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第一話 歪な欠片達

 ある年、(いま)だかつて無い規模の世界大戦、後に一部で『ラグナロク』とすら呼ばれる戦争が勃発(ぼっぱつ)し、全世界が戦火に包まれた。

 多くの命が失われ、人々は悲しみに沈んでいた。

 そんな時、全世界で戦争の廃止を求める運動が起こった。人々はこれほどの惨劇を二度と起こさないようにと数ヶ国の大きな軍事力を持つ先進国が中心となって各国に呼びかけた。

 それにより疲弊し存亡の危機にすら晒されている国もある世界各国は武力の放棄を認め、この世界から戦争が消えることとなった。兵器と呼ばれる類の物はすべて姿を消し、人々は武力によって争う(すべ)を持たなくなった。

 そして人々がそんな世界になった理由など、とうに忘れた頃に人類の中に新たな人類が生まれ始めた。

 特殊な能力に目覚めたその者達は、争いを忘れた人類に争いを思い出させる為に神が力を与えた神の使いだと言われ、人々はその者達を『神判者(しんぱんしゃ)』と呼び、恐れた。

 力を得て各地で暴動を起こす『神判者』に対し、争いを忘れた人々は抵抗することも出来ずに只々怯え続けた。

 しかし周りと同調することを優先的に考える現在の社会において、力に目覚めても争いに利用しようとしない。それを隠し通そうとする者が多くを占めた。そんな中に争いを止める為に使おうとする者がいた。だが、決して割合は高くないその者達は、多くの『神判者』に個々で対抗するには力が足りなかった。

 争いの火種が燻る世界の中でも嫌戦争国として先頭をひた走っていた国『日本』に、そんな者を集める組織があった。その組織は『神殺し』と名乗り、悪質な『神判者』を排除することを目的としていた。その元に集う者達は、数少ない『神判者』に対抗する手段として力を持ち始めた。

 『神判者』と『神殺し』。二つの勢力による争いが始まろうとしていた。

 そしてこの物語は、その争いに巻き込まれようとしている六人の男女の物語。




 日本にある大きいとも小さいとも言えない中途半端な地方都市の街。この街はそれなりに発展した街であったが、神判者が現れてからは街の治安は悪くなる一方だった。国家的な戦争は無くなっても、ありとあらゆる武器が破棄されても、拳一つで成立してしまう喧嘩は根絶することは出来なかった。大通りから一歩裏道に入れば、世界各地で暴れる神判者に触発された若者達の喧嘩の絶えない街となってしまっていたのだ。

 この街に一人の神判者がいた。だが、その者は力自体には大した興味も示さず、怠惰(たいだ)な日々を過ごしていた。

「ふぁ~、あぁめんどくせぇ」

 暢気(のんき)欠伸(あくび)をしている男がその神判者、上笠(かみかさ)修也(しゅうや)である。

 『めんどくせぇ』とばかり口にするやる気の無い男で、能力を手にしたところで何に使うわけでもなく、平凡に過ごそうと考えている。

 だが、周りはそうはさせてくれなかった。生まれつき人を不快にさせる気質なのか、よく不良に絡まれる。

「おい!ナメてんじゃねぇぞ!」

 今も路地裏で五人もの不良に絡まれている真っ最中だというのに、肝の座った男だ。

「めんどくせぇからさっさと帰らせてくんねぇかな」

 退屈が過ぎる所為なのか、修也の中に眠気と倦怠感が生まれる。

 四人の不良達に囲まれているにも関わらず、この生意気な口の聞き方。肝が座っているのではなく、ただの阿呆なのだろうか?

「だいぶ調子に乗ってるみたいだな。痛い目みる前に土下座しろや」

 目の前にいるリーダー格の不良は悪い目付きを存分に生かして修也を睨みつけるが、修也にはまるで効き目を示さない。

「金出せよ、金。そしたら見逃してやってもいいぜ」

 隣にいた不良が再度脅しを試みるが、またしても修也の耳は届かない。

 しかし、この不良達もおかしい。ここまで生意気な態度をとっているのだから拳の一発でもお見舞いしてやればいいものを。おそらく喧嘩の弱いただのチンピラと言ったところだろうか。所詮は数で囲んで脅している程度のザコ(・・)のようだ。

「てめぇ、シカトかましてんじゃねぇぞ!」

 早くも痺れを切らした不良が修也を後ろのビルの壁まで突き飛ばした。

「痛って……」

 修也は壁に叩きつけられ、背中に軽い痛みが走る。『めんどくせぇ』と言って喧嘩を好まない修也も流石にやられてばかりでいるほどお人好しじゃない。やられたらやり返すと言わんばかりに反撃の意思を見せ始める。

「手ぇ出さなけりゃよかったものを……」

 修也は見えないボールを掴むように手を合わせ、力を込める。すると、とても弱い風が路地裏に流れ始める。だが不良達はそんな(かぜ)には気付かない。ただでさえ弱い風。更に頭に血が上っていればこの程度の事には気付けないだろう。

「あん?何か言ったかよ」

 不良も抵抗をしない修也に対してさらに強気に出る。修也が何をしているのかにも気付かずに。

「手ぇ出さなけりゃとか言ったか?痛い目を見るのはどっちか試してみるか?」

 不良はポキポキと指を鳴らして威圧しているつもりなのだろう。そんな行為に意味はない。それどころか、その言葉はそっくりそのまま自分へ返されることもわかっていないだろう。

 そして……十秒が経過した。修也が手を合わせてからだ。

「ふんっ」

 修也は壁を背に踏ん張り、合わせていた手を前へ突き出す。すると、ボンッという鈍い破裂音と共に凄まじい風が巻き起こる。辺り一帯にビュオオオオオ!!と耳をつんざくような風の音が鳴り響く。その場に存在するありとあらゆる物を吹き飛ばす突風が不良達を襲う。何が起きているのかを理解する間もなく、不良達の身体は宙を舞い、当然受け身など取ることもできずに壁や地面に叩きつけられた。

 路地裏は一瞬にして竜巻が通過したような荒れ果てた姿へ変わってしまった。五人の不良達が地に伏し、風によって舞い上げられた砂や落ちていたゴミなどを頭から被り、元々小汚かった姿が更に汚らしくなっていた。

 そんな中に唯一被害を免れた修也が悠然と立ち尽くしていた。

 修也の持つ能力は風を操作する能力。自称『空気泡』。掌で空気を集めて打ち出すというシンプルなもの。

 だが、打ち出すまでに約十秒の時間を必要とし、集めた空気は放たれた瞬間に拡散してしまって砲弾のような威力も無い。連発は出来ず、ただ突風が吹くだけの能力ということで、漫画やアニメのような神がかり的な能力を期待していた修也はこの能力はハズレだと思っている。

「ま、まさかこいつ、『神判者』か!?」

 不良達が揃って蹲ったり、腕や頭を押さえたりして痛みで動けない中、後ろに控えていたおかげで比較的被害を受けなかった下っ端が声を上げた。

「神判者?そんなもん知ったこっちゃねぇ。こんな力、あったところでどう使うかは俺の勝手だ」

 修也は自分を神判者と呼ばれ、声に怒気を帯びさせて拳を震えさせている。

 修也及び世間一般の認識だと、神判者とは能力を悪用、あるいは争いに利用する能力者を指す。よって神判者といえば悪人なのだ。とはいえ、悪用しない者と区別されることは無い。たとえハズレの能力を持ち、それを悪用する気が無くとも、人々にとっては能力を持つ、それだけで恐怖の対象となる。そして、能力を持つ者を神判者と呼ぶことは悪人や気狂(きちが)いと、挙句の果てには人殺しや化け物と呼ぶに等しい一種の侮蔑の言葉なのである。

