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第30話 必需品

 連日、VOL隊に続々と兵士が集まってきた。

 おかげで普段はあまり混むことのない人事部の窓口も長蛇の列ができる始末である。

 そこで異動手続きを行い、総務部で部隊章を受け取り、VOL隊のオフィスで着任報告、というのが異動して来た者たちの中央総司令部初日での一連の流れである。


 そうして第一方面司令部重装機動歩兵教導隊の訓練兵たちが設置した野営テントも直ぐに一杯になってしまった。このままでは追加の設置が必要と思われたところで、第一方面司令部からの後期改良型アレンデル級戦艦が、結局、当初予定の10日遅れでVOL隊に配備となった。総乗組員数900人余を収容するアレンデル級戦艦を当座のホテル代わりにできることになり、レイナートを始め主要スタッフは安堵に胸を撫で下ろした。

 後は、他の艦も予定通りに到着しててくれれば、心配することは何もない。


 後期改良型アレンデル級戦艦と前期型の最大の違いは主砲の荷電粒子砲である。前期型は艦首に巨大な粒子加速器を持つ固定砲だったがこれが撤去され、代わりに後期型は回転砲塔式が装備されたのである。

 回転砲塔式荷電粒子砲は旧リンデンマルス号によって運用試験が行われ、それが主要戦闘艦に搭載されるに至ったのである。ただしアレンデル級の場合、外装パネルのエネルギー変換効率の関係からそれは4基8門に留まる。

 しかしながら自由度の高い回転砲塔、しかも門数が増えたことにより後期型は前期型に比べ格段に戦闘能力が上がっているのだった。

 だがさすがに基本設計の古さは如何とも為し難く、それで最新鋭のリンデンマルス級戦艦の開発が急がれたのである。もしも旧リンデンマルス号がもっと「使える」艦であったなら量産化され、世代交代が進んでいたに違いない。

 だが実際にはそうとはなっておらず、ようやく現在は量産に向けた1番艦が試験航行中であり、VOL隊に配備されるのはおよそ5ヶ月後の予定である。


 だがレイナートはその前倒しをシュピトゥルス大将に願い出ていた。


「配備が5ヶ月後では、千人以上になる旗艦乗組員たちは3ヶ月もの間、野営テント暮らしになります」


「それは問題だな」


 シュピトゥルス大将も顔をしかめた。


「わかった。初期試験を急がせよう。

 元々試験航行は日程に十分な余裕を持たせてある。今のところ大きな問題も発生していないようだし、いくらか早めることは問題ないだろう」


「ありがとうございます。

 ところで……」


「空戦兵と陸戦兵のことだろう? こちらも人事をせっついているからもう少し待て」


「はい。ですが……、その件ではなくて……」


 レイナートは言いにくそうに口ごもった。


「なんだ? ハッキリせん奴だな。また何かトンデモナイことを言い出すつもりか?」


 シュピトゥルス大将が警戒を強めた。


「トンデモナイこと、でもないこともないような……」


「何だ、何をゴニョゴニョ言ってる? いいから言ってみろ。もう多少のことでは驚かん」


 シュピトゥルス大将はそう言ってレイナートを促す。確かにレイナートからはこれでもかというくらい色々と注文されているので、多少のことでは動じない肚ができているつもりだった。


「はい、実は、シェルリーナ軍医大佐から提言がありまして……」


「軍医から? 一体何についてだ?」


「はあ、それが……、部隊員全員に男性用ゴム製避妊具を配布すべきではないか、と……」


「はあ!? 男性用避妊具だと!?

 貴様、まさか、本当にハーレムを目指してるのか!」


「ち、違いますよ!」


 怒るシュピトゥルス大将、焦るレイナート。

 だがレイナートが口に出したモノがモノだけに気まずい雰囲気となった。


「どういうことか説明してもらおうか」


 シュピトゥルス大将の表情は厳しいままだった。


 イステラ軍の軍規により、妊娠している女性を宇宙勤務に従事させない。したがって、もしも出航後妊娠が判明した場合、直ちにその女性を地上に降ろす手はずが整えられる。これは艦艇だけでなく宇宙基地においても同様である。

 と言うのは、まさか艦艇や基地内で出産・育児などさせられるはずもないからだが、それ以上にワープや宇宙線が妊婦及び胎児に与える影響が深刻だからで、それは流産、死産、早産の危険性が高まり、また胎児の奇形または先天的障害を有する可能性も地上に比べて格段に高くなるのである。

