第24話 ひとりでお留守番
電動車が広報部棟に到着した。
電動車から降りつつリーデリアが驚いたように言う。
「広報部棟って随分と大きいんですね……」
コスタンティアが頷きつつ言う。
「ええ。撮影スタジオに大道具・小道具の倉庫もあるから……」
2人は中に入り受付の伍長に告げた。
「VOL隊のアトニエッリです。制作局長にお約束をいただいてるんですけど」
だが伍長は目を見開き口をあんぐりと開けて押し黙っていた。
「あの?」
「し、失礼しました! 伺っております、どうぞ」
そう言って2人を案内する。
―― 話には聞いてたけど、こんな美人だなんて……。
伍長は内心そう思いつつカチコチに緊張しながら制作局長室へ向かう。
制作局長室へ通されたコスタンティアとリーデリア、コスタンティアは勧められたソファに腰掛け、リーデリアはその背後で直立不動の姿勢を取る。
「お久しぶりです。ご無沙汰しております」
コスタンティアはそう言って笑顔を見せた。
一方の制作局長は微妙な顔で「こちらこそ」と頭を下げる。
この制作局長はかつてのコスタンティアの上司、コスタンティアを疎んじマネキンまがいにCM出演させた張本人である。
だが今では全く立場が逆転していた。片や新設部隊の大佐、片や広報部の中佐。前線と後方、大佐と中佐。コスタンティアの方が遥かに格上になっていたのである。
それを意識しているのかいないのか、コスタンティアは穏やかな笑顔のまま言った。
「先程もお伝えしましたけど……」
要するにこの訪問の目的は過去にコスタンティアが出演したCMの使用許可を得るものであった。
制作局長は感情のない無表情といった顔つきで頷いた。
「ええ、かまいません。自由に使って下さい」
転属を願い出たコスタンティアをリンデンマルス号に追いやり、溜飲を下げたはずの制作局長だったが今は腸の煮えくり返る思いだった。
―― 逆らえる訳がないだろうが!
VOL隊に関しての事と言えばつい先日、第二方面司令部の査閲部長が更迭されたばかりで、追加で再びイステラ連邦宇宙軍総司令長官から通達が出た。すなわち「VOL隊には極力協力せよ」と。
したがって昔の、上司だった頃よろしく、コスタンティアに嫌がらせまがいのことをしたらどうなるか? 確実に軍人としての将来は終わるだろう。
ならば好むと好まざるとにかかわらず好きにさせるしかない、そう諦めたのだった。
「ありがとうございます。ご協力に感謝します」
コスタンティアはそう言って再び笑顔を見せた。
制作局長の腹の底はともかく、コスタンティアは実はこの制作局長に感謝していた。
この上司が自分をリンデンマルス号に転属させてくれたお陰で今の自分がある。レイナートという同期でありながら全然知らなかった男性とも出会えた。まさに制作局長様様、といった具合に思っていたのである。
「どういたしまして。案内を着けさせましょう」
制作局長は極力平静を保ちながらそう申し出た。だがコスタンティアは首を振った。
「いいえ、古巣ですから、それには及びません」
制作局長室をあとにした2人は資料室に向かう。そこに過去、広報部で制作され全ての広告、公報が保管されている。
資料室でもその美貌で周囲を唖然とさせながら端末に向かい、過去のデータ群からお目当てのCMを探し出し再生させたのだった。
「あら、早かったじゃない」
広報部を訪れてからさしたる時間も経ずに戻ったコスタンティアとリーデリアをアニエッタがそう出迎えた。
「ええ、まあ……」
なんとも口を濁すような応えのコスタンティア。
訝しんでアニエッタが再び口を開いた
「どうしたのよ?