 修也は一歩、また一歩と倒れているリーダー格の不良に向かって歩み寄り、普段から半開きの目を更に鋭くして不良を睨みつけた。

「ひぃ!」

 不良はすっかり怯えきってしまっている。化け物が目の前にいて、こちらへ迫ってくるのだ。修也の一挙手一投足が自分達を殺そうとしているように見えて、指一本たりとも動かすことが出来ないだろう。

 いくつもの脅しの言葉が修也の脳内を廻る。決して多くない語彙から出来るだけ不良を怖がらせられる言葉を選んでいく。その中に『殺す』などの物騒な言葉も挙がるが、そんな言葉は候補から消す。怯えた不良達を脅しつけるにはピッタリな言葉だが、直接的であり安っぽい言葉は好まない。

 修也は不良達に浴びせる言葉を心に決め、息を吸いこむ。そして、

「お前ら、これに懲り――」

「おい、お前達!なにをやっているんだ!」

 キメられなかった……。

 修也の渾身の言葉は、突然の大声にかき消された。

 声の正体はこの付近を巡回していた警官だった。

「やっべ」

 修也はこれはマズイと判断し、一目散に路地の奥へと駆け出した。

「サツだ!逃げろ!」

 後ろでリーダー格の不良が叫び、他の不良達も体を起こして走り出す。

 逃げ道は一つ、不良達も修也と同じく路地の奥へと向かった。

 逃げると言っても細い裏路地。逃げる場所は限られてくる。その上、不良達は修也を道連れにしようと考えているのか、修也が逃げる先に不良達も逃げ、それを警官が追いかけてくる。振り切るのは至難の技だろう。

 路地を右へ左へと何度も曲がり、その後ろを不良達が付いてくる。

「止まりなさい!」

 警官の警告が路地裏に響く。そんな言葉を受けて『はいそうですか』と止まる者など、まずいないだろう。修也も当然止まるわけがない。

 しかし、そのあまりのしつこさに修也の体力もかなり消耗してきている。

「ハァ……ハァ……」

 いくつ目になるかわからない角を曲がった。ある程度距離は離れているが、後ろからバタバタと走る音が聞こえてきて、不良達が未だに付いてきていることがわかる。

「く、くそっ……」

 走り疲れて足が止まる。そんな時、不意に修也の体が後ろへ引っ張られた。修也はビルの裏口と思われる扉の中へ引き込まれていた。

「む、むぐっ!」

 何者かに口を塞がれて声を発せられずにいるうちに、扉の向こう側をバタバタといくつもの足音が通り過ぎていく。

「大丈夫か?ボウズ」

 修也をビルの中へと引き込んだ人物は、お兄さんと呼ぶには少し年上、おじさんと呼ぶには少し若いという中途半端な見た目の男だった。

「お、おっさん誰だよ!」

 修也は驚きから少しばかり声を荒らげた。

「うっせぇっ!あんま大声出すんじゃねぇっ!!」

 などと注意しているが、この男の方がよっぽど声が大きい。

「うっせぇのはおっさんの方だよ……」

 耳元で大声を出された修也はうんざりした様子で反応を返す。その間に少しばかり息を整える。

「だっはっは!まぁいいってことよ」

 男は笑い声も豪快で、修也の嫌味もまるで気にしていない。どうやらとてもお気楽な性格のようだ。

「まずは自己紹介だな。俺の名前は、村田(むらた)浩司(こうじ)。お前さんにちょっとばかし話がある」

 男、村田は名前だけを名乗ると、修也の言葉を待ちもせずに次の言葉を続けた。

「上笠修也、お前を『神殺し』に勧誘しに来た。お前さんの能力はそこいらの神判者に対抗できる力だ。普通の人間には出来ねぇ、能力者の中でも能力は持つが神判者に成り下がらねぇ奴だけが出来るんだ。俺の下で神判者と戦わねぇか?」

 あまりにも多くの情報が流れ込み、修也の頭は混乱していた。修也の混乱は予想していたらしく、村田は修也の言葉を待ち続ける。

 数拍置いて話の内容を噛み砕いた修也がやっと質問を口にし始めた。

「まず、おっさんはなんで俺の名前を知っているんだ?」

「調べた」

 村田は一言だけ答えた。それ以上は答えるつもりは無いようで『次は?』とでも言いたげな顔をしている。

「チッ、じゃあ次だ」

 修也は堪らず舌打ちをした。ここまで堂々とされると相当頭にくるだろう。聞き出すのは無理だと判断した修也は次の質問へと移る。

「なんで俺が能力を持っていることを知っているんだ。さっきのを見ていたのか?」

「見ていたが、正確には少し違う。見えた(・・・)だ。俺はその場を直接目撃していない」

 村田は淡々と答えるが、修也にはいまいち理解しきれない。

「どういうことだ?」

「俺の能力は暗視能力。赤外線で暗闇でも見えるってのと同じだ。それのついでに能力者の発する独特の波動みたいなのも見えてな。それで能力を持ってる奴の区別もつくんだ」

 あまりにも適当な物言いだが、能力は未だに謎が多く、能力の効果については使用者本人の言っている言葉を信用する他に無い。

「あっそ、じゃあ次だ。神殺しってのは例のアレか?都市伝説の神判者を集めているとかいう組織か?」

「いや、それも少し違う。俺達が集めてるのは神判者じゃない。それに対抗する為の能力者だ。能力を悪用しない、それも出来れば平和利用したいって奴を集めてる」

 村田が説明するが、修也は半信半疑だ。ついさっき知り合ったばかりの男に都市伝説の組織に勧誘されれば疑うのが当然だろう。だが、神判者の存在も元は都市伝説だった。それを考えれば神殺しなどという組織の存在もまたありえるのではないか?修也の中ではそんな葛藤が繰り広げられる。

「信用出来ない。信用に足るだけの……身分を証明してくれ」

 修也は無理矢理取って付けたような理由を述べた。所詮悪あがきに過ぎないが、修也はほんの少しでも村田に対して優位に立って、心の余裕がほしかった。

「これが俺の名刺だ」

 村田は用意していたようにサッと名刺を差し出す。

 その名刺には『神殺し所属 スカウトマン 村田浩司』という肩書きと名前、そして事務所の電話番号や住所と思われるものまで書いてある。まるで一般商社のサラリーマンのようだ。

「この程度じゃ信用できない」

 これ以上振り回されてはかなわない修也は意地でも『信用してもいい』という言葉を口にしたくないようだ。

「それならそれでかまわん。お前さんが無為に過ごすと言うなら止めない。だが、お前さんは選ばれたって事を自覚しろ。他の奴らに出来ない事が出来るんだ、そんな恵まれた事は無い」

 そう言い残して村田は扉を開けて出ていってしまった。

「なんなんだよ、畜生っ!んがぎ~~っ!!」

 優位に立つタイミングも断るタイミングも逸し、取り残された修也は、苛立って近くにあった物体を蹴り付けた。だが、その物体は予想以上に硬く、足を痛めた修也には更に苛立ちが募った。

