第六話 初仕事、初騒動
神殺しに来て初めての休日を過ごしてから数日後、神殺しに一件の依頼が舞い込んだ。
「村田さん、現在行われているデモの警備が不足しているようです。こちらからも数人、人を寄越してほしいとの依頼です」
「お国に恩を売るのにいい機会だ。それに、どうせ突っ立ってるだけだろうからな。あいつらの初仕事としては十分だな」
お国に恩を売る。こういった行いによって、神殺しは守られている。世間的にも、政治的にも。
「そうですね。それでは、朝になったら招集しましょう」
路乃は依頼に簡潔に『承りました。』という趣の返信した。
「それにしても、あのデモにうちを使うかね」
「急な依頼でも対応しますし、普通の警備会社に依頼するのと違って、社会奉仕という名目上、依頼料は不要ですからね。警察側は木偶だとしても欲しいでしょうから、裏の事情を考慮しなければ当然の選択ですね」
「ハァ……面倒が起きなけりゃいいんだがな」
路乃と村田はその依頼に一抹の不安を抱えていた。
翌朝、上笠修也、水無月蓮華、寺岡共輔、舘照美、安城烈也、安城穂波の六名が、揃いの制服に身を包んで玄関ホールに集まった。
「だっはっはっ、まだ服に着られてるな。まだ青い」
村田が豪快に笑って言う。
この制服のデザインは真っ白で腕や脚の側面部分に一本の赤いラインが入っている。そして胸の部分には剣、鏡、勾玉が真ん中で分断された神殺しのマークが入れられていた。
形式は様々で、上着はジャケットやシャツ、パーカーなど複数のタイプがある。ボトムスは男性には通常のパンツタイプとハーフパンツタイプがあり、女性はそれに加えてスカートタイプとロングスカートタイプがある。
この形式の多様性は警察官などのような堅苦しさを緩和すると同時に、各個人のやる気の向上を考えてのものだ。
それぞれが好みに合った服の形式のものを着用している。それでも、白が基調の厳格さを感じるデザインは修也達にはまだ合わなかった。
「おっさん、そんな事を言う為に集めたんじゃねぇんだろ」
寝起きな所為か、修也はイライラしている。
「そうだったな。今日はデモの警備だ。どうせ配置されるのは端の方だろうが、立派な仕事だ。心して掛かれ」
「あの」
蓮華が凛然として右手を挙げる。
「何故、あのデモに私達が借り出されるのかしら?メールを確認した時から疑問で」
「それは――」
「そんなの人手が足りねぇからに決まってんじゃん」
蓮華の質問に村田が返答しようとしたが、修也が遮った。
「ハァ……」
蓮華が重い溜息を吐いた。
「それくらいメールに書いてあったじゃない。あたしが言ってるのは、『神判者の摘発、拘束に関する法案』のデモの警備側にあたし達が参加するのかって事」
「なんだそれ?」
「ニュースくらい見なさいよ。馬鹿」
今度は蓮華だけでなく、修也と共輔を除いた全員がため息を吐いた。
路乃と村田がやれやれといった表情で説明してやる。
「今回の法案は、複数人の証言があればその者を神判者として拘束、拘留出来るという法案です。神判者と一般人の見分けは通常不可能ですし、その者が能力を持っていないとしても、証言が嘘であると証明する方法はありません。目撃証言以外に頼れる情報の無い現状ですので、神判者を取り締まるにはこうするしかありません」
「要約すると、どいつが神判者かわからねぇのをいいことに、数人が共謀するだけで任意の相手を誰だろうと拘束出来ちまうっていうザル法を採用しちまおうってことなんだ」
「じゃあ、そんなのはダメにすればいいじゃん」
修也が能天気に言って見せる。面倒だと判断した途端に頭を使うのをやめるというのはいかがなものだろうか。
「そうもいかないんです。神判者の活動は世界各地で問題になっています。海外ではヒーローの個人的な活躍で一部抑制できていますが、ヒーローのいない我が国としては、たとえ結果的に否決する予定のザル法案だとしても国が何かしら対策を講じているというポーズを取っておかないと示しが付かないのです」
「ふーん」
修也は完全には理解していない様子だが、とりあえず返事をする。
「話が逸れたが、残念ながら修也の言う通りなんだ。わざわざ形だけの法案の為に割くような人材が足りてない。だけど金は使いたくない。でも、人を足りないままだと示しが付かない。難儀なもんだよ」
村田の言葉には、自身の感情が幾分か含まれているように感じられた。
「ハァ……形だけでも、自分達が酷い目に会う法律を手助けするのは気が引けるわね」
「それでも仕事だ。割り切ってくれ」
不満そうにする蓮華に村田が言った。
「それでは、怪我をしないように。それを念頭に置いて頑張ってください」
「はい」
六人は路乃と村田に見送られて本館を出ていった。
「ん?なんだそれ?」
本館を出てすぐのところで修也が蓮華の腰元の違和感に気付いた。
「あぁこれ?路乃さんが使いやすいようにって用意してくれたのよ」
蓮華の腰には左右二対のホルダーが付いたベルトが巻かれており、そのホルダーには500mlのペットボトルが計四本収められていた。
「へぇ~、でも、この前は結構たくさんの水を持ち上げてたよな?それこそ、それだけじゃ足りないくらいに」
感心しながらも修也が無神経に言った。
「あんたねぇ、2リットルの水が何キロか知ってるの?」
「2キロだろ?常識じゃん」
修也が当然のように即答する。蓮華が言ったのは単純な質問ではなく、皮肉だという事に気付いていない。
「使えるからって5キロや10キロの水を持ち歩いてみなさいよっ!腰は痛めるわ、足は太くなるわ、ヒールなんて履いた日には足首へし折れるし、地獄よ地獄」
蓮華は修也の無神経さに怒っている。実際、そんなに重い物を担いでいれば、いやが応にも鍛えられてしまうだろう。
スラッとした体型が綺麗な蓮華にとって絶望的な程に手足が太くなる。女性にとっては死活問題だ。
「なら、能力で持って歩けばいいだろ」
修也は適当に言う。
「最大限の力を使い続けるのがどれだけ集中力使うかわかってんの?!同じ操作系のくせに」
「空気なんてそこら中にあるからな。お前の気持ちはわかんねぇよ」
「あ゛あ゛っ!!信じらんない!」
売り言葉に買い言葉。やはり相性が悪いようでまたしても喧嘩に発展しようとしている。
「そこら辺にしとけよ」
「お、落ち着いてください」
また喧嘩が勃発しそうな二人の間に共輔と照美が割って入った。
「チッ……」
「ふんっ……」
修也と蓮華は二人を挟んでもなお、睨み合いを続けている。とりあえず、口喧嘩に発展する前に止められたようだが、完全には収まっていない。
「サンキュな」
「い、いえ、とんでもないです」
お礼を言った共輔に対して照美が恐縮する。その直後、照美の顔がどんどん真っ赤に染まっていった。
修也と蓮華の間に割って入ったので、共輔と照美は意図せずして並んで共輔と歩いていた。それに気付いたのだ。