……まさか、自分のあまりなダイコンぶりに……」
そこでリーデリアが大声を出した。
「いいえ! 大佐殿はとても素敵でした! 輝いてました! 今と同じくお美しく……」
興奮気味でそう言うリーデリアにその場の誰もが唖然とする。
その騒ぎを聞きつけてレイナートが当直室、もとい司令室から出てきた。
「どうかしましたか?」
レイナートにそう尋ねられたコスタンティアは暗い表情で報告した。
「残念ながら、アレは使えません……」
「どうしてですか?」
「……」
レイナートが重ねて問うたがコスタンティアはそれには無言のままだった。
そこでレイナートは視線をリーデリアに移す。
リーデリアは一瞬、逡巡した風だったが直ぐに説明し出した。
「あのCMはどれも良い出来だと思います。特に新兵の募集用としては最適だと感じました。何故現在使われていないのか不思議に思うくらい……」
「つまり?」
「現役の兵士には不向きだと思います」
リーデリアが言うには軍の実態を知らない若者であれば「カッコいい!」「憧れる!」「自分もやってみたい!」と思うこともあるだろう。だが現場を知っている者からすれば作りものであることが直ぐにわかってしまう、というのである。
「例えばですが、大佐殿がオペレータとして艦載機に指示を出しています。パイロットはその指示に従って民間の貨客船に接近する小隕石を撃墜する、というのがあるんですが、貨客船の乗客らが窓からそれを不安げに眺めていて、それで、パイロットが撃墜すると皆で喜ぶというものなんです」
「あちゃー」
「それはないわね」
「そうね、ありえないわ」
皆が口々にそう言った。
貨客船にも展望用のデッキはあるだろうが、もしもそのような小隕石の接近などという場合、その展望窓は防護用のシャッターが降ろされているはずであるから外を見るということはありえない。それに隕石が肉眼で見えるほど周辺は明るいのだろうか?
第一、展望デッキにいる事自体がおかしい。皆、船室で安全ベルト着用が義務化されているシチュエーションである。
もしもそれも間に合わないような急な隕石発見だったとすれば、そもそも艦載機がそんな直ぐ近くにいるか?
「絵に描いたようなご都合主義、というか映画の1シーンね」
言葉は悪いがそういうことにしか思えない。
「そうなんです。我々からすれば取ってつけたというか……」
リーデリアはそこで言い淀む。
それはコスタンティアを批判しているように思えたからだった。
だがコスタンティア自らがその先を言った。
「とにかく作り物であることが明らか過ぎて白けてしまうのよ。
あれを使うにしてもそのままでは無理だわ。編集してもどうにかなるかどうか……。
とにかく笑いを取ること以外できないと思うわ」
そこまで言うコスタンティアである。この場合の笑いとは「嘲笑」、百歩譲って「苦笑」だろう。
「それじゃあ、しょうがないわね」
「でもそうすると、どうすればいいのかしら?」
「どうするって、新しく作る?」
「CMを?」
「そう、CMを」
「嘘でしょ?」
「だって他に手がないんじゃない? 文字ばっかりのメールをまた送ってみる?」
「それは……、望みが薄そうね」
「でしょう?」
女性らは口々にそんな会話をしている。
だがレイナートは内心困っていた。
―― そんな予算、出るかな?
シュピトゥルス大将から、部隊編成に係る準備費としてある程度の予算枠を提示されている。だが部隊の編成は端緒についたばかり。ここで予算を使いすぎると後に困ったことになりそうである。
ふと気づくとレイナートは女性らの注目を浴びていた。
「ええと、広報部に交渉しろ、と?」
レイナートがそう言うと全員がニッコリと笑った。「よく、お気づきで」と。
だが意外にも今回は助け舟が出た。
「無理よ! CM作るのにどれだけの時間、スタッフ、予算が必要だと思ってるの?」
コスタンティアである。さすがに経験者。わずか1分のCM作成にも多くの労力を要することを知っている。
「でも、じゃあ、どうするのよ?」
「どうするって、他の方法を考えましょう」
アニエッタの問にコスタンティアはそう言った。
「他の方法と言っても……」
だが、誰にも良い考えが浮かばなかった。
女性たちの会話を聞いていたレイナートは端末に向かい広報部へ連絡を取った。まあ、こういう時こそ司令と呼ばれる自分の出番だろう、そう思ったのである。
「とにかく短期間でできる効果的な広告を作って欲しい。もちろん予算は抑えて」
難しいことを平然と要求する。当然相手も無理なものは無理と言う。
「そこをあえてお願いしたい。
無理というなら、総司令長官閣下に直訴して追加予算を出してもらうから」