「痛っ~なんなんだよ、本当に……めんどくせぇ」

 痛めた足を押さえ、涙を堪えながらも修也は考えていた。

「神殺しねぇ……戦うのが怖い?そんなわけがない。第一あのおっさんは怪しい。いや、それは言い訳だ。何かと理由を付けて避けようとしている?そんな馬鹿な」

 修也はその場でグダグダと自問自答を繰り返した。

 神判者と戦うということは相応に危険が伴う。ハズレだと思っている修也の能力でさえ、下手をすれば人を殺しかねない。自ら悪事に手を染めるような奴らだ。人を平気で殺せるような心と能力を持っているはずだ。そんな奴らがゴロゴロいる中に身を投じる。普通に考えれば正気の沙汰じゃない。戦役に出る軍人じゃないのだから自ら志願するなんて……。

 そんな問答がグルグルと頭を回る。今まで平和の中で生きてきたのだ。戦争なんて今となっては教科書の中にある歴史の話。実感なんてあるわけがない。

「ビビってなんかいねぇ。怖くなんかねぇ、やってやる……やってやる!」

 怖気づきそうな自分の心を叱咤する。グッと意気込んで修也は扉を開け、ビルを出た。


「ハァ……」

 ビルを出て少し歩いたところで溜息が出た。所詮は空元気。その場ではやるつもりになっても、その気持ちはすぐに萎んでしまっていた。

「あっ……」

 トボトボと路地裏を歩いていると、視線の先に青い制服が見える。さっきの警官だ。

 マズイと思い、なるべく音を立てまいとソロリソロリと歩いていると、警官がこちらを向いた。

「そこの君!待ちなさい!」

 遠くから声をかけられた瞬間、修也は猛スピードで駆け出した。

「だああああ!!もう最悪っ!全部あいつの所為だ!ぜってぇ、ぜってぇ文句言ってやるからな!畜生おおお!!!」

 修也の半ば八つ当たりな怒りの声は路地裏中に響き、その決心は怒りと共に心に刻まれたのだった。




 水飛沫が上がり、体中を水が包み込む。

 すぐに体内の空気が泡となって口から漏れ、体内をも水で満たされる。

 着ていた服は水を吸い、体を暗い水底へ引きずり込もうとする枷となる。

 そうだ、あたしは溺れたんだ。濡れた岩に足を滑らせ、川に落ちた。

(冷たい……)

 冷たい水はあたしから体温を奪い、すぐに体の自由は効かなくなる。意識がどんどん遠のいていく。

「……げ、……んげ」

 遠のく意識の中で水音とは違う何かの音が聴こえる。その音は徐々に鮮明に聴こえるようになっていき、その音は人の声であることがわかる。

(あたしの声と似ているような……)

 でも違う。あたしの声なんかよりも綺麗で透き通った女性の声。

「れんげ……蓮華(れんげ)……」

 その声はあたしの名前を呼んでいた。あたしはその声に答えるように動かないはずの手を伸ばす。するとその指先には周りの水よりも冷たい何かが触れた。

 その何かは人の手のように私の指を、あたしの腕をも器用に絡めとる。その何かに腕を引かれたあたしは、川の流れに逆らいその場に繋ぎ留められる。

「貴方はここで死ぬべきではないわ」

 そんなことを言われても、指一つ動かせないあたしは抵抗も出来ず、ただ溺れて死を待つ事しか出来ない。

「私が助けてあげるわ」

 その声がそう伝えた途端にあたしの体は何かに引っ張られ、顔に空気が触れるのがわかる。でも、いくら空気を吸い込もうとしてもあたしの肺が空気に満たされることはなかった。

(なんで……)

 声を出そうにも体内に存在しない空気は吐き出せず、言葉を発することも出来ない。

「貴方に生き残る為の力をあげる」

 そう言った直後、あたしの体は水を感じられなくなった。

 遂に感覚が麻痺して死が近づいているのか、と迫りくる死の恐怖に動かない体が震える。

「ほら、やってみて」

(何をやってみるというの?あたしの体はもう動かない。呼吸もできずに、死ぬのも時間の問題なのに)

「やらないと本当に死んでしまうわ。喉の奥から空気を吐き出すのと同じ。吐き出すのは水。それだけよ」

 『やらないと死んでしまう』。その言葉はあたしを強く突き動かす。あたしはまだ死にたくない。もしも助かる方法があるのならば、あたしはそれに(すが)り付く。

 声の導く通りに、やってみる。喉の奥から空気を吐き出すように……あたしの中から水を――吐き出す!

「ゲホッ!ゲホッ!」

「やったっ!蓮華っ!よかった……」

 あたしの身体は何かに強く締め付けられる。少し痛かったが、とても心地良い……。

 でも、あたしの身体から感覚が抜け落ちていく。その心地良い痛みはあたしの身体から離れ、そしてあたしの意識は水底に落ちていった。何かに腕を引かれながら。



「……んげ、……れんげ」

 彼女を呼ぶ声がする。だが、彼女は気付いていない。未だに目を覚まさない。

「蓮華ってば!起きなさいよっ!」

 大きく荒らげた声に気付いた彼女は飛び起きた。

「え?な、何?」

 彼女の顔は困惑の色に染まるが、それを見つめる二人の女性もまた、怪訝そうな顔をしている。

「何?じゃないよ。あたし達が喋ってるのに、蓮華ってば寝ちゃって」

「大丈夫?顔色悪いけど」

「ええ、大丈夫。心配しないで」

 強がって見せるが彼女の顔色は冴えない。

 海のようにきれいで、腰辺りまである長い青髪の彼女の名は水無月(みなづき)蓮華(れんげ)。この街から少し離れた小さな町に住まう、少し見栄っ張りなごく普通の女子高生。周りの人物に比べて頭一つ抜きんでて顔立ちが整っている点と一つの異常を除けば。その異常とは――そう、彼女もまた能力を持つ者の一人だった。

 そんな異常を抱えた蓮華は、二人の友人と共に街に買い物に訪れていた。

 この街も至って平凡なもので、週末になるとショッピングモールの買い物客でごった返す以外に目立った特徴の無い街だった。

「もしかして昔の夢でも見たの?」

 場所はカフェの一席。友人の一人が周囲の目を気にしながら声を抑えて訪ねてくる。

「うん……また思い出しちゃった」

 『思い出した』というのは先程、蓮華の脳内を廻っていた映像。あれは紛れも無く蓮華の記憶。蓮華は幼い頃に川で溺れ、三日間目を覚まさなかった。

「無理しないで。もうちょっと休憩してく?」

「ありがとう。でも今日はもう帰って休むわ。ごめんね」

 蓮華はフラつく足取りでテーブルや椅子を支えにしながら立ち上がる。

「それなら私も一緒に行くよ」

 それを見て心配そうにしていた友人が追って立ち上がるが、蓮華がそれを制止する。

「大丈夫よ。それに今日は目当ての物があるんでしょ?私はいいから買ってきなよ」

 本当は付き添って肩を貸してもらいたいほどに気分が悪い。それでも蓮華は心配をかけまいと気丈に振舞って見せる。

「でも……」

「やめときなって。蓮華はこういう時は頑固なんだから。折れるわけないって」

 それでも食い下がろうとするのを蓮華の気持ちを汲んでか、それをもう一人が止める。その言葉を聞き、蓮華は軽く笑いながら答える。

「わかってるじゃない。それじゃ、後で連絡するから」

 蓮華は代金をその場に置き、店を後にした。


 駅へ向かって歩くうちに気分は紛れてきた。しかし今までとは違う寒気を感じる。そんな蓮華の背後に怪しい影一つ。

 蓮華もその存在には気付いていた。他の者から浴びせられる視線と違うものを感じ取ったからだ。

 蓮華の顔立ちは、お世辞にも不細工などとは言えない程の美少女。すれ違う男が揃って振り返る。そんな男の欲望に満ちた視線を集める蓮華にとっては向けられる無数の視線など些細なもの。だが、その時感じた視線は欲望だけではなく、もっと違う何かに満ちているようにも思えた。

 身の危険を感じ、足を早める蓮華。しかし、その視線の主もまた足を早める。

 恐怖感に背を押され徐々に足を早め、遂には駆け出した!

