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第6話 リンデンマルス号、燃ゆ

 イステラがアレルトメイアと開戦後しばらくして、両国の間に超新星爆発を起こした恒星から発した星間物質が飛来し、これがある種の雲のように広がるという状況が発生した。


 これは遠方から観測する分には何も問題がない。どころか天文学的には貴重な観測対象である。

 ところがその場に展開する宇宙艦隊にとっては大きな障害となった。

 それは単なる電波障害などという生易しいものではなく、その雲の内部は電磁波を利用する機器の使用が一切不能という状態であった。つまり付近を航行する友軍艦艇相手にすら通信も出来なければ位置確認も不能ということであり、まして遠方の索敵など問題外というレベルだったのである。


 それでも、それだけならその場を迂回するなどで問題はないはずだった。

 ところがこの雲の中にトンネル状に星間物質のない、いわば回廊のような空間が発見されたのである。そうしてこの回廊内では機器は正常に作動したのだった。

 したがって、狭いながらもこれを利用すると相手に察知されずに部隊を敵中深く侵入させることが可能と判断されたのである。故にこれを相手に押さえられると非常な脅威となることは明白だった。


 そこでこれを制圧するためイステラ、アレルトメイア双方が部隊を派遣し、回廊内で激突したのである。

 ただ回廊は決して広いとは言えないので双方とも派遣したのは1千隻ほどの部隊である。それは、それ以上投入しても後続はある程度は予備兵力としても、大半は遊兵化してしまうからであった。


 双方自国側から隊列を組んで回廊に侵入、ほぼ国境付近で対峙した。

 この時、アレルトメイア側は文字通り蟻の這い出る隙間もないほどに艦を並べる密集隊形を取っていた。それこそまかり間違えば簡単に接触しかねないほどにである。


「よくもまあ、あそこまで出来るものだな」


 艦隊総司令を拝命したエテンセル大将は呆れつつ言ったものだった。

 一方のイステラ側はそこまでではない。リンデンマルス号を中心に、高出力の最新型荷電粒子砲を備える艦を前衛に揃えて粛々と前進していた。


 荷電粒子砲は、その威力もさることながら、弾速の早さが特徴である。ほぼ発射した瞬間に着弾すると言っても過言ではない。したがって相手が発射する前から予測して防衛策を採らねばならない。故にこれで連射が可能なら怖いものなしである。

 だがいくら連射の間隔時間が短くなったとは言え、荷電粒子砲は一度発射すれば次弾発射までは数分~十数分かかる。その間、敵艦の砲撃を受ければ自艦が大破されかねない。

 これに対する防衛システムは、強力な磁場で荷電粒子砲弾を偏向させる防御シールドと、発生させた反粒子との対消滅で無力化するエネルギー中和シールドである。

 これはどちらもイステラ軍だけのものではなく、呼称は違うがアレルトメイアにも同様の防衛システムがある。


 また防御シールドもエネルギー中和シールドも重量物を防ぐのには向かない。それ故、荷電粒子砲にだけ注意を払っていると対艦ミサイルやレールガンで攻撃され、甚大な被害を蒙ることもあり得る。

 したがって何で攻撃し何から防衛するか。この二つを的確に行わないと勝利は覚束ないどころか大敗を喫しかねない。そこで複数の艦艇が攻守の連携を取り、敵の攻撃を凌ぎつつ逆にこちらからも攻撃するのである。

