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第21話 知りすぎた男

「閣下、メールの送信、完了いたしました。戦術部長のシュピトゥルス大将閣下。親展として作戦部長のシュラーヴィ大将閣下と総司令長官のフェドレーゼ元帥閣下にもです」


「よろしい」


 モーナの報告にレイナートが頷いた。

 場所は第二方面司令部査閲部長室。セーリアの異動に関して査閲部長とレイナートの意見が決裂した直後である。


「なんだと! どういうことだ!」


 査閲部長はそれを聞いて青くなっていた。



 さて、その少し前、約束の時間きっかりにロビーに姿を表したレイナート。セーリアはそれを見て直ぐに立ち上がり背筋を伸ばして敬礼した。


「おはようございます、閣下」


「おはよう、中佐。作戦案はできましたか?」


 レイナートが尋ねるとセーリアは情報端末を差し出した。


「こちらに」


「拝見しましょう」


 そう言って端末を受け取ると着席した。


 しばらく無言でその作戦案を読んでいたレイナートが顔を上げた。


「質問を良いですか、中佐?」


「はい。なんなりと」


 頷くセーリア。


「では、まず……」


 レイナートが質問を開始する。そうしてその問いに立て板に水で返答するセーリア。


 参謀の立案する作戦は、その根拠の説明を常に求められると言っていい。

 なぜこの方法なのか? どうしてこうするのか? 他の案はないのか? 等々……。

 それに対して明確な回答ができなければならない。「過去に前例があった」などというのは論外。たとえそうであっても、何故それを採用したかの説明が当を得ていなければ無意味とされる。


 そうして作戦案は司令に迎合するだけのものであっても、また逆に反発するだけであってもダメなのである。

 ある軍事行動を実行するにおいて作戦案は可能な限り複数ある方が良い。これ以外に手がない、という場合、それが実行できなければ作戦は失敗ということになってしまう。そうならないためにも考えうる、ありとあらゆる作戦を挙げ、その有効性、有用性を正しく主張できなければ何も意味はない。

 そうして最善と思われる作戦を司令は選択する。

 そこには司令の好まない戦術を取る必要のものもある。だがそれをも覆すほどの説得力がその案にあればいい。それを採用することで最大の効果が得られる。

 参謀はそう主張できればいいのである。


 いくつかの質問を終えてレイナートは言った。


「では、最後の質問です。この作戦案の最大の目的は何ですか?」


 それに対しセーリアはきっぱりと答えた。


「部隊全員の生還です」


 敵に対し一定以上の損害を与えなければ作戦としての意味はない。だがこの課題においてはセーリアは部隊員の生還を最優先した。それはたとえ全滅してまでも敢行すべき作戦ではない、と判断したからである。


「わかりました」


 そう言ったレイナートの表情からは何も読み取れなかった。

 不安になるセーリア。


「ところで、中佐。正式に人事異動となった場合、どのくらいで着任できますか?」


 レイナートの声は穏やかで柔らかかった。

 内心「もしかして」とこみ上げる嬉しさを抑えつつセーリアは答えた。


「10日、いえ、一週間もあれば……。もちろんCSTにおいてです」


「よろしい。では早速準備して下さい」


「では……?」


「おめでとう、中佐。

 そうしてValkyries of Lindenmars隊にようこそ!」


「ありがとうございます、閣下!」


 思わず涙がこぼれそうだった。


 士官学校戦術作戦科を決して悪くない成績で終了した。だが周りが良すぎた。その為、希望した参謀部門への配属がなされなかった。その後も現在に至るまで、常に望まない部署を渡り歩いてきた。だが一度も仕事で手を抜いたことはない。いつも最善を尽くしてきた。

 だがそれは正しく評価されたとは思えなかった。

 と言って上官批判をする気はなかったから転属願いを出した。だがそれも認めてもらえなかった。除隊しようか。そう思ったこともある。だが辞めなくてよかった。

 今のセーリアは嬉し涙を必死にこらえ、歯を食いしばっていた。


「では早速査閲部長のところへ行きましょうか」


 レイナートが言う。

 そこでセーリアは一瞬不安になった。あの部長が素直に首を縦に振るのか、と。

 だが眼の前にいるのは中将閣下。たかが准将の査閲部長に対して負けることはあるまいと思い直したのだった。



 だが思った通り、というかレイナートがセーリアの異動の件を持ちかけると査閲部長は首を横に振った。


「お気持ちは分かります、閣下。リディアン中佐は優秀ですから。ですがそれ故こちらとしても手放せません」


 査閲部長はネズミのような顔に薄ら笑いすら浮かべている。


「中央総司令部から、我が隊に対し可能な限り協力するように、との通達が出ていると思いますが」


「ええ、存じてます。ですからこちらも協力はしたいのです。ですが彼女が抜けると穴が大きすぎてこちらも困るのですよ」


――心にもないことを!