虎の威を借りているというか、他人の褌で相撲を取っているというか、あまり気の進まない言い方だがとにかく今の状況をなんとかしなければならない。時間の余裕は全く無いと言っていいに等しく、もしこれで上手くいかなければ別の方法を直ぐに考えなければならないのである。
相手は渋々納得したようだった。
「とりあえず取材に来るということだから……」
そう言い残してレイナートは奥に引っ込んだのだった。
そういう経緯なので期待しないで待っていたら、訪れてきたのは少しニヤけた軽薄な感じの男だった。
「いやあ、局長から話を聞いて真っ先に志願しました!」
まだ20代と思しき中尉でディレクターをしていると言った。
「大学ではマスコミ専攻だったんです」
そうしてコスタンティアの前に進むときりりと顔を引き締めた。
「小官は大佐殿のCMを見て士官学校を目指しました。お会い出来て光栄です」
と、曰うではないか。
「最高の仕事をさせていただきます」
まるで他は眼中にないとでも言うのかと思いきや、次はクローデラの元へと行く。
「できれば是非、閣下のCM制作も夢見ておりました」
と言って、クローデラを驚かせる。
次いでエメネリア、アニエッタ、エレノアにアリュスラにも似たようなことを言って回ったのである。
それはどう見ても軽薄なお世辞であって、当然ながらそういうのは快くは思われない。
だが中尉は平然と言う。
「自分が軍の広告制作を任された場合、出演をお願いすべき人選は済ませておりました。
皆様全員がその中に含まれています」
アニエッタがそれを聞いて呆れたように言う。
「どうやって人選したのよ?」
「はい。記録部に赴き全軍の女性のプロフィールをチェックしました」
「全軍の女性って、全女性兵士?」
「はい、閣下!」
胸を張って答えるから恐れ入る。
「全員って一体、何人いるのよ?」
「およそ1億3千万人であります」
「1億3千万……」
信じられないものを見たかのような顔をする女性たち。全員をチェックするだけでどれほどの時間がかかるのか。他に仕事してないんじゃないの? と思えるようなセリフだった。
「美しい女性を美しく撮りたい。それが自分がマスコミを目指した理由ですから」
頼もしいんだか、不気味なんだかわからなくなってきた。
「ところで皆様、お時間はよろしいでしょうか?」
中尉はそう尋ねた。
「もし問題なければ、広報部棟にお出でいただければ直ぐに撮影を開始したいのですが」
「ええと、もう考えが決まったの?」
コスタンティアが確認した。
「ええ」
素直に頷く中尉。
「どうしましょうか?」
コスタンティアが同僚に尋ねると全員が「う~ん」と悩む。
口車に乗ってノコノコ出かけていって、ろくなものができなければいい面の皮である。
そこへレイナートが再び顔を出す。
「行った方がいい。とにかく時間がないんだし」
すると中尉が一瞬不快そうな顔をしたがレイナートの前で背筋を伸ばした。
「提督のお気遣いに感謝いたします。
ところで皆さん全員にお越しいただいても構わいでしょうか?」
「ああ、構わないが」
レイナートがそう答えると中尉は念を押した。
「ここにいる女性全員ということですが」
それを聞いてそれまで黙っていたモーナが口を開いた。
「それは、私も、ということかしら?」
「はい、閣下!」
「ということは……」
再確認すると広報部の中尉は然りと頷いたのである。
「はい。中将閣下を除く、この場の全女性ということであります」
手回しのいいこの中尉は電動車を複数用意していて女性全員を連れて広報部棟へと向かっていった。
VOL隊オフィスとも言うべき消防機庫に残ったのはレイナートただ1人である。
「いくらなんでも閣下1人残していく訳には参りません」
副官のモーナとしては当然のごとくそう言ったが、全員揃って写真を撮りたいと言われたのでレイナートが許可したのだった。
ならば「閣下も一緒に行きましょう」と言ったのだが、レイナートは「オフィスを無人にする訳にはいかないだろう」と頭の堅いことを言う。
別に無人だからといって空き巣が入る心配はまずないだろう。それに情報端末を使えばどこにいても連絡は取れるのだから、と言ったのだがレイナートは首を縦に振らなかった。
「オフィス宛の通信だったらどうする?」
個人の情報端末に相手が直接連絡を寄越すならいいが、もしもオフィスの端末に掛かって来たらどうするのか、と言うのである。
それで女性たちは渋々と出かけていったのであるが、その時広報部の中尉が妙に勝ち誇ったような顔をしていたのがなんとも面白くなかった。
―― 何だアイツは一体!