距離を空けようにも反対側には蓮華がいるので離れられない。突出して歩くなんて選択肢自体が無く、後ろには安城兄妹が歩いているので遅れることも出来ない。四面楚歌だ。もっとも、照美が勝手に敵かのように錯覚しているだけなのだが。
「あ、あぅ……あぅ……」
修也と蓮華の喧嘩などそっちのけで、照美は目を回す。
なんだかんだでいつもの調子だ。よく言えば緊張をしていないという点は十分評価に値するだろう。しかし、悪く言えば緊張感が無いという事であり、これが悪い事に繋がらなければいいのだが。
六人は神山療養所の門を出て、デモの現場へと向かって行った。
初めての任務。六人の最初の一歩が踏み出されたのだった。
デモの現場へと到着した。
現場の最前線は騒然としており、デモ集団の抗議の声が怒号のように重く低く辺りに響いている。
「すっげぇ迫力だな」
六人は到着して早々にその場の雰囲気に呑まれそうになっている。
「君達が神山療養所から来た人達かな?」
警備員の一人が近寄って話しかけてきた。
中年程度のガタイのいい男で、まさに警備員といった風貌だ。
「はい、本日はよろしくお願いします。微力ながら、ご協力させていただきます」
意外にも穂波が一歩進み出て深く頭を下げる。他のメンバーもそれを見てから遅れて頭を下げる。
「ああ、よろしく頼むよ」
平然とした様子で答えているが、警備員はどこか怪訝そうな眼をしている。まるで、何か見たくないものでも見ているかのような眼だ。
療養所と名乗り、精神病患者として処理している以上、能力に関する事情を知らない下っ端の警備員ならば仕方のない反応である。仮に能力について知っていたとしても、一緒にいて気分のいい存在ではないのだろう。
だが、何よりも理解してもらいたいのは、その眼をする人間に対して敏感な人間が所属しているという事だ。隠しているつもりでも、受ける側はそれを察知している。
「じゃあ、この道を真っ直ぐ戻ってもらって、交差点の手前辺りを警備していてくれ」
「はい、ご指示の通りに」
その警備員の指示の通り、五人はデモの最後尾の方へ歩いていった。
「なんかこうもあからさまだと腹が立つな」
最後尾である交差点の手前に到着してすぐに共輔が文句垂れる。
五人が配置された場所には、他の警備員の姿は一切見当たらなかった。やっと見えるのは数十m先の方で、配置するだけして近寄りたくないといった具合だろう。こんな待遇では共輔でなくとも、不快になる。
「仕方がありません。これが現実です。たとえ役に立つとしても、異能力を持つ人間に対する嫉妬や恐怖は拭いきれないでしょう」
「めんどくせぇな。持ちたくて持った力じゃねぇのに、嫌われるってのは理不尽だ」
「あんたもその力を利用してるでしょうが。結局、能力でなくとも、人と違う人間は周りから反感を買うのよ」
「割り切るしかありません。とにかく、今日のところは仕事を全うしましょう」
メンバーの口から愚痴が出始めたところを穂波が早々に収集を付けた。いい判断だ。今は愚痴を言うよりも先に仕事を終わらせてしまうべきだろう。
五人は歩道に沿って一直線に並ぶ。
人が車道に出ないように、立っているだけの簡単な仕事だ。最後尾の方は先頭の方程激化もしていないので、本当に立っているだけ。だが、すぐに周囲がざわつき始めた。
「ねぇ、あれって」
「多分そうだろ。前に見た事あるし」
ひそひそとした声が聞こえてくる。しかし、その声の主達の眼はさっきの警備員のような雰囲気ではなく、まるで有名人でも見るかのような雰囲気だ。そして、その声は波紋のように人ごみの中を伝わっていった。
「ねぇ、あんた何かした?」
「んなわけねぇだろ。お前じゃねぇの?」
「どちらも違いますよ」
またしても修也と蓮華が喧嘩を始めようとしたのを穂波が遮った。
「おそらく、この制服の所為かと」
穂波が自分の制服を指で軽く摘まみながら言った。
「主にネット上では私達の制服は、警察の特殊部隊、テロ組織、アイドルグループ等の様々な見解があります。ですが、この場にいる以上、警察の特殊部隊と思われたと考えるのが妥当でしょう」
「へぇ~、そんなもんか」
「この制服って意外と効果があるのね」
穂波の説明に素直に感心する二人。こういうところは似ているのだから、まったく相性が悪いという事はないと思うのだが、同族嫌悪という言葉もある。人付き合いとはうまくいかないものだ。
そうして三人が会話をしていると、誰かが人ごみを分け入って先頭の方から走ってきた。そして、誰かが抱えているのか、人ごみの中から一人の痩身の男が顔を出した。
痩身の男はメガホンを手にしており、こちらをじっと睨みつけたまま喋り始める。
「あ!あ!ゴホン、私はこのデモを計画した組織のリーダーである。キミ達は普通の人間とは違う。そうだろう?その制服を見ればわかる」
妙に確信めいた言葉を口にする痩身の男。
痩身の男はある程度、制服について知っているようだ。それも能力に関しても多くを知っている、もしくは能力自体を所持している可能性が高い。
「だというのに、何故そちら側にいる。裏切ったというのか」
痩身の男の言いたい事はわかる。出発前に村田や路乃が抱えていた不安が的中した。それも最悪のパターンが。デモ側にこの制服について詳しく知っている人間がおり、その人間が修也達に難癖を付けてくる。面倒な輩の逆鱗に触れてしまったのだ。
とはいえ、裏切るとは勝手な被害妄想だ。修也達は何の関係も無いのに、勝手に仲間意識を持ち出して言いがかりを付けている。修也達にとって迷惑極まりない。
「めんどくせぇな。仕事なんだよっ、仕事」
「そんな事を言っても無駄だ。貴様らは我々を裏切った」
痩身の男はまるで聞く耳を持たない。デモのリーダーをしているくせに話が通じる相手ではなさそうだ。
周囲の人々は不穏な空気を察知し、痩身の男の周りから人が消えた。すると、人ごみに遮られて見えなかった男を持ち上げている大柄で太った男と、その横に控える二人の男の姿が露わになった。おそらく、この四人が主犯だと考えていいだろう。
痩身の男はメガホンを脇に抱え、両手で筒を作り、その端に石を持っている。
「なんだ?あれ」
修也達には痩身の男が何をしようとしているのかわからなかった。
痩身の男は何やら、手で作った筒に向かって息を吹き込み始める。そして、痩身の男が三度目の息を吹き込んだ瞬間、修也の頬を何かが掠めていった。
修也の背後では石が地面に激突し、カツンッという大きな音が響いた。
まるで、手自体が吹き矢となり、それを吹いているようだ。やはり、普通の人間ではない。能力者、それも神判者の部類に属する者だったようだ。
「今のは威嚇である。そちらが引き下がらない場合、実力行使も厭わない」
馬鹿げた宣言をする痩身の男。
「能力持ちかよ……めんどくせぇ」
修也達はどう捌いたものかと決めあぐねている。そうして何も出来ずにいると、痩身の男が再度口を開いた。
「おい、やれ」
痩身の男がそう言ってすぐ、痩身の男を降ろした太った男がこちらに向かって何かを投擲した。
その何かが地面に落ちた途端、辺りを爆風と爆音が包んだ。
「きゃあ!」
