彼と親父
彼と言へば失意に沈んでいるなどといって家に引きこもっているわけにもいかなかった。
昼間家に居れば、母親からの容赦ない無言のプレッシャーを感じるからだ。
仕方なく、ハロワに行くとか行かないとか、何だかんだの用事を見つけては、彼は出かける。
実際は、ハロワなど行く気もない。
他に行くあても、行く必要のある場所などあるわけもないのに。
平日の昼から誰かれ憚ることなく時間をつぶせるのは、釣りかパチンコと相場が決まっている。
3月の中旬、まだ日がな一日、釣りをするには少々寒い。
それに加え、彼は、釣りなどしたこともない。
すると彼に残された選択肢は必然的にパチンコ、ということになる。
が、大して勝つ気もない彼にとっては、軍資金がいくらあっても足りない。
もっとも、大いに勝つ気があっても結局は軍資金は必要となるのであろうが。
そこで、一時しのぎのバイトをすることになった。
父親がやっている居酒屋である。
夕方5時オープンの其の店は、田舎町にはめずらしく午前零時まで開いている。
そのせいか案外と固定客に恵まれ、週末ともなるとなかなかの繁盛のようだ。
かっては母親が毎日手伝っていたが、今では代わりに彼が週3入っている。
もちろん彼には、店を継ぐ気などない。
地方とは言え、地元のそれなりの大学を出たという自負があった。
もはや何の意味も持たないことに気づいてはいたが、他に自負出来るものが何も無い彼にとっては、それだけが心のよりどころだった。
そんな自負をもっていようとも現実は、バイト代と言う名のおこずかいを握りしめて朝からパチンコ屋に入り浸る日々なのである。
父親は、そんな彼に一切口出しはしない。
まるで関心が無いかのように。
そういへば2年前、大学卒業の報告をしたときでさへ、
「なんだお前、大学いってたのか?」
そこからびっくりされる始末である。
いやいや、びっくりしたのは彼のほうであろう。
もちろん学費やら何やらその他もろもろ、ちゃんと払ってくれていたのだから知らないはずはない。
「てめぇのことは、てめぇで何とかしろ」
小学生の時、夏休みの宿題が間に合わなくて、泣きながら手伝ってくれと頼んだときの言葉だ。
そんな父親のことだから、就職浪人中の分際で遊ぶ金欲しさに店を手伝いたい、なんて言ったらきっと小学生の時と同じように拒絶されるものだと思っていた。
あるいは、さすがに小言の一つもあるかもしれないと、逆に期待してもいた。人生の教訓でも語ってくれるんじゃないかと。
が、
「そうか、じゃ時給750円で夕方4時から12時まで。週休4日、三食昼寝付きだ。どや?」
意外であった。
果たして要領を得たような、得ないような返答。
逆にオファーを受けたような形になったと言ってもよい。
一体この父親は、彼の現状について、どう思っているのだろうか。
彼にも計りかねている。
つづく