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微ヤンデレ風イケメン×面倒臭ガール

ヤンデレってほどでもないけど若干電波っぽいイケメンに監禁されちゃった女の子だったが出不精でひきこもり気味だったため寧ろウエルカムだったという話。それ以上でもそれ以下でもありません。


 鈍い痛みが頭を襲っている。ぼんやりとしたまま、私は目を開いた。痛む頭を酷使して、記憶を辿る。


 確か、大学から出たところまでは覚えている。お昼御飯の後の、90分を耐えきれずに眠ってしまった3時限目が終わったところだ。スタバに行こうだとか、買い物に行こうだとか、カラオケに行こうだとか話している人々に紛れて帰ろうとしていた。


 近くの駅に向かう途中、毎日近道として利用している小道に入った時だった。背後から唐突に何やらハンカチのようなもので口を塞がれた、のだと思う。つんとした、薬品の様な匂いを感じた途端、意識がブラックアウトしたのだ。


 そして現在に至る、というわけです。


 周囲を観察すれば、どうやら私は寝室のベッドの上で寝かされていた。微かに香るのはメンソールのような、すっとした匂い。香水とかいまいちよく分からないので、これ以上の分析は不可能。青系統の家具で統一されている部屋は、恐らく男性のものだろうか。いや、男性の部屋なんてテレビぐらいでしか知らないけれど。イメージって奴ですね。


 寝室には大きな窓があり、カーテンが閉まっているが、夕陽が隙間から指していた。あれから数時間が経過しているようだ。


 簡素な部屋は物が少なく、所有者は神経質なのか、ここに引っ越したばかりなのか。


 ぐいっと一回伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。


 少し頭痛はするが、体の調子は一応大丈夫そうだ。頭痛は薬の影響かもしれない。部屋のドアに向かい、ノブを回せばがちゃりと普通に開いた。どうやら閉じ込められている訳ではなさそうだ。


 部屋を出れば廊下があった。それなりに広い部屋の様だ。もしかしたら一軒家かもしれないと思いつつ、見渡す。微かに、いい匂いがした。これは、カレーだろうか。寝室の生活感のなさとは大違いだ。


 匂いを辿る様に廊下を進めば、曇り硝子のドアの向こうに鮮やかなオレンジが見えた。ゆっくり扉を開けば、一面夕焼け色に染められた部屋があった。リビングなのだろうか。大きな薄型テレビが壁に掛けられ、高級そうなソファーがその前を陣取っている。


 壁の半分は大きな窓になっており、そこから夕陽が指し込んでいるようだ。都会の街並みが夕陽に染まっている。割と遠くまで見渡せるので、ここはマンションなのだろう。下手な一軒家よりも広いかもしれない。所謂高級マンションと呼ばれるものかも。一軒家かと思っても仕方がないっていうことにしよう。


「やあ、起きたのかい」


 ふと、背後から低い声が聞こえた。振り返れば、柔和な笑みを浮かべる男性がいた。銀縁の眼鏡を掛けた、そこそこイケメンだ。こう、夕陽の中で見るイケメンは絵になる。


 なんて事を考えていたら、すっと近寄ってきた。なんてこと。


「体調は大丈夫かな」


「ちょっと頭が痛い、です」


「まだ完全に薬が抜けきっていないんだね。明日になれば治るよ。さあ、ちょっと早いけど夕食にしようか」


 そう言いながら、腰を抱かれてソファーまでエスコートされる。高級そうなソファーは高級そうなだけあって、素晴らしい座り心地だった。


「本当はダイニングも作ろうと思ってたんだけどね。家具が間に合わなくて」


「え、ああ、そうなんですか」


「一週間以内には届くから、暫くはここで我慢ね」


「はあ」


 何やら話が進んでいるが、いまいちどうしていいのか分からない。イケメンは私をソファーに座らせると、にっこりと笑ってからキッチンに消えて行った。私が出てきたドアの横にキッチンがあったようだ。気付かない訳である。


 暫くして、両手にカレーを持ってイケメンが登場した。何だろう、このミスマッチ感。カプレーゼとかマリネとか似合いそうな顔なのに。


「今日はカレーにしたんだ。料理は初めてだけど、余程才能がければ不味くならないって聞いてね。一応味は大丈夫だったよ」


 ソファーの前にある低めのテーブルに、どんっとカレーが置かれた。スパイスの良い香りがする。私の隣に座ったイケメンが、にこにこしながら両手を合わせた。


「いただきます」


「……いただきます」


 聞かなければいけないことがあるのに、取り敢えずお腹が減った私は食事をすることにした。薬がまた盛られているかもしれないと思わなくもなかったが、今さらだ。私は運動不足な女子大生だから、逃げ出せる状況じゃない。廊下に出た時にでも逃げておけばよかったかなと思った。