 したがって人道上の理由から、妊婦をそのまま宇宙勤務に置くことは好ましくないと考えられており、またそれ故に妊婦を乗せた宇宙艦艇は作戦行動を著しく阻害されることになる。

 すなわちその女性が乗り込んでいる艦はワープを実施できなくなり、妊婦を引き取るために派遣される病院船を待たなければならなくなるのである。


 妊婦を乗せていない病院船はワープできるからこれは意外に早く到着する。だが元の艦艇は病院船が到着するまでの間、わずか数日と言えど、予定された作戦行動が実施できなくなるのだから重大な問題である。

 そうして妊婦を引き取った病院船が今度はワープができなくなるので、通常航行で最寄りの宇宙港のある惑星を目指す。だが通常航行ではわずか数光年でも移動するには数十年もかかってしまうのである。


 したがって病院船の乗組員と軍医、看護士は定期的に入れ替えられる。同じ人間に何年も任務を継続させらないからである。

 一方の妊婦は出産予定日までに惑星に降りられなければ病院船内で出産することになる。したがって病院船には産婦人科が専門の軍医と、やはり出産に慣れた看護士が送り込まれるのである。

 また出産後も直ぐにはワープはできない。嬰児に与える影響が小さくないからで、少なくとも1年以上は待たなければならない。その間に通常航行でも惑星に到着すればいいが、そうでない場合は、軍医が乳児の健康診断を行い、問題なしと判断されれば病院船はようやくワープを行って目的地に急行するのである。

 こういうことがあるので部下に女性を持ちたがらない男性が軍には多い、というのは紛れもない事実である。


 そうして子供を連れた女性兵士が惑星に到着すると、憲兵隊と法務武官に出迎えられるのである。

 そうして提示される自分の出産にどれ程の軍費が費やされたかの概算書。そこには民間の病院とは比べ物にならない多額の数字が載っている。


「貴様1人……、いやそれと子供のために、病院船1隻と多数の乗組員、軍医、看護士を1年半以上も投入したのだ。

 さらに貴様が元々所属していた艦の任務遂行の妨げにも何がしかの費用が発生しているのだ。全額とは言わんが一部は負担してもらうことになるぞ」


 現役時代に支給される給与全額と退役後の軍人恩給、さらに死ぬまで貰える老齢年金を併せてようやく払いきれるような金額である。一部とは言ってもどれほどの額になるか。青くなって怯えるしかできなくなる。


 軍への女性登用は、女性の入隊を渋る軍をフェミニストらが差別問題視して実現させたという経緯がある。

 そうして妊婦に対する便宜も人道上から図ることをフェミニストは要求してきた。それに対する措置がこの方法だったのである。


 だが軍は慈善団体ではない。


 当然ながら連邦国民の血税によって成り立っているのである。したがって無制限に「女性の権利」を擁護するものではない。

 己の立場を忘れ、することをすればどうなるのか。それがわからないほどの子供ではあるまい? まさか責任逃れをする気はないだろうな? 軍はそのように女性に問う。


 フェミニストらもこれには反論ができない。否、当初はしようとはした。費用は全額軍が負担すべしと主張したのである。だが軍としてはそのような都合の良い要求を受け入れることはできない。決着は裁判所に持ち込まれたのである。

 フェミニスト団体の支援を受けたある女性兵士は最高裁まで争ったが、裁判所は当該女性は本来するべき対策を怠ったとして主張を退け、費用の一部負担を命じたのである。

 この判例により、軍は、妊娠の可能性のあることを事前申告することなく宇宙任務に就き、後に妊娠が判明した女性兵士に対しては、出産に至るまでは至れり尽くせりで対応するが、後に高額の費用請求をするようになったのである。


 だが、もちろん妊娠は女性だけでできるものではないから当然相手の男性も責任を追求される。

 相手のことを慮ってか、それとも別の理由からか、たとえ女性が口を閉ざしたとしても、相手男性は最終的には必ずと言っていいほど突き止められてしまうのである。


 相手も軍人なら話は早い。

 イステラ軍人は全員入隊の際にDNA検査を実施される。先天的な染色体異常の有無の確認、さらには入隊後起こりうる健康上の問題の可能性を探り、勤務への影響を測るためである。

