幼なじみ
陽菜ちゃんの過去を知って、辛い気持ちがまだ拭えないまままた1日が過ぎた。
西日の差す病室内に入ってきたのは、あの時お見舞いに来ていた少女。またセーラー服を着ているので、学校が終わってから急いで駆けつけてきたようだ。
「…こないだは…ほんまごめん……つい、落ち着けなくなっちゃって……」
「…い、いや……大丈夫ですよ。気にして無いですから……」
病室に入るや否やこないだの事に関する謝罪から始まり、俺は慌てて少女をフォローした。
「だからさ、今日は少しでも陽菜にウチらの事とか思い出してほしいねん。」
「あっ…ありがとうございます…」
なんて良い友達なんだ。陽菜ちゃんがあんな境遇でも友達は見捨て無かったんだなと思った。
「まず、ウチの名前、分かる?」
「…えーと……ユキノ…さん…?」
「そう!正解!本庄 由紀乃!」
そう言いながら、少女は鞄の名札を指差した。
「やった…良かったです…」
「ちょ、ウチには敬語じゃ無くてもええよ!記憶無いから気遣うかもしれんけど、友達やねんから!」
「う…うん……」
少女の言う通り、とても気を遣う。なんとかタメ口で返そうとするも、俺にとってはほぼ初対面なのでどうしても遠慮してしまう。
少女はスマートフォンを取り出し、一枚の写真を見せた。
「これ、幼稚園のお遊戯会の時の写真。ウチら、こん時に初めて同じ組になって、そこから仲良くなったんやけど、覚えてる?」
俺は無言で首を横に振った。
「そっか……じゃあ次はこれ。小学校の入学式の写真。こん時から陽菜は背高かってん。覚えてる?」
また無言で首を横に振る。少女の表情がどんどんと硬くなっていった。
「そうなんや……じゃあこれが3年生の時の運動会で、これが5年生の時の林間学校の時の写真。そしてこれが卒業アルバムのウチと陽菜の写真。これも全部覚えて無いん?」
今度は首を縦に振った。
「…やっぱり、ホンマに陽菜って記憶全部無くなってんな…」
ついに少女も落ち込んでしまった。しかし、俺はもっと辛かった。俺にとって、今見せられている写真は覚えているどころか全てが初めて見るものだからだ。勿論それを言い出せる訳もなく、ただただ申し訳ない気持ちで少女の話を聴くだけだった。
「…一応全部見せるけど、これが中学校の時の写真。陽菜はテニス部で、ウチはバスケ部。でも部活帰りとかよく一緒に帰ってたんやで。」
「へぇ………」
つい第三者目線を隠しきれていない返事をしてしまう。
「で、これが去年の体育会のダンス。こん時、ホンマに楽しかってんなぁ…」
さっきまでの陰険な表情とは一転、思い出話に浸る少女の顔に少しずつ笑顔が現れてきた。
「あっ、そうそうこれ!陽菜が好きやった先輩。水泳部の一個上の大西康平!結局、卒業までずっと彼女居たから、陽菜の想いは叶わんかったけど……」
SNSから引っ張ってきたと思われる写真を見せられた。水泳部には珍しいゴリゴリの風貌で、俺にとっては少し苦手なタイプだった。
「で、ウチが大阪バッファローズの試合に連れて行った時の写真!野球に全く興味なかった陽菜が最後はめっちゃ楽しんでたんやで!」
球場内でユニフォームを着て楽しそうに写る2人の少女の写真。
友達にも恵まれず、あまり良い学生生活を送ってこなかった俺にとって、これらの楽しそうな写真に対して羨ましさすら感じた。
「どう?思い出した?」
「…ごめん…何も思い出せない…」
俺にはこれしか言えなかった。
「そっか……まあ、ちょっとずつ思い出してもいいよ!むしろ、全く思い出せなくても今日この瞬間からウチと陽菜で楽しい思い出めーっちゃ作ったらええんやから!!」
少女の言葉に感激し、涙が出そうになった。
「ありがとう……由紀乃…」
「これからも、ウチと陽菜は一緒。陽菜がなるべく早く元の生活に戻れるように全力でサポートしてあげるから!!
突然何もかも奪われ、全くの別人として生きるように命じられた俺に与えれられた最初のボーナスは、かけがえのない「幼なじみ」だった。