 そのため艦隊司令部は戦況を正確に把握しつつ部隊に細かな指示を出すことが求められた。


 リンデンマルス号もしたがって、司令部からの指示の下、主砲を撃ち、対艦弾道ミサイルを発射し、更にシールドを展開し、と目まぐるしく作戦行動を遂行していた。


 戦闘開始後、双方の距離がおよそ1200kmになった地点で戦闘は膠着状態に陥った。互いに前線防衛ラインが強固で揺るがなかったのである。

 敵を誘い込むために前線を後退させようにも、背後には友軍艦艇がびっしりでヘタに動くと陣形が崩れかねない。

 それ故双方腰を据えて激しく撃ち合い、目まぐるしく防衛策を取るも少しずつ被害は出始めていた。このままでは消耗戦に突入か、というところで事態が進展した。


「敵艦載機、最終対空防衛ラインを突破!」


 リンデンマルス号のMB内で観測士が絶叫した。


「懐に入られます!」


 それは最悪の事態だった。


 リンデンマルス号の対空防衛システムは相変わらずお粗末なものだった。上方と側面に関しては対空ミサイルがあるがそれ以外にはない。これは対空銃座等を設置するには大規模改修が必要なために見送られたのだった。

 そうして周囲に友軍艦がいる状況では対空ミサイルを使えない。つまり対空迎撃は艦載機で行わなければならない。


「ここまで艦砲を撃ち合ってるのに艦載機を展開させるのか!?」


 艦載機部隊は敵に辿り着く前に後ろから味方に撃ち落とされてもおかしくないような状況である。とても正気の沙汰とは思えないような作戦をアレルトメイア軍は採っていた。


「スクランブル! 迎撃部隊を発進させて!」


 アニエッタがACR《航空管制室》の管制官に怒鳴る。

 少佐に昇進したアニエッタは今では戦術部長となり、リンデンマルス号の全戦闘部門の責任者としてMBで指揮を執るようになっていた。


『1機も近づけないで!』


 両舷の発進バレルから次々と飛び出すF-223艦上戦闘機。最新鋭の機体は運動性能の向上と相まって攻撃能力も上がっている。

 そのパイロットたちはアニエッタの甲高い声をヘルメット内で聞きながら操縦桿を握っている。


「各機ごとに母艦マザーの防衛に努めろ!」


 第1航空隊隊長機《スクエア1》が部下に指示を出す。


『了解!』


 最新鋭機に替わって運動性能も攻撃力も上がったが初動の遅れは致命的で敵機の侵入を防ぎきれなかった。敵の攻撃機が1機、リンデンマルス号に肉薄していた。


 古来、戦闘艦を攻撃する場合、目標としたのは艦橋、弾薬庫に推進機関である。

 艦橋には指揮所がある。要するに艦の頭脳である。これを叩けばその艦の無力化に成功したと言っても過言ではない。

 弾薬庫を攻撃できれば致命傷を与えられる。撃沈も可能である。

 推進機関を破壊できればその艦の動きを止められる。動けない艦などいくらでも料理のしようがある。


 リンデンマルス号の場合に限らず、昨今の宇宙艦艇の場合、艦橋は目立つ形状の突起物ではない。これは艦橋において外を目視する必要性がない、というよりも、宇宙空間では肉眼での目視が不可能であるため洋上船舶のような艦橋を必要としないのである。


 また、弾薬庫はその位置を外部から特定するのは不可能である。第一、その外部は分厚い装甲で守られている。至近距離からの荷電粒子砲でもなければ簡単には撃ち抜けない。


 では推進機関はどうか? 

 艦体内部から外部へ向けてエネルギーを噴射することで艦は航行する。したがって機関そのものはともかく、その噴射口は誰が目にもわかりやすい。

 リンデンマルス号も艦尾に大きな噴射口を2つ持つ。その根元付近を狙えば主機関に小さくない被害を与えられる、と考えてもおかしくはないだろう。

 事実、アレルトメイアのパイロットはそう考えた。いや、それどころかもっと効果的な方法を選択した。イステラ機の追撃を振り切ったアレルトメイア機はリンデンマルス号の後背に回り込み、対艦ミサイルの照準をリンデンマルス号の左舷噴射口の開口部中心に合わせたのである。


―― もらった!