 蓮華が駆け出すと視線の主も駆け出す。だが、その足音は徐々に蓮華に近づいてくる。

 5m、4m、段々と近づいてくる。蓮華の足は恐怖に震え、その速さは早歩きと変わらない程に遅くなる。

 3m、1m、歩みが遅くなったことで視線の主が急激に近づく。そして――蓮華の肩にその手が置かれた。

「ハァ……ハァ……逃げないでよ……君に一目惚れしちゃったんだ……」

 手の感触、声の低さから男である事はすぐにわかった。それにこの身の毛もよだつ喋り方――痴漢、ストーカー、変質者、様々な呼び方があるだろうが、どれも気味の良いものとは言えない。

 蓮華は振り返る事が出来ない。それでも何か抵抗しなければ何をされるかわからない。

 思うように動かない手をカバンに入れ、中を探る。そして、何かを取り出した蓮華はそれを男に向かって振るった。

 取り出した物は催涙スプレーなどの痴漢撃退グッズではなく、ただの水の入った500mlのペットボトルだった。

 蓮華はペットボトルのキャップを開け、中の水を男に向かって振りかけた。

「ぐうぅ……」

 小さく呻いた男は怯んで力を緩め、蓮華は振り向き様の勢いによって完全に男の手を離れた。

 何とか男の手から脱することはできたが、ただの水程度では大の男を撃退出来るとは到底思えない。

 だが、男は追撃の意思を見せない。いや、そうしないのではない。できなかったのだ。

「ガボ……ガボ……」

 振りかけられた水は男の口元に集まり、男の鼻と口を塞ぐように張り付いていた。

 男は口元の水を取り払おうと必死に手で払おうとするが、水はその指の間を通り抜け、取れる気配は無かった。

 男は呼吸もままならず、膝を突いてもがいている。

 蓮華はその隙に男から目を離さないように後退りして徐々に距離を離す。

 そして十二歩、距離にして10m程離れた所で踵を返して一気に駆け出し、その場から逃げ出した。背後から男の咳き込む声が聞こえるが振り向きもせず、長い青髪を振り乱して蓮華は走り続けた。

 蓮華の持つ能力は水操作。半径10m範囲内、もしくは体に触れている水とそれの延長ならば、それを自在に操れる。だが、操れる水量には限界があり、その量500ml。更に目視範囲内から外れた水は、たとえ半径10m範囲内であっても操作権を失う。

 自ら水を発生させる事は出来ず、常に水を入れた容器の携帯を必要とされる。

 制限が多く、強力な能力ではないが、体表の水分を蒸発させないようにして肌の潤いを保つ方法や、濡れた髪や服を即座に乾燥させる方法を思い付いてからは大変重宝している。

「ハァ……ハァ……」

 走り疲れた蓮華は陸橋(りっきょう)橋桁(はしげた)にもたれかかり、荒くなった息や乱れた髪を整えていた。

「よぉ、(じょう)ちゃん。結構走ったな」

 先の一件の後に、急に声をかけられて警戒した蓮華は再度カバンに手を入れ、中のペットボトルに手をかける。ストックは二本。さっき一本分使ってしまったから、残るはこれ一本しか無い。

「おっと、やめれくれや。怪しいもんじゃない」

 男は顔の横に手を挙げ、敵意が無い事を示した。それを見てわずかに警戒を緩める蓮華。

「さっきの騒ぎ、見たぜ」

「っ!」

 村田の言葉で蓮華の中で警戒心が再燃する。能力を使ったのを見られたとなれば、神判者であると非難されてしまう。

 緊急事態とはいえ、強硬手段を取ったことを蓮華は後悔した。

「心配するな。周りには女子高生に声をかけた変態が反撃され、無様にむせ返っているようにしか見えていない」

「そ、そう……」

 それを聞いて能力がバレていないと思った蓮華は安心した。

 蓮華は気づいていない。

 村田の発言が既に蓮華が能力を所持していることを見抜いていることに。

「そういえばあなたは誰?あなたもストーカーなの?」

「いや、そうじゃない。俺は村田浩司。嬢ちゃんをスカウトしに来た」

 村田の口から発せられた『スカウト』という言葉に蓮華の心が踊った。

「あら、そうなんですか?そうとは知らず失礼しました~」

 急に警戒の色が消え、蓮華の声が猫なで声になる。

 『スカウト』などと言われれば世の女性は揃ってこうなるだろう。『スカウト』といえば芸能界への最短ルート。その手を取れば、華々しい芸能人の仲間入りを果たす事が出来るのだから、こうもなろう。

「それは構わん。早速だが『神殺し』に入らないか?」

(『神殺し』?物騒な名前をした事務所もあったものね。それとも新しいユニット名?)

 などと考える蓮華だが、そんな事務所もユニットもありはしない。あるのは名前の通り物騒な組織だけだ。

「それってどこの事務所ですか?出来れば詳細が知りたいなぁって」

 流石に蓮華も警戒する。聞いた事の無い事務所に入って、一生売れないアイドルなんてさせられたらたまったものじゃない。

「神殺しは神判者に対抗し、戦う為に作られた組織だ。嬢ちゃんみたいな能力を持った奴らが集まる場所。どうだ?面白そうだろう」

「は?」

 蓮華の頭の中で組み立てられていたトップアイドル、あるいは大物女優へのビジョンがガラガラと音を立てて崩れ去った

 芸能界という幻惑よって盲目となっていた蓮華だったが、新たに発覚した言葉から別のビジョンが組み立てられる。『神殺し』『神判者』『戦う』。これらのワードが組み合わさることで一つの都市伝説に辿り着く。

「神殺しってあの都市伝説の――神殺し?」

 蓮華もその名前は耳にしていた。決していい組織とは思えないような情報も一緒に。

「そうだ。嬢ちゃんの能力が役に立つんだ。興味あるだろ?」

「ありませんっ、失礼しますっ」

 期待を大きく裏切られた蓮華は踵を返して歩きだした。

「嬢ちゃん待ちな。誤解していたみてぇだから言っておくが、神殺しの所在地は首都圏だ」

「それがなんだと言うんですか?」

 蓮華は足を止めはしたが、振り返りもせずにイライラと答えた。

「ここから通うのは無理だろう。それに危険手当という形だが十分な給金が出る。だから晴れて上京――独り立ちだ」

「その話、詳しく聞かせてください」

 田舎に住む美少女、水無月蓮華にとって上京して独り立ちするのは一つの目標であり夢だった。成人を迎えていない以上、それはまだ先の話。だが、今現在そのチャンスが目の前に転がってきた。そんな大チャンスを逃す手は無い。

