第32話 レセプション
『……次のニュースです。
本日、連邦宇宙軍中央総司令部の軍港において、最新鋭戦艦の試験運用部隊から実地運用部隊への移管記念式典が開催されました。
これによって最新鋭次期主力戦艦となるリンデンマルス級の実戦部隊での運用試験が始まります……』
ニュース番組を映すテレビの画面はアナウンサーのアップから中継に切り替わる。
『……こちらは、イステラ連邦の主星トニエスティエの首都郊外にある、連邦宙軍中央総司令部の宇宙港です。
画面の中央、おわかりになりますでしょうか? 非常に直線的な三角形主体の独特な形状。これが軍の最新鋭次期主力戦艦となるリンデンマルス級一番艦です。
先日、試験部隊による試験航行を終え、本日、実戦部隊への引き渡しとなりました』
画面がクローズアップする。
『現在、壇上で挨拶しているのが連邦宇宙軍総司令長官のフェドレーゼ元帥……』
元帥のアップが映し出される。そうしてアナウンサーの声に合せてがカメラが移動する。
『その後方、右側がこの艦の所属する作戦部の部長、シュラーヴィ大将。左側は運用責任者のシュピトゥルス大将です。
一番左端はこの艦の所属するValkiries of Lindenmars艦隊司令のフォージュ中将です』
画面がさらに移動する。
『そうして段の下、女性が並んでいるのが見えますでしょうか?
その前列中央が主席参謀のリディアン大佐、その右側に並ぶ女性士官たちは各部門の参謀です。
一方反対側、左に並ぶ女性士官は同じ部隊に属する艦の艦長です。参謀、艦長の後ろの女性たちはそれぞれの副官です。
皆さんおわかりでしょうか?
実はこのValkiries of Lindenmars艦隊は司令のフォージュ中将以外は全員女性で構成されているのです。
最新鋭次期主力戦艦の実力もですが、この連邦宇宙軍始まって以来の大胆な試みに今注目が集まっています。
以上、中央総司令部宇宙港からお伝えしました』
画面がスタジオに切り替わる。
『女性だけの新艦隊、ぜひとも頑張って欲しいですね。
続いてのニュースです……』
記念式典の報道はそれにて終了した。
軍の装備は、それこそ靴下の1枚までも国家予算、すなわち国民の血税によって賄われている。まして開発から建造まで莫大な予算を投じている新型戦艦である。そのお披露目はきちんとするべきであるのは当然だろう。
特にアレルトメイアと開戦した今日、国民の軍と戦争への関心はかつての対ディステニア戦争時と同様に高まっている。
したがって式典に列席しているレイナートの表情も、普段の穏やかなものとは一変して固いものである。
国防に関する国民の意識は多種多様である。
外敵から国土と国民を守るために十分なものを用意しろ、という意見がある反面、「非武装中立」という、空論と言うと極端にすぎるが、声高に現実味のない主張をする連邦最高評議会議員までいるのである。
その全ての理解を得られないにしても、軍は自分たちのしていることを国民に正しく知らしめ、理解してもらわなければならない。
まして戦時ともなれば軍事予算は拡大され国民の生活に様々な影響を及ぼすようになる。それなのに軍が秘密主義であっては、国民の理解を得るどころの話ではなくなってしまう。
そういう意味からも、最新鋭艦の部隊配属が全国ニュースになってもおかしくはないし、逆にこの程度の長さの報道しかされないというのは如何なものなのか。
それはともかくただひとつ難があるとすれば、それは画面に映ったレイナートの左胸が至極寂しくて見栄えがしないものだった、ということである。
最新鋭のリンデンマルス級戦艦の引き渡しが告げられた際に、レイナート以下VOL隊は第一種正装で記念式典に臨むよう命令された。これも当然のことではある。
第一種正装は飾緒と勲章を付ける。勲章に関して言えばセーリアは6つ、コスタンティアやクローデラが5つも授与されており、これ以外にも士官学校卒業者の徽章が下がっている。アニエッタの場合は4つの勲章、士官学校の徽章以外にも航空パイロットとしての徽章も下げているのでやはり見栄えはいい。