 したがって相手も軍人である場合100%特定されるのである。

 もしも相手の男性が軍人以外であったなら、軍は公安部の調査員を駆使してその人物を特定するが、これにはフェミニストも諸手を挙げて賛成した。

 それはフェミニストからすれば、しらばっくれて逃げる男を追い詰めることになるからであり、当該女性の意志などお構いなしに進めろとまで言うのである。

 それは女性側が望まないとしても慰謝料や養育費の話し合いの機会が得られるからだとしてであって、とにかく男をやり込めて溜飲を下げたいだけのフェミニストらは、この部分に関してだけは軍を評価するのである。

 またこのために国家予算である軍費が費やされるのであるから、その費用までも請求されることになるが、その相手男性にも費用の請求が行われるのは当然である。


 それでもこの男女が互いに愛し合い将来を誓い合う間柄なら、情状が酌量されるということもあって、費用の減額についても軍は一応は相談に乗ってくれる。

 だが一夜限りの遊びの結果、などということになると軍は一切手心を加えなくなる。


 さらに男性が別に家庭を持っていた場合なら?


 この時は男は夫人共々呼び出され、請求書を見せられた上で支払い承諾書に署名を求められるのである。何せDNA鑑定書つきの請求書である。男の方はまず言い逃れができないから万事休すである。

 ただし不貞行為そのものに関しては、それは当事者の問題もしくは裁判所の管轄であるとして軍は余計な口を出さない。ただし出産に掛かった費用は払え、というのが軍の基本スタンスである。

 最終的にはいくら支払うかを法務武官と協議をした上でサインさせられるのである。


 そうして当然寝耳に水の夫人は激昂し離婚協議に入るのがほとんどである。

 結果的に男の方は軍へと夫人へとの二重の賠償を背負わされ、さらに産ませた子供への養育費まで払わせられることになり、離婚に至るのがほとんどである。


 シングル・マザーとなった女性の方は表向きは多少白い目で見られる程度だが居心地は決して良くはない。組織に多大な損失を与えた迷惑な女。そう見られているからである。

 と言って除隊しようとすれば給与から天引きされる出産関連費用の一括返済を求められるので辞めるに辞められない。

 結局、軍による飼い殺し状態に近い人生を送ることになるのである。


 軍としては余計な人員と予算を無駄に費やしたくはないので、しつこいくらいにこの問題に関しては入隊時と宇宙勤務になる時に必ず説明するのである。

 したがって古参の兵士であれば男女問わずこの事は知っているもので、それ故宇宙勤務の兵士は性行為に関しては至極慎重になる。己の人生設計の根幹が変わりかねないからである。

 それでも年に1人2人はそういう事件を引き起こす女性がいるのである。


 軍は組織として兵士の恋愛や結婚、またそれに伴う性行為を禁止はしない。と言うよりも、それは基本的人権に含まれることであり禁止などできるものではない。

 だがもちろん宇宙勤務者の性行為を推奨することもない。

 最も確実な避妊方法は性行為をしないこと、というのが軍の基本スタンスであり、その故を以てPXでは避妊具が支給されないのであり、また避妊薬の支給を医務室で受けるということもできないのである。

 まあ、休暇などで地上に降りた際に手に入らない訳ではないが、万が一を考えればそもそもしないに越したことはない。誰もがそう考えるに至る。

 それ故、子供の欲しい女性は宇宙勤務自体を諦めるしかないというのが実情である。


 そうして部隊員全員が女性であるVOL隊には、さらに千名の新兵が配属される。この新兵たちに避妊具を配布すべし、とVOL隊本部に顔を出して早々のシャスターニスは言ったのである。


「だってみんな、18、19の健康な若い娘よ?

 そういうことにだって興味あるだろうし、遊びに行ったら雰囲気に流されて、ていうこともあるでしょう?」


 部隊に所属艦の配備が始まったことで部隊員たちは艦に起居することとなった。全員分の野営テントなど用意できるものではないからである。

 そうして艦内で生活することになれば3交代勤務が実施される。これは宇宙航行中であれば24時間の通常警戒態勢であるから当然のことであるが、地上港に停泊中の場合は食堂やシャワーと行った福利厚生施設に利用者が集中するのを避けるためである。