 セーリアは怒りを隠せない。どれだけ私を苦しめれば、踏みにじれば気が済むの! と。


「そうですか、困りましたね。なんとかなりませんか?」


 だがレイナートはと言えば強権を振るうでもなくそう言うばかりである。


―― 少しがっかりだわ……。


 星3つが星1つにいいようにあしらわれている。そうとしか見えなかった。


「わかりました。仕方がない……」


「えっ!?」


 レイナートの諦めの言葉にセーリアは我が耳を疑う。


―― そんな……。


 それは有頂天から一気に失意のどん底に叩き落された気分だった。


 何のために苦労して作戦案を立案したのか。その苦労が全て水の泡だなんて……。


「副官、シュピトゥルス閣下に連絡を。状況を説明しないと」


 セーリアの目に涙が浮かぶ。だがそれは先程堪えた嬉し涙ではない。悔し涙だった。


―― こんなことなら、初めから乗るべき話じゃなかった……。


 そう歯を食いしばっているセーリアを尻目にモーナが淡々と言った。


「かしこまりました」


―― もうダメだ、終わりなんだ……。


 それはなんと儚い、一瞬の夢だったことか。そんな夢なら見ない方が良かった。


「ところで、本当によろしいのでしょうか?」


 モーナが念を押す。だが何故かその顔はレイナートではなく査閲部長を向いていた。

 その吊り目の三白眼を不快に感じながら、査閲部長は手を振ってみせた。


「好きにすればいいではないか」


 そこで手早くメールを送信したモーナである。



「ところで、査閲部長……」


 レイナートが声を掛けた。


「何でしょうか?」


 最早勝ち誇ったような笑みを隠そうともしない。


「貴官はご存知でしたか?」


「何をですか?」


「我が隊発足の経緯です」


「さあ、存じませんな。それが何か?」


「ええ。まあ知っておいても、というよりは、知っておかなければならないと思いますのでご教示しましょう」


「何ですかな?」


 その上からの物言いに憮然とし始める。


「我が隊は中央総司令部統合作戦本部の作戦部長、シュラーヴィ大将閣下と同戦術部長のシュピトゥルス大将閣下の発案を、現総司令長官であらせられるフェドレーゼ元帥閣下が大層お気に入りになり、ご自身で最高幕僚部長閣下、主要後方部門の部長閣下を説得されて実現の運びになったのですよ」


「何ですって!?」


 査閲部長の目が見開かれた。

 セーリアも意外な話の展開に我を忘れかけていた。


「先日、総司令長官閣下の名で通達が出たと思いますが、それはそういう背景があってのことです」


「……!」


 そもそも、総司令長官通達で「協力を要請する」というのは「絶対に協力しろ、異論は認めん」というのに等しい。つまりそれに背けば抗命罪に問われる可能性すらある。

 抗命罪、すなわち上官の命令に反抗するというのは、敵前逃亡罪と並んで最も重大な軍記違反とされており、最高刑は銃殺による死刑である。


 そこでモーナが言ったのだった。


「閣下、メールの送信、完了いたしました。戦術部長のシュピトゥルス大将閣下。親展として作戦部長のシュラーヴィ大将閣下と総司令長官のフェドレーゼ元帥閣下にもです」


「よろしい」


 モーナの報告にレイナートが頷いた。


「ま、待ってくれ!」


 査閲部長が叫ぶ。


「いえ、申し訳ありませんが既に送ってしまいました。好きにして良いとのお言葉だったので」


 そう言ってモーナが査閲部長を睨みつけた。


「ご自身が言ったんですよ?」と言わんばかりに。そうしてその目はこうも言っていた。


―― 縛り首のロープを首に巻いたのはご自身ですよ。



 すると、突然査閲部長席の通信端末から怒声が聞こえた。


「貴様、一体何をした!」


 査閲部長を怒鳴りつける第二方面司令部司令であった。


「たった今、総司令長官閣下から直接通信があったぞ! 第二方面司令部は協力する気はないのか、と!