「ぐっ」
修也達は何とか踏ん張って爆風を耐える。
かなり手前で着弾したのと、そう大きな爆発ではなかったので、大事には至らなかった。だが辺りに響いた爆音は、その場にいた人々をパニックに陥れるには十分だった。
辺りに爆音と同じくらい大きな悲鳴が響き渡る。
主犯の神判者と思われる四人を残して、人々は散り散りにその場から逃げ出し、すぐに警備員の一人が駆けつけた。
「何ですか、今の爆音はっ」
「神判者によるもののようです。ここは私達が収めますから、そちらは避難誘導を」
パニックの中でも穂波は冷静だった。駆けつけた警備員への対応も冷静かつ的確。こういった事態において、冷静なことはとても心強い。
「は、はいっ、よろしくお願いします」
不良の喧嘩を止めるのが精々で、神判者相手に体術や警棒程度では対抗し得ない警備員は一度敬礼をして去って行った。
「皆さん、路乃さんから言伝を預かっています。神判者による暴動が起きた際は、可能な限り時間を稼いでください。すぐに第二班である国府田将樹さん、祖麗綾乃さん、瑠璃川紗莉亜さんを派遣しますので、戦闘行為は避けるように、と」
穂波が全員にそう伝えたのだが、
「喧嘩を売られて黙ってろだと?そんなのは出来ねぇ相談だ」
共輔が戦闘宣言をした。相変わらず血の気が多い男だ。
「よっしゃ、俺もやってやるぜ」
調子のいい修也が共輔に賛同する。
「やらなければやられるだけだ。攻撃されれば無抵抗とはいかない」
更に烈也までもが乗り気だ。
男とは何故これ程までに好戦的なのだろうか。現場にいない人間にはもちろん、現場にいる人間にすら手に負えなかった。
「なら、これを食らうだ!」
その場に残っていた四人のうち、太った男が抱えた段ボール箱から何かを取り出し、放った。先程の事を考えると爆弾であると考えるのが自然だろう。
爆弾が頭上に降り注ぎ、五人は爆発の轟音と土埃の中に消えた。
「村田さんっ、暴動が起きたそうです。最悪の事態です」
「ハァ……暴れたらさらに神判者が危険視されて自分達が不利になるってわからないんかね」
村田も路乃も揃って頭を抱える。
村田の言うように、神判者の危険性を訴えている相手に対して神判者が能力を使って訴えるなどという手段を取れば、より一層取り締まらなければならないという考えが広がるだろう。少し冷静になればすぐにわかる。あの痩身の男は相当頭に血が上っていたのだろう。リーダーとしての素質を疑いたくなるが、そんな事はどうでもいい。
「想定した通り、第二班を出します」
「って事は、俺が車を出さなきゃならんのか」
村田は二重の面倒に頭痛を感じ始めていた。
「邪魔くせぇなっ」
修也によって辺りに舞っていた土埃が即座に吹き飛ばされる。
視界が晴れると、五人は爆発によって分断され、それぞれの相手と対峙していた。
「ビル風か。それで、君が僕の相手か、いかにも頭の悪そうな男だな」
「ガリ勉くんには言われたくないね」
「手は出すなって言われてるのに……」
一カ所では、修也と蓮華が何かのケースを持った細身のメガネをかけた男と、
「お前さんの知り合いに建築関係の人っているかい?」
「何言ってんだ?お前」
また別の場所では、共輔が身の丈の半分程もあるベニヤ板を抱えたねじり鉢巻きの男と、
「細っこい男だな。ちゃんと飯食ってるだか?」
「…………」
「食べ過ぎのあなたよりは健康的かと」
さらに別の場所では、烈也と穂波が爆弾を投げた大柄な太った男と対峙していた。
最初に動いたのは太った男だった。
「こいつは美味ぇだよ」
太った男は段ボール箱から何かを取り出した。
蜜柑だ。
「何をする気でしょうか。他に武器も無さそうですし、状況的に考えれば、あれが爆弾だと考えるのが妥当ですけど……」
「下がれ」
「はい」
穂波は烈也に促され、二人から距離を取った位置に退いた。
初めての実戦にもかかわらず、二人はとても冷静だ。パートナーへの圧倒的な信頼と特訓による確かな成長の実感が二人をより冷静にさせる。
「そらっ、食らうだっ!」
太った男は烈也に向かって蜜柑を投げつける。
放物線を描くその軌道を烈也の視線が追う。
「爆発物」
そう呟くと、烈也はその場から飛び退いた。
直後、蜜柑が地面に接触すると同時に、先程起こった爆発と同じ爆発が起きる。
飛び退いた烈也は即座に地面に伏せ、受ける爆発の衝撃を最小限に抑える。戦闘における的確な判断。夏海の教育の賜物だ。
「地面に付くと同時……爆発……」
その爆発を見た直後、穂波はノートPCのキーボード部分に触れる。すると、画面には人物の写真と能力の詳細な情報が次々に映し出される。
神殺しには神判者であるないに関わらず、世界各地で確認されている能力の情報が蓄積されている。
その情報が目にもとまらぬ速さで映し出される。到底人間の目で追える速度ではないが、能力によって電脳内において『Mia lady』にも劣らないスピードで思考の処理が出来る穂波にはすべての情報が理解出来ていた。
「出ましたっ!着弾時に物体を爆発させる能力。類似能力に石を利用する能力が確認されています」
見事に敵の能力を割り出した。すべての能力者のデータを参照して似た能力を探し出すという荒業。『Mia lady』の高速処理能力と穂波の能力の両方が掛け合わさり、初めて可能な芸当だ。路乃もこれを見越して穂波に『Mia lady』を与えたのだろう。
「んなっ、なんでわかっただ」
太った男が狼狽する。おそらく、今までここまで容易く、しかも詳細に見抜かれた事が無いのだろう。
それにしてもこの男もわかりやす過ぎる。もっとも、穂波にとっては推測で割り出せる程の情報は既に得られている。
「着弾時……了解」
烈也が低く返事をし、太った男を睨み付ける。
「うぐぅ……」
鋭い眼光とただならぬ殺気によって太った男は半歩後退る。
「ぬうううう!!関係無いだ!おらの力に敵うはず無いだ!!」
太った男は遂に吹っ切れた。顔を真っ赤にして激昂し、段ボール箱から両手一杯の大量の蜜柑を持ち出す。
一つでは小規模な爆発だとしても、あの量ともなれば、最悪の場合自分もただでは済まない。完全に冷静な判断を出来なくなっている。
「そーら!」
太った男の大声と共に大量の蜜柑が烈也の頭上に降り注ぐ。
「くっ」
烈也の足が止まる。どの方向へ避けるかという一瞬の迷いが烈也をその場に縛り付けたのだ。
「左斜め前方です!」
穂波の声が響き、その声に従って烈也が左斜め前方へと跳躍する。
その直後、烈也の背後で爆発が起こり、爆風が烈也を襲う。だが、その衝撃は軽微なもので、烈也は苦も無く受け身を取る。
一瞬で蜜柑の数の少ない位置を判断し、より安全な方へと誘導指示をする。路乃の教えた指揮能力。穂波は屈指のオペレーターとして教育され、それを見事に修得して見せていた。
「まだやるだ!」
太った男が段ボール箱から更に二つの蜜柑を掴み出す。意外にも対応が素早く、烈也は未だに体勢が整い切らず、その場から動く事が出来ない。
そして、周囲に破裂音が響いた。