まるで「横取りに成功!」みたいな顔つきだったが、別に部下の誰にも特別な感情を懐いている訳ではないから悔しいという思いもない。
―― まあ、白昼堂々、変な真似もできないだろうし……。
その点は何も心配していなかった。
何しろ生粋の陸戦兵のエレノアとイェーシャがいる。あの二人を怒らせたら何時でも迷わず躊躇わず腰のパイソン77を抜くだろう。
イステラ軍人でその威力を知らない者はいない。
何せ直接被弾しなくても頭の側30cmを弾丸が通過しただけで、その衝撃波で脳震盪を起こして気絶するという凶悪な銃である。それを手にされたら誰でもビビる。
ただし抜いたら最後、撃たなくても後で監督責任を問われて大変な思いをするだろうが。
―― 早まったマネはしてくれるなよ……。
祈るようなレイナートは思わず首を振った。
―― いや、大丈夫だろう。それにネイリもいるし……。
あの「お嬢様第一主義」の娘は決して侮れない実力の持ち主、らしい。
あの大掃除の時、皆でそのネイリの用意した昼食を食べながらネイリのことが話題になった。否、正確にはアレルトメイアのメイドのことが、である。
「『準中級メイド』の実力ってどんなものなの?」
誰かがそんなことをポロッと聞いた。
それに対してネイリは淡々と答えた。
「そうですね、戦闘力で言えばナイフを持った相手を素手で無力化できる、ということでしょうか」
どおりで、エメネリアとネイリがリンデンマルス号に乗り込んで直ぐの時、突っかかった陸戦兵を手玉に取った訳だ……。と納得し掛けたところで皆がツッコミを入れた。
イヤイヤイヤイヤ。それってメイドの本来の仕事なの? 第一、メイドの実力と関係あるの? と聞くとネイリは大きく頷いた。
「もちろんです。お屋敷に侵入した敵を撃退し、ご当主様やそのご家族様をお守りするのもメイドの役目です」
「それってガードの仕事じゃないの?」
「いいえ、違います。メイドの役目です!」
キッパリとそう答えたネイリがおかしいのか、それともアレルトメイアという国がおかしいのか。一体どっちなんだろう、と誰もが首を捻ったのである。
そこでモーナがつい好奇心から聞いてしまった。
「それなら、メイド長級の実力ってどれほどなのかしら?」
「そうですね、メイド長級だと、自動小銃を持った1個小隊をナイフ一本で無力化できる、といったところでしょうか」
―― 恐るべし、メイド長級……。
「あっ、失礼しました。もちろん1人で、です。
でも、ほとんどのメイド長級はナイフも必要としないですけど……」
―― 何なのよそれ! メイド長って特殊コマンドーか何かなの!?
そこで誰もが同じものを想像した。
人も町も深い眠りについた深夜、とある屋敷に潜入した完全武装、全身黒ずくめに覆面で顔を隠した屈強な男たち。無言のまま足音を忍ばせて屋敷の奥へと進む。目指すはその家の主人の部屋。
あと少しで目的へ辿り着く、と思った刹那、自分たちの行く手を遮る者が現れた。
それはこの屋敷のメイド長。床を引き摺るように長い裾のメイド服のスカート部分の中ほどをつまみ、足音も立てずに滑るように近づいてきた。
間近に迫られてようやく気づいた男たちは慌てて消音器 付きの自動小銃を構える。だが銃爪を引かせるメイド長ではない。素早い身のこなしで男たちの喉笛を切り裂いていく。手にしているのはコンバット・ナイフ。それはもちろん、メイド服の中、白い太ももに括り付けられた革鞘から取り出したもの。
男たちが発したのは、わずかに「ひゅー」という喉から漏れる空気の音と床に倒れるドサッという音だけ。一瞬にして侵入者を無力化していた。
返り血一つ浴びていないメイド長は、血の海に沈む男たちを静かに冷ややかな目で見下ろす。
「後始末が大変だわね……」
そう呟いて、血に染まるコンバット・ナイフの刃を舌先でぺろりと舐めた……。
自分の想像に思わず背筋が寒くなった。
―― 私たちはそんなの相手に戦争してるの?