 操縦桿のミサイル発射トリガーを引く。発射されたミサイルが左舷噴射口目掛けて白い航跡を伸ばしていく。


「ミサイル接近! 駄目です! 着弾します!」


 リンデンマルス号のMB内で観測士が絶叫した。


「左舷後尾に警告!」


 レイナートが厳しい表情で命ずる。


「左舷機関室、ミサイル格納庫、直ちに退避!」

 中佐となり作戦部長に今では副長まで兼任するコスタンティアがマイクに怒鳴った。


 いくら分厚い装甲を誇るとは言え、至近距離からの直撃を受けたらただでは済まない。まして推進噴射口の中へ直接ミサイルを打ち込まれたのだから堪らない。そうして左舷主エンジンのすぐ近くに左舷側の対艦弾道ミサイルの格納庫がある。これは発射導管の長さを稼ぐためにそこに設置されたのだが、どう考えてもこのような事態を想定していない設計ミス以外の何物でもない。


 そうしてミサイルが噴射口内部で爆発した。その振動がMBにも微かに伝わってくる。


「敵ミサイル着弾!」


 観測士がそう叫んだところで、今度は誰にもわかるほど大きな衝撃が艦全体に広がった。


「左舷ミサイル格納庫にまで被害が! 格納庫のミサイルが誘爆を起こしてます!」


「隔壁閉鎖! 被害を最小限に抑えろ!」


「ですがミサイル格納庫にはまだ兵士が……」


「もう手遅れだ!」


 艦首対艦弾道ミサイルはその7割を消費していた。それでも左舷側格納庫だけでまだ30発以上残っている。

 格納されているミサイルは、外部装甲の厚さに依存しすぎたのと省スペースのために、1発づつ対爆シェルには入ってはいなかった。したがって1発でも格納庫内部で爆発するとそれらが連鎖的に誘爆を起こし、そうなれば簡単には止めようがなかった。

 故に、宇宙服とプロテクトスーツで守られているとは言え、その場にいた兵員の生存は絶望的である。


 そうして左舷後部で激しい爆発を起こした結果、艦体が大きく右に流され始めた。


「艦が右に流されます!」


「右舷サブブースター、最大出力!」


「減速が追いつきません! 流されてます!」 


「右舷側、友軍艦に連絡。回避行動を要請」


 ミサイルの誘爆が推進力となり、リンデンマルス号が右方へと流され始めた。姿勢制御用のサブブースターを最大出力で噴射するも減速しきれず右側の星間物質の雲へと向かっている。

 そうしてリンデンマルス号の右翼に展開していた艦艇は泡を食って回避行動に入る。何せ自艦の倍以上もある巨体である。衝突すれば当然被害も軽微では済まない。


「回避しろ!」


「回避! 回避だ!」


 各艦の艦橋も喧騒に包まれていた。そうして必死に回避行動に移る。これが仇となってイステラ軍の前線右翼は混乱が生じた。


 その隙を見逃すアレルトメイア軍ではなかった。


「敵左翼が崩れかけてるぞ! 一気に突破しろ!」


 アレルトメイア軍が攻勢を強めた。イステラ軍は回避行動を取りつつ防御システムを作動させる。だが密集隊形のアレルトメイア軍から発射される荷電粒子の弾丸をとても凌ぎきれるものではない。


「戦艦グレムドル、被弾!」


「巡航艦ノッシール、大破!」


「巡航艦シモイア、コントロール不能!」


「駆逐艦モキアセ、ロスト!」


 艦隊旗艦CIC《戦闘指揮所》には、次々とイステラ軍の艦艇の被害情報がもたらされている。


「リンデンマルス号はどうなった?」


 エテンセル大将が幕僚に問う。幕僚が通信使に目配せすると、通信使が無線機にがなりたてる。


「リンデンマルス号、応答せよ!」


『こち…………ンマル……、左……ンジンに被……』


 電波状態が悪化したのか届く音声は途切れ途切れだった。


「どうした、リンデンマルス号。状況を知らせ!」


『……、……』


 だが最早ノイズすらも聞こえてこなくなっていた。


「リンデンマルス号! リンデンマルス号!」


 それでも通信使が呼びかける。

 すると観測士が大声で叫んだ。レーダー・サイト上、星間物質で真っ白に反転している部分にリンデンマルス号の光点が消えたのだった。


「リンデンマルス号、ロスト!」


 リンデンマルス号は左舷ミサイル格納庫の誘爆が収まらず、右舷側の姿勢制御サブ・ブースターを全て全力噴射しても減速が追いつかないまま、回廊を取り巻く星間物質の雲の中にと消えていったのである。


