初対面の親友
改稿予定です。
未だに現実を受け入れられないまま、1日が経った。意識が戻ったという連絡を受けて見舞いに駆けつけて来たらしい30代くらいの女性とセーラー服の少女、そして例の女医がベッドを挟んで向かい合っていた。女性の方は、母親か?いや、母親にしては少し若い様な気がする。一方のセーラー服の少女はおそらく兄弟か友達だろう。
「…意識ははっきりしているみたいです。一時はこのまま植物状態に陥ってしまうのではないかと心配だったのですが、回復してほんとに良かったです。」
女医が2人に向かって淡々と説明していた。
「ただ、少し後遺症というか…」
「後遺症?」
女医の言葉を2人は注意深く聴く。
「事故の衝撃や両親を突然亡くしたショックが原因だと思うんですが、ヒナちゃん、自分の事とか、全く思い出せないみたいなんです……」
「えっ………」
少女が呟いた。さっきまで比較的穏やかだった2人の表情が突然こわばっていく。
…というか、記憶喪失??その言葉を聞いた瞬間、俺は心の中でそんな馬鹿なと突っ込んだ。記憶喪失どころか、事故の直前までの記憶があるというのに。この女医は俺の声が出ないのをいいことに適当な事を言ってるなと思っていた。しかし、俺が今「全くの別人」である事を思い出したと同時に、女医が記憶喪失なんて言い出した理由が何となくわかった。
「えっ?じゃあ、名前とか、家族や友達の事とか、全く思い出せないんですか?」
女性が聞いた。
「はい…おそらく、あなた達が誰なのかもわかってないでしょうし、何故ここに居るかもわかってないでしょう…」
女医が残念そうに話した。
「えっ…嘘やろ!嘘って言ってや!!ウチ幼稚園の時からヒナの友達やねんで??一緒に遊んだ事とか、学校での事とか、全部忘れたん?なぁ、嘘やろ??なんで??なんでなん!!!」
女医の言葉を聞いた瞬間、少女が取り乱して俺の肩を揺さぶりながら泣き叫んだ。後ろで女性が狂乱する少女を必死に宥めている。今ここに居る「ヒナ」は、この少女が言う「ヒナ」とは全くの別人だと思うと余計に申し訳なく思った。
「いや、脳に異常が無ければすぐに記憶は戻るかもしれません。確証は無いですが、一生記憶が戻らないって事は、ほとんど無いです……」
慌てて女医が説明するものの、少女は一向に泣き止まない。
「ヒナ……なんでなん…なんでなんよ!!ウチとの事…なんで忘れるんよ!!!」
少女の悲痛な叫びが「ヒナ」になりすました俺に向けられる。申し訳なさで俺まで泣きそうになった。
面会時間が終わり、女医と二人きりになった。
「あの娘にはホント悪いわ。こっちまで心痛くなっちゃった。あんたも辛かったでしょ?」
辛いどころの話では無かった。今すぐ元の姿に戻りたいと思ったくらいだった
「でも、記憶喪失という事にしておいた方が、『ヒナちゃんとしての世界』にゆっくり馴染む事が出来るでしょ?無理にあれこれ詰め込んだって覚えられないもの。」
俺が察していた事と、女医の魂胆がだいたい一致していた。」
「あっ、言い忘れてたけどこれがあんたの新しい名前ね。ちゃんと覚えておくように。」
そう言って、女医は書類の名前の部分を指差した。そこに書かれていた名前は、「福本 陽菜」。
「まあ実質今日から新しい人生の始まりってところかな。あの人達が誰だとか、なぜ陽菜ちゃんが人生をリタイアしたかってのとかはまた今度ゆっくり教えてあげる。もうすぐ声出せるようになるから、明日は一日ボイストレーニングね。じゃあ、また明日。」
そう言って女医は出て行った。病室が何とも言えない虚無感に包まれる中、俺はあの少女の狂乱する姿を何度も思い出していた。