思わずエレノアとイェーシャは「銃ではダメだ。高周波ブレードしかないな」「そうですね」と頷き合い、コスタンティアは「艦内に突入を許さない艦隊運用」を真剣に考え、アニエッタに至っては「ムリムリムリ。そんなの戦闘機の機銃で薙ぎ払うしかないわ」と匙を投げたのである。
そこへエメネリアが追い打ちをかけた。
「少なくとも、訓練されたメイドはインペリアル・ガードよりは頼りになるわね。もちろん兵士としてですけど」
と言ったものだからさらに絶句した。
インペリアル・ガードとは皇帝やその家族を守る、いわば国内最強の兵士ではないのか?
「そうね、その通りよ」
エメネリアは当然だと頷く。
じゃあ、国内最強兵士以上の兵士とは一体何なのか?
「それじゃあ、メイドだけで構成された部隊は無敵ってことじゃない!」
アニエッタが言うとネイリは呆れたような顔をした。
「メイドだけで構成された部隊なんてありません。メイドが従軍するのはご主人様のお付きとしてだけです」
メイドだけで構成された部隊というのは、それは既にメイドではないのではないか?
「第一、メイドがみんな出征してしまったら誰がお屋敷の仕事をするんです? それこそありえません!」
国内最強の戦士でもあるのがアレルトメイアの貴族屋敷に仕えるメイド。それはイステラ人の理解を超えている。アレルトメイア人が同じ人間には見えなくなった一同だった……。
そんなことを思い出しながら、1人で「お留守番」をしているレイナート。
この消防機庫の2階部分のほとんどは分隊員控室で、そこに小さなキッチンがあってコーヒー・サーバーがある。そこで自分でコーヒーをカップに注ぎ席へと戻る。
と、デスク上の端末のオレンジ色のランプが点滅している。それは自分専用の情報端末ではなく隊の備品として設置されたものである。
オレンジ色の点滅は超高速度亜空間通信であることを示すもの。
オフィスには誰もいないからレイナートが自ら応答すべく端末を操作した。
「おや?」
だが端末の画面は暗転したまま。すると拡声器から声だけが聞こえた。
『もしもし、聞こえてますか? まったくもう、相変わらずボロなんだから……』
そんな声が聞こえ「トン、トン」と何かを叩く音がした。
―― まさか、端末を叩いてるんじゃないだろうな?
精密機械を叩くなんて噴飯モノだが意外とそうする兵も多いとか。などと考えていたら画面が映った。
『良かった、映……』
そこで画面の中の若い兵長は固まった。
女性ばかりの部隊ということで当然女性が応答すると思っていたら、突然画面に三ツ星の男性が映ったのである。通信先を間違えたと思ったのも無理はないだろう。
『ま、間違えました、閣下! 失礼しまし……』
慌てて端末を切ろうと手を伸ばすのが見えたのでレイナートが早口で言った。
「ちょっと待って! こちらValkyries of Lindenmars 隊本部だけど……」
すると画面の中の兵長が手を止めた。
「もしかして我が隊への志願か、それとも質問かな?
