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第34話 妹

―― どうしてアパートを解約しないのだろう?


 レイナートの答えにモーナは沈思した。


 まるまる1年間は帰らない予定なのに部屋を維持する。艦内に持ち込めない、また倉庫にも入れておきたくない何かを置いておくため?

 だがそうまでして保管したいものがあるのだろうか?


―― それとも誰か、特別な女を住まわせるのかしら?


 ムクムクと好奇心が持ち上げてきた。


「そうですか……」


 だがモーナはその時は静かにそう応えるに留めたのである。

 いくら副官とはいえあまりプライベートに立ち入りすぎるのは考えものであるから、根掘り葉掘り聞くのはどうかと思ったのである。

 とは言え、そのままにしておくには好奇心がいささか強すぎた。

 そこでやはり聞いてみたのである。


「何か事情でも?」


 そうして全員が聞き耳を立てていたからか、レイナートの答えは少し歯切れが悪かった。


「いや、なに、ちょっとね……」


通路に足音だけが響いた。


―― もしかしたら本当に女性を?


 興味なさそうにしていながら、実はしっかりと聞き耳を立てているコスタンティアとエメネリアの思考がネガティブな方向へと向かいだした時、レイナートの情報端末が鳴った。

 レイナートは小脇に抱えていた端末を手に取ると驚きつつも画面にタッチした。画面に映る名はシュピトゥルス大将だったからである。


『夜遅くまでご苦労だな……』


 レイナートは端末を持つ左手を前に伸ばし右手で敬礼した。はたから見るといささかマヌケな構図だが、端末を使っての上官との通信では誰もがそうするから、その場の誰もは平然としている。


 敬礼を返したシュピトゥルス大将がレイナートに尋ねる。


『会議の方はどうだ?』


「はあ……、まあ色々と話し合っておりますが……」


 とにかく無駄に長いとしか思えないところもあるのでレイナートの答えは歯切れが悪い。

ただ関係各所から多くの人員が集まっての会議だから、そう簡単に進まないのも当然といえば当然なのだが。


『議論は徹底して尽くすように言ってあるからな……』


 シュピトゥルス大将の言葉にレイナートがいささかムッとした。


―― 貴方のせいですか……。


 毎夜毎夜遅くまで拘束されるのだから堪ったものではない。


『まあその慰労も兼ねてだが、どうだ、明日は休みだろう? 家に飯を食いに来んか? 妻が饗したいと言っている』


「えっ?」


 レイナートはその意外な申し出に驚いた。

 この時代、料理は趣味 ― しかもかなり特別な ― の範疇に入る。したがって手料理を振る舞うというのは、相当重要なゲストにしかしないのが普通である。

 第一……、


「あの……、シュピトゥルス少佐は現在出航中ですが?」


 アニエッタは空戦参謀として空母に乗り込んで、艦載機部隊の訓練を監督している。アニエッタは実家で暮らしているのだから、シュピトゥルス提督がそれを知ってないはずはないのだが。


『ああ、知ってるぞ。何も娘とくっつけようという魂胆ではない。あくまで貴官の日頃の苦労を労おうということだ』


「はあ……」


 レイナートはまだ腑に落ちないと言った雰囲気の返事である。


 だがそれを聞いていたコスタンティアもエメネリアも内心「どうだか」と考えていた。


 何せ近頃話題になっていてなかなか予約の取れないレストランに、レイナートを誘って親娘共々食事をしたという前歴がある。今度は搦手から攻めるつもりか! と考えてもおかしくはない。


 レイナートがどう返事するか、興味津々でさらに耳をそばだてている。


 だが当のレイナートは口ごもってなかなか返事をしなかった。


『なんだ? 都合が悪いのか?』


「いえ、まあ、あの……」


 まだ何か言い淀んでいる。

 上官からのお誘いを断ってもいいのかどうか。そんな雰囲気だった。


『先約でもあるのか?』


 シュピトゥルス大将がそう聞いてきた。レイナートの態度を見れば持ってもおかしくない疑問である。


「ええ、まあ、あるというか何というか……」


 そこで周囲の女性陣が色めき立った。


―― 先約ですって? 一体誰と!


