで沙織がそこに?」
《ああ……実は作戦が開始されてから数ヶ月間、ずっと沙織さんから警察に対し面会の要望がありまして……ついに警察では手に負えないと……》
「ウチの妹が迷惑かけて、申し訳ないです!」
《いえいえ、妹さんがお兄さんの顔を見たいと思うのは、当然のことです》
「フォローまでしてくれて……感謝してもしきれません!」
《お気になさらず》
どれだけ謝っても、どれだけ感謝しても足りない。
もはやファルは、田口に足を向けて寝ることができない。
「おい沙織、ちゃんと田口さんに感謝しろよ。あと、いろいろと謝っとけ」
《分かっておる! この妹、お兄が思うほど子供ではないぞ!》
口調はアレだが、沙織だって最低限の礼儀は知っている。
沙織のことは、それほど心配する必要はないであろう。
これで田口との連絡は終わりだ。
もう沙織に言っておかなければならないこともない。
最後に、田口と沙織はファルたちに言う。
《三倉さん、ヤサカさん、川崎さん、鈴鹿さん、明日の大規模クエスト、頑張って下さい。プレイヤーの大量ログアウト、待っております》
《お兄! 妹はお兄を信じている! なぜなら、妹はお兄が大好きであるからな!》
頭を下げる田口と、手を振る沙織。
そこで映像は切られた。
「にゃ! なんだか魔王がいた気がするが、このミードンの気のせいか!? にゃ!?」
「魔王みたいな口調のヤツはいたが、魔王はいないぞ」
「それなら安心なのだ! ではこのミードン、シャムと遊んでくるのだ! にゃ~!」
未来の英雄は呑気なものである。
ミードンはシャムのもとに向かって走り去ってしまった。
なお、シャムは変わらずお嬢様キャラでマイペースにやっている。
ディーラーの件に関しては、ホラーゲームとして割り切ったようだ。
妙なところで図太い少女である。
「ファルさんよ! わたし、明日が待ちきれないです!」
「SMARL、準備よし」
「明日の大規模クエスト、楽しもうね。約束を果たす日に、一歩近づこうよ」
「任せとけ。よし! さっさと明日の準備だ!」
イミグランツ・フロム・リアリティのサービス開始から2年と半年。
過去最大規模のクエストが、ファルたちを待っているのだ。