 そうして勤務時間外は自由行動が許される。申請を出せば艦外に出ることも可能である。軍としても、新兵ではあってもそこまで縛り付けることはできないのである。

 宇宙港はターミナル・ビルに宿泊施設があるだけで娯楽施設はないに等しいが、中央総司令部のある基地内には様々な娯楽施設がある。

 これは第一、第二の2つの厚生棟に劇場、映画館、コンサート・ホール、ダンス・ホール、バー、それ以外にもレジャー施設が設けられており、基地の敷地内に居住する者の便宜を図るということもあって24時間利用可能である。

 基地外に居を構える者以外は基地の外へ出るとなると色々と手続きが面倒だが、宇宙港と基地との行き来だけならうるさいことは言われない。したがって厚生棟の利用は意外なほど多いし、VOL隊の隊員たちも出航までの間、そうする可能性は非常に高いと予測された。


「そういうところで素敵な男性といい雰囲気になって、つい、ってことがないとは言えないでしょう?

 避妊薬はホルモン剤だから、全員という訳ではないけど、常時服用すると身体には好ましくない影響を及ぼすことがあるのよ。

 だったら男性用の避妊具の方がまだマシよね」


 だが「マシ」と言われても……、とレイナートは困惑するが、シャスターニスは構うことなく持論を展開する。


「軽い気持ちでシちゃったら後で取り返しがつかないことになってた、なんてことにならないようにしてあげないといけないんじゃない?」


 確かにシャスターニスの言うこともわからないではないレイナートだが、それでもやはり直ぐには首肯しかねた。


「まあ、いくらなんでも出会ったその日に、なんていうのはそう多くはないでしょうけど。

 でも、会う機会が増えれば気持ちを通わせるようになる可能性は高くなるし、そういうことだってしたくなるってもんでしょう? 特に男性経験ありだとね」


 シャスターニスの話の内容がどんどん生臭さを増していき、それに連れて臨席してレイナートとシャスターニスの会話を聞いている参謀とその副官たちの顔が赤くなっていく。


「ある統計によれば、10代未婚女性の性行為経験率は54%に達するとも言うし……。

 つまり半数は経験済みの可能性があり、彼女たちは軍の宇宙勤務における妊娠問題の深刻さについて本当にわかってるかどうか怪しい。

 軍も表立って『セックスするな』って言えないから、抵抗なくシちゃうかもしれないわよ?」


 露骨な言葉が出て、さらにドキッとして顔を赤らめている。


「もちろん医監部としては、出航までの間はしつこいくらい妊娠検査を実施して、意識付けはする予定だけど……。

 でもやはり万一に備えて避妊具の配布はするべきだと思うわ。それもできるだけ早い内に……」


 淡々とシャスターニスは言うが、聞いている方は最早羞恥で真っ赤な顔になっていた。

 もうそれなりに皆いい年令だが、ハイ・スクール時代、大学時代と勉学に明け暮れ、士官学校もそうだった。男性と付き合ったことすらない、というのが大半である。まして男性との性交渉の経験などあるはずがない。


「妊娠検査の正確性は性行為からの時間が経ってるほど上がるのよ。ということは出航直前だと手遅れになってる可能性もあるってことよ」


 確かに準備が全て整い、いざ出航という段になったところで乗組員の妊娠が判明したら、急な人員配置の変更が必要になるなど大問題となる可能性は否定できない。

 それを考えればシャスターニスの意見は傾聴すべき事柄である。


「だから軍における妊娠問題に対する取り扱いを意識させるという理由からも、実際に行為に及ぶようになってしまった場合に『避妊具なしだけどいいか』何て思わせないようにするためにも配布すべき、というのが軍医としての私の意見ね」


「ですが……」


 レイナートが口ごもる。

 基地のPXでは支給されないものを配布しようということになれば、自前で揃えるか総務部辺りに協力を要請するしかない。だが軍は敢えて避妊具の配布を行っていないのであるから協力が仰げるとは思えなかった。


 誰もが無言でアレコレと頭の中で考えていた。

 中には色々とあらぬ妄想をしてさらに顔を赤くしている者もいた。コスタンティアとか、クローデラとか、エメネリアとか、アニエッタとか、エレノアとか、アリュスラとか……。

 要するに主席参謀のセーリア以外の参謀全員だった。


 その妄想を止めさせ、彼女らを我に返らせたのはそのセーリアである。


「でも、新兵だけでいいのかしら?