「んぐぅ、目が!目が痛いだあ!」
手に持っていた蜜柑が突然炸裂し、太った男は顔面に果汁が浴びた。その果汁が目に入り、男は目を押さえて苦しんでいる。
「よし」
烈也が安堵する。破裂が爆発のトリガーになってしまうという事態を想定していたが、それが起こらなかったからだ。
烈也の能力は強力無比。物体相手ならば、問答無用でその物体の成す意味を奪ってしまう。それと同時に殺傷能力が高いので加減が難しい能力でもある。
そして好機とばかりに烈也が駆け出す。
「うぐぐ」
太った男は必至で顔を拭い、辛うじて開けた目がぼんやりと烈也を捉える。しかし、もう遅い。
「ふんっ」
烈也の拳が太った男の顎を突き上げる。
「ごがっ」
太った男は脳を揺らされ、堪らず体勢を崩す。
「図体の大きい相手」
すかさず烈也がローキックを放ち、足を払われた太った男の巨体が地面に横向きに倒れた。
「ぐ、うう……」
太った男は戦意を喪失して呻き声を上げるが、烈也はそれでも攻撃の手を休めようとしない。
「水月」
「があっ!」
烈也の蹴りが太った男の鳩尾に突き刺さり、太った男は堪らず気絶した。
敵の反撃を許さない流れるような戦闘の運び、敵の急所を的確に捉える鋭い体術。大和と夏海の教えは確実に烈也の身に刻み込まれ、烈也は見違える程の成長を遂げていた。
こちらでは鉢巻男がベニヤ板を構えたまま、共輔と睨み合う。
鉢巻男はベニヤ板を持っていて機動力に欠けるので動けない。共輔も得意のインファイトに持ち込もうにもベニヤ板が若干の障害になる。
お互いに動き出さない所為で、共輔にイライラが募っていく。
(攻めて来ねぇんじゃ埒が明かねぇ、行くか)
共輔がついに痺れを切らして走り出す。鉢巻男は動かない。
(確か、盾持ちは真っ向からじゃダメだと言われたが、ベニヤ板だしな。ぶち抜けるか)
共輔は思い切り振りかぶってベニヤ板を殴りつけた。
「痛っ」
叩き割る事を前提としていたのだが、ベニヤ板は共輔の拳をいとも容易く受け止めて見せた。
「くそっ」
共輔は痛みを堪え、走りの勢いを殺さないうちに、鉢巻男を盾ごと蹴り飛ばした。
「うわっ」
鉢巻男は吹き飛ばされ、共輔は反動を利用して数歩分距離を取った。
盾持ちに対する有効な手段。盾は攻撃を防ぐが、勢いは殺せない。それを利用する。今まで単純な殴り合いしかしてこなかった共輔には出来なかった戦い方だ。
「痛って~、何だこれ!」
そのベニヤ板のあまりの硬さに共輔は拳を痛め、右手を痛そうに振っている。
すると突然、鉢巻男が何かを語りだした。
「これぞ、我ら小井戸材木店の特殊建材。史上初!木材の質感を保ちながらも、鉄の様な硬さを実現した。お買い求め頂けるのは小井戸材木店だけ!」
どうやらベニヤ板の宣伝のようだ。
「鉄の様に硬いだと?そんなの普通の鉄の盾と変わらねぇじゃねぇか」
「なんだと!お前は木材の良さを分かっていない!」
「な、なんだよ……」
共輔の言葉が逆鱗に触れたらしく、鉢巻男は声を荒げだした。
「意図的に作られた模様と違い、重ねた年月の分だけ深みと美しさを増す木目。無機質な鉄と違って、温かみのある肌触り。何よりもその軽さ!それが無骨な鉄と違う点だ。これがわからないとは、お前は人生のすべてを損しているぞ」
鉢巻男はベニヤ板を掲げて熱弁している。狂信的なのは勝手だが、それを人に押し付けるのはいかがなものか。
「訳わかんねぇな。とにかく、鉄と同じ硬さなんだろ?」
「木を侮辱するな!」
鉢巻男は懐から10cm四方程度の木の板を取り出し、共輔に向かって投げつけた。木の板はまるで手裏剣の様に真っ直ぐに共輔に向かってくる。
「所詮木だろ。叩き落としてやる」
共輔は木の板を迎え撃つ気身構えている。
「ダメっ!」
共輔の元に木の板が到達する直前、共輔の体が左へと突き飛ばされる。そして、共輔が元居た場所が歪み、共輔を突き飛ばした犯人が姿を現した。
照美だ。
人に注目されるのが苦手な照美は、ずっと姿を隠して控えていた。最初の爆発から足が竦んで動けずにいたのだが、共輔の危機を察知し、共輔を守ったのだった。
木の板が照美の背後を通過し、靡いた照美の髪を少量切断していった。もしも、共輔がその身で受けていたならば、大怪我をしていただろう。未だに油断の抜けきらない男だ。
「小井戸材木店は細工の技術も一流。まるで刃物の如き鋭さも実現した」
「あんにゃろ!」
「ダメです!」
上体を起こして鉢巻男に向かおうとした共輔に照美が抱き付き、その姿がどこかへ消えた。
「ん?どこに行った!」
鉢巻男が叫び、辺りを見渡す。当然二人の姿はどこにも無い。
「て、照美」
「シッ、静かに」
照美は声を潜めながら、人差し指を自分の口の前に持ってきて、静かにするようにジェスチャーする。
「こっちへ」
照美は共輔を抱き起こし、その場を離れる。
「まだそこにいるのか?!」
鉢巻男は二人が消えた場所へと木の板を投げつける。木の板は地面のアスファルトに小さな傷を残した。切れ味はナイフの比ではないようだ。
照美は共輔に抱き付くようにして、鉢巻男の背後へ向かって移動していく。
「すみません、ほとんど一人分しか隠せないので。我慢してください」
「お、おう」
照美の横顔は勇ましく、初対面の時のような弱々しさは感じられなかった。共輔もそれに驚き、思わず息を呑む。
普段ならば演習の時のように怯えて戦線を離脱。その後陰からサポートするというのが精一杯の照美だが、初仕事の緊張と突然暴動が起きたことによる混乱、さらにそこへ共輔のピンチといういくつもの逆境が重なったことでトランス状態へと陥ってしまったのだ。
「これを……」
鉢巻男の側面にまで来た所で照美が地面に転がっていた小石を手に取る。
あまりにも落ち着き払ったその判断には共輔どころかトランス状態により心の奥底へと追いやられてしまった照美本来の人格ですら驚くだった。
「寺岡さん。私が気を引きますから、その間に」
照美の言葉に共輔は強く頷く。
それを確認した照美は反対側の茂みへ小石を放った。
「ん?」
小石はガサガサと音を立てて茂みの中へと落下し、それを聞きつけた鉢巻男が勢いよく振り向いた。
「そこかっ!」
鉢巻男は馬鹿正直に茂みの方へと木の板を放り投げる。木の板は枝葉を切り裂き、木の幹へと深く突き刺さった。
その隙に共輔が照美の能力の範囲外へと飛び出した。
陽動作戦は見事成功。鉢巻男の注意を逸らし、その隙に共輔が男の背後を取ることができた。
「はっ?!」
わずかな足音と気配を捉えた鉢巻男が目線を共輔の方へと向ける。しかし体が追い付かず、盾を構えている余裕は無い。
「そおらっ!」
共輔の拳が鉢巻男の横っ面を捉え、鉢巻男の体がわずかに浮いて吹き飛ぶ。
「チィ……」
殴り飛ばされた鉢巻男は上体を起こし、口の端から血を流しながら共輔を睨み付ける。
共輔は怯まずに鉢巻男に向かって走った。
「くそっ、こっちだ!」
鉢巻男の視線が後方の照美の姿を捉えて一度共輔から外れ、一瞬悩んだ後に鉢巻男が共輔に向かって木の板を投げつける。しかし、共輔の顔に恐怖の色は微塵も無く、真っ直ぐに鉢巻男の方へと走り続ける。そして、