だがレイナートの左胸に下がる勲章は3つに徽章が1つだけ。将官としては甚だ寂しいものである。
なので式典の前に正装姿で本部に集合する前から、すなわち通達があった時点で女性たちはかなり気まずくなった。
本部棟将官用食堂の個室利用の時と違って今度は準第一種で済ます訳にはいかないのである。
「まあ、今更気にしてもしょうがないんだから……」
レイナート本人はあまり気にもしておらず、逆にレイナートの方が気を使う始末である。
したがって式典の前、総司令長官のフェドレーゼ元帥、シュラーヴィ大将、シュピトゥルス大将と顔を会わせた際には怪訝な顔をされてしまった。
そうして3人して思い出したように苦笑いをする。
「そうだったな……」
「いや、済まない……」
「今更ですから……」
レイナートはここでもそう言うに留まった。
ところでこの記念式典にはVOL全隊員はもちろんだが数多くの来賓や関係者も列席した。
まずは政府を代表してイステラ連邦最高評議会国防委員長 ― これは軍務大臣を兼ねる ― に軍務政務次官。
先に述べた軍総司令長官に作戦部長、戦術部長さらに最高幕僚部長も苦虫を噛み潰した顔で席に加わっている。
それからこの戦艦の設計・開発を担当した兵器研究所所長と部長・局長級。
そうしてこの戦艦に採用された様々な機器・装置の開発・製造を担当した各兵器メーカーの重役たち。
顔ぶれを見ただけで政府も軍もこの艦に並々ならぬ力を注いでいることが窺える。
そうして記念式典後はレセプションが催され、これらの要人とともにレイナート以下VOL隊の全参謀と艦長も出席したのである。
場所は軍港のターミナルビルの最上階のレセプションルーム。
本来であれば殺伐としたものになりがちな軍のレセプションも、VOL隊の若い ― と言っても大半は30代だが ― 女性士官が多数いることで想像以上に華やかなものとなった。
とは言うものの士官学校を優秀な成績で終了、任官後も順当に昇進してきた女性たちだが、こういった席には慣れていないせいか全員が緊張気味だった。なので軍・民、様々な人々との会話ではとにかく失言に気をつけ、かと言って固くなりすぎないように努めるのに精一杯だった。
否、大学生時代に一族に強制的にこのような場に引っ張り出されていたコスタンティアは至極落ち着いていた。
兵器メーカーの重役らとは旧知ということもあって、飲み物を手に平然と談笑している。
「いやあ、しかし、君は相変わらず美しいね。
おっと失礼。君、などと馴れ馴れしく呼んではいかんな。新進気鋭の大佐殿に向かって……」
コスタンティアの実家の一族が経営するアトニエッリ・インダストリー社、そのライバル企業の会長の言葉にも微笑を返す。
「相変わらずお上手ですわね、会長。
どう呼んでいただいても構いませんけど、おだてても何も出ませんわよ?」
会長が苦笑する。
「いやいや、軍きっての切れ者と言われているそうじゃないか? ご両親もさぞ鼻が高いことだろう」
「さあ、どうでしょう」
コスタンティアはとぼける。
歩く広告塔よろしく、マネキンまがいの真似をさせられたことが嫌で実家を飛び出し、以来実家とは完全に没交渉である。
この日もアトニエッリ・インダストリー社のCEOである父親が来ているのだが、完全に無視を決め込んでいた。
「にしても、あれから何年になるかな……。当時君はまだ大学生だったが……」
「あら? 女性の年齢を勘ぐるのですか?」
「おっと、これまた失礼だったね」
「いいえ、構いませんわ」
他愛のない会話に辟易しつつも、笑顔だけは忘れないコスタンティアだった。
だがその彼女も、さすがに父親に面と向かうと表情がこわばった。
コスタンティアの周りから人がいなくなったのを見計らったように父親が近づいてきたのである。
「久しぶりだね、元気にしているかい?」
コスタンティアの父親は整った顔立ちに微かな笑みを浮かべてそう話しかけてきた。
「ええ、お父様」