 転属してきた兵士の中には軍役に就いて3年未満の若い娘も多いわ。彼女たちの意識が古参兵と同様と言えるのかしら?」


 それはもっともな疑問だった。さすがに顔色が少し戻り、真面目に考え始める女性たち。

 そうしてアニエッタが確認する。


「それじゃあ大佐は、年齢とか何らかの理由で区切るか、じゃなかったら全部隊員に配った方がいいって言うんですか?」


「いえ、でも、さすがに全員というのもね……」


 セーリアもそこで口ごもったのである。


 セーリアも含めその場の全員がそういうものがあるのは知っていた。だが現物を目にしたことも手にしたこともなかったので、自分がそれを手渡されるのを想像してさらに気恥ずかしくなっってしまったのだった。

 VOL隊本部2階は、再び顔を赤くしていない女性がいないという状態となってしまっていた。


「そうですね。さすがに8千2百人全員にとなったら、1人1つずつとしても680ダース以上必要になりますよ?」


 モーナが極めて平静を装いながら言う。だが、こちらも実はポーカー・フェイスを気取りながらも内心はやはりドキドキしていたのである。


「680ダース以上って、一体どのくらいの量になるのよ?」


 アニエッタはそう言って皆の顔を見回すが、具体的に現物を知ってる訳ではないから誰も答えられない。

 そこで視線がレイナートに集中した。


「司令はご存知ですか?」


 モーナにそう聞かれてレイナートも言いにくそうに答える。


「まあ、その、1つ1つは大した大きさじゃないから……、1ダースとは言っても小さな箱だろうし……。

 でもさすがにそれだけになるとかさばるだろう……」


「へえ……、ご存知なんですね」


 ジト目で見ながら聞いてくる。


「いや、その……昔、新任の時、RX-175基地の先任が冗談半分にくれたことがあって……」


「使ったんですか?」


「えっ?」


「使ったことがあるんですか!?」


 だんだん詰問口調になってくるし、女性たちもジト目になる。


「まさか! 誰を相手に何時どこで使うって言うんだ! ちゃんと今でも使わずに持ってるよ!」


 心外だと言わんばかりにレイナートが声を荒げる。だが言った内容はもちろん男としては台無しだろう。


 そこでシャスターニスが、本気なのか冗談なのか、悪魔の笑みをその顔に浮かべた。


「あら、それじゃあ、使ったことがないのね? あるんだったら後学のために、使用方法の実演をお願いしたかったんですけど?」


「軍医大佐!!」


 普段穏やかなレイナートがこの時ばかりは顔を赤くして怒ったのだった。


 それを聞いていた女性たちから一様に安堵の溜息が漏れた。

 だがそこでモーナが追い撃ちをかけた。


「じゃあ、もしかして司令は『魔法使い』ですか?」


 軍はその主任務の場が宇宙になったことで兵士の初婚年齢は上がっていた。また、特に士官学校を経て入隊した者の異性との性行為未経験率も高い。

 だが全員が結婚するまで未経験とは限らないし、入隊前に経験済みの者だっている。では、さてレイナートはどうなのだろう? 意中の男性の過去の女性遍歴は気になるものだが、かと言って、全く未経験というのもどこか心に引っかかるものがある。

 ということでモーナは、おそらく聞きにくいだろうからと皆を代表して聞いているつもりなのだったが、実は自身も興味津々だった。


「はあ、何のことだろうか? 魔法使いって?」


「いえ、だから童貞……」


 そこで一斉に咳払いが起こった。

 それはそれで聞きたいような聞きたくないような。

 意中の男性が華麗な女性遍歴を持っていたらやはり面白くない。かと言ってまったくの未経験だと上手くリードしてもらえるかどうかわからない。大切な「初めて」は美しい思い出にしたいし、失敗して気まずくなりたくはない。

 この点女心は矛盾に満ちている。

 だから皆、咳払いをして誤魔化そうとしたのである。

 レイナートはハイ・スクール終了後からずっと軍の寮生活一辺倒だった。それでも女性経験があったとすれば、余程上手く立ち回っていたのだろうと想像はできるが、レイナートの為人からそれはないのではとも思える。

 レイナートが何と言うか気になって女性たちが耳をそばだてた。


「私の過去の女性経験は今は関係のない話だと思うが」


 だがレイナートは憮然とそう言うに留まった。


「ええ。でも興味はあるわね、個人的に」


 だがシャスターニスは平然とそう言い、何人も頷かせるのだから質が悪い。


―― 勘弁してくれ!