共輔の体を木の板が貫いた。
しかし、共輔の体に傷は無く、血も流れない。
その場にあったはずの共輔の姿が揺らぎ、本物の共輔が離れた場所に現れた。
演習の際に利用していた手だ。とはいえ、何の躊躇いもなく敵に向かい続けるなどそう簡単には出来ない。もしも、照美が能力を使用していなければ、共輔の体は本当に切り裂かれていただろう。お互いを信頼していなければ出来ない芸当だ。初めて共闘を意識しての戦闘にして、この信頼関係。恐ろしいものだ。
「ひ、ひぃ!」
万策尽きた鉢巻男は怯え、座り込んだままベニヤ板を構える。
怯えてはいるが、この体勢はとても強固だ。立っている時と違って、盾ごと吹き飛ばすといった方法も出来ない。
しかし、共輔は構わず鉢巻男に向かう。その顔は何かを企んでいる顔だ。
鉢巻男は一層守りを固めた。
「へっ」
鉢巻男の手前まで来た所で、共輔は急ブレーキをかけ、振り返った。その瞬間、鉢巻男の背後に何者かが現れた。
もう一人の共輔――分身だ。
「おらぁ!!」
気合の掛け声と共に、鉢巻男の後頭部へと思い切り体重の乗せたアッパーカットが繰り出された。
鉢巻男の体は前方へと吹き飛び、本物の共輔の足元へと伏した。
「よしっ、勝った!」
共輔は右の拳を自身の左手に打ち付け、喜びを噛みしめた。
共輔の戦闘術に照美の隠密行動。共輔は考えて戦うようになり、照美は逃げるだけだった姿勢が、攻撃へ転じる方向へと変わっていた。教えられた事を十分に生かしている。
不可視や虚像によって相手を翻弄し、分身によって相手の強固な守りをすり抜ける。お互いの能力の特性を理解し合い、信頼し合った上でのコンビネーション。
両極端な二人だが、存外侮れないコンビだろう。
「風、無し。ビル風、問題無い。いいコンディションだ」
メガネ男はブツブツと呟きながらケースの中を探っている。
「何なんだよ、あいつ。何をやろうとしてるのかがさっぱりわからねぇ」
修也はとても訝しげに男を睨む。
「知らないわよ。言っておくけど、あたしは手を出さないからね」
修也とメガネ男の方に背中を向けながら言う。蓮華は本当に戦う気は無いようだ。
「はぁ?どういうことだよ」
「だって、わざわざ喧嘩して叱られるなんて馬鹿らしいじゃない。適当にあしらっていれば応援が来るんだから」
蓮華の言う事は一理ある。そう命令されているのだから、当然。それに、蓮華にはあしらうだけの力と知恵がある。あしらうだけなら容易いだろう。しかし、防戦一方というのは非常に辛い。反撃しない相手はサンドバッグにすぎないのだから。
「けっ、いい子ちゃんぶりやがって。そんなんだから性格と一緒に顔までねじ曲がっちまんだよ」
「誰の顔がねじ曲がってるですって?!この世間でもずば抜けて整ったあたしの顔を見てよく言えるわね!性格だってあんたみたいな自堕落人間よりはずっとマシよ!」
その場を離れかけていた蓮華がわざわざ引き返してきて文句を言う。やはり、容姿に関して侮辱されるのは鼻持ちならないらしい。
性格が多少ねじ曲がっている自覚はあるようだが、修也にそれを指摘されたことで怒りが加速したようだ。もっとも、世の中には五十歩百歩という言葉があるので、どちらも性格がねじ曲がっているのは変わりないので人のことは言えないだろう。
「なんでそんなに自意識過剰なんだよ。顔だって他とそんなに変わらねぇじゃねぇか」
修也はこう言っているが、蓮華の顔はかなり整っている。正直なところ、蓮華の容姿が他と変わりないのではなく、比較対象になっている神殺しに集められた女子のレベルが高すぎると言っていいだろう
「ふんっ、あたしだって散々持て囃されてきたんですぅ~。男子だろうと女子だろうと、あたしの美貌は皆が認めていたんだから」
「どうだかな。案外お前の思い過ごしって可能性もあるからな」
こんな状況でもいつも通り喧嘩をしている。敵を前にしていい度胸だ。しかし、この二人の喧嘩は尽く長続きしない。それも外部からの介入によって。
瞬間、二人の間を何かが飛んでいった。
「ん?」
「何?」
目を向けるとそこには、紙飛行機が地面に突き刺さっていた。おそらく、あのメガネ男が投げたもので、能力によって鋭くなって刺さったと考えられる。
投げている物は紙飛行機でもアスファルトに突き刺さる鋭さ。こちらも侮れないようだ。
「見せつけやがってリア充め、許さん」
今回の二人の喧嘩はメガネ男によって遮られた。
「何言ってんだ?」
「知らないわよ。喧嘩売ったのはあんただし、勝手にやってちょうだい」
蓮華はそっぽを向いて今度こそその場を離れた。
「しゃあねぇ。おいっ、お前は俺が相手してやる。かかってこいよ」
珍しく啖呵を切る修也。それに反応してメガネ男のメガネに日光が反射して光る。
「僕はフェミニストだからね。女性にはすすんで手は出さないよ。でも、お前は許さない」
メガネ男の言葉には半分以上個人的な恨みや妬みが含まれているように思える。
「食らうといい」
メガネ男はケースから紙飛行機を取り出し、修也に向かって投げる。
紙飛行機はスィーと滑らかに飛んでくる。しかし、相手が悪かった。
「ほい」
修也が軽く腕を振るうと風が起こり、紙飛行機は軽く吹き飛ばされ、錐揉み回転しながら力無く地面に落ちた。
「そんな、嘘だろ。いや、焦るな」
メガネ男はもう一つ紙飛行機を取り出すと、また修也に向かって投げる。
「ほい」
またしても紙飛行機は地面に落ちた。
明らかに相性が悪すぎる。そもそも、紙飛行機というスピードの足りない武器の時点で相応に不利が付くだろう。しかし、アスファルトにすら深く刺さる事を考えると、人体ならばかなり深く抉ることが出来る鋭さを持つと見られる。長所と短所が明確ではあるが、どうにも扱いにくさが目立つ。敵ながら難儀な能力だ。
「くそっ」
「そらよっと」
メガネ男が投げる紙飛行機は、尽く修也の風によって落とされた。あまりにも簡単なので、修也はどんどん調子に乗る。
「はっはっはっ、お前に俺は倒せねぇよ」
修也が油断していると、メガネ男の背後から何かが飛んできた。
それは石だった。後方に控えていた痩身の男が能力を利用して放ったものだ。
石は修也の顔目がけて飛んでくる。しかし、修也は油断しきっており、目を瞑っていてその石の存在に気付いていない。愚かな男だ。
石の軌道は弱い風如きには狂わされず、修也に向かって一直線に飛んでいき、
パシャンという音を立てて停止した。
「あん?」
修也が音に気付いて目を開けると、目の前には小さな水の壁が出来ており、それによって勢いを失った石は水の中を沈み、地面に落下してカツンという軽い音を立てた。
「あんたねぇ、油断し過ぎ。馬鹿じゃないの」
あれだけ手を出さないと言っていた蓮華が修也を助けたのだ。
「手ぇ出さねぇんじゃなかったのかよ」
「あら?先にお礼じゃないの?」
「……サンキュ」
修也は不本意ながらに礼を口にする。
