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第4話 前途多難?

「重力波検出器に反応あり! 時空震を検知! 方位、225、-11、08。距離、15万。

何者かがワープアウトしてきます!」


 中立緩衝帯のアレルトメイア側、リンデンマルス号からはおよそ150km付近、つい目と鼻の先である。


「その数、15!」


 当然のことながら、それはアレルトメイアの宇宙艦隊であることが予想された。だがレイナートは戦闘配備を命じることも警戒するように告げることもなかった。つまり予測していたということだろう。

 そうでなければ艦を移動させたことも、そこにワープアウトしてくるものがいることも説明がつかない。


 そうしてワープアウトしてきたアレルトメイア艦隊から通信が届いた。


『こちら、帝政アレルトメイア公国宇宙海軍所属、近衛第15連隊……』


 MB内の拡声器から聞こえるその音声にエメネリアの顔がついほころんだ。


『……エイドルト・シュスムルス准将である。

 イステラ連邦宇宙軍リンデンマルス号、聞こえるか?』


 レイナートが通信士に回線を開かせ応答した。映像付き通信にしたのは旧知の間柄ということでだった。


「こちらイステラ連邦宇宙軍中央総司令部所属、戦艦リンデンマルス号艦長レイナート・フォージュ准将です。

 感度良好、よく聞こえています」


 メインモニタに移るシュスムルス提督に向かってレイナートが言った。

 シュスムルス提督が笑顔を見せた。


『久しいな、フォージュ艦長。

 まずは昇進おめでとう、と言わせていただこう』


「……」


 それはアレルトメイア艦隊を叩いた功によってだから、レイナートは思わず首をすくめた。

 だがシュスムルス准将は気にする必要はないと言って笑った。


『叛乱部隊を叩いてくれたと思えば何ということはない』


 同胞であっても敵は敵、ということなのだろうか。シュスムルス提督はレイナートを咎めたり、非難するようなことは言ったりはしなかった。


『ところで今回の呼び出しだが、ようやく殿下を戻してくれるということだろうか?』


 シュスムルス准将が尋ねた。それを聞いてエメネリアの顔に焦りが見えた。「まさか!?」と。

だがレイナートが首を振る。


「いいえ。犯罪者の引き渡しです。おっと、失礼。犯罪の容疑者です」


『容疑者? アレルトメイア人のか?』


「ええ。我が国の法では裁けない、だが看過できない。そういった類の犯罪を行ったと思われる者達です」


『貴艦の傍に見える貨物船か?』


「ええ。今、捜査調書を送ります」


 そう言ってレイナートはサイラの作成したファイルを送信させた。


「あいにく自供は取れませんでしたが、見つかった物証とレコーダーを調べさせてもらい判明したことです。ご確認下さい」


『わかった、とにかく見せてもらおう』


 そう言うとシュスムルス提督は送られてきたデータファイルに目を通し始めた。


 しばし双方無言となった。

 そうしてシュスムルス提督がファイルを映し出す画面から顔を上げて言った。


『これが事実であれば許せん所業だな』


「ええ。小官もそう思いまして、それで提督にご足労願った次第です」



 実はレイナートは事件の全貌がわかり始めたところで、シュピトゥルス提督にアレルトメイアとコンタクトを取ってくれるように頼んでいた。国境侵犯で強制退去、ではその後、この貨物船とその船員達は野放しになってしまう。そうなると再び同じことを繰り返すかもしれない。それはあってはならない。そう考えたからである。


 アレルトメイアの複雑な国内状況、それ故にイステラは現在、アレルトメイアとの正式な外交ルート、チャンネルが確立されていない。

 皇帝側か革命側か。国としてどちらと正式な国交を維持するか、どちらを選ぶべきかは現段階で判断出来ることではなく、政府内でも意見が別れているほどである。まさか双方にいい顔をしたところで最終的には問題をより複雑にすることだろう。


 しかしながらそういう状況ではあっても、宇宙の現場で絶対に見過ごすことの出来ない犯罪が行われ、しかも自分らにはそれを裁く権利がない。となればコンタクトを取るべきだろうとレイナートは考えた。

 如何に許しがたい行為とはいえ、自分らがそれを裁き制裁を加えたなら、それはどう取り繕っても私刑でしかない。しかも相手は他国人。後に外交問題になるのは目に見えている。

