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これでも勇者ですが、何か?  作者: 『螺旋 螺子』
彼が勇者ですか? 「はい。あの人と同じオーラがします(エキドナ談)」
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富豪宅

「むぅ……」


 昼過ぎの出来事から時間が経ち、既に日も落ちた。しかし、コナタ殿が帰って来る事は無かった。仕方なく私は宿屋の主に「コナタ殿が帰ってきたら私は出掛けた、心配するな」と伝言を頼み、村を出た。置いていくのは心苦しいが、貴重な密会をご破算にさせるわけにはいかない。

 それに今回の件は、私が仕入れたのだ。ということは、私が調べても良い。そして、『味方が出来た』という情報はコナタ殿も驚かせるに違いない。


「ふふふ……」


 コナタ殿は少し秘密主義が過ぎる節がある。私を信用していない――ということは無いはずだが、色々と抱え込み過ぎなのだ。私がハッキリ言ってやろうか。

 村から少し外れた場所に大きな屋敷が建っている。庭には沢山のバラが植えられており、素敵なアーチを象っていた。

 ここが例の富豪の家か。


「お待ちしておりました」


 こんな夜遅くに庭の手入れをしていたのか、昼間にいた年長者が私の存在に気付き、出迎えてくれた。


「話とは何だ?」

「いえ、ひとまず中に入りませんか? 外は冷えます」

「うむ。そうだな」


 促されるままに屋敷に招かれ、中に入る。そこは首都アリジリーナの王宮とは比べるまでもないが、それでもかなり大きな屋敷である。そのまま通されたのは客室だった。大きな貴賓室というのだろうか、王宮の狭い兵の詰所か、小さな宿屋ぐらいしか泊まったことの無い私は戸惑ってしまう。


「我が主はどうやら昼頃から出かけていたようです。そしてまだ帰ってきておりません。もしよろしければ、我が屋敷自慢の温泉をご利用下さい。地下水脈を掘り当てた天然ものです」

「あ、う、うむ……」


 手拭を渡されて、年長者の男は退室する。その退出を見送った後、五人は座れそうな豪華なソファの一番右端に腰掛けた。

 考えから察するに、彼らの主である富豪の者はメデューサの迫害に反対の立場を取っているのだろう。確か、村人の働き口を提供する気の良い富豪だったと聞いている。つまり、富豪と村人は主従関係なのだ。主たる富豪が「迫害を止めろ」と一言言えば、全ては解決するんじゃないか?


「ふふふ……ハハハ!!! 完璧じゃないか! これなら全てが丸く治まるぞ!」


 となれば、もう考える必要はない。そう言えば温泉がどうとか言っていたな。確か、素晴らしく気持ちいいものだとか、昔に誰かに言われた気がする。


「ふむ。折角誘われたのだし、呼ばれてみるか。――それに、この大きな部屋は少し心寂しく感じるしな」


 コナタ殿はどこに行っているのだろうか。一緒にいてくれれば、もう少しマシだったのだろうな。

 手拭を持ち、迷った末剣をおいて部屋を出た。部屋を出てそう言えば場所を聞いていない事を思い出す。仕方なく勝手にそこらを歩く。

 偶然、廊下を掃除していたメイドに声を掛けた。一生懸命に雑巾で床の汚れを落としている。


「ちょっとすまぬ」

「え? あ……」


 私が声をかけると顔を上げたメイドの顔が凍り付いた。そしてそれを打ち消すようにぎこちない笑みを浮かべて「どうかなさいましたか?」と聞いてくる。


「ん、んん。いや、まぁ……温泉とやらに誘われたのだ。どこか知らんか?」

「大浴場ですね、参りましょう」


 掃除していた手を止めて立ち上がるメイド。


「うむ、すまんな……ん? その手首の包帯は何か怪我をしたのか?」

「えっ? い、いえ!」


 私の指摘した右手首を咄嗟に左手で隠す。私は不信感を覚えて問い詰める。


「おい、詳しく話してくれ。誰にやられたんだ? もしかして、ここの主か?!」

「ちが――」

「おやおや、どこからか可愛い猫が我が屋敷に迷い込んだようだ」


 コツコツ、と廊下を歩く音が反響する。後ろのメイドを守るように立って剣に手をかけようとするが、あるはずの剣が無い。


「しまった。部屋においてきてしまった!!」

「だ、旦那様……!」

「ダメじゃないか。君たちはお客様の目に映らない場所にいてはいけないと何度も言ってるだろう?」

「も、申し訳ございません!!!」


 背後で悲痛な声を上げてメイドが頭を下げた。光源の足りない暗い部屋は歩く正体までは見えない。だが、若い男のようで長身だ。王都の富豪は太った男が多かったが、この男は割と細身のようである。


「まぁまぁ、許してあげましょう。きっと、迷える子猫がうろうろしたって所でしょう」

「ちっ――ッ!!」


 知らぬ間に背後からも足音が一つ。……挟まれてしまった。これでメイドを守るのは至難の業だ。


「後でじっくりお話を聞かせて貰うよ、いいね?」

「はい……」


 変わらず前方――メイドが旦那様と呼ばれた方へ意識を向ける。その、直後だった。


「はーい、そこまでです」


 背後から首元に鋭利なものが充てられる。思ったよりも接近されていた――想像以上の手練れだった。私は背後で拘束する者に本気で肘打ちをみぞおちへ叩き込んでやった。


「あぐぇッッッ!?!!?」


 鍛え上げた私の体が放った一撃に後方へ一メートル程、吹き飛んだ。私は直ぐに反転してそいつを人質に取るために馬乗りになった。そこで初めて、泡を吹く襲撃者の顔を見る。


「こ、コナタ殿!?」

「やれやれ、連れの女の一撃で昏倒してしまうとはそれでも本当に勇者かね?」


 真後ろの声に振り返るとメイドにデコピンをする優しそうな青年が立っていた。

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