 コスタンティアとエメネリアは互いの顔を穴が開くほど見つめる、というか睨みつけた。だが互いに相手とではないとわかると別の人物の顔を想像した。


―― まさかクローデラと!?


 部隊の船務参謀を務めるクローデラはリンデンマルス級最新鋭艦の出港準備に大わらわである。休日は家でグッタリ、と言っていたがまさかその彼女と……。


 と思ったところでレイナートが言いにくそうに言った。


「実は、年の離れた妹が来ることになってまして……。明日宇宙港に出迎えの約束をしてまして……。

 何分、私事なので……」


 答えはさらに意外なものだったのである。

 だが休日に私用で過ごすのは何もおかしいことではない。ただ、新設部隊の最高責任者として、なかなか休めないという事実はある。


 だがシュピトゥルス提督は意外そうな顔もせずに続けた。


『妹? そうか、そう言えば貴官には妹がいたな?』


「はい」


『ならば妹さんも連れてくればいい……』


 シュピトゥルス大将の言葉にレイナートは激しく頭を振った。


「いいえ、そういう訳にはいきません。私自身会うのは10年以上ぶりですし、色々とその……、話もありまして……」


 最後は尻窄みとなったが、レイナートは結局断固として辞退したのだった。


 そうなると女性らの興味はその妹の方へと移ったのは致し方ないだろう。


「妹さんが見えるんですか?」


 モーナの問にレイナートはつぶやくように答えた。


「そうなんだよ……」


 改めて聞いてもレイナートの言葉は誰もの予想外の答えだったのである。


 レイナートに弟妹がいることは皆が知っている。だが歳が離れていて、レイナート曰く、 ほとんど没交渉だということだった。レイナートが家族のことを含めプライベートなことを話す機会は少なかったので、それ以上の情報は誰もほとんど持ち合わせていない。

 それでもレイナートが士官学校を卒業し正規任官するまでに与えられた休暇で自宅に帰って以来、10年以上も直接会ったことは1度もなかったという。これは妹だけでなく両親と弟ともそうだということは知っていた。

 本人は「親不孝者だ」などと言っているが、確かに軍人であっても長期の休暇が取れない訳ではないから、いくらなんでもひどい話である。

 もっとも、レイナートに言わせればアチラコチラに都合良く飛ばされたために、帰省できなかったということであるが……。


「それは嬉しいですね?」


 モーナは何気なくそう言った。だがレイナートの次の言葉で押し黙った。


「まあ、久しぶりだからね。

 でも先日離婚したって言うし……。第一、結婚式にも出なかったからどう接していいものやら……」


 困り顔のレイナートだった。


「それは、まあ、なんと申し上げてよいか……」


 なんとも返事のしにくいことをレイナートは言ったのである。


 レイナートの妹はハイスクールを卒業すると地元の農業公社に就職した。そこで知り合った男性と結婚し家庭を持ったが、1年ほど前に離婚していたのである。


 ところでこの時代、イステラにおける離婚率はあまり高くなかった。

 それは宗教上の理由ではない。というよりも、イステラを含め、この時代には人知を超えた超越的な存在を崇める宗教というものは成立し得なくなっていたのである。

 神と呼ぼうが真理と言おうが、それこそ宇宙を支配する物理法則だろうが、人間には越える能わざるものがこの宇宙には存在している。誰もがそう考えている。ワープを実用化し重力や慣性をも自在に操っているかのように見えるにも関わらずである。

 そうしてそれは崇めたからと言って人間に福音を与えるものではない。ただ自然の摂理に反すればそれは必ず悪い形で跳ね返ってくる。そう考える人が大多数となっていた。

 それが常識と化してしまった社会では「絶対的な超越者への信仰」というものが成立しなくなってしまったのである。


 したがって結婚は「神に誓ってするもの」ではない。故にモラル的に離婚を押し留める理由もなくなっていた。

 単に適齢期の男女が結婚に踏み切るには、いささか慎重になりすぎるきらいがあり、それが逆に離婚にもつながらないということだったのである。

 とにかく相手の事を可能な限り見極めて判断するというのが普通であり、一目惚れからとか熱烈な恋愛の末になどという、ある種衝動的なものとは異なり、至極計算高く結婚に踏み切るというのが多くなっていたである。