笑みを浮かべつつ落ち着いてそう答えたコスタンティアだが、明らかに背後には冷たさが漂っていた。
「忙しいのだろうが、たまには連絡してくれないか? お母さんも寂しがっている」
「そうですね、わかりました。以後、気をつけます」
最早、慇懃無礼といった感がある。
父親はそれに悲しげな表情を見せつつ言った。
「お前には済まないことをしたと思う。あんな風に、ただ笑って愛想を振り撒け、などということをさせていたのだから」
だがコスタンティアは微かに首を振る。これも浮世の義理、とばかりに。
「いいえ。お父様はあの時はまだ数多くいる役員の一人に過ぎませんでしたから、決定に逆らえなかったのだと理解しています」
取り付く島もないとはこのことかと思うほどコスタンティアの言葉は事務的な冷たい響きに満ちていて、言われた父親は当惑顔だった。
「コスタンティア……」
イステラ連邦を代表する巨大コングロマリット、アトニエッリ・インダストリー社は同族経営である。すなわち創業者の血縁者によって脈々と経営が受け継がれ、「外様」の人間が経営の主導権を握ったことはない。
コスタンティアの父親も生粋のアトニエッリ家の一員であり、母親も元を辿れば創業者に至るという女性である。そういう意味ではコスタンティアは生粋のサラブレットの1人と言えるだろう。
この巨大なファミリー企業は、外部からは非常に結束が強いと見られている。
だが当然の事ながらその血族内においても主導権争いは起きている。時にそれは骨肉相食む、とも言えるほどの激しいものとなることもあった。だがそれが外部に漏れたことはない。今後も漏れることはないだろう。それは長老たちの内部統制が行き届いているからであり、最終的には内部調整でうまく収めるべく全員が尽力しているからである。
そうしてコスタンティアの父親も、数多くある事業部の一つから厳しい競争を勝ち上がって頂点に君臨するに至ったのである。
そうしてその巨大企業のCEOがわざわざ記念式典に出席したのには理由がある。それは単に娘が乗組員の1人ということではない。確かにそれも理由の一つではあるかもしれないがそれが主ではない。父親とはいえそこまで私情には流されない。
このリンデンマルス級戦艦の量産が正式決定の暁、その艦体の基本建造を請け負うのは、連邦内最大規模の造船能力を持つアトニエッリ・インダストリー社であることが内定しているのである。
したがって最新鋭艦が試験運用から実地運用試験に移行したことは、アトニエッリ・インダストリー社としては諸手を挙げて歓迎することだったのであり、CEO自身が列席したのはそれが最大の理由だった。
もっともコスタンティアもそれはわかっているし、自分に会うことが一番でないことに拗ねているのではない。そこまで子供ではない。
ただ一族にはホトホト愛想が尽きていただけで、今さら何を言われても聞く耳を持つ気はない ― 否、それははやり子供じみているのかもしれないが ― という頑なさの故だった。
なので父親との会話を早く打ち切りたかった。だが周囲は自分たちを気遣ってか少し離れているし、この場にいるのは名目上も実質上も父娘としてではなく、軍人と軍需産業の重鎮という立場でである。あまり無碍にすることは許されることではなかった。
困ったコスタンティアがふと視線を泳がせたところでレイナートと目が合った。
これ幸いとばかりにコスタンティアが、父親に見せているのとはまったく別の笑顔を見せた。
となるとレイナートも無視できなかった。ソフトドリンクを持ち2人に近づいたのである。
「司令、紹介します。小官の父です」
二人の前に立ったレイナートにコスタンティアが早速言うと、レイナートは自己紹介する。
「部隊司令を拝命しておりますレイナート・フォージュです。以後お見知りおきを」
国内の多方面に強い影響力を持つアトニエッリ・インダストリー社。そのCEOともなれば軍としては粗略には扱えない。
この点レイナートも事前にシュピトゥルス大将に釘を差されていた。
―― いいか? いつもの調子で言いたいことを言うなよ?