 場合によっては私を主星に召喚するとまで言われたんだぞ!」


 主星、すなわち中央総司令部に召喚ということは、決して単なる取り調べ、事情聴取ということではない。それは査問と呼ばれるものであり、罪の取り調べと同義とされる。


「貴様一体何をした! 答えろ!」


 画面の中の司令は憤怒の形相である。

 だが査閲部長は狼狽し言葉を失っている。

 いや、言葉がないのはセーリアも同様だった。


―― どういうこと?


 そこでレイナートが沈黙を破った。


「さて、査閲部長、リディアン中佐の人事異動の件ですが、協力いただけますね?」


 唖然とした顔でレイナートを見た査閲部長は力なく頷いた。

 それでレイナートはようやくセーリアに振り返り、笑顔を見せた。


「さて、中佐。聞いての通りです。可能な限り可及的速やかな着任を望みます」


「閣下……」


 まるでジェットコースターに乗せられた気分だった。天辺からどん底へ。そうして再び天辺へ。


 そうしてレイナートは査閲部長のデスクの通信端末に向かって話しかけた。


「方面司令閣下、中央総司令部には私の方から取りなしておきますので、事後の処理を適切にお願いします」


「……了解した」


 そう言うと司令は通信を切った。


「さて、副官。時間があまりない。我々はこれで失礼するとしよう」


「了解です、閣下」


「では中佐、異動日がはっきりしたら副官に日程を報告して下さい」


「かしこまりました。

 閣下、ありがとうございます」


 もう堪えきれず、涙が溢れ頬を伝っていた。

 それには何も言わずレイナートは敬礼だけを残し立ち去ったのである。



 査閲部長室から正面玄関へと向かう廊下で、モーナは先程の茶番と言うか、一幕を振り返っていた。


―― 全くとんでもない上官だわ、この人。


 そう思いながらレイナートの背中を睨んでいた。


―― いえ、それを言うならさらにその上の人達ね。全く、うちの上司を監察官代わりにするなんて!


 昨夜、第二方面司令部への顔出しを早々と切り上げたレイナート、一時滞在者用官舎へそそくさと移動した。

 そうしてモーナを自室に呼んだのである。


―― えっ、嘘!? まさか……。


 夜も更けた時間帯である。にも関わらず自分を自室に呼びつける。その意図はまさか……。


―― 護身用の38口径を持ってくればよかった。


 どうしようかと悩んだ末に拳銃は必要ないだろうと置いてきたのが失敗だった。と、途轍もなく物騒なことを考えながらレイナートの部屋に向かったモーナである。


 だがレイナートとすれば単に打ち合わせがしたかっただけである。


 一時滞在者用とはいえ、食堂やバーは階級ごとに利用制限がある。佐官のモーナは将官用には入ることすらできない。といってレイナートが佐官用に席を陣取れば「閣下、失礼ですが」と、体よく追い出されかねない。