 いいようにあしらわれ、逃げ出したくなるのを必死に抑えるレイナートである。


「あっ、それと、避妊具は確かに1度に1つ渡せばいいけど、全員が1度きりで済むとは限らないわよ? だから余裕を持って手配する必要があるんじゃない? とりあえず千ダースとか?」


 シャスターニスは、さも当然と言ったのだった。


 全員が顔を赤くしつつもその会議は続き、結局、乗組員たちが自由行動の際、艦を降りる時には必ず1人に1つずつ男性用ゴム製避妊具を手渡す、ということで結論が出た。

 もっとも妊娠問題に関して意識ができている古参兵らを外すこともできたのだが、具体的にどこで線引きするかの判断が難しかったし、平等という観点からすると問題が起きかねない。

 つまるところ、性行為そのものが悪いのではなく、結果として妊娠してしまうと色々と問題が発生するのであるから、避妊対策は万全に! ということになったのである。


 またコスタンティアやクローデラなどからすれば、必要ないからと自分たちを除くと、それはそれで何だか悲しすぎる。


―― それに、あればあったで急の時に焦らなくて済むし……。


とトンデモナイことまで考え始める始末だった。

 軍の思惑に則って何もしない、一歩も踏み出さない、ではそれこそ何も始まらない。

 一応は恋する乙女たちである。ここで諦めるほどまだ潔くはなかったのである。


 だが一方で具体的に、ではどうやって手配するかという話になった。

 そこで当然のごとくにレイナートに白羽の矢が立てられたのである。


「こういうのは、やはり男性が気を使うべきでしょうし……」


「……」


 そう言われたレイナートは肩を落としつつ、渋々とシュピトゥルス大将の元を訪れたのである。


 そうして男性用避妊具の話を持ち出されたシュピトゥルス大将は、当然のことながら、苦虫を噛み潰したような顔である。


「いいか、わかっていると思うが、そういった物品の支給がないのは軍はそれを避けるべしと判断しているからだ」


「ええ、了解しています」


 シュピトゥルス大将の言葉にレイナートが頷く。


「当然、総務どころか、軍病院だってそんなものの在庫を持ってるはずがなかろう? と言うか仕入れるルートだってあるかどうか疑わしい」


「でしょうね……」


「となると自分で手配するしかないだろう。

 言っておくがそれに部隊の予算を使うことは罷りならんぞ?」


「でしょうね……」


「それに部下にもやらせるなよ? 勤務時間中も勤務時間外でも、だ」


 要するにシュピトゥルス大将はレイナート自身で全部やれ、それなら許可すると言っているのだった。

 だがポケット・マネーでそんな大量な避妊具を、しかも基地外の民間のドラッグ・ストアで購入するなど想像しただけで気が滅入る。いや、下手したら1店舗では用が足りず、基地周辺の店を片っ端から回らなければならないかもしれない。否、そんな面倒なことをせず初めから予約しておくべき量ではないだろうか?

 だがそんなことをしたらたちどころに噂になりかねないし、白い目で見られるだろう。


「女性だけで構成された部隊の男性司令が大量の避妊具を買い漁っている。どんだけヤル気満々なんだ?」


 そんな噂が立ちでもしたら、もう軍にはいられなくなりそうだ。いくらいずれは除隊を考えているレイナートとしても、そんな不名誉な理由で軍を辞めるのはまっぴらだった。


 VOL隊本部に戻りシュピトゥルス大将の言葉を告げると、全員が「さもありなん」と他人事のように頷いている。


「困ったわね……。仕方ないわ、ワタシが一緒に行くわ」


 とシャスターニスが言う。


「えっ?」


 驚きの声が一斉に上がる。


「だって、言い出しっぺはワタシだもの。艦長1人に恥をかかせる訳にはいかないわ」


 いまだに昔の癖でレイナートのことを艦長と呼ぶシャスターニスである。


「2人で仲良くお買い物に行きましょう」


「だめー!」


 今度は一斉に抗議の声が上がった。

 2人で買い物に行くのも許せないが、買う物が男性用ゴム製避妊具というのはどう考えても許容範囲外である。


「それはいくらシャスターニス先生でも許せません!」


 怖い顔でシャスターニスを睨む。

 だがその視線を平然と受け止めるシャスターニスである。


「あら、どうして? ワタシは軍医として当然の提案をし、対処しようとしてるのよ? あなた方に許してもらう必要があるとは思えないけれど?」


 聞き様によっては喧嘩を売っているとも取られかねないシャスターニスの言葉だった。


「でもシュピトゥルス大将閣下は……」


「確かに閣下は『ダメ』と言ったようだけど、これはワタシの職責の範囲内のことよ?」


 旧リンデンマルス号は最終的に3千名の乗組員の内半数が女性となった。

 だが今度のVOL隊は総計8千名以上になるのである。VOL隊も軍医はやはり3名が配属となるが、軍医が一人当たり担当する兵士の数は5倍以上になる。ただでさえ女性の場合、男性と違って通常の健康管理に婦人科の項目が入って来ざるを得ないのである。そこに妊娠問題が加わったら、これはもう手に負えなくなること請け合いである。