レイナートとしてはそうしているつもりはなかったから、その言われ方にはいささか異議を唱えたかったところだった。だがいずれにせよ、言葉は慎重にしておくに若くはないとは考えていたが。
自己紹介の後、コスタンティアの父親は愛想よく言った。
「それにしても、提督は随分と興味深い経歴の持ち主のようですね?」
コスタンティアも類稀な美人だが、父親もどうして、なかなかお目にかかれないような美男子である。
父親の言葉にレイナートが苦笑する。
「別に、皆さんを面白がらせるつもりはなかったんですが……」
確かにありえない経歴の持ち主ではある。
そういう意味ではその場の誰もの興味をひいたのだが、今回は普段のこういう時にはあまり姿を見ない女性が多いということもあって列席者の興味はそちらに向かっていて、レイナートは1人ぽつんとしていたのである。
「提督は、この部隊において唯一の男性ですが、やりにくさを感じませんか?」
「それは、ははは……」
父親の質問にレイナートは笑って誤魔化す。命令である以上それを公然と批判していると取られるような発言は控えなくてはならないから何も言えない。
「にしても、どうして提督なのでしょうね?」
コスタンティアの父親は答えにくい質問ばかりぶつけてきた。
「さあ、上層部の決定ですから、小官には理由はわかりません」
などと応える。
だがそれはそれで軍人としては如何な返答なのか。こういう時は逆に自分の長所を挙げてアピールするのが「普通の」将官である。
レイナートにはそのつもりはないのだが、のらりくらりと答えているかのように聞こえたのだろう。父親がさらに意地悪く切り込んできた。
「この部隊が成功すれば、イステラ軍における女性兵士の立場は大きく変わるでしょうね」
「そうでしょうか? 小官はそこまでとは考えておりませんが?」
だがレイナートが意外そうに聞き返したので、逆に父親の方が驚いた。
「それは一体どうしてですか、提督?」
そこでレイナートは己の考えを披瀝する。
「現在でも女性兵士の前線配置は行われていますから、実働部隊に多くの女性兵士が所属しています。それも直接戦闘部門にもです。それが我が隊の場合、徴兵された新兵の女性にも拡大できるかどうかの試験を行うというものです。
それに女性士官の前線指揮官への登用はすでに始まりましたから、我が隊の成功云々は関係ないと考えておりますので」
「ですがそれを導いたのも提督の部隊だと聞き及んでいますが?」
「それはどうでしょう。元々そういう機運になってきたところにきっかけとなった、とは言えるかもしれませんが」
「ご謙遜ですね」
父親は興味深そうに言う。
確かにレイナートの一連の行動が現在のイステラ軍を変えていると言っても過言ではないだろう。そういう意味からすれば確かに行き過ぎた謙遜かもしれない。
「それと、たとえ徴兵された女性兵士の前線戦闘部門への配置が不可という結果になったとしても、それが部隊の失敗ということにはならないと理解しています」
レイナートはそう付け足した。
シュピトゥルス大将から告げられたのは「今後増えると予測される女性徴募兵の実戦配備。その有用性検証を実艦隊で行う」というものだった。
もしもそこで現状のイステラ軍のシステムでは女性徴募兵の前線配備は不可、という結果が出れば、女性徴募兵の前線配備を諦めるか、もしくはシステムを変更するかしかないだろう。いずれにせよそれは軍の将来に大きく関わってくることではあるから、レイナートの言い方は正鵠を得ていないと言われても仕方がないものではありそうだった。
ところでレイナートは自身の考える部隊の「成功」は、上層部のそれとは必ずしも同じではないと考えていた。
レイナートはとにかく部隊員全員が無事に新鋭艦の運用試験航行から還ること。これを最優先に考えており、それが部隊の成功だと認識していた。
だが上層部の考える「成功」とは、徴兵された女性新兵を前線配備して実働部隊として機能させ得ることである。
この2つは表面上は同じように見えるが、レイナートは別物だと考えていた。
今後確実に起きる徴兵適正年齢の男女数の偏り。軍としては否が応でも女性を徴兵し前線配備しなければならないと考えている。
だが性別に関わらず新兵をいきなり実戦部隊、宇宙艦隊に配置するというのは過去に例がない。宇宙勤務はそれほど生易しいものではないが故にである。
だが女性新兵を実働部隊に配することができないのでは軍の将来がない。だからこそのVOL隊での検証なのである。
最新鋭艦の実地運用検証。その試験項目の全てをこなして全員が無傷で生還する。これが理想である。
だがもしも乗組員の練度の問題で検証試験の実施が難しいとなったら?