 となれば司法権を有する者に引き渡すべきではないか。



「彼らを、単なる国外追放処分だけで野放しには出来ません。何卒アレルトメイアと交渉していただきたい」


 艦長室から秘匿回線でシュピトゥルス提督に直接談判したレイナートである。


『艦長には同意見だ。だが気持ちはわかるが……』


 しかしシュピトゥルス提督は渋った。とても一筋縄ではいかない問題としか思えたからである。


「とにかくこれ以上時間を掛けたくもありません。よろしくお願いします」


 レイナートは押しの一手とばかりに言う。


『そうは言うが……』


 それでも渋るシュピトゥルス提督。そこに追い打ちをかける。


「なんなら本艦の乗組員に、個人的に連絡を取らせますが?」


 現在の船務部長クローデラの祖父は、いまだ連邦最高評議会外交委員長の要職にある。そこへ直接訴えるぞ、と脅しを掛けたのである。


『まったく……、貴官は……。普段は人畜無害のような顔をしてるくせに、こうなると押しが強いんだな。

 そうやってアチラコチラで、辣腕を奮ったらしいではないか?』


 レイナートの過去の記録を思い出したのだろう。半ば呆れ、半ば怒りに満ちた顔で提督が言った。

 だがレイナートはすっとぼけた顔でシレッと言ったのだった。


「いえいえ、そんなことはありませんが?

 何処においてもただ正すべきは正すべし、と主張しただけですが?」


『まあいい……。

 わかった、なんとかしてみる』



 アレルトメイアからはエメネリアを帰国させるよう、非公式ながら度々要請があった。そうしてその引き取りのための部隊を直ぐに派遣する用意があることも伝えてきていた。

 だがそれに対してイステラは、エメネリア本人が亡命を希望した事を理由にその要請を拒否していた。本人が亡命を希望し、国がそれを受け入れたにも関わらず帰国させれば、それは国家の信用問題に関わってくる。それ故のことであった。

 それが背景にあるのでシュピトゥルス提督は気乗りしなかったのである。


 ヤレヤレと肩を落としたシュピトゥルス提督は外交委員長に密かに相談した。

 簡単には連絡は取れないのでは、と考えていたシュピトゥルス提督だったが、外交委員長は時間を取ってくれた。

 可愛い孫娘が勤務する艦の運用責任者からのコンタクトを無視することなど、爺バカの外交委員長には出来なかったのである。


 相談された外交委員長は、この問題を政府内で検討することなく、即決で密かに許可した。

 隣国の民間貨物船1隻。政治家に言わせれば所詮その程度の問題でしかなく、しかしながら両国間の状況から、政府内で正式な議題にすれば今度はそう簡単に解決するとは思えなかったからである。

 だが外交委員長はシュピトゥルス提督に釘を差すことだけは忘れなかった。


『絶対に極秘裏に進めるように。事が公になればクビが飛ぶだけでは済まんぞ?』


 こうして外交委員長の非公式の了解を得て、シュピトゥルス提督は貨物船をアレルトメイアに引き渡す手続きを始めた。

 そうして細いながらも帝政派とのパイプを維持していた外務省の外事対策課 ― 要するにイステラのスパイ組織 ― が、アレルトメイアに連絡を取ってくれたのである。


 そうしてアレルトメイアがエメネリア引き取りに用意していたのがシュスムルス提督の率いる艦隊であり、これは常に対イステラ即応部隊として待機していた。それが派遣されてきたというのが経緯である。

 こうして、驚くほど短期間にアレルトメイアの近衛艦隊とリンデンマルス号の接触が可能となったのだった。



 ただ、双方ともにエメネリアと直接関わりのある部隊である。エメネリアを帰国させろと言われると面倒なことになりかねない、という懸念もあった。

 だが中央総司令部としては、実はもしもアレルトメイア側が強硬にエメネリアの返還を要求してきたらそれを受け入れるべし、という結論に至っていた。何故ならエメネリアから得られる情報は既に得ている。それを元に最高幕僚部では対アレルトメイア艦隊の戦術マニュアルの策定も始めている。