 こうして詐欺のような手口に騙される少女が一人、神殺しの魔の手にかかるのであった。




「おら、やっちまえ!」

「囲め!囲め!」

 街の郊外で深夜に複数の男達の怒声が聞こえてくる。

 少し開けた場所。周りに雑多と置かれたゴミとしか呼べないような様々な物。そんな中で何人もの男達が殴り合っている。

 喧嘩だ。

 見てみると、喧嘩相手の別れ方が偏っている。中央にいる顔のそっくりな二人組を他の十数人で取り囲んでいる。

 だが、その二人組というのがまた強い。次から次へと襲い来る敵を見事にシンクロした動きで時代劇のように蹴散らしていく。

 一人は顔を赤く腫らし、また一人は腹を抱えて蹲り、次々にノックアウトされていく。

 しかし、その二人組の動きがまた奇妙だ。シンクロした動き。双子というならば有り得る事なのかもしれないが、その動きはあまりにもシンクロしすぎている。

 左右に別れている二人、左の男が後ろから来る敵を振り返って殴る。すると右の男も振り返り拳を振るう。右の男と同じように後ろにいた男に拳が命中する。見事な捌き方だ。だが、不自然なのはここからだ。

 左の男が左の裏拳で殴りかかろうとした敵を薙ぎ倒す。同時に右の男も左の裏拳を振るう。しかしその拳は空を切り、誰にも当たらない。

 今度は右の男が前方に蹴り、いわゆる喧嘩キックをかます。前方から襲いかかってきた男の鳩尾に炸裂する。またしても同時に左の男が喧嘩キックを放つ。だが目の前には誰もいない。

 そんな不自然な動きを繰り返しながらも二人組は周りの敵を薙ぎ倒していく。

「くっ、覚えてやがれ!」

 そんなお決まりの捨て台詞を吐きながら連中は去っていった。

 喧嘩の疲労が溜まったのか左の男が倒れ込む。だが、今度は右の男が続くことはなかった。右にいた男はどこかへ消えてしまっていた。

 倒れ込んだ男は寺岡(てらおか)(きょう)(すけ)。この辺りに住む不良で、喧嘩の日々に明け暮れている。大勢に囲まれていた事には理由がある。

 共輔は群れるのを好まず、全ての不良グループからの勧誘を断っては毎度のようにこうして喧嘩に発展し、大勢と喧嘩する羽目になっている。それも――たった一人で(・・・・・・)

 二人組で戦っていたのにたった一人とは、普通ならおかしな話だ。しかし共輔にはそれが可能だった。共輔もまた特別な能力を手にしていたからだ。

 共輔の持つ能力は、自分とそっくりの分身を作り出す能力。

 この分身は共輔の動きをコピーする。共輔が右の拳を振るえば、分身も右の拳を振るうといった具合に。

 単純な能力だが、手数の増加、リーチの延長など、分身を発生させる位置によって効果が大きく変わってくる。

 特筆するべきは、共輔と同時に持っている物も複製される事。能力を使用している間ならば本物と同じように使用する事が出来る。

 制限はあるものの、1の力が2の力に、2の力は4の力になる。単純だが強力な能力と言えるだろう。

「くそっ、またか。また喧嘩しちまった……」

 共輔自身、こうして荒れた日々を過ごす事に疑問を感じていた。

 喧嘩は嫌いじゃない。人を殴るという事の快感を知ってしまってからは止められなくなった。それでも、一度家を出れば喧嘩をする毎日。顔や体には生傷が絶えず、親にも心配をかけてばかり。

 何十年も前ならば自衛隊にでも入れと言われるのだろうが、今の時代に自衛隊と呼べるものは無い。あるのは災害救助の部隊だけ。消防や救急の延長のような存在で、災害現場の最前線で生命を守るエキスパート。共輔のようなガサツで教養の無い者には到底無理なものだった。

「就職、無理だよなぁ」

 ありとあらゆる事業が拡大したが、同時に機械の発展もしていて人手に困る事は無い。共輔のような問題児を好んで採用するような奇特な会社も存在していない。

 今の世界において喧嘩を日常的に行なっている事は、犯罪を日常的にしているのと大差無いのだ。小さくとも争いを起こす事が大きな争いの火種となり、最終的には戦争に発展しかねないと政治家が唱え、たとえ喧嘩でも規模によっては補導どころか逮捕に繋がる事もある。

 共輔のように喧嘩をしている者にとっては八方塞がりな世の中になってしまったのだ。それでも喧嘩は絶えない。後先も考えずに過ごす若者はどんな時代になっても変わらずいるという事だ。

「なかなかの大立ち回りじゃないか」

 放り出した共輔の足の方から男の声がする。

 騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけたのかと思い、共輔は半分諦めの気持ちに満たされる。

「何の用だ?俺を補導しにきたか?」

「いや、そうじゃない。ん?もしかしたらそうとも言えなくはないのか?」

 煮え切らない男の返答に、共輔はさっきの喧嘩の疲れもあってか腹が立ってくる。

「なんなんだよ、おっさんはっ!」

 ガバッと起き上がった共輔は男に向かって叫んだ。

「おっさんだが、おっさんじゃない。村田浩司って名前がある。そんでお前を神殺しに誘いに来た」

 男は村田と名乗った。村田はここでも神殺しの勧誘に来たのだ。

「神殺し?例の都市伝説か。おっさんのくせにそんな噂を信じてんのかよ」

 共輔はいい大人が、と嘲笑している。

「信じるもなにも、俺はその神殺しに所属している。これが証拠になるか?」

 村田は名刺を差し出し、共輔はそれを奪うようにして受け取った。

「神殺しの――スカウトマン、ねえ……」

 名刺を見てはいるが、まるで信用はしていない雰囲気がひしひしと感じられる。

「どうだ?信用してくれたか?」

「いや、他人は信用しない主義なんでね」

 共輔はそう言って、わざと村田の足元に名刺を投げ捨てた。

「そうかい。勝手にするといい。お前のその力と似た不思議な力を持った人間がいる組織だ。お前の能力程度じゃ戦力になるかも怪しいしな」

 村田は挑発するような言葉を残し、共輔に背を向けて広場から出ていこうとした。

「チッ、ナメやがって」

 安い挑発にも関わらず、頭に血が上ってしまった共輔は立ち上がり、村田を殴ってやろうと駆け出す。

 ザッザッと共輔が地面を蹴る音が静まり返った広場に響くが、村田はまるで気付く気配が無い。というよりも、あえて無視していると見るのが妥当だろう。

「おらぁ!!」

 思いっきり振り切って拳を繰り出すが、その拳は村田にかすりもせずに空を切る。

「俺達がするのは不良の喧嘩じゃねぇんだよ」

 ふと、共輔の背後から村田の声がする。

 かわされるだけでなく、いとも容易く背後を取られてしまった事に共輔は驚き振り返った。

 共輔が向けた視線の先には余裕綽々といった様子で佇む村田の姿があった。

「下手をすれば自分だけでなく仲間も簡単に死ぬ戦争になる。自分の身一つ守れない奴が出る場じゃねぇ。ま、うちに来ればいろいろと教えれやらんこともないがな」

 村田は共輔の肩に手を置き、去っていった。

「畜生!!」

 共輔は悔しさのあまり地面を殴りつけた。

 拳がジンジンと痛む。だが、共輔の心は悔恨に震えていた。

「ぜってぇ超えてやる」

 怒りや憎しみという感情は人の心に深く刻み込まれる。共輔の心にもまた、決心が重ねて刻まれた。




 明かりも点いていない暗い部屋の中。完全に締め切られたカーテンの裏に存在するであろう太陽の光さえも避けるようにして一人の少女が座っていた。

 長い黒髪が部屋の闇に溶け込み、その姿は今にも何処かへと消えてしまいそうな気さえしてくる。

 少女の名は(たて)(てる)()。この部屋に引きこもる少女。ネガティブな思考を持ち、自己評価も低い。人一倍お人好しな優しい性格な所為か、かえって人付き合いが苦手で、こうして人との接触を断ってしまっている。