 と言って密談をロビーなんかではできないし、ということで自室に呼んだレイナートをモーナは勘違いしたのだった。

 まあ、自意識過剰と言われても仕方ないが、きちんと説明しないレイナートもレイナートだろう。


「明日、中佐の作戦案を見てからの判断になるが、問題がなければ、直ちに彼女の異動を査閲部長に伝えるつもりだ」


「わかりました」


 いささか拍子抜けのモーナだったが、決してそういうことを期待していた訳ではない。


「だが今日の査閲部長の様子では、素直にうんとは言わないだろうな」


「小官もそう思います」


「ということで、貴官の役割はメール送信だ」


「メール送信……ですか?」


「そう。シュピトゥルス閣下とシュラーヴィ閣下。それとフェドレーゼ閣下にも。

 全部、親展で送ってくれ」


「はい。シュピトゥルス閣下とシュラーヴィ閣下。

 それとフェドレー……って、総司令長官閣下じゃないですか!」


「そうだよ」


「そうだよ、じゃないですよ! 元帥閣下に親展でどうやって送れって言うんですか!」


「あれ、アドレスを知らない?」


「当たり前です!」


「そうか、これは失礼した」


「閣下!」


 烈火のごとく怒るモーナである。


「じゃあ、あとで君のアドレスに転送しておくよ」


「そうじゃなくて!」


 アドレスを知ってるからって、送ったメールを見てもらえる保証なんてないじゃないですか! と言おうとしたが、レイナートは勝手に先を続けた。


「それと、メールの最後に『VOL』と必ず着けてくれ。我が隊の頭文字の。これで閣下に目を通してもらえるはずだから」


 モーナの憤慨を物ともせず、自分の言いたいことだけを言うレイナートである。


 恨みがましい目でレイナートを見るモーナ。

 それを意に介さず話題を変えた。


「今回の人事に合わせて、少々荒療治まで頼まれてしまったよ」


 レイナートは肩を落とす。


「荒療治?」


「そうだ。どうも第二方面司令部の査閲部は風通しが悪いらしいので、風通しを良くしてこいとの別命だ」


「風通し……」


「まったく……、第五方面司令部の時もやらせて、またやらせるんだから。

 人使いが荒いったらないな!」


「第五方面司令部?」


「ああ。以前第五方面司令部に異動になった時にも同じようなことをさせられたよ」


「それはもしかして、リンデンマルス号に異動になる前……ですか?」


「うん。異動先は一応旅団配下の連隊だったんだけどね、その基地司令官がどうしようもないヤツだった」


 連隊であっても駐留艦隊基地司令なら准将以上だろう。それを「ヤツ」とは……。


「とにかく職権濫用がひどくてね。気に入った部下で周りを固めて気に入らないのは窓際に追いやった。哨戒任務もひどく不公平で、ひどいのは補給も受けられずにギリギリまで出動させられるという有様だった」


「それは確かにひどい話ですね」


「だろう? まあ連隊規模の駐留艦隊基地だから人員は少なかったけど、後方部門に女性兵士も当然いた」


「……まさか、セクハラ……ですか?」


「紛いのことは多々あったそうだ。

 ところが取り巻き連中が基地の主要部門の地位を占めているから大きな声で抗議もできなかったらしい。

 しかもその基地司令の上の上司までが黙認してたんだから始末が悪い」


「直訴しなかったんですか?」


 中央総司令部の監察部に直接被害申し立てをしなかったのかという意味である。


「したんだろうね。それで私が派遣された」


「何故、閣下が? 