「ありがとうございます、蓮華様。じゃなくて?」
蓮華はここぞとばかりに調子に乗っていた。流石にこれ程までに調子に乗られれば、修也でなくとも頭にくるだろう。
「チッ」
修也が舌打ちをすると、目の前を何かが横切る。咄嗟に修也は指を動かした。
蓮華に向かって飛んでいた紙飛行機は、修也の起こした風に吹き飛ばされた。
「ありがとうございます、修也様。だろ?」
「お互い様でしょ、調子に乗らないで」
仲がいいのか、悪いのか。よくわからない。いや、悪いか。
「じゃあどっちが先にあいつを倒すか勝負だ」
修也がおかしな提案をする。ピンチに陥ったというのに、まだゲーム感覚だというのか。修也の伸びた鼻は簡単には折れないらしい。
「やらないわよ」
「負けた方が勝った方に飯を奢る」
「乗った」
いとも簡単に意見を変える蓮華。とにかく、自分が優位に立つ為にも生意気な修也に何かしらの貸しを作ってしまいたいようだ。
「よしっ開始だ」
修也はそう言うと同時に指を動かす。すると二人の足元に上向きの風が吹いた。
「きゃっ、馬っ鹿じゃないの!?ちょっとっ!!」
蓮華は咄嗟にめくれ上がるスカートを押さえ、出遅れた。
修也は勝つためには手段を選ばないようだ。とはいえ、この方法は姑息過ぎる。下衆と呼ばれても文句は言えない。
「く、来るなっ」
メガネ男は修也に紙飛行機を投げる。
しかし、当然修也によって吹き飛ばされる。
「よしっ」
修也はメガネ男へと向かって走る。
そして、またしても修也に向かって石が飛来する。ここまで流れがさっきと何も変わっていない。修也の学習能力はゼロなのだろうか。
「まったく、何やってんのよ」
水塊が修也を追い越して水の壁を形成する。またしても、石は水の壁に阻まれた。この流れも変わっていない。
なんだかんだ言いながらも、自分の負けを厭わずに修也をちゃんと助ける辺り、蓮華はある程度の協調性を身に着けているようだ。
「へっ、思った通り」
修也はそのままメガネ男の元へと突っ込む。
「食らえっ」
修也に追い風が吹く。まるで勝利へと突き進む修也の背中を押すように。
そして、修也はメガネ男の遥か手前で拳を振りぬいた。
「突風拳!!!!」
技名と共に放たれた風の塊がメガネ男に突進した。
メガネ男の体は宙を舞い、4,5mも先の地面へと叩きつけられ、メガネ男はそのままノビた。
「おっしゃ!」
修也は拳を突き上げ、ガッツポーズをした。
修也と蓮華は共に能力の使い方をしっかりと理解していた。演習の時の面影はまったく無い程に洗練され、己の扱うものの性質を上手く利用して見せた。
一方で紗莉亜が修也に教えた体術は見られなかったが、別の面が発揮されたようだ。
六人は今回の戦闘で、この約二週間の間の成長を見せつけた。それも少し前まで一般人だったとは思えない程の成長を。
相手が経験を積んでいないぽっと出の神判者だったとはいえ、ここまでスムーズに撃破するというのは簡単ではない。教えられたものを修得する吸収率が驚異的だ。
修也が得意気な顔をして佇み、周囲が静寂に包まれた。
しかし、そんな静寂はすぐに破られることとなった。
「プッ、ふふふっ、あはははっ」
蓮華が堪らず吹き出したのだ。
「ブ、ブラスト、くくっ、ブラスト、ナック、ル。ふふっ、あははははっ」
蓮華は口を押えて必死で笑いを堪えようとしているが、耐え切れずに腹を抱え笑う。深くツボに入ったようだ。
「ナ、ナイスネーミングセンス」
涙目になりながらサムズアップする蓮華。どうやら修也の『突風拳』が相当お気に召したらしい。
「なっ、べ、別にいいだろ!無意識に出ちまったんだよ!」
修也は顔を真っ赤にして抗議した。まさか、自分でも無意識のうちに紗莉亜の言葉選びが感染っているとは思うまい。
「わ、悪いなんて言ってないじゃない。でも、ふふっ、ブラストナックル」
「ぜってぇ馬鹿にしてるだろ!」
「してない、してないってば。最っ高!あははっ」
「笑いながら言っても信用出来るかよっ」
今回の喧嘩は修也の圧倒的劣勢のようだ。これで伸び切った修也の鼻も折れることだろう。
「畜生……」
「とうちゃ―――くっ!!」
修也が珍しく戦意喪失したところで、辺りに場違いとすら思えてしまう程の元気な声が響いた。
「盟友よ、大天使サリエルが舞い降りたぞ」
「ヒーローは遅れてやってくる!」
どうやら第二班、通称戦闘班が到着したようだ。
綾乃はパーカータイプにハーフパンツタイプの制服を。紗莉亜は私服をそのまま白く染めたような制服を身に纏っていた。
それと一緒にいるのが謎のヒーロー男。制服はジャケットタイプにパンツタイプと普通なのだが、目元だけを隠すようなヒーローマスクを付けている。おそらく、メンツ的にこのヒーロー男が国府田将樹なのだろう。
「むむむっ、敵は……あれ?」
綾乃は辺りを眺めてキョトンとした表情をした。
辺りには既に三人が倒れている。手を出すなと言われたにも関わらず、だ。
「ふむ、報告は四人。そのうち三人は皆が倒したという事か」
「路乃お姉さんの指示を無視するって……こ、今宵は嵐、いやアルマゲドンか」
感心する将樹だが、紗莉亜はどこか怯えたような様子だ。
「と、とにかくっ、残りの一人を捕まえなきゃ。えっと……見っけた」
綾乃は遥か遠くを必死で逃げている痩身の男を見つけた。
「よしっ」
綾乃の気合が入った声で将樹と紗莉亜が身構える。
「二人とも、いくよっ!」
綾乃の合図と同時に駆け――出さない。三人揃ってその場に並んだままだ。そして、紗莉亜が口を開く。
「今宵もまた、神の命の元、我は地上へと舞い降りた。我が名は大天使サリエル!」
紗莉亜は修也との初対面の時にも言っていた口上を述べ、妖しいポーズを取る。
「世に!悪人に!衝撃を与える激震の戦士!グレイト・インパクト参上!」
次に将樹が口上を述べて力強いポーズを取る。
「元気元気の元気印!サイキック少女アヤノ!」
今度は綾乃が口上を述べ、可愛らしいポージングをする。
最後に三人で口を揃え、
「「「我ら!ザラキエ・ヒーローズ!!!」」」
三人は見事な名乗りを上げた。
あまりにも突然の事に、その場にいた全員がポカーンと口を開けていた。
「完璧だ」
「決まった」
「かっくいいねぇ~」
三人は一時自分達の名乗りに酔いしれる。現在進行形で相手が逃げているのに悠長である事この上無い。
そしてその後、
「レッツゴー!」
「参る!」
「おう!」
今度こそ綾乃の掛け声で駆け出した。
三人は軽い雰囲気の走り出しからは想像出来ない程の猛スピードで痩身の男に迫る。
紗莉亜と将樹が並んで走り、その後ろを綾乃が付いて行く。そのスピードは驚異的なのだが、男の将樹と同じ速度で女子の二人、それも紗莉亜に至ってはスカートであるにも関わらず並んで走っているのは驚きだ。
「く、食らえっ」
痩身の男は両手で筒を作り、息を吹き込む。そして三人に向かって石が射出された。
ただでさえかなりの速度で射出された石が猛スピードで走っている三人に激突すれば、大怪我、最悪死に至る。しかし、三人の揺るぎない目を見ると、そんな可能性など一切感じられなくなる。