 この事実はエテンセル大将とその幕僚たちを大いに落胆させた。否、落胆などという生易しいものではない。


 リンデンマルス号のような老朽艦を最前線の中央に配したのは何故かと言えば、やはりその巨体と戦闘能力である。

 通常戦闘艦の倍以上の巨体を誇るリンデンマルス号はそれだけで敵に多大な威圧感を与える。だけでなく、その擁する荷電粒子砲は今では200cmの2連砲。回転砲塔に収まっているそれは一撃で敵艦を屠るものであある。それを艦首側だけで12基24門も備えている。2連砲だがそれぞれ別個の標的も狙えるから、まさに通常艦艇数隻分にもその火力は及ぶ。

 そんな戦艦が中央にデンと構えていれば誰だって気持ちが大きくなるに違いない。

 それが戦線を離脱した上、その所在すら不明となったのであるから、これはイステラ軍にとって大きな痛手であるし、士気に与える影響は想像以上のものがあった。

 事実、これによってイステラ軍の前線は崩壊寸前となった。


「前線を下げつつ、再構築せよ! 火力を弱めるな!」


 エテンセル大将はそれでも事態を立て直そうと命令する。その怒号がCICに響き渡った。


「このままでは一気に食われるぞ!」


 そうしてアレルトメイア艦隊はここぞとばかりに速度を上げて迫ってきた。


「一気に押し潰せ!」


 アレルトメイア艦隊司令には余裕の表情も見え始めた。


 司令は回廊内に3次元のファランクスとも言うべき密集陣形を構築させたのである。これでは万が一の時に回避行動が取りにくい、という艦長たちの懸念を鼻で笑い、初めからイステラの反撃などないかのごとくに艦を並べさせたのだった。

 そこから間断なく発射される、雨あられのように降り注ぐ荷電粒子砲弾。これだけでも防御側には重圧となる。その上艦載機を発進させたのだから、よくもまあパイロットたちが命令に従ったものである。

 だがそれが大当たり。イステラ軍は艦砲への応戦に気を取られ艦載機の接近を許してしまったのだった。


 前線中央にリンデンマルス号が陣取っていたことも災いした。

 とにかくリンデンマルス号の対空防衛システムはお粗末である。本来ならそれをカバーするために友軍艦艇が周りを取り囲んでいたのだが、この状況で艦載機を発進させるなどという暴挙にも似た作戦を取ってくるなどとは思ってもいなかった。それにしっかりとハマって対応が遅れてしまった形である。


 イステラ艦隊は崩れかけた前線を必死に支えつつ陣形を整えようとする。だがアレルトメイア軍の攻勢があまりに激しく1隻、また1隻と破壊されていった。


「全艦、全速前進! 一気にイステラ艦隊を叩く!」


 ついにアレルトメイア艦隊が牙を向いて襲いかかろうとした。


 その時――。


 アレルトメイア艦隊最前列の数隻が突如として同時に爆発を起こした。


「何事だ! 何が起きた!?」


 アレルトメイア艦隊司令が指揮席から身を乗り出した。そうして前方スクリーンを食い入る様に見つめる。


 するとまた爆発が起きた。

 艦隊最前列の左翼側から右翼側にかけて順々にである。それはまるで左翼から攻撃を受けたようにしか見えなかった。


「バカな! 雲の中から攻撃してきているのか? どうやって!?」


 アレルトメイア艦隊総司令は狐につままれたような顔をして周囲に尋ねたのだった。

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