 つまり純軍事的には、エメネリアには最早利用価値はないと考えられていたのである。


 だがもちろんそれは政治的には認め得ることは出来ないことである。国が正式に受け入れた亡命者を軍部の勝手な判断で送還させるなどありえない話である。

 したがって帰還要求があれば受け入れよ、という条件付きで、シュピトゥルス提督はアレルトメイア艦隊との接触ポイントを連絡してきたのだったが、レイナートにも受け入れがたいことだった。それは言い換えるなら、エメネリアの人権が貨物船の引き渡しと取引されたということに他ならなかったからである。


 したがってレイナートとすればそのような命令には従えないのは明白だが、そこでゴネると話がややこしくなって長引くだろう、とその場では考えた。とにかく貨物船をこのまま放り出す訳にはいかず、と言って他に押し付ける訳にもいかず、だったからである。

 その判断からその時は一応納得したふりをしたのである。

 いざとなったら現場判断で突っぱねる。そう覚悟を決めたのである。



 イステラからの申し出には素直に謝意を示したシュスムルス提督である。


『そうか。それは助かる。混乱に乗じてこのような悪逆な行いを為すなど絶対に許す訳にはいかん。裁判にかけて極刑に処してやろう』


「よろしくお願いします」


 国は違えど、卑劣な犯罪行為は許せないという共通の思いがそこにはあった。


「それでは、貨物船をお引渡しします」


『了解した。部隊を遣わそう』


 アレルトメイアの陸戦部隊を乗せたシャトルが貨物船に接近した。

 彼らが貨物船に乗り込んできたところでイステラの陸戦兵、ヴァルキリーズが引き継ぎを行った。


「では、我々はこれで退去します」


 そう言ってエレノアが敬礼した。


「お世話になりました」


 そう言ってアレルトメイアの士官も敬礼した。


 その後貨物船の乗組員は全員宇宙服を着せられた上で拘束され、アレルトメイア兵の操艦で貨物船はアレルトメイア艦隊へ向かった。


 そうして双方の部隊の帰還途中、それぞれの指揮官の間では、当然のごとく、エメネリアを返せ、返さない、という話になっていた。


「彼女は我々が不当に拘束している訳ではありません。勘違いしないでいただきたい。

 とにかく少佐を引き渡すことは出来ませんし、そうすべき理由もありません。諦めていただきたい」


 シュピトゥルス提督からの命令を半ば無視してレイナートは要求を突っぱねていた。

だがシュスムルス提督も譲らない。


『そうはいかん。少佐は軍人である前に皇族である。しかも帝位継承権を持たれている。したがって殿下の亡命は認める訳にはいかない』


「そちらの事情は存じませんし、それは我々軍人が論ずべき事柄でもないと考えます。要望は正式な外交ルートを通して下さい」


『フォージュ艦長、我々はここまで出向いてやったのだぞ?』


「ええ。犯罪容疑者を引き取りにです。少佐をではありませんよね?」


『フォージュ艦長!』


 ついにシュスムルス提督が語気を強めた。


 そこでそれまで沈黙を守っていたエメネリアが口を挟んだ。


「提督……」


『殿下……』


 モニタに映るエメネリアの姿を見て、シュスムルス提督は一瞬顔を綻ばせたが直ぐに険しい表情となった。それはエメネリアがイステラ連邦宇宙軍の軍服を着ていたからである。


「わたくしは自分の意志でイステラに留まることを決めたのです。もう国へ帰るつもりはありません」


『殿下、殿下のお気持ちはともかく、それが許されるとお思いですか?』


 シュスムルス提督が尋ねる。エメネリアはそれに静かに答えた。


「ええ、許されないでしょうね」


『でしたら……』


「でも、どこへ帰れと言うのでしょう? わたくしの帰る場所が、帰れる所がまだあの国にありますか?」


 この内戦の発端は新皇帝の血を分けた実の妹の第2皇女である。それに対する新皇帝の怒りは凄まじかった。即位した時には第2皇女は革命勢力に既に殺害されていたが、これを改めて不敬罪と国家反逆罪として断罪したのである。

 また新皇帝は不敬罪に対する連座で、自分の産みの母親をも幽閉、その血族全てを死刑または無期限の投獄としたのである。

 己の一族ですらこれほど厳しく処断した新皇帝である。果たして腹違いの姉などを信用するだろうか? 安穏とした生活を許すだろうか?

