ミッション18—4 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦 III
キャノピーの向こう側、薄い雲の先に、うっすらと浮かび上がる巨大な山。
その山を要塞化して作られたのが、ライアン・マウンテン基地。
メリア軍西部最大の軍事拠点であり、司令部であり、そしてファルたちの攻撃対象。
あと数分もすれば、ファルたちはライアン・マウンテン上空を飛んでいることだろう。
だが敵兵士NPCたちは、未だにファルたちの居所を把握できていないようである。
《北西方面の国籍不明機はどうした?》
《レーダー網が破壊されたため、確認できません》
《生き残りの2機はまだ飛んでいるはずだ。早く探しだせ》
《了解しました》
無線に紛れ込む敵の言葉には、敵の焦りが滲み出ていた。
それだけでも、ファルたちの襲撃が効果的であったことを示している。
焦る敵と対象的なのが、ラムダとティニーの2人。
2人はなんとも楽しげだ。
《見えてきましたね! もう飛んでいるだけじゃ……我慢できません! 早く爆弾を落としたいです!》
《派手な爆発、背後霊も見たがってる》
これは重要な作戦のはずだが、それにしては攻撃の動機がひどいラムダとティニー。
彼女らは完全に作戦を楽しんでいる。
まあ、ここはゲーム世界なのだから、それで良いのだが。
時計を確認すると、作戦開始時刻はすぐそこまで迫っていた。
だからこそ、今度はヤサカとレイヴンの声が無線から聞こえてくる。
《扶桑は準備が終わったよ。もうすぐでそっちに行くからね》
《俺たちが到着したら、敵さんは俺たちに釘付けになるはずだ。ある程度の対空兵器は潰してやるから、空爆も楽勝だと思うぜ》
《ただし、地上部隊への誤爆はダメだからね。気をつけてよ、ラム》
《そうでした! 味方の地上部隊もいるんでしたね! 動くものは全部爆破しようと思ってましたけど、気をつけます!》
《注意しておいて良かった……》
吐息のようなヤサカの呟き。
ラムダの管理は苦労するものだ。
作戦開始時刻まで、あと1分。
それはつまり、扶桑到着まであと1分ということ。
約1000キロ離れた場所にいる扶桑が、あと1分でここまでやってくるのである。
《超高速移動まで30秒》
秒針が進むのに合わせて、無線の向こう側からヤサカのカウントが聞こえてきた。
ファルはアウル隊とファルケン隊に伝える。
「超高速移動してきた扶桑にぶつけられたくなければ、今の高度を維持しろ。変な動きはするな」
《分かってますよ! 今更そんなこと、誰に言ってるんですか!?》
「お前だ、ラムダ」
《ええ!? わたしですか!? ファルさんよ、わたしが暴走するとでも思ってるんですか!?》
「思ってる。お前は暴走しないと死ぬと思ってる」
《だとすると、ファルさんはわたしに死ねって言ってませんか!? 嫌ですよ! 死にませんよ! まだ暴れ足りないんです!》
《トウヤ、安心して。私と背後霊がラムダを止める》
「ティニー、頼んだぞ。今は本当にお前だけが頼りなんだ」
暴走少女という意味では、ティニーだってラムダと同類のはずだ。
しかし、そんなティニーにラムダの暴走を抑えてもらわなければいけない現状。
恐ろしい状況である。
《超高速移動まで10秒》
確実に刻まれていくヤサカのカウント。
扶桑がやってくる予定の空を、ファルは見上げた。
《5、4、3、2、超高速移動、開始!》
ヤサカの力強い合図と同時である。
薄い雲が浮かぶだけであったライアン・マウンテン基地上空に、巨大な影が出現した。
どこからともなく、突然、巨大な影が出現したのだ。
影の正体は、間違いなく扶桑。
1000メートルの巨体を持つ空中戦艦が、ほんの一瞬で、ライアン・マウンテン基地上空にやってきたのである。
扶桑が来ると知っていたファルたちでさえ、扶桑の出現に目を丸くしていた。
となれば、メリア軍兵士NPCたちは大混乱だ。
《なんだ……あれは……》
《巨大空中戦艦です! 構造からして……扶桑です!》
《扶桑だと!? 扶桑は2年前に墜落したはずだ!》