ああ、申し遅れたけど、私は部隊を与るレイナート・フォージュです」
そこで兵長はVOL隊の司令が唯一の男性であることを思い出したようだった。
『肯定であります。閣下』
そう言って兵長は背筋を伸ばし敬礼した。
「楽にしていいよ、兵長」
穏やかな表情に口調でレイナートが言った。
「連絡をくれてありがとう」
『いえ、どういたしまして……』
とその穏やかな笑顔につい気楽に答えてしまう。しかもいささか頬を赤らめて。
「それで貴官の要件は何かな、兵長?」
肩に三ツ星を光らせる中将閣下から、このように優しい言葉を掛けられことなどなかった兵長はそれだけで舞い上がっていた。
『はい、アタシ……、実はVOL隊に志願しようかと思ってたんですけどぉ、仲間がやめとけって……』
まるで相手が誰だか忘れてしまったかのように気安い口調になってしまっていた。もしかしたらレイナートの顔に見とれて肩の階級章は見えなくなっていたのかもしれない。
だがレイナートは気にすることもなく話を続けた。
「それはどうしてかな?」
『だって、新兵がいっぱいいる部隊なんて危険だからって……』
やはりか、とレイナートは苦笑せざるを得ない。
「確かに新兵は多いけれど、部隊の主目的はある新型艦の運用実証試験でね、直ぐに前線に投入されて戦闘をする訳ではないんだ」
『そうなんですか……。でも新型艦の運用実証試験なんて精鋭が行うんじゃ……』
まだ兵長は不安げだった。
「実はそこに、我が隊に新兵が多いという理由があってね。
確かに普通なら、新型艦の運用実証試験は精鋭部隊に任されることが多い。
だがこの先、戦争が激化するという可能性もある。そうすると新兵は待ったなしにあらゆるところに配属される可能性が出てくる。そうなればもちろん、前線の実働戦闘部隊ということもあるかもしれない。
だが何の前例もなく、ということはそのための対処方法も何もない状況でそうなってしまったら、それこそ危険が多いだろう。
ということで、まだ差し迫った状況とはなっていない今のうちに、普通とは少し違う状況に新兵を配属させて、訓練も兼ねてその実態を把握するということも我が隊の任務なんだ」
レイナートは優しい口調で丁寧に説明した。
『へえ、そうなんですか』
「そう。したがって最初のうちは訓練航行が主体になる」
そこで一旦言葉を切ってから続けた。
「それにね、我が隊に必要なのは精鋭ではなくごく普通の兵士なんだよ」
内心「精鋭の方がもちろんいいのだが」とは思いつつそう言った。
『どうしてですか?』
「まあ、プロスポーツの天才花形プレーヤーに例えるのはおかしいかもしれないけど……」
レイナートはそう前置きした。
「軍に一番必要なのは普通の兵士なんだよ。これがスポーツなら1人のスター・プレーヤー次第で勝敗が変わることもあるけれど、戦争は軍という巨大な組織で行うものだ。だから天才が1人2人いたところで、局地的にはともかく、戦争全体を左右するということは少ない。
そうして、軍というものは多くの普通の人を集め、兵士として育て、構成されている。だから普通の兵士が重要なんだよ。
普通の人間だからこそ、上官や先任として、新兵が何を考え、どこで失敗するかがわかっている。だからどこに注意し、どう育てればいいかもわかっている。
だけど、時に、天才とかエリートとか呼ばれる人は、自分ができることを他人ができないのを理解できないからね。
こういう人には新人を平均化された兵士に育てることが難しいんだよ」
実際、レイナートの言う通りで、特殊コマンド部隊でもなければ、軍の主力、というか大半は訓練された平均的な兵士で構成された部隊である。もっともその平均値をどこに置くかが重要ではあるが、部隊を構成する兵士の能力にバラツキが少ないほどそれは「計算しやすい」部隊なのである。
だが、それを聞いて画面に映る兵長の顔が明るくなった。
『なら、アタシでもいいんですか?』
「もちろんだとも。真面目でやる気があるなら大歓迎だよ」
『わかりました! 上司に転属願いを提出します!』
「是非そうしてほしい」
通信を終えたレイナートは、冷めたコーヒーを啜りながら思う。
―― きちんと説明すれば、その気になってくれるじゃないか。
ではと言って、アリュスラの説明がおざなりだとも思えない。
―― どうしてのかな……。
尉官と将官、男と女の違いがそこにあるのだが、レイナートはそこまで気づいていなかった。
すると再び端末のランプが点滅した。
「おっと、まただ」
そうつぶやきながらカップをデスクに戻し、応答したのである。
「はい、こちらValkyries of Lindenmars 隊本部。部隊司令のレイナート・フォージュですが……」
こうしてレイナートの初めての「ひとりでお留守番」は、意外と多忙なのであった。