 もちろん離婚がない訳ではない。だがそれは至極少数であり、まして職業軍人、特に宇宙勤務の場合、晩婚化・未婚化の影響もあって周囲に離婚経験があるどころか既婚者自体が少ない、というのが珍しくなかった。


「その上こっちに引っ越してくるかも、なんて言ってるし……」


 さらに驚きのセリフを言うレイナートである。


「まあ!」


 それにしても家族が引っ越してくるかもしれないというのはいささか大掛かりな話である。


 さらにこの時代、軍人でなければ開拓移民でもない限り星を移り住むというのは実はあまり多くなかった。

 この銀河の「腕」の部分に棲息する人類は、元を正せば同じ惑星にその端を発している。

 一つの惑星上から同一星系内にその行動範囲を広げた人類は、ついにワープ航法を手に入れ他星系へと拡大した。

 そうして人類の棲息に適した惑星を見つけるとそこに入植した。また同一星系内の他の惑星も改造し人類の棲息を可能とするに至った。

 イステラ連邦だけで現在およそ350の星系にその広がりを見せている。


 そうして成熟の度を増した社会において、人類は生まれ育った惑星を出なくとも、進学であれ就職であれ、それこそ恋愛であれ、大抵の願いはその惑星もしくは星系内で叶うから、何もわざわざ何光年も離れたところまで行く必要はなくなっていたのである。

 また企業であっても、確かにアトニエッリ・インダストリー社のように多くの星系にまたがって展開しているところもあるが、それでも社員に星間移動を伴う転勤をさせるようなところは少ない。それは経営の根幹に関わるような余程の高級幹部でもなければ、現地採用で事足りるから、まずないのである。

 もっとも連邦宇宙大学を始め多くの名門一流大学では、ネットワークを利用した通信授業ではなく、本人が通学し対面で授業を受ける形式を重んじているので、希望大学によっては星間移動もありうるのであるが、それでも人口動態から見ればそれはごくわずかである。


 そうしてレイナートの妹は歳が離れているとは言ってももう既に学生を終えている年齢であり、いくら離婚し、また血の繋がった兄がいるからと言って何千光年の彼方にまで引っ越してくるというのは、話としてはいささか大袈裟すぎないかとモーナも思ったのである。


「まあそういう訳で、明日は妹の出迎えに行かないとならなくてね……」


 だが困惑しながらも、反面、何とも嬉しそうな雰囲気も漂わせる口調のレイナートである。それは妹との再会を楽しみにしているようでもあるし、それを口実にシュピトゥルス大将の誘いを断れたからなのか。


「では車の手配を……」


 モーナがそう言うとレイナートはまた頭を振る。


「いや、私服で行くからいいよ」


「了解です」


 モーナは直ぐに納得した。


 当然のことだが、軍人が公用で基地の外へ出る場合は、軍服の着用と武器(拳銃)の携行が義務付けられている。

 その規則に縛られないのは公安部と情報部の諜報員、要するにスパイ活動に従事する工作員だけである。そういった特殊な場合を除くとほぼ例外はない。


 ただし兵士が休日や休暇の場合はいささか状況が異なる。

 その兵士が宇宙勤務で、部隊が母港に帰還した場合、軍服の着用は「そうすることが望ましい」とされ義務ではない。武器も同様である。

 これは家族とともに休日を過ごす時も軍服に拳銃を携えてというのは、例えば小さな子供を連れて遊園地や動物園に行く、などという場合でもそこまでする必要があるのかという意見があったからである。