 光源の存在していないはずの部屋の中だが、微かな光が照美の顔を照らして明滅している。

 その微かな光は照美の手の中に存在している小さな玉から発せられている。小さな玉は薄く辺りを照らし、そして消えた。

 確かに照美の手の中に存在していた光の玉は、一瞬強く辺りを照らしたかと思うと、フワッとその場から消え去ったのだ。

 これがこの照美の能力。

 光を操作する能力。豆電球程度の光球を発生させる他、光の屈折や反射を操作する事が出来る。

 光を屈折反射させるだけで目立って有用ではなく、己の身を隠す程度が精一杯なこの能力。何よりも、光を操る能力といい、照美という名前といい、まるで皮肉のように感じられ、照美は能力も名前も、無意識に能力に頼って逃げ出してしまう自分も大嫌いだった。

 不意に家中にインターホンの音が響く。急な音にビクッと怯える様子を見せる照美。階下では照美の母親であろう女性の声がして、訪ねてきた誰かを迎えようとしていた。

 照美は即座にベッドに上がって布団で体を包む。そしてベッドの上にある布団の塊は、ベッドごと暗闇に飲み込まれた。これは比喩ではなく、実際にベッドが存在していた部屋の一角は床から天井に至るまでが黒い壁の中へと消えていた。

「いや……来ないで……」

 照美は消え入りそうな声を絞り出す。もちろんその声が訪ねてきた人物に届くはずもない。

 照美がここまで過剰な反応を示すのは、照美にとっては家に他人がいる事自体が恐怖に感じられるからだ。それに、今日は事前に知らされていた、とある人物が自分を尋ねてくる日でもあるのだからその恐怖は一層増すというものだろう。

 母親と男性の話し声がしばらく聞こえた後、その二人のものと思しき足音が階段を上って来るのが聞こえてくる。

「いや……いや……」

 手で両耳を塞ぎ、音を聞こえないようにして少しでも恐怖を和らげようとする。

 コンコンというノックの音が部屋に響き、微かに女性の声が照美の耳に届く。だが、耳を塞いでいた照美にはその言葉を聞き取ることが出来なかった。

 数少ない信用の置ける人物である母親が自分に何かを伝えようとしている。そう思い照美は布団から這い出て扉の方へと近寄った。

「な、何?」

 既に家の中にいるであろう人物への警戒から、とても小さな声で扉の向こうの母親に訊ねる。こんなにも小さな声では扉の向こうの母親になんて届くはずがない。

「館照美、だったか?」

「ひっ!」

 次に聞こえたのは母親の声ではなく、聞き覚えの無い男の声だった。

 照美は驚いて尻餅を付いてしまった。そして照美がペタンと床に尻を付いてすぐに照美の姿がどこかへ消えた。

 さっきのベッドとは違って暗闇に飲まれるわけではなく、その場になにも無くなってしまった。

「そこにいるのは見えている。俺は村田浩司。神殺しに所属している人間だ」

 能力によって姿を隠しているはずなのに『見えている』という発言に対する疑問と恐怖。更には『神殺し』と聞いて照美の体は一層震え上がった。

 神殺しと言えば神判者を始末する組織と照美は認識している。都市伝説とはいえ、自分自身がその神判者と同じく能力を保有している以上、信じる他に無い。

「い、嫌です。し、死にたくはありません……」

 依然として姿を隠したままだが、照美は涙声になり、命乞いをしている。

 能力を持っている自分は神判者と同じ。故に犯罪者として始末されるという思考が流れるようにして照美の頭の中で組み立てられたからだ。

「殺すつもりは無い。むしろ神殺しに入るんだ。お前の力を平和の為に使え」

「かっ、神殺しに?!ダメです!神判者の方相手に戦うなんて……そんな、私にはとても出来ません」

 殺されるにしても生かされるにしても拒否する姿勢を変えない照美だが、村田はそれでも言葉を続ける。

「神殺しにお前を否定するような人間はいない。自分自身が能力の所為で否定されてきたり、自分を否定してきたような奴らだから、否定される辛さを知っている。使えないと思っているお前の能力も有用に使えるようになる。利用してみせるのが神殺しだ」

「あぅ……」

 照美が怯んで喘いでいるのをいいことに、反論を許さずに言葉を続けていく村田。

「怖いと言うのなら前線に出て戦う必要も無い。後方支援という立派な役目がある。それにお前の能力は、俺が見た限りだと十分に人を守れる力だ。お前が神殺しにいることで救われる命が少なからずあるだろう」

 村田の言葉は照美の不安に思うところを的確に答えていた。打ち砕かれた真っ暗な不安がキラキラと光を放ちながら、照美の中を満たしていく。

「俺の名刺を置いていく。もしも人の為に働きたいと思うのなら連絡を寄越すといい」

 扉の下の隙間から名刺が差し込まれる。そして村田の重い足音が部屋から遠ざかり、階段を降りていく。

 村田が階段を降りたことを確信してから、照美は差し込まれた名刺を手に取った。

「神殺しのスカウトマン、村田浩司さん……」

 声に出して呟くが、その肩書きは少し怪しいものを感じずにはいられなかった。

 それでも、自分が周りと違うことはよく理解している。そんな自分が人の為に何かが出来る。もしかしたら変われるかもしれない。そんな希望が照美の中に生まれ出してきた。

 扉を軽くノックする音が聞こえて、母親の声が聞こえてくる。

「どうだった?照美。カウンセリングの先生と気は合ったかしら?もし大丈夫そうなら、しばらく通ってもらう事になるんだけど」

 カウンセリングの先生。本来はそういう肩書きの人間が来るはずだったのだが、実際に照美に訪れたのは神殺しのスカウトマンを名乗る男と、一筋ばかりの希望の光だった。

「お母さん。私、やってみたい事が出来たの」

 今まで暗闇の中に閉じこもっていた照美は、ついに希望の光をその手に収めようと心に決めるのだった。


 こうして形は違えども心を閉ざした男女もまた、神殺しへと誘われることとなった。

 頑なに閉ざされた心を開ける鍵はどこにあるのかはわからない。歪な形に歪んだ錠に合う鍵なんてそう簡単には見つからないだろう。それでも、人に、世間によって歪められた人間が集まる場所ならば、歪んだ錠をこじ開ける歪んだ人間がいるのかもしれない。




 廃れた街や暗い部屋、田舎町。そんな辺境の地域にばかり能力者がいるわけじゃない。

 首都であるこの街にも能力者はいる。だが、決して平然と過ごせるはずもなかった。

 知らなければ一般人と変わりない。警察も能力を持つというだけでは身柄を拘束することは出来ない。それでも一度知られてしまえば迫害を受ける事になってしまう。警察と違って、民衆にとって迫害をするのに確実な根拠なんて必要ない。噂程度の情報でも民衆はいとも簡単にそれを信じ、平気で人を迫害するのだから。