 良くて最前線送り、下手をすればやはり幽閉か。最悪の場合、謀殺されかねない。


 ただでさえエメネリアは帝政についてはともかく、貴族制という階級制度、身分制度には反感を持っていた。したがって可能であれば、話し合いによる民主化を進められれば、と考えているのである。

 泥沼と化した内戦の最中にそのようなことを口にすれば、間違いなく粛清されるだろう。と言って、本音を隠したまま、民主化を求める人々に銃を向ける気には絶対になれない。

 軍籍にある自分は皇帝に対する忠誠を示すため、絶対に実働部隊に配属となるのは疑う余地はない。

 エメネリアがイステラに亡命した大きな理由がそこにあった。


「わたくしは、卑怯者の誹りを甘んじて受け入れる覚悟で、あの国を捨てたのです。最早二度と祖国の地を踏むことはありません」


 エメネリアは毅然として言ったのだった。

 それに対してシュスムルス提督は残念そうに言った。


『なれば残念ながら、小官は与えられた命令を実行しなければなりません。

 殿下に対して国家反逆罪を適用し万難を排して拘束せよ、それが不可能であれば、その場で対処せよとの命令を受けております』


「それはわたくしを処刑するということですか?」


 シュスムルス提督は否定も肯定もしなかった。

 だがエメネリアの言葉にリンデンマルス号MB内に一瞬にして緊張が走る。エメネリアを引き渡すことはありえないからそれは艦隊戦を行うと言うことと同義である。

 エメネリアはそれを指摘した。


「まさかこの距離で艦砲を撃つというのですか?」


 エメネリアは、しかし、全く動じることなく言葉をつなぐ。


「提督、それは絶対にお勧めしません。この距離で撃ち合えば双方の被害は甚大なものになるでしょう。

 それにこのリンデンマルス号の主砲の威力をご存知ですか?

 180cm、2連荷電粒子砲が20基。その威力もさることながら、小さな回転砲塔による照準合わせは、我が国の、いえ、貴国の艦艇に比べ、精度の高さは比べるべくもありません。艦体を微調整させている間にこちらは撃つことが出来ます。よしんば同時に撃てたとしても、双方大破、生存者なし、という結末を迎えることになりませんか?」


 無言でエメネリアの言葉を聞いていたシュスムルス提督がようやく口を開いた。


『それは興味深いお話ですな。ですが1度に15隻の艦を攻撃など……』


「できますが、ご覧になりたいですか?」


 シュスムルス提督の言葉をレイナートが遮った。


「本艦主砲に死角はありませんし、同一目標も15基の砲塔で狙えます。ご要望とあらば何時でもお見せしますが、ミルストラーシュ少佐の言葉通り、本官としては絶対にお勧めしません」


 リンデンマルス号は押しつぶされた菱形、正四面体、の形状である。各面の傾斜角から同一目標であっても確かに15基の砲塔で狙うことが可能である。したがって隊列を組んでいる15隻の艦艇ならば造作なく狙える。

 しかもこの距離である。1基で1隻は確実に沈められるだろう。


 ただし発射準備が完了していればの話である。まだ粒子加速器どころか粒子発生機すら稼働させていないのだから、最大威力とはいかなくとも、撃てるようになるまでには小1時間を要する。