 これが母港以外に寄港した場合は、休暇であっても宇宙港(基地を含む)の外へ出るのに際し制服と武器は義務化される。


 また将官の送迎用公用車を含む軍用車を使用する場合は軍服の着用は必須であり、第一、私用で公用車を使うことは認められていない。

 したがって私服で行くとなれば当然公用車は使えないのである。


「ところで何時の船なんですか?」


 モーナが尋ねた。

 休日ではあっても上官の行動を把握しているのは副官の務め、という理由からの問だった。


一二一五ヒトフタヒトゴだったかな?」


「宇宙港ですよね? 民間の方の?」


「そうだけど……、ああ、そうか」


 レイナートが苦笑した。


 民間の船舶が宇宙港に到着する場合、その予定時刻を12時15分と言うことはしても、一二一五とは言わない。それは軍隊での言い方である。

 だからモーナは敢えて「民間の」と尋ねたのである。


「骨の髄まで軍人になってしまっな、自分は……」


 レイナートが小さく呟いた。「できるだけ早く退役しようと思ってるのに」とはさすがに口にはしなかったが。


 翌日、レイナートはカッターシャツにスラックス、上にスポーツジャケットという軽装で宇宙港の到着ターミナルに姿を表した。ちょうど昼食時の到着時間だが昼食は摂らずにいた。もしも妹が食べていなかった場合のことを考えてである。


 ターミナルのゲート前に佇むレイナート。見る者が見ればひと目で分かる雰囲気を醸し出している。すなわち妙に姿勢がいい。背筋を伸ばし姿勢を正し敬礼することはまさに日常茶飯事。その為、気を抜いている時でさえ姿勢が崩れないのである。


 ゲートから人々が出てくる。

 再会を喜ぶ家族だろうか? ハグをしている人たちや、こちらはビジネスだろうか? 握手しつつ何やら話をしている。


 そうして小さな機密パックを引いてレイナートの妹、アリエラが姿を表した。事前にテレビ電話で予定を確認しあっているから一目で気づいた。

 そうして互いに相手を認めると足早に近づいたのである。


「アリエラ、よく来たね……」


「兄さん、お久しぶり……」


 そう言い合うがどこかぎこちない。それもそのはず、2人が直接顔を合わせたのはレイナートが士官学校を卒業して帰省した時、つまり10年以上も前のことである。なので会話が弾まない。かえってテレビ電話での方が普通に話せていた。

 だがレイナートも年の功、如才なく振る舞う。


「お腹は空いてない?」


 アリエラも兄の言葉にきっかけが出来たことでスムーズに言葉が出始めた


「実はペコペコなのよ。船内食は不味くて……。着陸前の最後の食事は辞退しちゃったわ」


「そうか……、だろうね。では最初に何か食べるかい?」


「そうね。そうしたいわ」


「何がいいかな?」


「何でも……。あっ、パスタはどう? 兄さん好きでしょ?」


「ん? まあね……。じゃあそうしようか?」


 苦笑しつつレイナートが答えた。

 確かにパスタはよく食べるが別段好きだという感覚はない。

 だがここでそれを今言うことでもないだろうと思い口に出さなかった。


「ええ。

 ところで兄さん。後ろの壁の花、じゃなくて、壁のように並んで立ってる美しいお姉様方はどちら様?」


 そうアリエラに言われて振り返ったレイナート。全く気づいていなかったが、背後に居並ぶ女性たちの顔を見て言葉を失った。


「何故、ここに……?」


 女性らはにこやかな笑顔を見せて言った。


「こんにちは、提督」


 副官のモーナにコスタンティアとエメネリア、クローデラ、エレノアにアリュスラと、セーリアとアニエッタを除く参謀たちが勢揃いしていたのである。


 それでもこれが全員制服姿なら話は早いが全員が私服だった。それでもモーナのようにビジネススーツ風の固い感じのいでたちならまだしも、コスタンティア、エメネリア、クローデラはフォーマルすぎないとはいえワンピース、アリュスラはブラウスにスカートという定番の組み合わせ、エレノアはチュニックワンピースでボトムにスリムパンツという、普段からはあまり想像できないフェミニンなファッションに身を包んでいる。