「それは……」


 確かにシャスターニスの言うことももっともではあった。


 とにかくVOL隊に課せられた任務は多岐にわたる。病院機能を持つ後方支援艦を部隊に組み込んで共に行動し、その有用性を探るという運用実証試験も重要な任務の一つである。となれば軍医の負担は可能な限り少ない方が良いに越したことはない。


「それとワタシの方からも閣下に交渉してみるわ」


「軍医大佐殿?」


「とにかく男と女なんて、その気になればどこだろうと何時だろうと、それこそ人目も気にしないで始めちゃうんだから」


「始めちゃうって、まさか……?」


「そう。その、まさか。

 そういうのって結構燃えるらしいわよ? ケダモノじみてて。

 見せられる方は堪ったものじゃないけど」


 その場の女性が全員、茹でダコのような赤い顔をした。


「とにかくこればっかりは理性でどうにかなるものでもないのよ。だから打てる手は全て打っておくに越したことはないの。

 そうして必需品は必ず用意しておくに限るわ」


 いつの間にか男性用ゴム製避妊具は部隊の必需品に格上げされていたのである。


 そうしてシュピトゥルス大将のもとに赴いたシャスターニスは滔々と持論を展開したのである。


 さすがにこれにはシュピトゥルス大将も閉口し逃げを打った。先輩のシュラーヴィ大将に丸投げにしたのである。

 そこでも臆せず主張したシャスターニスであり、シュラーヴィ大将も匙を投げた。

 そこでとうとう話はイステラ連邦宇宙軍総司令長官のフェドレーゼ元帥閣下に持ち込まれ、シャスターニスは直談判することになったのである


「総司令長官閣下、今後、軍に女性が増えるということは、今まで以上にこういった問題に対して留意する必要があると思いませんか?」


「確かに貴女の言う通りですな」


 総司令長官はさすがに頭ごなしには否定しなかった。


「VOL隊の性格が、女性を中心とした様々な運用実証ということであれば、当然この問題も避けて通れないはずです」


「如何にもそうですな……」


 総司令長官閣下も段々旗色が悪くなっていった。

 何せシャスターニスは、若くして連邦宇宙大学医学部脳神経外科の第一人者となったほどの鋭才である。その技術も然ることながら頭の良さでも常人を遥かに凌ぐ。そのシャスターニスにこれでもかと論理的に主張をなされたら、それでも反論できる人物などいないだろう。


「わかりました。貴女の言う通りにしましょう」


 結局、総司令長官のお墨付きを得てしまったのだった。

 そうして意気揚々とVOL隊本部に戻ったシャスターニスである。


「ということで、今後、男性用のゴム製避妊具はPXで支給される物品リストに加わりますから、こちらで用意する必要はなくなりました」


 にこやかにそう言ったシャスターニスである。


 ところで、軍が兵士に支給する物品は必ず運用実証試験を経て決定される。すなわち実際に使用してデータを取り、それによって採用・不採用を決定するのである。

 これはメーカー側がどのように効能を主張してもこの手順を踏まないということはない。

 お役所的と言ってしまえばそれまでだが、軍の場合その装備には常に生命の危険、安全ということがついて回るから致し方ないことなのである。

 だがこれを男性用ゴム製避妊具にまで適用したのはどうにも行き過ぎ、これに関わろうとする者の下心が明らかであった。


 ということで、男性用ゴム製避妊具も運用実証試験が実施されることとなったのであるが、まずはどこがそれを担当するかで揉めた。

「PXで配布するならウチの出番でしょう」と総務部が主張し、「イヤイヤ、重要な『装備』ですから装備部の管轄です」と譲らない。

 はたまた「こういった問題は必ず後に人事異動が関わるから、ウチがやりましょう」と人事部が名乗りを上げ、しまいには「新装備の開発と試験はウチの十八番です」と兵器研究所が言い出す始末である。