「いい物拾っちゃったもんね、そーれっ」
綾乃が手を振るうと、どこからかベニヤ板が飛んできて石を弾いた。
さっきの鉢巻男の持っていたベニヤ板だ。
石を弾いたベニヤ板はそのまま綾乃の近くを浮遊し、並行して移動する。
「た、確かここら辺に」
痩身の男は茂みを探り、大きな看板の様なものを取り出した。
「へへっ、こ、小井戸の細工したプラカードだ。こ、これなら防げる」
看板に付いた脚を利用して立たせ、痩身の男はその後ろに隠れた。複数人相手に機動性皆無の巨大な盾。明らかな悪手だ。この痩身の男はパニックになってしまっているようで、適切な判断が出来ていない。
「面倒だな」
そう言った直後、将樹がスピードを落として二人から遅れだした。
「任せるがいい」
紗莉亜と綾乃はスピードを落とさず走り続ける。
「使徒アンセスの導きし翼が、我を天空へと飛翔させんっ」
謎の宣言をして紗莉亜は小さく跳躍する。すると、その着地点にベニヤ板が滑り込んだ。
「もっかいいくよ、そーれっ」
綾乃の掛け声と共にベニヤ板が浮上し、紗莉亜を看板の上空へと跳ね上げた。
紗莉亜は上空で前転しながら器用に袖から木槌を取り出し、何かを喋り出した。
「大天使サリエルの名の元に執行する!!神の名を冒涜せし者に、裁きの鉄槌を!!!」
喋り終えると同時に紗莉亜の体が木槌と共に急降下する。
「執・行!!」
紗莉亜の裁きの鉄槌が、看板を真っ二つに叩き割った。
鉄相当に堅いはずの板をいとも簡単に叩き割る。紗莉亜の小さな体から繰り出される攻撃の火力は侮れない。
「ヒィ!!」
紗莉亜のあまりの力を目の当たりにし、痩身の男は腰が引けている。
「これで障害は無い」
遅れて走っていた将樹がジャストタイミングで走り込んでくる。
「悪人に衝撃を!」
将樹が痩身の男の懐に素早く潜り込んだ。
「掌底!」
「ぐっ」
宣言の通り、痩身の男に掌底が炸裂し、男は苦しそうに息を吐く。しかし、あまりにも浅すぎる。攻撃を受けた瞬間に咄嗟に後方へと跳んだのだ。聞きかじった程度の知識を実戦しただけなのだろうが、その無駄な抵抗により将樹の攻撃が最後まで完全に入りきらなかった。だが、将樹の攻撃はこれだけには止まらなかった。
「ダブルインパクト!」
将樹の宣言と同時に、既に将樹が触れていないにも関わらず、痩身の男の体が浮き上がった。
「ごふぉ」
痩身の男は今度は打撃をモロに受けてしまって上体を仰け反らせて吹き飛び、ノックアウトされた。
恐るべきザラ……ナントカ。ものの数分で一人を仕留めてしまった。
それも、それぞれにそれなりの見せ場を作りながら。各自の目立ちたいという意思の表れであり、半分以上遊ぶ余裕を示していた。
その後、現場に到着したパトカーに乗せられて四人は連行されていった。本来は神殺しの用意した車両を使って神殺し能力者の同伴の元で連行するのだが、今回の一件では影響系の神判者しかいなかったので、それで事足りてしまったのだ。
「いやぁ疲れた。頑張ったなぁ俺」
修也が目一杯伸びをする。
「いきなり自画自賛って、そもそもあたしが助けなきゃあんた大怪我よ?」
「お前が防ぐってわかってたからな。だから突っ込んだ」
「わかってたって、あんた……」
修也の言葉に反応して蓮華が僅かに身じろぐ。
蓮華は自分の心の中を見透かされているような気がした。修也がいくらムカついても、怪我をされたら困る、と思っていると。
「俺の第六感っての?それが囁いちゃってさ」
だが、ただの思い過ごしだったようだ。単純に調子に乗っていただけらしい。
「ふんっ」
蓮華のげんこつが炸裂した。何気に今回、修也達がマトモに受けた唯一の攻撃だ。共輔が盾を殴って自爆こそしたが、敵の攻撃はすべてかわすなり受け流すなりしてまったく被害を出していない。まともなダメージが味方からの攻撃とは、ある意味褒めるべきなのか、諌めるべきなのか。
「痛ってぇ!何すんだよ!」
「馬鹿を成敗したまでよ。このブラストナックル」
「なっ!?それは関係ねぇだろうが!てか俺の名前みたいに呼ぶんじゃねぇ!」
またしても喧嘩が始まる。いつでもどこでも飽きない二人だ。
「そういや、助けてくれてありがとな」
共輔が照美の頭をぐしぐしと乱暴に撫でた。
「い、いえ、その……ありがとうございます」
照美は顔を真っ赤に染めて俯く。乱暴であったが、照美にはこの上ない称賛だったようだ。
「ははっ、逆にお礼を言われるなんてな。面白い奴だな。それに戦ってる時は、別人みたいにかっこよかったのにな」
「戦って……かっこよか――あっ!!はぅ~」
「お、おい、大丈夫か?」
共輔に言われて戦っている時の状態、共輔に抱き付いていた事を思い出した照美は顔から湯気が出る程真っ赤になって卒倒してしまった。
それを共輔が抱き留めてくれたのだが、照美は気を失っていて気付いていない。せっかくのチャンスの逃して残念だと考えるか、はたまたこれ以上恥ずかしい目に合わないのでよかったと思うべきか。この二人もまた、見ていて飽きない。
一方、安城兄妹はというと、
「助かった」
「いえ」
多くの言葉を交わさずとも、わかり合っているといった風だった。流石は姉弟。二人の関係性は、いつでもこの調子のようだ
「あの……いい感じなところに水を差すようで悪いんだけどさ」
綾乃が珍しくおずおずと発言する。
「この後が、ね?」
「俺は知らん。己の任務は全うしたからな」
「修也よ。その……生きて帰って来てね」
戦闘班の三人の言葉は六人にとって不穏でしかなかった。
「いったい何を考えているんですか!!!」
路乃の怒号が玄関ホールに留まらず、神山療養所全体に響いた。
「大事が無かったとはいえ、私の指示を無視して戦闘行為に及ぶなんて」
六人が床に正座させられ、お説教を受けていた。
「万が一に、万が一にでも死傷者が出ていたらどうするつもりだったんですか?」
誰も答えられない。こういった場合、相手は返答を求めていない事が多い。質問をすることで、その点に関して考えるように促しているのだ。
「本当に……ハァ……今日のところはこれまでにします。処罰については追って連絡します」
路乃は何かを言いかけたが、眉間を押さえてその言葉を飲み込んだ。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
路乃のお叱りが終わったことを感じ取った恐れ知らずな穂波が手を挙げて質問の許可を求める。
「はい、何でしょう」
路乃の切り替えが早いのか、それとも叱っていた時の怒りようが演技だったのか怒りを感じさせない平然とした顔と声色で答える。
「あの四人はどうなったのでしょうか。パトカーで連れていかれたのは確認したのですが、それ以降の処罰などは」
確かに気になる事ではある。能力の所持だけでは人は裁けない。危険物の所持で立件しようにも、あの太った男の持っている物は紛れも無いただの蜜柑だ。他に武器としていた物も含め、能力を利用しなければ合法の物ばかり。現状の法律では裁く事は不可能なのだ。