 なのでアリエラは興味津々といった顔つきでニヤニヤしながらレイナートの顔を眺めている。


「いや、全員、私の部下だよ……」


 レイナートは唖然としてそう言うに留まった。


「へえ~、部下なの?」


「そうだよ。さあ、行こうか?」


 レイナートがアリエラを促す。


「あら、いいの、兄さん?」


 すると女性らは口々に言った。


「私たちは気にせずに、どうぞ兄妹水入らずで……」


 それでは、と歩き出すレイナートと、まだなにか言いたそうだが背を向けた兄に続くアリスラ。

 ところがレイナートとアリエラが歩き出すと6人が少し離れてついてくる。レイナートが立ち止まって振り返ると、女性らも立ち止まりニッコリと微笑む。

 何度かそれを繰り返し、レイナートも腹をくくった。


―― もう気にするまい。


 それでアリエラとともに、今度は一切後ろを気にしないで歩いたのである。


 やがて宇宙港のターミナル内テナントのパスタ店に入った8人。

 いや、最初はレイナートとアリエラの2人だけだった。他の6人は少し離れて控えていた。

だが、店員が気を利かせて聞いたのである。


「8名様ですか?」


「いや」とレイナートが否定する前にアリエラが言った。


「そうなの。一緒に座れるかしら?」


「ええ。ちょうどピークを過ぎて空いてきましたので大丈夫ですよ」


「……」


 アリエラの意図がわからないレイナートは無言のまま、成り行きに任せるしかなく、そうして8名様ご案内となったのである。


 4人掛けのテーブルを2つ並べてひとまとまりで座った。

 そこで早速自己紹介が始まる。


「いつも兄がお世話になってます。私はアリエラです」


「いえ、こちらこそ、提督にはお世話になってます」


 そう口々に言って名を名乗る。ただし所属や階級は一切口外しない。こういった公共の場で民間人にそれを明かすにも規定があるからである。

 だがアリエラは気にした風もなくレイナートに尋ねた。


「兄さん、『提督』って呼ばれてるの?」


「うん、まあ、一応ね」


 レイナートは照れもあって苦笑いする。

 提督という呼称は、イステラ軍においては、宇宙艦隊勤務の将官以上の高級軍人のものであり、単なる艦長ではそう呼ばれない。また地上勤務の将官も「閣下」とは呼ばれるが「提督」という呼び方をしないのが正式である。

 ただし今は地上勤務であっても、かつては宇宙勤務をしていた将官がほとんどだから、そう呼ばれることが多いのである。

 そういう意味からすれば、正真正銘の提督であるレイナートが照れる必要はないのだが、身内にそう聞かれた故のことだった。


 そうして自己紹介が済むと今度は料理の注文。

 空港のに限らず、レストランはほとんどが座席の端末で直接操作するというのが一般的で、ウェイターやウェートレスが注文を取りに来るというのは、余程の高級店でもない限り見ることはほとんどない。