 それで収拾がつかなくなり、結局皆でやることとなった。


「データの数はできるだけ多い方が選定に有利でしょう。ならば一致協力しましょう」


 いつの間にか軍内部の一大プロジェクトになっていたのであるが、これはもちろん女性兵士に知られることのないよう極秘裏に進められたのは言うまでもない。


 さらに、「新装備の試験」であるからその「調達」に軍費を使うのは当然である。ということで経理部も一枚噛むことになった。


「ただ装着しただけでは試験になりませんね」


「もちろん正しく運用しないと試験にはなりません」


 真面目にそう言うのだから始末が悪い。


「でも女性兵士に相手してもらうのは……」


「それは絶対に不可です。それではこのプロジェクトを極秘裏に行う意味がありませんし、倫理委員会にでも訴えられたら大問題でしょう」


 となると相手をどうやって「調達」するか。


 イステラに公娼制度はない。

 普通に営業している性風俗サービスの店は、いわゆる「本番」をさせない。それを可とする店は非合法であって、当然ながら表立ってそれを店の謳い文句にはしていない。


「となると、それができる店を探すしかないな」


「では公安部に依頼しますか」


 公安部は国内の諜報を担当する組織で、ちなみに情報部は国外の諜報を担当する。何れにせよスパイ組織である。


 その公安部のエージェントが目星をつけた店を訪れ「協力」を要請する。

 だが店側が素直に応ずる訳がない。


「うちは真面目な店なんですよ? そういった法律で禁止されたサービスなんてやってませんよ」


 店のマネージャーは愛想よく言う。


「それともうちの店がそんなことしてるっていう噂でもあるんですか? だとしたら名誉毀損ですよ」


 マネージャーはそう嘯く。


 国家警察の捜査員に金を掴ませて弱みを握り、内通者として強制捜査の情報を事前に流させて乗り切っているという自信からか、マネージャーは慇懃無礼にエージェントに応対した。

 だがエージェントの方が役者が上である。


「君は勘違いしているようだから警告しておくが、我々は警察とは違う。

 警察は令状なしに踏み込んだり、丸腰の人間を撃ったりはしないだろう。

 だが我々は、相手をテロリストや国家の安寧を揺るがし転覆を図る反社会組織といった敵性勢力と認定すれば容赦はしない。

 徹底的にこれを破壊し無力化する」


 そう言ってマネージャーに、この時代では珍しい、紙のファイルを放り投げて寄越す。


 それを手に取ったマネージャーの顔が蒼白となる。

 マネージャーの表の経歴はもちろん、裏の顔、さらには裏の裏まで調べ上げてある上に、店の表向きの会計、さらには裏帳簿から何まで、すっかり丸裸にされていたのである。


「どれほど用心棒を雇っているのかは知らないが、ナイフ1本で完全武装の国家警察の特殊部隊を無力化する連中を相手にしてみるかね?」


 エージェントは淡々と続けた。


「まあ、心配する必要はない。料金はきちんと正規のものを払うし、その情報を国家警察に流すような真似もしない。

 もちろん情報の漏洩がない、ということを担保にだが……」


 マネージャーは「協力します」と言う以外に術はなかった。


 こうしてイステラ・シティーの性風俗店5店舗が1週間借り切りになった。しかも24時間フル営業と言うオマケ付きで。


 そうして試験に臨む兵士らは勤務時間外に私服で店を訪れたのである。もちろん軍人であることを店側には明かさないが、店でも当然勘付いてはいた。

 だが余計な口を開くと取り返しの付かないことになる。あくまでただの客と店という立場を演じたのである。


 ちなみに、勤務時間外の極秘行動とはいえ、それは本来は軍の装備選定という任務に含まれることである。したがって店に至るまでの交通費は全額支給され、時間外勤務手当がつき、さらに出張手当までが支給されたのである。

 そうしてその金の出所はもちろん国民の血税である。


 こうして過去に例を見ないほど短期間に数多く得られたデータは、試験官による丹念な「使用感」のレポートが添えられており、これらを基準に軍で支給する製品が選定されたのである。


 この後、全ての基地及び艦艇のPXで男性用ゴム製避妊具の支給が開始されたのだったが、その選定に至るまでの一切の過程は全て最高機密ランクに指定され、誰の目にも触れることのないよう重要極秘資料の中に密かに収められたのであった。

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