ハッタリが通用しなければ、否、ハッタリではなく艦の攻撃能力は事実だが、一方的に攻撃されてしまうことになる。


 モニタ越しに睨み合うシュスムルス提督とレイナート。

 最初に視線をずらしたのはシュスムルス提督だった。


『エメネリア殿下は、本艦へ収容中、隕石の直撃で行方不明、ということにしておきましょう。

もったいないがシャトルを1機、捨てざるを得ませんな』


 そう言うとシュスムルス提督が敬礼した。

 無理に連れ帰ったところで、エメネリアにとってそれが幸せにつながるとは思えない。

 第一、主筋であるエメネリアに対し捕縛も、まして殺害など出来る訳がない。命令ではあったが、元々本気で言っているのではなかった。


「提督……」


 エメネリアも敬礼した。


『殿下、お元気で。何時の日にか再びお目にかかれる日をお待ちしております』


「ありがとうございます」


「提督、お心遣いに感謝します」


 レイナートも敬礼しつつ言った。


『殿下をよろしく頼む、艦長』


「かしこまりました」


『では、通信を終える』


 シュスムルス提督がそう言うとモニタは暗転した。


「アレルトメイア艦隊、回頭。当域を離脱し始めました」


 観測士が報告する。

 リンデンマルス号とアレルトメイア艦隊の短いランデヴーはこれで終わったのだった。


「それでは……」


 本艦も離脱する、とレイナートが言おうとしたところで同時に複数女性の声がかかった。


「「「艦長、コーヒーはいかがですか?」」」


 そうして女性らは思わず顔を見合わせ、そうして険しい表情に変わった。コスタンティア、エメネリア、クローデラである。

 睨み合い視線から火花を散らす。

 だが直ぐににこやかな笑顔となってレイナートに近寄る。

 ナーキアスは胃を押さえ頭を抱えて戦術部長席に突っ伏してしまった。

 本来であればレイナートにコーヒーを用意するのは副官のモーナがするべきことだろう。だが先を越され、仕方なく開いた口を閉じた。

 MB内は静まり返っていた。


 レイナートもさすがにこの状況では「頼む」とは言えず押し黙っていた。


―― きっと、そういうことなんだろうなぁ……。


 レイナートとて、女心にそこまで疎いということもないから、自分に好意を寄せられていることに気づいていない訳ではない。


―― これはちょっと困ったな。


 否、ちょっとどころかかなり困った状況に陥っているのは明白だった。


 だが、女性たちの好意を嬉しく思う反面、当惑気味でもあった。自分がそこまで魅力的な人物だとは思えなかったからである。


―― それに、いずれ退役するつもりなんだけどな……。


 イステラの連邦宇宙軍士官学校は入学と同時に、授業料、教材費から寮費、食費等に至るまで全額が軍から支給される。その代わり、任官後15年間は軍役に就かないと全額返還しなければならない。

 レイナートはこれが過ぎたら退役し実家に戻るつもりでいた。別段、望んで軍人になった訳ではない。それ以外に高等学府に進む術がなかったからである。

 それ故、15年経ったら退役して実家に戻り、開拓農民として親の手助けをするつもりでいた。

したがって結婚相手にはそれを受け入れてもらう必要がある。と言うよりも、それが出来る相手でないと結婚はできないとさえ思っている。


 だが彼女たちはどうだろうか?

 皆、大学を出て士官学校専修科に進んだエリートである。それは国は違えどエメネリアも同様だろう。そういう女性が「たかが」結婚のために自らのキャリアを捨てるだろうか?


 レイナートは別段軍人になりたかった訳ではないから、退役することに何ら躊躇うところはない。

 士官学校入学時も任官時もイステラ連邦宇宙軍総則の前文を暗証させられる。要するに「軍人として国家に忠誠を尽くし、国民の生命と財産を守るべく務める」と宣誓するのである。レイナートもやったし、そこに嘘はない。

 だが生涯、軍人として奉職するつもりはあるかと聞かれれば「?」である。


 そうして宇宙勤務は結婚すれば離ればなれになるのは既定路線と言ってもいい。階級はともかく、士官学校を出てまだ数年程度、ようやく新人と呼ばれなくなった年代の者の結婚に伴う異動に配慮してもらえることはない。軍はそこまで甘くはないのである。

 だから結婚すれば新婚早々、別居を余儀なくされるのは目に見えている。


 逆に考えれば、そういった事情が一種のジレンマとなり、それが余計に恋心に火を点けてないだろうか? 下世話にも「障害の多い恋ほど燃える」と言うではないか。

 よしんば退役を受け入れて一緒になったとしても、その後揉めることはないだろうか? 「こんなはずじゃなかった」と言われることはないだろうか?

 女性心理に壊滅的に疎い訳ではないが、さりとて長じている訳でもないからどうにも不安でならない。


―― 今のうちにそれとなく言っておくかな……。


 だが、それによって失望されるならまだいいが、ヘタに反感を買い艦内組織に要らぬ波風が起きても困る。と言って今のままでも良いということはないだろう。


―― まったくもって、どうしたもんかな……。


 レイナートはいつの間にか腕を組み、難しい顔をして考え込んでいたのだった。

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