「あの者達は……『教育』ですね。我々神殺しが責任を持って教育します」
さっきまで怒っていたとは思えない程に綺麗な笑顔だ。普通の笑顔と違う点は、体の底から寒気が込み上げてくるという点だろう。
「なるほど、ありがとうございました」
穂波は丁寧に頭を下げるが、内心は気を抜けば震えが止まらなくなりそうな程に怯えている。
何故なら、烈也と穂波は神殺しに所属するよりも前に騒ぎを起こしている為、一歩間違えれば自分達もその『教育』の対象になっていたと考えると恐怖以外の何ものでもない。
「いえ、それでは今日のところは解散とします。各自自室に戻ってゆっくりと休んでください」
そう言い残して路乃は玄関ホールから出ていった。
反省と意気消沈、恐怖など多くの感情を抱えるあまりに誰も動けないと思った矢先、烈也が立ち上がった。
「戻って休めとの指示だ。一度無視した分、今回は従うべきだ」
烈也はそのままスタスタと玄関ホールを出ていった。
「では、私も失礼します」
穂波も烈也の後を追って行った。
二人の行動は正しい。残って反省の意思を示そうとするのも大切だろうが、処罰が下される以上、今は指示に従って処罰を待つべきだろう。
もっとも、四人とも初仕事にして叱られるという大失態で意気消沈してしまって動けないだけなのだが。
玄関ホールを出ていく穂波とすれ違うようにして、隠れていた紗莉亜と綾乃が入ってきた。
「おぉ、五体満足。今日程喜ばしい日はあるまい」
紗莉亜が修也に駆け寄り、肩をポンポンと叩く。
「いやぁよかったね。路乃さんって命令無視にはすっごい厳しいんだよね。今日は一晩中お説教かと思ってたよ」
綾乃は頭を掻きながら笑っている。
綾乃の発した『すっごい厳しい』という言葉に四人の顔が不安に陰る。
「厳しいってどれくらいだ?」
「それはだな……うぅ、わ、我でも恐怖に支配され、翼をもがれたかの如く地に伏すしか無かった程だ」
修也が訊ねると、紗莉亜は体を小さく震わせて縮こまる。いつもは強気な紗莉亜がこれ程までに怯えるとは、どれ程路乃の下す処罰は厳しいのだろうか。
「具体的には?」
「ふむ、我は一度処罰を受けている。警備の任務においての事だ……」
紗莉亜が妙に静かなトーンで話し始める。まるで怪談でも話すかのような雰囲気だ。
「我が指示を無視して不審者を深追いしてな。大事にはならなかったのだが、戻った後の処罰が……」
紗莉亜はいいところで勿体付けて話を止める。
「ど、どうなったんだよ」
修也が急かすように言う。
「わ、我の……」
紗莉亜の言葉にその場にいる全員が固唾を飲み込み、緊張に固まる。
「我の天界の言霊を禁止したのだ!!!!!」
その場にいる全員が固まる。一瞬では理解出来ない言葉だったからと、それを理解した上でも、あまりにもしょうもない処罰だったからだ。
「それも三日もだ!!天界の言霊を発する毎に一回、頭を叩かれた。その三日のうちに我の英知を統べし、小さな賢者共は何億と息絶えたことだろう」
「あぁ~、それであの時ずっと泣きそうな顔で過ごしてたんだ」
「な、泣きそうになどなっていない!」
必死になって否定する紗莉亜。顔を真っ赤にして、大層慌てている。どうやら事実のようだ。
「なんだ、その程度か。そいつにとっては辛くても、処罰自体の重さは大したことは無さそうだな」
修也は安心して表情も緩んだ。
「変な言い方するんだもの。あたしもヒヤッとしたわ」
その場に張りつめていた空気も一気に緩む。それぞれの顔にも少しずつ笑顔が戻ってきていた。
「な、何故笑うっ!我にとっては死活問題。もとい、堕天使となる危険性を孕んだ問題だったのだ。通信機を取り付けられ、それが首枷のような形状をしていた故に、己の力だけでは監視下から脱する事は出来なかった。たとえ、聖水によってその身に溜まった穢れを浄化していた時ですらな……」
おそらく、入浴時ですら奇怪な言葉を使うことは許されなかったという事だろう。確かにその監視下にいる時間の長さは苦痛だと思える。
「ちょっと、それヤバくない?四六時中音声聞かれてるって精神的に持って行かれそうなんだけど」
蓮華が嫌悪感を丸出しにしている。これは蓮華でなくとも嫌悪感を抱かずにはいられない。プライバシーも何もあったものじゃないのだから。
「きゅ、急に怖くなってきました……」
「大丈夫。きっとそんな事ねぇって」
肩を竦めて怯え始めた照美の背中を共輔が軽く叩いて元気付ける。
「あう、ふぇ!?」
しかし突然の衝撃に小さく呻いた後、照美は元気を出すどころか顔を押さえてほとんど蹲ってしまった。どうやら抱き付いてしまった事が未だに糸を引いているようで、ほんの少しのボディタッチでも過剰に意識してしまうようだ。
「お、おい、どうしたんだよ」
急に蹲った事に焦った共輔が照美の肩を掴んで揺する。
「うぅ……」
今の照美では少し触れられただけでも耐え切れないというのに、ここまで長く接触されたらどれ程のものなのだろうか。
「どうすりゃいいんだ?気分でも悪ぃのかな?」
共輔も周りの人間に助けを求めようとあたふたしている。やはりここまでの反応をされるのは予想外だったようだ。
「それはあんたの所為だからねぇ~」
「気分が悪かったりはしないと思うけど、ちょっとね」
「我にとっては天界の盟約の元に禁じられし儀式。これ以上口を挟む必要はあるまい」
女性陣は誰も明確な答えを返さない。照美の気持ちも汲むならば当然の対応か。
「はぁ?まったく意味がわからねぇんだけど。中でも最後が一番わからねぇ」
そんな煮え切らない答えに共輔は頭を抱える。ただでさえ煮え切らないのに、紗莉亜の言葉はさらに難解だ。今回のように組み合わせられたら解読不能もいいとこだろう。
「なあ修也っ、お前わからねぇか?」
最後の頼みの綱である修也に賭ける共輔だが、これは人選ミスと言えるだろう。
「いや、そんなんわかんねぇよ」
案の定である。唐変木の修也が女子の心の内などわかるはずが無い。
「だあああ!もう、どうすりゃいいんだよ」
変わらず蹲る照美。絶叫する共輔。知らぬ顔の修也。苦笑いの女性陣。あれ程の騒動があったというのに、既にいつもの調子を取り戻している。
これは精神が図太いというのか、底抜けにポジティブというのか。どちらにしても、これから入る世界に適応出来る強い精神力の持ち主だと考えられるだろう。
驚異的な成長の速度に強靭な精神力。この世界の行く末を担うに相応しい力を備えた人材である。これからの更なる成長に期待すると共に、間違った成長をしない事を願いたいものだ。
その日の深夜。神山療養所の前に怪しい人影が四つ。
「着いたね。神殺し」
「ええ、噂によると人が増えたようですけれど」
「関係無いね。僕が全員をノックアウトして見せるよ」
「いーねいーね。みーんなやっつけちゃえっ!」
修也達に危険が迫っている。しかし、当人達は夢の中。とんでもない事態が起きようとしている事など知る由も無かった。