《しかし……あれは間違いなく扶桑です》
《墜落しながら、まだ戦えるとは……》
何もかもが理解できない、といった風な敵NPCたち。
というよりも、AIが想定していなかった事態に混乱し、よく分からないことを口走っている、と言った方が正しいだろう。
AIは扶桑に対処しきれていない。
これは絶好のチャンスだ。
レイヴンは雄叫びをあげる。
《砲撃開始! 敵の使える武器を、棍棒レベルにまで落としてやれ!》
勇ましい言葉が無線を駆け抜け、扶桑の武器管制システムが起動。
扶桑に搭載された砲は地上に向けられ、レーダーは基地の防空ミサイル発射機をロックした。
ライアン・マウンテン基地の寿命は、もう長くない。
1発の砲弾が扶桑から放たれた直後である。
その砲弾に負けじと、次々に砲弾やミサイルが空を飛び、ライアン・マウンテン基地に殺到した。
砲弾やミサイルは、地面や標的に立て続けに命中。
地上に置かれていた防空ミサイル発射機は粉々に吹き飛ばされ、原形を残さない。
砲弾に当てられた地面はえぐられ、山肌は痛々しく荒れていく。
《防空システムが破壊されていきます!》
《空軍はまだ到着しないのか!?》
《すぐそこまで来ているようです!》
《急がせろ! 空中戦艦のエンジンだけでも潰せれば、勝機はある!》
阿鼻叫喚する敵NPCの最後の望みは、空軍の戦闘機だけということか。
もはや敵NPCは、扶桑にどう対処するかで精一杯のようである。
だが、ライアン・マウンテン基地を襲撃するのは扶桑だけではない。
ファルたちアウル隊とファルケン隊――6機の戦闘攻撃機が、機体にぶら下げた爆弾を基地にプレゼントしようと近づいているのだ。
ファルたちの目の前には、黒煙を上げるライアン・マウンテン基地が広がっているのだ。
「全機! 空爆開始だ! 護衛はクーノがやってくれる!」
《やっほーー!! 我慢の時間は終わりです! 空爆です! 爆弾を落とします!》
大興奮のラムダが操縦するF150Eは、スロットルを全開にして敵基地へと突撃していった。
そんな彼女に、コピーNPCパイロットたちが乗る戦闘機たちも続く。
クーノは高度を上げ、扶桑をかすめるように飛びながら、空を見渡していた。
同時にファルも、レーダーを食い入るように見つめる。
いつどこから敵戦闘機部隊が現れようと、先手を打つための行動だ。
《おお! 当たりました! トラックの車列が消えて無くなりましたよ! すごいです!》
《派手な爆発。エヘヘ》
《ティニーよ、もっとすごいものを見せてあげます!》
順調に空爆を続けるラムダの標的は、たっぷりの燃料が保管されているであろうタンク。
扶桑の攻撃に紛れ、無意味に高度を下げ、ラムダは爆弾を機体から切り離す。
切り離された爆弾はタンクに直撃。
爆弾の炸裂によって生じた炎が、タンクの燃料に火をつけ、壮大な誘爆を起こした。
とても爆弾だけでは作り出せぬような大きな火球が、空を焦がす。
《おお……ラムダ、すごい》
《喜んでくれて嬉しいです! というか、楽しいですね! もっと爆破しましょう! どんどん爆破しましょう!》
《わーい、爆発爆発》
エクスプロー女2人の無邪気な声が、無線を通して聞こえてくる。
冷静に考えると戦争狂のような会話をしているのだが、ここはゲーム世界なのでセーフだろう。
ライアン・マウンテン基地は、5機のF150Eと1機の扶桑を相手になす術がないようだ。
地上からミサイルが飛んでくることも、弾丸が飛んでくることもない。
地上から空に昇るのは、黒煙だけ。
それでもメリア軍は、完全に負けたわけではないのだ。
今破壊されているのは、ライアン・マウンテン基地の表面だけであり、中枢は無傷。
加えて、第112戦術戦闘飛行隊が援軍としてこちらに向かってきている。
「おいクーノ! 来たぞ! 敵戦闘機だ! 方位は0・8・7!」
「方位0・8・7だねェ」
迫り来る敵戦闘機を相手するのは、クーノである。
彼女とともに戦闘機のコックピットに収まるファルは、覚悟を決めた。
戦闘機との戦いに対する覚悟ではなく、クーノの激しい操縦に対する覚悟を。