 目の前のカレーを食べようと手を伸ばせば、横からさっと攫われる。なんてこと。


「はい、あーん」


 そして繰り出された攻撃は、あーん攻撃であった。なんてこと。


「自分で食べられます」


「あーん」


「いえ、あの」


「あーん」


 私はここに敗北したのであった。どうせ人目はないし、というやけくそもある。


 雛鳥の如く口を開ければ、ふうふうされたカレーが突撃してきた。もぐもぐと咀嚼して、呑みこめば丁度いいタイミングで再びスプーンがやってくる。イケメンめ、やりよる。


 基本的なカレーなのだろう、じゃが芋と玉ねぎ、人参に何かの肉が入っていた。味はいたって普通。どこか食べたことのある味だ。


「僕はね、君に惚れているんだ」


 もぐもぐと口を動かしていれば、イケメンが喋り出した。


「電車の中で、いつもやる気のなさそうな顔で携帯を眺めていたね。未だにガラケーの若い人って珍しいなって思ったんだ。それで、記憶に残った」


 喋りながらも、私に餌付けをするスプーンは止まらない。私が口を挟む事ではないのだろう。若干うっとりしたような顔をしているイケメンは、そのまま喋り続ける。


「ある時、君が本を読んでいた。あの日、僕は君に惚れたんだ。いつもはやる気がなさそうな、つまらなそうな顔をしているのに、本を見つめる目はきらきらしていて、如何にも楽しそうに微笑んでいた。何て何て可愛いんだろうって」


 ぱりぱりと口の中に残った福神漬けを味わいながらも、最近本なんて読んだっけと記憶を探る。ああそうだ、久々に発掘した吸血鬼のラブストーリーを読んでいた時期があった。というより私の笑顔に惚れたなんて珍しいこともあるものだ。


「目立たない君の可愛さを僕が初めて見つけたんだって、凄く嬉しくなった。他の人が君の可愛さを見付けてしまったら、君を奪われるんじゃないかって心配になったんだ。だから、君を閉じ込める事にした」


 にっこりとイケメンが笑う。口角がぐっと上がっていて、薄暗くなり掛けている部屋では異様な雰囲気を漂わせていた。


「君はもうここから出ちゃ駄目だよ。ここは君のために用意した檻なんだ」


 とても嬉しそうなイケメンはやっとスプーン攻撃をやめた。用意された皿の中のカレーは綺麗に片付いている。全部食べさせられてしまった。カレーは裏切らない。


「買い物はどうすればいいんですか」


「ネット通販で買っていいよ。お金には困っていないからね」


「貴方と一緒に買い物に行くのも駄目なんですか」


「出来ればやめてほしいなあ」


「デートも出来ないんですか」


「うーん、たまにならいい、かな。僕だってデートしたいし」


「私、動物園とか温泉とか夢の国とか行きたいです」


「そうだね、僕と一緒ならいいよ。ただし、温泉は部屋についている温泉だけだよ」


「家族にも会えないのですか」


「結婚してくれたら、僕と一緒に会いに行こう」


「料理と洗濯は出来ますが、掃除は苦手です」


「家事は無理にしなくていいよ。僕がやるから」


「料理と洗濯は出来ます」


「じゃあ、頼もうかな」


「猫を飼ってもいいですか」


「どうしようかな。君が猫ばっかり愛情を注ぐようなら許せないよ」


「いきなり誘拐して監禁しようとしている癖に、愛して欲しいんですか」


「そりゃね。僕は君を愛している。笑っていて欲しい幸せにしてあげたい。でもそれよりも、僕のものになってほしい。僕を見てほしい。僕に笑い掛けてほしい。僕を愛してほしい」


「じゃあ、猫を飼わせてくれたら毎日抱きついてあげましょう」


「もちろん、飼ってもいいとも」


「それでは、結婚しましょうか」


「本当にいいのかな?」


「私、用事がなければ出来るだけ家にいたいんです。人間関係面倒臭いんで働きたくもないし、買い物だってネットで十分です。温泉と動物園と旅行は好きですけど、それ以外の外出は嫌いです。貴方は私を養うだけの稼ぎがありそうですし。愛してくれるのなら文句はありません」


「愛している。それは確かだよ。お金は任せておいて」


「貴方が望まなければいくらでも引きこもって見せましょう。あ、大学は卒業させてください。お金が無駄になります」


「仕方がないなあ。送り迎えはするからね。ああ、御両親への挨拶は今週末でいいかな」


「その前に」


 私は薄暗がりで幸せそうに微笑むイケメンの前に置かれたカレーを手に取る。そして、たっぷりと御飯とルーを救い、ずずいっと口元に近付けた。あーん反撃だ。


「貴方のお名前を伺っても?」


 口いっぱいにカレーを頬張るイケメンは、カレー臭漂う中でもイケメンだった。








END



そして幸せなヒッキー生活を送るのであった、まる。

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