 ああそうか! もしかして。その大型要塞基地建設にまつわる汚職事件の……」


「まあ、それもあったろうし、その後の記録部の一件のせいでもあるんじゃないかな。

 まあ、一般科出身だし使い潰すにしても問題がないと思ったんだろう」


 そこで興味半分、付き合い半分で聞いていたモーナの目が光った。


「記録部では何をなさったんですか?」


 記録部ということなら自分も気になっていたから当然知りたい事柄である。


「いや、別に。戦闘レポートの見直しをしてたらおかしなことに気づいてね」


「おかしなこと?」


「うん。記録によれば重症を負ったはずの兵士の名が、別の戦闘記録に出てたんだよ」


「それは同時期、ということですよね?」


「そうだよ。初めは同名異人かと思ったんだけど認識番号が……」


「同じだった!」


「そう。で、あれこれ調べたら、どうやら負傷手当の不正受給らしいということに気づいた。それも1隻まるごと、のね」


「それはひどい」


「ああ、まったくだよ。国民の血税を何だと思ってるんだか」


「それでどうなったんですか?」


「どうも、こうも、報告したよ、集められるだけの証拠を掴んでね。

 さすがに記録部だけあって様々なデータがあったからね。大変ではあったけど必要なものは全て集まった」


「それで……、また、シュピトゥルス閣下にですか?」


「いや、普通に監察部にだよ?」


「そうですか。それで第五方面司令部の方は?」


「こちらは、まあ、要するに喧嘩を吹っ掛けた訳だ」


「喧嘩……」


「そう。不正ははっきりしてたからね。事件を大事にすれば騒ぎになっると思ってね」


「それで騒ぎには?」


「ならなかったよ。貴官だって聞いたことなかっただろう?」


「ええ、確かに……。

 もしかして、また隠蔽ですか?」


「そうなんだよ。とにかく予算削減で軍は二進も三進もいかなくなってたからね、あの時は……。

 それでスキャンダルでもあったら、お偉いさんの首がいくつも飛んだだろうからね」


「何だか、本当にひどい話ですね。それって結局、保身ということじゃないですか! 許しがたいです」


「だね」


「それで閣下は?」


「最初と同じだよ。軍の隠蔽体質なんてそう簡単には変わらないさ。口を閉ざす代わりに昇進して転属。それの繰り返しだった」


「何故、監察部にでも異動にならなかったんでしょう?」


「それはどうだろう? 一般科卒業で監察部の監察官なんて、前例がないよ。どうしてそんな人事が行われたのかっていう痛くもない、いや、かなり痛い腹を探られてことが公になるかもしれない。それを恐れたんじゃないかな」



 話を聞いていたモーナは、何故レイナートの経歴が最高機密扱いだったのかわかったような気がした。理由は、要するに当時の上層部の保身、この一点だろう。何だか軍を辞めたいとすら思えてくる。

 だが曲がりなりにも、今その情報が開示されているということは、その隠蔽体質が少し改善されてきているのではないだろうか。

 少なくとも総司令長官を始め上層部の顔ぶれはこの数年間で変わっている。それもあるのかもしれない。


 にしても、よく「消され」なかったものだと思う。

 知りすぎた人間は、生かしておくとトラブルの元になりかねない。そう思われて密かに亡き者にされていなかった方が不思議である。何という強運の持ち主。


 かつてクローデラの祖父が考えたのと同じことをモーナは考えていた。


 だが見方を変えればレイナートの大佐に至るまでは、その上層部の保身、隠蔽主義の賜物だろう。

 だが一般科候補生であれば、そういうことでもない限りそこまで出世することはまずありえない。たとえ才能があっても既存システムではそこまで出世はできないのである。精々中佐にまでなれれば御の字だろう。

 それでよくもまあ軍は実力主義を謳い文句にするものだと思わないでもない。


―― 本当に強運の持ち主だわ。


 レイナート自身に才があり、そうしてあり得ない出来事の連続。それが今のレイナートの地位につながっていることは明白である。したがって「色々ある」けれども上官としては「ハズレ」ではないと思っている。


 だがそこではたと気づく。


―― でもこれを機会に亡き者に……。


 何せ30代半ばですでに中将なのである。このままいくと史上初の一般科候補生からの元帥、さらにはイステラ連邦宇宙軍総司令長官になるかもしれない。

 だがそれをプライドの高い老提督ジジイどもが許すだろうか?


―― まず、ないでしょうね。


 ということはこの新設部隊は女性の地位低下とともに、フォージュ中将の抹殺をも目論んでいるのかもしれない。


 そうしてその考えをモーナは否定できなかった。ありえないことと笑い飛ばせなかった。


―― これは本当にまいったわね。


 これでは自分も巻き添えを食うことは目に見えている。


―― これはなんとしてもこの部隊を成功させなきゃ!


 夜に部屋に呼ばれたことに対する憤りなどすっかり忘れていたモーナである。


 そうして翌日の査閲部長室での一幕を演じ、2人は意気揚々とトニエスティエへと戻ったのである。



 隊の本部、あの古い消防機庫に戻ると、元々消防車を入れておく1階部分のシャッターの上に「Valkyries of Lindenmars隊 本部」とペンキで大書されていた。

どうやらレイナート不在の間に皆で相談してそうしたらしい。


「このままじゃ、どう見たって特務艦隊の本部には見えないわね」


「確かにね」


 元々この建物は正面ゲートを入って直ぐ左手に広がる基地に通う兵士の自家用車駐車場の奥にぽつんと立っていて他の建物からはかなり遠い。まあその分、目立つことは目立つのだが、やはり本部棟や管理棟等の大型建造物に比べれば、掘っ立て小屋の感は否めない。

 そこで気分だけでも、ということで、わざわざ自分たちでやったというのだから彼女たちの意気込みが窺える。


「それで、応募者はありましたか?」


 出張から戻ったレイナートが開口一番尋ねた。

 だが全員無言で首を振った。


「問い合わせは何件かあったんですが……」


 部隊発足、募集開始1週間時点で部隊への配属を希望する者は皆無だったのである。

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