「今帰った」

「おかえりなさい、兄さん」

 この兄妹もまた、迫害を受ける者となってしまっていた。

 事の発端は一年前。


 上京した兄とそれに付いてきた妹。アルバイトで生計を立て、決して裕福なはずもなかったが、慎ましくも幸せに過ごしていた。

 そんなある日、妹が外出をしていたところ、見知らぬ男が声をかけてきた。

「なぁお嬢ちゃん。よかったら俺と遊ばない?」

 ナンパだ。都会といえども、いや、都会だからこそこういう低俗な男はいるものだ。

「お断りします。興味無いので」

 この上ない嫌悪感を感じてキッパリと断るが、男はそれでも食い下がってくる。

「そんな事言わないでよ、な?」

「くっ、離してください」

 腕を掴まれ、振りほどこうとするがナンパ男の力には敵わず、まるで振りほどける気配が無い。絶対的なピンチ。そういう時こそヒーローというのは現れる。

「おい、やめてくれないか。俺の妹なんだ」

 男の背後から声がし、妹の手を掴んでいた男の肩に手が置かれる。

「あぁ?なんだお前?」

 ナンパ男は振り返り睨みつけるが、まるで意味を成していなかった。

「その手を離せと言っているんだ」

 逆に睨み返して、相手を怯ませる兄。

 睨み返したこの男は安城(あんじょう)烈也(れつや)

 冷静沈着な性格で、とても無愛想。目付きが悪くて勘違いされやすく、人付き合いも苦手。だからこそこういう場では力を発揮するというのは皮肉なことだ。

「兄さんっ」

 腕を掴まれていた妹は頼れる兄の登場に目を輝かせている。

 この少女の名前は安城(あんじょう)穂波(ほなみ)。度々言うように烈也の妹である。

 上京に付いてくる程に兄を慕っており、兄以上に優れる男などいないとすら思っている。心根は優しいのだが、兄が絡むと何かと面倒な性格になってしまうのが偶に瑕。

「兄貴ねぇ……」

 ナンパ男は訝しげに烈也を見る。見た目だけ見ても烈也に方が整った顔立ちをしているし、ナンパ男が勝てる余地など無いだろう。

「フンッ、兄貴だかなんがか知らねぇが、どっか行け。お前には関係無い事だ」

 鼻で笑ったナンパ男は穂波の方へと向き直る。思っている以上に頭の弱い男だったようだ。

「…………」

 今まではこの方法で撃退出来ていたのだが、今回のナンパ男には効かなかったことで烈也は心の中で頭を抱えた。

「兄さん、早くこの低俗な男を追い払ってください」

 腕を掴まれたままの穂波が烈也を急かすが、事を荒立てずに済ませようと烈也は冷静に考えを巡らせていた。

「低俗だなんて冷たいなぁ。そういう女って服従させたくなるんだよね」

 ナンパ男は穂波の腕を引き、烈也から離れてどこかへ連れていこうとする。

「おい、待て」

 烈也がナンパ男の腕を右手で掴んで引き止め、穂波との間を自分の体で遮る。それに反応してナンパ男がまたしても烈也を睨みつけた。

「なんだってんだよ!」

 烈也が割り込んだことでナンパ男は穂波の腕を離した。すると穂波は即座に烈也の背後に隠れる。

 ナンパ男は怒りの形相だ。

 このままでは喧嘩になってしまう。烈也はそんな事態は避けたかった。生まれてこの方喧嘩をしていい思いをしたことが無い。

 昔から冷酷な性質な所為で、一度喧嘩になれば喧嘩相手が降参しようとも手を止めなかった。だからこそ喧嘩なんて事態は避けたい。

「ざけんじゃねぇぞ」

 ナンパ男が烈也の肩辺りを突き飛ばす。衝撃で烈也はよろけ、ポケットに入れていた左手から直径3cm程の石が溢れて地面に落ちた。

「ん?なんだこれ」

 落ちた石を拾って弄ぶナンパ男。

「ほーう、コレを投げてどうにかしようとでも思ったのか?子供かよ」

 挑発的な言葉に烈也もわずかに苛立つが顔色はほんの少しも変えはしない。

「おら、受け取れっ!」

 ナンパ男は思い切り振りかぶり、烈也に向かって石を投げようとする。

 それなりの大きさの石は勢い良く当たればもちろん怪我をする。避けようにも後ろには穂波がいて、避ければ穂波に当たってしまうだろう。

 烈也は己と穂波の身を守ろうと、ナンパ男に背を向けてその身を盾にする。

 そしてナンパ男の手から石が離れようとした瞬間――石がパンッ!と音を立ててナンパ男の手の中で弾けた。

 弾けた石の破片が辺りに飛び散り、そのいくつかが烈也の背中に当たって地面に落ちた。

 烈也がナンパ男に背を向けたのは弾け飛ぶ石の破片から身を守る為だったのだ。

 これが烈也の能力。物体を破裂させる能力。

 石や鉄塊のような硬質な物体であろうと破裂させる。その際に飛び散る破片は相当な殺傷能力を持つ危険な能力。

 その危険性の最たるところは、この能力の対象が人間をも適応出来てしまうという事だ。たとえ人間であろうと問答無用で破裂させてしまう。これはいつでも人を殺せてしまう事を意味する。だが、烈也はそんな事は望まない。常人ならば人を殺せてしまう力に躊躇いを感じるものだろうから当然だ。

「ぐあああ!!」

 炸裂した石の破片に掌を切り裂かれ、痛みに悲鳴を上げるナンパ男。その声が周りの人間の目を集めてしまう。

「こ、こいつ神判者だっ!」

 掌から血を流しながらナンパ男が訴える。その言葉に、周りに集まり始めていた野次馬達がざわつき始める。

 これはマズイ。早々にこの場を離れなければ面倒な事になる。それに穂波とも離れなければならない。能力を使ったのは烈也だけ、穂波が能力を保持している事は知られていない。ならば疑われないように別行動を取らなければならない。

「兄さん、こっち」

 どうにかして穂波を無関係だと思わせる方策を考えていた烈也をその意思を無視して穂波が引っ張って連れていく。

 走っていく二人を野次馬の無遠慮な視線が追っていた。


 しばらく走って人目のつかない道に入った所で穂波が自分の携帯端末を確認する。

「くっ、もう出回ってる」

 穂波が苦い顔をしながら携帯端末の画面を烈也に向ける。そこには『神判者とその彼女か!?』などという書き込みと共に烈也と穂波の写った写真が載せられていた。

 肖像権だとか名誉毀損だとか法に触れる行為であろうと、この画像は噂になるだろう。そうなってしまえば、本人が何を言っても聞き入れられない。民衆にとっては噂が全てなのだ。

「許さない……」

「やめておけ。下手をしたらお前まで能力がバレる」

 穂波が端末を強く握りしめるが、烈也がそれを制止する。現状ならば神判者の彼女止まり。ここで行動に出て勘付かれたりしたならば、事態がより悪い方向へと転がるだけだ。

「私なら上手くやれます。痕跡なんて」

「でも、痕跡を消した痕跡は残る。そう言ってたじゃないか」

「そうですけど……」

 数少ない隙を突かれ、項垂れてしまう穂波。

「大丈夫だ。噂なんてすぐに消える」

「はい、兄さん……」

 当時はそう思っていた。だが、民衆の噂好きも大概なもので、人の噂も七十五日なんて言葉は信用ならなかった。

 結局書き込みはすぐに削除されたが噂は消えず、一部の企業などからは雇用を断られる程に定着する結果となってしまった。


「それで今日はどうでしたか?」

「ダメだった。噂の事で質問を受けた。どうやらブラックリストに載っている所も増えてきているみたいだ」

 数日前に長く、と言っても二ヵ月程務めたアルバイト先に噂の事がバレて解雇されてから、ずっとこんな調子だ。同時に務めていた他のアルバイトも解雇され、新しい仕事先も見つからない。