 なので各人が薄っぺらい端末を手にメニューを選んでいる。


 早々と料理を決めたレイナートは端末をテーブルに置いた。それを見てアリエラが尋ねる。


「兄さん、決まったの?」


「まあね」


「何にするの?」


 10年以上ぶりに会った兄のことが些細なことでも気になるようだった。


「ん? このナスとトマトのにしようかなと……」


「それ美味しいの?」


「さあ? ここで食べるのは初めてだから……」


 再び苦笑いしつつ答えるレイナート。

 それを聞いてアリエラが言う。


「変なの……。でも、まあいいか……。私もそれにしようかな」


 だがレイナートが真顔で言う。


「やめておいた方がいい、とまでは言わないけどお勧めはしないよ?」


「なんで?」


 自分で食べようとういくせに人には勧めないというのは一体どういう理由だろう。誰もが疑問に思ったところでレイナートが言う。


「イステラ・シティーは全体的に野菜が美味しくない。まあ大消費地を賄うためにかなりが促成栽培で、収穫も早目なんだろう。味がノッてないことが多いんだ」


 さすがは開拓農民の息子。野菜の味には一家言あった。


「そうなんだ……。じゃあ何故兄さんは頼むの?」


 なのでアリエラは余計に不審に思って聞く。


「野菜の美味しい店を探してチャレンジ、といったところかな」


「ふ~ん……。兄さんてなんかヘン」


 半ば呆れ顔でそう言う。


「そうかな……」


「だって、初めから期待できないのがわかってるなら、あえて選ぶ必要はないんじゃない?」


「まあ、それはそうなんだろうけどね。万が一ということもあるし……」


「やっぱり、兄さんてヘン」


 そんなやり取りを周囲の女性らは興味深く眺めていた。お陰でメニューを決めるのに時間がかかってしまった。

 もっとも注文は端末を操作するだけだから、しびれを切らした店員にせっつかれる、ということもない。


 そうして思い思いの料理を注文した後、一瞬奇妙な沈黙が訪れた。

 腹の探り合い、ではないが、女性らは自分たちはオマケだと認識しているから、出しゃばるような真似はしない。

 レイナートとしては結婚式には顔をも出さず、相手の男性に会う前に離婚してしまった妹になんと話しかけていいか話題を探しあぐねていたのだった。


 するとアリエラがレイナートに尋ねた。


「ねえ兄さん、軍の士官学校に入るのって難しい?」


 聞かれたレイナートが目を瞠った。


「軍に興味があるのかい?」


 驚きが隠せないレイナートである。


「ええ、まあ。通信講座で大学卒業資格も取ったし、兄さんも軍人だから……」


 アリエラは事も無げに言ったが、レイナートは渋い顔をした。


「そういう理由だと軍人になるというのは厳しいんじゃないかな。

 第一、僕に聞いても難しいかどうかはわからないよ?」


「あら、どうして?」


 アリエラが怪訝な顔をする。


「何せ予備校出身だからね」


「?」


 アリエラが不得要領の顔をした。


 士官学校予備校は士官学校予科に入るための専門教育機関。そうして士官学校予科は本科に入るためのもの。余程のことで途中で落第しない限り必ず士官学校本科には入学できるのだから、自分の意見は参考にならないとレイナートは言ったのである。


 そこで意見を聞くなら他から、という訳で女性らをぐるりと見回したが……。


「アタシもそうだ」


「私は予科からだけど、まあ一緒だわね」


 エレノアとアリュスラが同意した。


「私はアレルトメイア出身だから」


 エメネリアが肩をすくめる。

 確かに他国の人間には窺い知ることすらできないことである。

 ちなみに、当然ながらエメネリアにはネイリが着いて来ているはずなのだが、姿を見ないどころか気配すら感じさせないでいるのは大したものである。だがその一方で空恐ろしくもあるが。


 それはさておき、となると当然のことながら皆の視線がコスタンティア、クローデラ、モーナに注がれることとなった。


 だが3人は顔を見合わせるばかりで何も言わなかった。


「まあ3人共、連邦宇宙大学を優秀な成績で卒業してるから、少しも難しくなかったでしょうけどね……」


 アリュスラが言う。

 それを聞いて今度はアリエラが目を丸くした。


「連邦宇宙大学を出てるの? スゴイ!」


 一握りの人間が艱難辛苦の末にようやく入れる。それが全イステラの大学の頂点に君臨する連邦宇宙大学である。入学できるだけで自慢ができ、卒業できればさらにいくらでも誇ることができるという大学である。大抵の人間は、連邦宇宙大学出身と聞いただけで見方が変わるのが普通である。


「もしかして、士官学校ってそういう人ばかり? 通信講座で大学卒業資格を取ったのじゃ無理?」


 不安そうな顔つきになったアリエラの問にモーナが答えた。


「いいえ、そうではありませんね。専攻する科にもよるでしょうが、大半は他の大学出身ではないかしら……。

 通信講座の人は少ないかもしれないけど、入学資格がないということはないと思いますよ。

 難易度に関しては何とも……。」


 それを聞いてアリエラがとりあえず安心したように笑顔を見せた。


「そうなんだ……。確かに兄さんは大学そのものを出てないものね……。

 でも、その代わりに予備校なのか……」


「そういうことだね」


 納得するアリエラに相槌をうったレイナートである。


「それで試験ってどういう問題が出るのかしら?」


 アリエラが再び尋ねると、またまたモーナと、コスタンティアとクローデラが顔を見合わせたのだった。

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