レイナートは試験を延期もしくは中止すべきだろうと考えていた。それによってVOL隊を快く思っていないグループを勢いづかせるかもしれない。それによってVOL隊は解散の憂き目に合うかもしれない。
だが死者を出すよりはマシだろうと考えていた。
上層部の考えとに齟齬があろうがなかろうが、とにかく艦隊司令としての己の任務はまず第一に部隊員の安全確保。そう考えていたのである。
そうして徴兵された女性新兵の前線配備が所期の目的を達せないという結果になったとしても、それが女性の立場向上を必ずしも阻害するものでもないと考えている。
それは「女性」だから失敗なのではなく「新兵」だから失敗した。この方が遥かに多いと予測していたのであり、そうであるならばこれは正しく主張するつもりであったのである。
まあ、内心「戦争などという野蛮行為は男にやらせておけばいい」と、物議を醸すこと請け合いの考えが根底にはあるのだが。
コスタンティアは父親とレイナートの会話を興味深く聞いていた。
父親に関しては愛想を尽かしていたが、レイナートについて言えば興味津々なのは言うまでもない。まして自分の指揮官として部隊司令が部隊に関してどのような見解を持っているか。興味がない方がおかしいだろう。
だが目新しいものが出てこないのでいささかそこには不満があった。ただし、レイナートの立場上、あまり思い切ったことは言えないということも理解はしていた。
そこで父親が話題を変えた。
「ところで提督はどうして志願されたのでしょう?」
レイナートの胸には数少ない勲章とともに、士官学校卒業者であることを示す一般星十字章も提がっている。すなわち自ら軍に志願したということがひと目で分かる。第一、将官しかも中将である。ディステニアとの戦争中ならば一兵卒からの叩き上げで将官になった人物もいるが、この時には全て退役していたから、この当時の将官で士官学校を経ていない、すなわち志願でない者は皆無だった。父親の発言にはそういう背景がある。
「軍を志願した理由ですか?」
レイナートが聞き返す。
「そうです」
父親が頷く。
だが実は大した答えを期待してはいなかった。 職業軍人の大半は志願の理由をイステラ軍憲章になぞらえる。すなわち「国家と国民の生命、生活、財産を守るため」と。
したがってある意味、コスタンティアほどではないにしろそっけないレイナートとの会話の糸口に、振った話題に過ぎなかった。
だがレイナートの答えは違った。
「私の場合、他に無料で学べるところがありませんでしたので」
レイナートは衒うでなく、卑下するでもなく淡々とそう述べた。だがそれは父親をかなり驚かせた。
「それは……」
あまりの意外さに二の句が継げないとはこのことか。押し黙ってしまった。
「両親が開拓移民ですので、進学はほとんど諦めていたんです。それでもハイ・スクールにいかせてもらえたのはラッキーでした。そうでなかったら今ここにこうしてはいなかったでしょう」
開拓移民の生活ははっきり言って貧しい。
植民星の政庁から借金して必要な道具や機械を揃え農業に従事する。
鉱業の場合、鉱山で鉱夫として採掘作業に従事する。現代の鉱業は大昔に比べれば遥かに自動化が進み安全とされるし大抵の物は貸与されるが、健康被害の発生や不慮の事故での失命も多い。いくら通常よりは高めの給与を与えられているとはいえ、まかり間違えば慣れない異郷の地に家族を残してこの世を去るということが現実に起きている。
一方、農業の場合も自然環境や気候を相手にするが、鉱業と違って安全かと言えば必ずしもそうとはいえない。機械は大型化し、不慣れから来る操作ミスによる大怪我も少なからず発生する。
しかも毎年同じ作りをしていても、作不作の差が激しいことがある。
確かに土壌の成分分析、灌漑、土地に合わせて改良された品種の導入、さらにその他多くの農業技術を駆使して作物の生産を行う。
だが人智がどれほど進んでも大自然には敵わない、ということが現実にある。
そうして何年も不作が続けば借金だけが増えていく。
そういう状況下にあってミドル・スクール終了と同時に家業の手伝いをさせられる子供は多い。その意味からすればレイナートはかなり恵まれていたのは確かである。
「そういう訳で軍人になりたかった、ということではなかったんです。
ですが、もちろん現在は己の職責、使命は十分弁えているつもりですし、国家に忠誠を誓い全力で任務に臨む所存です」
静かにそう語ったレイナート。そこには気負いも衒いもなく、かと言って自信に満ち溢れるのでもない。
ただ淡々と、どこか他人事のように述べたのだった。