「そうですか、まさかここまでヒドイなんて……」

 予想以上に噂が根深く残っている事に落胆して穂波は肩を落とした。

 能力を持つだけでも恐怖の対象なのだが、その場で相手に怪我をさせたのが決定的だった。神判者のレッテルを本格的にさせるには十分なものだった。

「大丈夫だ、きっとすぐ良くなる」

 烈也が畳の床に腰を下ろしながら穂波を元気づけようと声をかける。

 そう言ってはいるが、烈也も内心は不安ばかりだ。このままでは食い扶持にすら困る事になる。

 住むところですら、事情を知らない老人が管理人をしているボロアパートに住んでいる。街に出れば、顔が知られている為にネットカフェなんかにも出入り出来ない。ここ以外に頼れる場所も無い。このままでは二人とも参ってしまう。

「ん?兄さん、コレを」

 端末に目を向けた穂波が疑問を抱き、あの時のように烈也に画面を向ける。そこには男が路地を歩く姿が映っていた。

「街頭の防犯カメラの映像です。こんな時間、こんな場所に見ない顔。酔っぱらっている様子もありませんし、怪しいと思いませんか?」

 時刻は午後十時を回り、辺りは真っ暗だ。都会ではこんな時間であろうと出歩く人間は少なくないが、この辺は普段から人気(ひとけ)が無く、昼間ですら出歩く人間を見かけるのは珍しい。

「確かに少し妙だな」

「追ってみます。今度は近くの家の防犯カメラの映像に切り替えますね」

 そう言った後、穂波が画面に触れたわけでもなく、映像が切り替わって再度男を映す。

 さっきから映像を映しているこの端末だが、金銭に困っているこの二人が契約料を払えてなどいない。ネットに繋がってもいない上に、他人の家の防犯カメラの映像を映すなんて出来るはずがない。

 だが、穂波にはそれが出来る。

 これが穂波の能力によるものだからだ。

 穂波の能力はハッキング。触れた機械を自在に扱う事が出来る。端末を介することで遠く離れた機械をも操作する事が出来る。不正ではあるが、契約無しにインターネットへアクセスする事も可能。

 物理的には大きな力は持たないが、機械を扱う、中でも電子戦では最高クラスの力を持っていると言える能力だろう。

「こっちに向かっているのでしょうか?」

 このアパートは入り組んだ路地を抜けた先にある。そしてその男は着実にこのアパートへと続く道を選んで進んでいる。

 しばらく追跡をしていたが、男の姿が穂波の持つ端末の画面から消えた。

「ここからはカメラがありません。動きが追えるのはここまでです。どうしますか?兄さん」

「確信が持てない以上、行動に移すのは危険だろう。しばらく様子を見よう」

 烈也が胡坐をかいて待つ姿勢を取った。穂波も足を崩して何かが起きるのかを不安を押し殺して待った。

 二人は一言も発しなかったが、隙間風やその他の雑音が多くまったくの静寂とは言えなかった。

「来ました」

 そんな中でも感覚の鋭い穂波は男の足音を察知した。烈也もその穂波の言葉を聞いて身構える。

 穂波の察知した男の足音は二人の部屋の前で止まった。

 そして部屋の中にノックの音が響く。同時に二人の間に緊張が走る。

 烈也は穂波にその場で待つように合図をして玄関の扉へと向かった。最悪の場合を想定して、左手はポケットの中の石を握りしめている。

 烈也は玄関の扉を開けた。夜の闇の中、部屋の明かりに照らされた場所には一人の男が立っていた。

「よお、お前さんの妹、辿り易くて助かったよ」

 開口一番怪しい発言をした。烈也は警戒の色を更に濃くする。奥で控える穂波も近くにあった投擲に使えそうな物を手に取る。

「おっと、あまり警戒するな。いい加減な噂の所為でお前さん達の具体的な居所を突き止めるのはいささか骨が折れたんだ。ここまでして決裂じゃ割に合わん」

 男は意味不明の発言を続ける。男が発言を重ねるごとに二人の警戒が強くなっていく。

「どういう意味だ、説明しろ」

 烈也が語気を強めて問い詰める。すると男は物怖じなど一切せずに答え始めた。

「俺は村田浩司、神殺しのスカウトマンだ。お前達を神殺しに勧誘しに来た」

 村田はここでも能力を持つ者を神殺しへと勧誘していた。

 そんな現実味の無い説明に烈也も穂波も納得なんてしなかった。

「信用できない。信用に足る証拠を出せ」

 烈也が少ない言葉で的確に必要な言葉を求める。修也の時と同じような言葉なのだが、烈也の威圧感からなのか、まるで違う印象を受ける。

「あるのは……これぐらいか?」

 村田は名刺を差し出した。何度も目にした名前と肩書き、事務所の番号と住所と思しきものが書かれたものだ。

 烈也はそれを受け取ると後ろに控えていた穂波の元へと放った。穂波はそれを受け取り、まじまじと見つめている。

 そして、十秒と経たないうちに穂波が言葉を発した。

「兄さん、その人は本物みたいです。神殺しも実在していますし、所属する人間の写真と同じ顔。勧誘という話も嘘じゃなさそうです」

「そうか」

 穂波がハッキングで参照した情報を聞いた烈也は一言だけ発した。だが、穂波の情報には全幅の信頼を寄せているようで、漂う雰囲気がほんの少しだけ緩んだように感じられる。

「信用してもらえて何よりだ。それで、来るのか?」

 穂波は全てを烈也に委ねているようで、烈也の発言を待ち、それに従うといったような心持ちで烈也を見つめる。烈也は穂波の事も考えた上でどれ程の利があるのかを考えているようだ。

「決めあぐねているならこちらの環境を教えよう。周りは能力を持つ奴らだらけ。それに迫害をするような連中は神殺しの制服を着ていれば、無理矢理に黙らせる事ができる。神殺しに所属する能力者はそれだけの力を振るう権利を持っている。神判者に対抗できるのは神殺しだけだからな。それだけ立場の高い人種だという事だ。それに全寮制だ。衣食住において全て保障されている。危険手当という形で十分な給金も出る。どうだ?これ以上無いってくらいの好待遇だろ?」

 村田はこれでチェックメイトとでも言いたげなしたり顔だ。実際、烈也達にとって今以上の待遇を受けられるなら十分価値がある。このまま過ごしていても食べる物が買えなくなるのも時間の問題だからだ。

「わかった。その話、受けよう。穂波もいいな?」

「はい、兄さんに従います」

 烈也の決断は早かった。穂波に少しでもマシな暮らしをさせてやりたいと考えたからだ。穂波もそれを察して何も言及せずに烈也に従うと言った。こうして通じ合うのも兄弟だからなのだろうか。




 こうして六人の男女が一つの場所へと集う事となった。六人が集う場所はこの国の首都である街。その街の一角にあるごく普通の建築物の前へと同じ日付、同じ時間に集められる。そして、そこでこの六人は初めて顔を合わせる。その中に宿敵と呼べるライバルがいる事や最良のパートナーがいる事、更には命を預けるに相応しい者ばかりだという事も知らない。

 そんな急ごしらえの六人組はいずれ世界を大きく変える事になる事は誰も知らない。もちろん本人達でさえも。それこそ神のみぞ知る事なのだから。


初めまして、ありきたりな名前でしょうが『マグ』と名乗らせていただいています。

まず、冗長な文ここまで読み進めていただきありがとうございます。

この作品は自分の得手不得手を見極めるという目的のもとに、いくつかの作品案から試作に踏み切った作品です。過度な期待をしないでいただけると幸いです。

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